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第十九話 鎮魂歌

地鳴りのような咆哮、そこにいたのは、かつて「村人」と呼ばれた存在たちの成れの果て――キメラ・アンデッド(屍融合体)

血肉を、魂を、記憶を、すべてを無理やり繋ぎ合わせられた哀しき怪物。


その姿を見て、もう一度フィーナに視線を戻す。


神「……救うって、どうやって?」


四神の力でもどうにもならない今、救うことができるのかと神は思った。


フィーナ「ジンも聞いたよね。私は巫女の力がある―」


フィーナはゆっくり語り出す。


フィーナ「いずれ世界を救う勇者と共にするために、巫女の使命と神託の眼()を授かった。そして、それは君と同じ神聖魔力を持つこと――」


そう言ってフィーナは神の胸に手を添える。


神聖魔力――。それは、魔王との戦いで発現したあの……。


フィーナ「でも、私の力は君ほどの大きくはない。だから…時間がほしい…」


震える声でフィーナ言った。

彼女の瞳には涙が滲んでいる。誰よりも、この融合体が“誰なのか”を知っているからだ。


神「……わかった」


深く頷き、拳を握り込む。

慢心していた。

魔王を倒したことの実績が、たとえ、弱体化していたとしても自分ならある程度できるのだと。

しかし、今、自分の力ではどうにもならない現実、自分より力が弱く、それでも救おうと毅然と立ち向かうフィーナの姿に、情けない思いに駆られた。


そうして、フィーナは気絶する少女の傍らで手を合わせて集中する。


俺は怪物の前に立つ。守る意志だけを携えて。


フィーナを中心に光の魔方陣が展開される。

そして、あたり淡い光に包まれる。それは、温かく優しい光だった。

それと同時に、フィーナは澄んだ声で歌い始める。


神「こ、これは?」


朱雀『これが彼女の浄化なのでしょう。神聖魔力を歌にのせて浄化の光を展開している』


その歌声を聞いたキメラ・アンデッドの身体がビクリと震えた。

次の瞬間、獣のような叫びとともに暴れ出す。


その攻撃を受けとめる神。


神「どうしたってんだ!?急に!」


暴れるキメラ・アンデッドの攻撃を受けながら神は叫ぶ。


朱雀『たぶんですが、この者たちは魂を無理やり繋ぎ合わせているため、一人一人を浄化すると魂を引き裂かれるように激痛が走るのでしょう』


――ってことは、この人たちは浄化されるその瞬間まで、苦痛を伴うってこと?

なんだよそれ!そんなことがあっていいのかよ!!


それでも、少しずつ浄化されていく。

その激痛と苦しみで更に暴れまわる。

神を叩き潰そうと異形の腕を振り下ろしてくる。


それを頭上で受け止めると、地面は凹みひび割れる。

その瞬間、神の中に村人の記憶が流れ込んでくる。


あの時と同じだ……。

スカー(魔王)を浄化した時と……。

“彼ら”の記憶だ。

キメラアンデッドの中で、無理やり繋がれ、泣き叫びながら、それでも誰かを想っていた魂たちの声。


神「……クソッ…!!」


俺は弱い…!

これだけの力があるのに……俺にはこの人たちを救えない。


それでも、融合体は暴れ続ける。

フィーナの歌が魂を分離しようとするたび、引き剥がされる苦しみに呻き声をあげる。

まるで、千切れた手を必死に繋ごうとする子どものように。


──おかえり。


──お昼ごはん、できてるよ。


──フィーナちゃんの歌、今日もきれいだったね。


──わたしたち、死ぬのかな……?


──「誰か……助けて……」


──「まだ、生きてるの……? これ……夢?」


──「……痛いよ……苦しいよ……ママ……」


村人たちの、何気ない日常。誰かを愛し、笑い、暮らしていた温かい時間。

そして、恐怖と混乱の中で、正体不明の力に飲み込まれ、肉体を繋がれ、心が壊れていく感覚。


声が、脳裏に焼きついていく。

その声に、俺の胸が締めつけられる。


光が強くなる。

フィーナの歌声が、空の彼方に届くように響き渡る。


そして、融合体が崩れ始めた。


肉も骨も残さず、ただ無数の光粒となって、天へ昇っていく。

その一つ一つが、微かに笑っているように見えた。


神「せめて、最後は光の中に…」


俺はただ、空を見上げた。

そこにはもう、あの叫び声はなく、ただ静かな、祈りの余韻が残っていた。


祈りの歌が終わった。

音が消えた空間に、わずかに残る光粒だけが、まるで星のように瞬いていた。

それは、浄化された魂たちの、静かな帰還の証。

彼らはもう、苦しむことも、引き裂かれることもない。


そして――


神「……っ……フィーナ!」


俺の目の前で、フィーナは静かに崩れ落ちた。


その身体から力が抜け、膝がつき、肩が震える。

必死に支えようとするが、その身体はあまりにも軽くて、儚い。


神「フィーナ、大丈夫か!? おい、しっかりしろ!」


肩に手をかけると、彼女は微かに目を開けた。

その瞳はうるんでいて、けれど、穏やかな光をたたえていた。


フィーナ「……うん……わたしは、大丈夫だよ……!」


唇が乾き、言葉一つにも力がない。

けれどその声には、確かに“誇り”があった。

あれだけの魂を導くには、想像を絶する魔力と精神力が必要だったはずだ。

何百、何千もの悲鳴にさらされ、それでも一人で背負って歌い切った。


フィーナ「ごめんね、辛い役をやらせちゃって」


申し訳なそうに笑顔を作って言う。


神「そんな…俺は、なにも……」


俺は下を向いて顔を背ける。


フィーナ「君がいてくれたから、この人たちを救えたんだよ」


そう言って笑顔を向ける。

しかし、体力の消耗して辛いのだろう。

額に汗をにじませ、辛そうだ。


フィーナ「でも、ちょっと疲れたかな。…少しだけ休ませて」


そう呟くと、フィーナの瞳はそっと閉じられた。

安らかな表情で、まるで子どものように。

そして、少女と二人、並んで眠っている。


俺は、彼女の姿を見て強くなりたいと思った。

――もう二度と、誰一人、こんな地獄に沈ませはしないと誓いながら。

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