流れ小島ミニフロート
「それよりさ、『ミニフロート』がこっちに来てるらしいぜ。体育館の裏手から見えるってさ。
今から見に行かね? いつまでこの辺りにいるか分かんねーしさ」
「……そっか。じゃ、行ってみるか」
「えっ! 珍しいな、オマエが即答するなんて……」
珍しいモノでも見るような高橋の視線を尻目に、俺は体育館に向かって歩き出した。
『ミニフロート』は直径十メートル程度の浮き島だ。
黒潮に乗って、日本の太平洋側に沿って、南からゆっくり流されている。
最初はゴミか何かの塊だと思われていたが、衛星からの画像で、僅かながら植物も生えている小島だと判明した。発見当時は新しい島が生まれたと騒がれたものの、浮島のため領海の増減に関係ないとなると、ブームはあっさり去っていった。
ただ最近になって、この島の周辺には鯨やシャチ、イルカ等がよく出没すると話題になって、一部の海洋ファンから注目されているらしい。高橋もそのクチだ。
あれが、とうとうここまで来たのか……
三年前の記憶が蘇る。南の離島に住んでいた頃の中学生の俺が見た、あの島。
誰に言っても信用されなかった、間近で見たあの島の裏側。
あれは本当に幻だったのか?
◇ ◇ ◇
体育館の裏庭にある、胸ほどの高さがある鉄柵。柵のすぐ向こうは緩やかな崖になっていて、校則では立ち入り禁止の場所だ。
だがそこからは広い海が一望できる。
「ああ、あれだ、あれ!
見ろよ、A、あれがミニフロートだ!」
興奮を隠せない高橋が、俺の肩をバシバシ叩きながら、百メートルほど先の海原を指差した。
穏やかに打ち寄せる波の向こうに、浮かぶ小さな島。
「え、嘘だろ……? あれが、ミニフロート?」
俺は鉄柵の手摺りを強く握った。
視線を投げた先に浮かぶ、シチューなどをよそう深めの皿を伏せたような、こんもりした形の島。
それはあの時と変わりがない。
だが、その様相は随分と様変わりしていた。
その地表の大部分を、真っ白な花が覆っているのだ。
昔見たミニフロートは、こんな楽園を小さく切り取ったような、小綺麗な島じゃなかった。
苔とも海藻ともつかない黒い植物が、表面にびっしり貼り付いて……
本当は島のふりをした化け物ではないかと思わせるような、異様さがあった。
いつの間にか折りたたみの双眼鏡を取り出して、熱心に覗く高橋。
「へえ、本当にハマナスが繁殖してるんだなぁ。
イルカや鯨は……
! いるよ!
あれはシャチか? すげえ! 三〜四頭はいるぞ!
野生の奴、初めて見た! 迫力あんな!
いやあ、俺、一度あそこに上陸してみたいよ。
今は上陸禁止の条例が出てるから無理だけどさ」
「……いや、アレはそんなイイもんでも……」
しまったと思った時には遅かった。
「え? どういうことだよ、鳴島A? その口ぶり……
まるで上陸したことがあるみたいじゃないか!」
興奮した高橋に、鉄柵ギリギリまで追い詰められた俺は、海を背にしたまま、焦って弁解を始めた。
「ま、待て、話を聞いてくれ!」
……その瞬間。
後方から、激しい水音がした。俺の襟首を掴む髙橋の表情が、驚愕に染まっている。
何か大きなモノの気配が四つ、海から跳ね上がり、俺たちの頭上を通り抜けて、体育館の裏に降り立った。
シャチだと思っていた存在は地上に降りるなり、その表面が切り開かれて、大元の海獣の印象を残したまま、二足歩行に適した機械的な姿へと変貌していく。
彼らの眼孔に嵌まったレンズが周囲をサーチして、俺達を認識したのを感じた。
一番近くにいる元シャチが、銃のようなものをこちらに向けて、照準を合わせ始めた、その時。
【ステルスシールド発動】
そんな音声とも信号ともつかない情報が、唐突に俺の頭に飛び込んできた。
同時に、体育館の裏手からミニフロートの周辺までを、半透明の虹色の光が取り囲んで、俺達と元シャチの間を分け隔てる。
【ガルフランB機上昇】
またしても意識に何かが届くと同時に、激しい波飛沫の音が響く。
海面から飛び出し、光のカーテンを通り抜け、俺たちを庇うように四体の前に立ちはだかったのも、また得体の知れないロボットだった。
その機体はシャチよりも二回り大きく、銀と碧に輝いている。
気が付くと高橋は気絶して仰向けに倒れており、俺は身じろぎもできず、ただ目の前で起こっている出来事を見つめているしかなかった。