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第76話「白か黒か、空の青」

最後、お知らせがあります。

 清々しいほどの晴天であった。

 桜が消え、梅雨が終わり、夏本番を予感させるような赤い太陽が砂埃立つ地面を照らす。

 そんな陽の光に輝原はわざと背を向け、引っ提げた紙袋を前後に揺らしながら、物置ばかりの店裏道をただ歩いていく。

 やがて人通りが消えたことを確認すると、広い十字路の真ん中で立ち止まった。



「案外と趣味が悪ィもんやのォ、東者っつーのは」



 踵を回して振り返ると、人っこ1人いない通りの中心に佇む、ひとつの陰。

 逆光で形どられたシルエットは、陽炎のせいで炎のように揺れている。



「足音も呼吸も消しおって、死人かおどれは。街からチャカチャカ着きまわして、俺と獅子神の兄貴(アニキ)か、狙いはァ」



 地の砂を蹴り、静かに近づく影の輪郭がはっきりと見えた。

 龍兵であった。

 荒れた赤い髪の隙間から見える濁り緑の瞳は、目の前の獲物を淡々と捉えている。

 唇が微かに動くが、羽虫の鳴音にかき消され、輝原の耳には届かなかった。

 輝原は苛立ちを見せてため息ひとつ、首元に手を当ててほぐすように肩を回す。



「さっさ来ぃや、俺も暇とちゃう」



 腰を落とし、構える輝原。

 応えるように、龍兵も懐からドスを抜く。

 真上で睨む陽の光が、青みがかった白銀に反射し輝いていた。










 また別の店裏道。

 追っていた龍兵を見失ったベルが、道端に立ち止まって首を左右に動かしている。

 側から見れば、消えた龍兵を探しているよう。

 だがその実、目的は違った。

 龍兵の後ろを追いかけてたどり着いたこの場所。

 足を踏み入れた瞬間、見知った臭いがベルの鼻を通った。

 香ばしいがしかし、肺の内側をたわしで撫でられるような不快さがへばりつき、無性に咳が込み上げる。

 それは夏のぬるい風に吹かれて消えかけていた。

 常人ならば気がつくことはないだろう。

 だがベルにはわかる。


 首を回し、あたりをうろつきながら臭いの方向を定める。

 決めた方へ駆けるベル、そしていくつかの分岐を抜けた先。

 古い倉庫だらけの路地から、1本の細い煙が上がっているのを見た。

 肉眼だけではとても気が付けなかっただろう、このクセの強いタバコの臭いがなければ。


 路地に入ると、わずかに突き出た屋根の日陰の中で、タバコをふかす甲賀が1人。

 壁に寄りかかって煙を吐き出し「なんでわかった」と、天を仰いだまま呟いた。

 


「魔力……いンや、もっと他のもんか。結界張っとるんやけど、お前さんうちのカシラよりすごいんとちゃう?」



 フィルターを親指で弾くと、灰のかたまりが地面にポトリと落ちた。



「ほんぶにみずきがいる。いこう」

 

「なんでや」


「あやまるの、ごめんなさいって。なかなおり」



 その時初めて甲賀はベルに目線をやり、そして吹き出した。



(わっぱ)が大人さんからかったらあかんで。なんでワシが謝らなあかんねや。仁義はウチにある、先に手ェ出したンは奴さんじゃろうが」


「ケンカしたら、どっちがわるいでも どっちもあやまるの」


「ッハ! おもろいやっちゃ」



 甲賀はタバコを投げ捨て火を踏み消し、ベルへ静かに歩み寄る。

 直前まで来ると、腰をかがめて目線を合わせ、彼女の赤い瞳を真正面から睨みつけた。



「嬢ちゃんや、大事なことやからキチッと覚えェよ。任侠者にお互い様は無い。戦争になりゃァ汚ねぇ色と汚ねぇ色が互いの喉元狙ってドスを振り回す、それが白か黒か決まンのは決着がついてからや。それまではどちらも、自分らは白に違いないと思っとる。ワシらも同じじゃ」


「みずきもきみも シロいじゃないよ」


「正義か悪かっちゅーこっちゃ。つまりワシらは悪ゥない。そない謝って欲しけりゃ力尽くで引きずってったらエエ」



 声色にドスを効かせて凄む甲賀に、ベルは思わず尻餅をついた。

 その様子を見た甲賀はニヒルに笑みを浮かべ、踵を返し何事もなかったかのようにポケットに手を入れて歩き出した。

 ベルは地面に座り込み、遠ざかる背中を何も言わずに見つめる。

 不意に拳を握ると、右手に持っているドスのことを思い出した。


 ベルはもう一度前を向き、立ち上がる。

 その手には鞘から抜かれ、緑に刀身が輝くドスが握られていた。

 音に気付き、甲賀も振り返る。



「仇打つつもりかい」



 呆れたようにため息を吐き、懐からクナイを2本抜いて力手に構える。



(タマ)の取り合いじゃ、今回ばかりァ手加減でけへんど」



 場の空気が張り詰める。

 建物に遮られ、ほとんど風も届かない路地裏で、ベルは静かにドスを構えた。

 幼い顔つきと小柄な体格に似合わず、その目には揺るぎのない獣のような集中が宿っている。

 刃先はわずかに傾けられ、腰を落としていつでも動けるように力を溜めていた。

 対する甲賀は脱力の姿勢をとり、余裕そうな顔つきでベルの動きを観察していた。


 先に動いたのは甲賀だった。

 手首にスナップを効かせ、黒光りのクナイが鋭く空気を裂く。

 ベルは曲げた脚をバネにして横へ身をかわし、そのまま間髪入れずに踏み出して距離を詰める。

 足音は無に等しい。

 続けて低い姿勢から一気に踏み込み、ドスを振り上げる。

 だが甲賀はすでにその軌道を読んでいた。

 クナイで刃を受け止め、金属同士がぶつかる甲高く乾いた音が青空に響く。


 力は拮抗しているように見えたがしかし、次の瞬間、甲賀が身体をひねって距離を外した。

 着地と同時に、4枚の手裏剣が放たれる。

 ベルには取り出す様子が見えなかった。

 それほどに凄まじい速度。

 角度を変えた複数の軌道が、彼女の逃げ場を狭める。

 ベルは跳んだ。

 壁を蹴り、空中で体勢を変えながら回避する。

 そのまま着地と同時に再び踏み込む。

 呼吸は乱れていない。

 ただひたすらに、最短距離で甲賀の懐に迫る。


 ベルの中にその意識はなかった。

 考えるよりも体が動く。

 身体の奥底に燻っていた本能が、彼女の血管を激流のように駆け巡り、動かしていた。


 甲賀の口元がわずかに歪む。

 接近戦に持ち込まれたその瞬間、彼の動きが変わった。

 クナイを逆手に持ち替えて、ベルの胸元目掛け鋭い突きを繰り出す。

 ベルはそれを紙一重でいなし、ドスで反撃する。

 互いの刃が何度も交差し、火花のように緊張が弾ける。

 一瞬の隙。

 ベルのドスが甲賀の腕をかすめた。

 しかし甲賀もまた、その代償と言わんばかりにベルの動きを止める一手を打っていた。

 至近距離から放たれた手裏剣がベルの頬を紅くかすめ、俊敏をわずかに鈍らせる。


 互いに後ろへ跳び、再び距離が開いた。



「成長……いンや、本気出して来たンかの」



 腕の生傷を引っ掻き、甲賀はクククと笑った。



「初っ端から積極的やねェ。ンの割にゃあの黒いもんは出さへんのけ?」


「あれ、は……いらない」


「へぇ、出せへんのや」



 互いに構え直し、視線がぶつかる。

 どちらも決定打には至っていない。

 だが、次の一瞬で決まることを、二人とも理解していた。


 そして再び同時に踏み込んだ、その一瞬。

 ベルは低く沈み込むように動いた。

 先ほどまでの直線的な踏み込みとはまた異なり、軌道を読ませない揺らぎのある足運び。

 それは反抗する獲物を前に、逃げ場も隙も与えんとする獣の足取り。

 頭で考えた作戦ではない。

 甲賀はそれを瞬時に理解すると、腕を引いてクナイを胸元にとどめ、同時にもう一方の手で手裏剣を散らすように放った。

 逃げ場を奪い、動きを縛るための布石である。


 だがベルは、その布石ごとを強く踏み抜いて見せた。

 迫る手裏剣の間を、体をひねる最小限の動きで駆け抜ける。

 腕や脚を鋭くかすめる風を感じながらも、その一切速度を落とすことはない。

 そのまま懐へ――甲賀の間合いの内側へ入り込む。

 彼の右肩に突き立てたドスが、クナイとぶつかって乾いた音で鳴いた。



「わッかりやすいのォ!!」



 弾かれた右腕が空を裂き、ベルの重心が思わず後ろへ動く。

 瞬間、甲賀は刃をいなしながら斜め下に胴を差し込み、ベルの左肩に強烈なエルボーを入れた。

 痩せ身とはいえ、成人男性の体躯から繰り出される本気の打撃に少女の体が耐えられるわけもなく、仰向けに倒れた。

 甲賀は間髪入れず、覆い被さって至近距離からクナイを突き出す。

 押し込むような鋭い一撃。

 だが地面に背中がつく寸前、ベルは両足をたからかに突き上げて蹴り上げ、ぎりぎりでそれを外した。


 しかし距離は十分には取れない。

 着地と同時に、正面からさらにもう一撃が迫る。

 連続の突き。

 防ぐしか術はない。

 ドスで受け止める。

 金属音が重く響き、衝撃が腕を通じて全身に伝わる。


 押し切られる――


 そう思った瞬間、ベルは本能的に力を抜いた。

 踏ん張りをやめ、あえてに後ろへ流される。

 勢いを殺さず、そのまま回転しながら間合いを外す。

 甲賀の突きは空を切った。


 一瞬の静止。

 互いに呼吸はわずかに乱れる。

 ほんの数秒の攻防で、体力も集中も削られている。



「ハァ……ハハ、自分何者じゃ」



 ベルは真っ直ぐ前を向いたまま答えない。



「魔法も使わんとここまでワシとやり合うかい。どこのアサシンじゃ、エエ?」


「おねぇちゃんが おしえてくれた。じぶんが じぶんを まもれないと、リッパナリョウシュには なれない」



 ベルはゆっくりドスを逆手に持ち替えた。



「領主だァ? お嬢様がとんだ血の池に足突っ込んでもうたなァ。けどもう遅いで」



 甲賀はまた懐に手を入れた。

 取り出した手裏剣を指に挟み、もう片方にはクナイを静かに構え直す。

 

 今度はベルが先に踏み込んだ。

 甲賀は弾かず進まずそれを迎え撃つ。

 金属音が響くと同時、刃同士の凄まじい打ち合いが始まった。

 先ほどの全身をアクロバットに使った攻防とは打って変わって、お互いがその場にとどまったまま、銀と緑の閃が続け様に炸裂する。

 途中甲賀が手裏剣を飛ばすが、ベルは柔軟体操のように体を捻ってかわした。

 勢いのまま低く回し蹴りを入れるが、ヒョイと跳んでかわされる。

 回転を殺さずドスを振るえば、相手も応えてクナイで受け止める。


 再び始まる打ち合い。

 その最中でベルは、甲賀の四肢を観察した。

 無駄なく洗練された手捌きに加え、革靴を履いているとは思えないほど軽やかなステップ。

 踵を上げて前後へ適切な距離を保つも、砂を蹴る音はほとんど聞こえてこない。

 まさしく研ぎ澄まされた忍者の足捌き。

 懐から暗器を取り出す仕草すら、刃の動きと同化してほぼ予測がつけられない。

 加えて純粋な筋力の差。

 繰り返される火花の中で、ベルは押される一方であった。


 知らぬ間に飛ばされた六角手裏剣が、ベルの左の二の腕に深く突き刺さる。

 白い眉間に皺が寄り、意図せず視線が傷に向かった。

 まずいと前を向いたその瞬間、甲賀がクナイの柄でベルのこめかみを撃ち抜く。

 揺れる視界とえも言えぬ不快感に、ベルは背後へ飛んで膝をついた。


 二の腕から六角手裏剣を引き抜き、呼吸を整え立ちあがろうとするが、重心が定まらずうまく立ち上がれない。

 俯き見えた地面には、赤黒い斑点がひとつ、またひとつと落ちていく。

 頬の横を流れていくものを手で拭うと、やはり鮮血が付着した。



「そンまま逃げたらええよ。尻尾巻いてくれりゃ追わんさかい」



 ベルはハッと顔を上げる。



「ワシかてヒトの子じゃ。恨みもねェ女子(おなご)を殺しちゃァ心が痛まァ」



 上がった息をゆっくり押さえ、視界の揺れが落ち着くまで深呼吸を繰り返した。

 深傷を負い血を流す自分とは正反対に、目の前に佇む男には傷などほとんどない。

 その上、上がっていた息もほぼ正常に戻っている。

 これが意味するもの。

 圧倒的な力の格差、勝ち目の全くない勝負か。

 否である。


 先ほどの攻防で甲賀は一瞬だけ焦りを見せた。

 それは何か。

 なぜ彼は焦ったのか。

 ベルはそれについて考えなかった。

 過去の経験から本能的に察知した。

 頭に浮かぶのは、強大な敵に対し槍を振るい突っ走る、傷だらけの賢吾の姿。


 ベルはドスを握り直し、再び立ち上がる。

 多少のよろけを残しながら静かに佇むその姿に、甲賀は眉間に皺を寄せた。



「天邪鬼めが」



 ベルは腰をわずかに落とし、鮮明な緑に輝くドスの鋒を目の前に突き出した。



「そうかいそうかい。ほんだら組にケンカ吹っ掛けた罪、キチッと精算してもらわんとな」



 応えるように、甲賀も深く腰を落としてクナイを構えた。

 湿気を含んだ生ぬるい風が、気色悪いほど優しく肌を撫でる。

 ベルが体勢を落としたその瞬間、2人同時に前へ跳び出した。


 刃と刃がぶつかり、悲鳴にも近い高音が鳴る。

 互いが地面をしかと踏み、重心を固定したまま刃越しに押し合う。

 ベルは全身の筋肉を使って耐えようとするも、未だ余裕を見せる甲賀には敵わない。

 やはり押し負け、刃は弾かれ空を斬る。

 続け様に放たれるは、3本の六角手裏剣。

 扇を描くそれをかわすには、身を引く以外に選択肢はない。

 甲賀はそう読み、腰をかがめて突進の姿勢をとった。

 が、しかし。



「!?」



 自分の目線、ほんの十数センチ前に、大きな赤い瞳があった。

 一瞬、甲賀の思考が滞る。

 ほとんど反射に近い神経で身を引いたが、緑に光る鋒は確かに甲賀の顔を掠めた。


 滑るように着地をし、痛みの沁みる鼻の頭を触ってみれば、濁った色の鮮血が指に付着した。



「おどれ突っ込んだんか……!? なんちゅうことを!!」



 驚愕のままに顔を上げれば、逆光に浮かぶベルの姿。

 投げた六角手裏剣は全て命中。

 白い両腕と脇腹を突き刺して、コントラストを取るような赤色が湧き出して地面に落ちる。

 痛みに耐えているのか、顔に脂汗と共に深い皺が浮かんでいる。

 

 予想外とはまた違う。

 彼女がその選択をとることを、甲賀は考えてすらいなかった。

 自分よりも遥かに華奢な体格で、言動も遥かに幼いのだ。

 六角手裏剣は殺傷を前提とした鋭利な鉄器。

 速度をもてば、それこそ骨を砕くほどの威力を発揮する。

 すでに一撃くらっているベルにはそれがわかっている。

 胴などにくらえば、まさしく命に直結する。

 故に捨て身など考えるはずもないと、そう思っていた。


 甲賀は自分の心拍数が飛躍的に上がっているのを感じた。

 乾いた喉を通るのは、恐怖にも似た感情。

 今の一瞬でベルが受けたダメージは計り知れない。

 深く突き刺さった3本の六角手裏剣に加え、魔族でなければすでに意識を手放していたであろうほどの出血量。

 明らかなほどに満身創痍。

 だから末恐ろしい。


 これほどのダメージを受けた上、更に立ち上がり敵意を向け続ける者が、戦闘を放棄するだろうか。

 捨て身によって好機の兆しを見た者が、己が身を案じてこのまま引き下がるだろうか。

 答えは額を流れる冷や汗の中にある。



「無謀じゃ、手前ェから死にに行く気か!!」


「なにかをまもるのも、もらうのも、こわいってきもちと おわかれをしないと だめなの」


「……話にならんわ!」



 甲賀は懐から手裏剣を取り出し、投げる。

 羽音のように鳴きながら迫る3枚を、ベルは身を捻って交わしながら突進し、甲賀の真正面からドスを振り下ろした。

 クナイでいなしつつ背後へ回り込むも、彼女はそれを見切ったように前転して、振り上げた足で甲賀の腕ごとクナイを弾き上げる。

 武器を手放した甲賀は顔を顰めて退散するが、ベルの表情はそれ以上に険しかった。

 胴を曲げた影響で、脇腹に刺さった六角手裏剣が捻られて内臓を荒らしたのだ。


 体勢を整えると同時に、ベルは体に刺さった六角手裏剣を全て引き抜いた。

 解放された傷口から更に血液がこぼれ落ちる。

 状況を鑑みれば悪手も悪手。

 しかし今の彼女にとって、そんなものに考える価値はない。


 ベルは視界を邪魔する汗を拭い取って、間髪入れずに突進した。

 獲物に飛びつく鷹の如き真っ直ぐな突き。

 極めて単純な攻撃と、甲賀は新たに取り出したクナイで受け止める。



「甘いンじゃクソガキァ!!!」



 怒声で威嚇し怯んだ隙に、クナイでドスを絡め取る。

 白く細い手のひらから、似つかわしくない刃がこぼれ落ちた。

 相手は丸腰、満身創痍。



「長引いちゃ辛かろう」



 流れるようにクナイを構え、細い首筋に鋒を突き立てた。

 そう見えた。

 込めた力に比例して、肉と骨を突き破る鈍い音。

 白い肌から溢れる血が確かに見えた。

 しかしそれは、頸動脈から吹き出したものではない。

 手のひらだ。

 真上から振り下ろされた脅威を、ベルは左手丸ごとを犠牲にして防いだのである。


 瞬間、甲賀血管を冷水が駆け巡る。

 ただの少女にこのような選択ができるものか。

 選んだとて、実行できるものか。


 自分を強者と思い込むものはいつも、相手を無傷で完封できると考えている。

 弱きが故に己が命を顧みぬは、無知なる無謀者の特権。

 それが強者に刺さるか否かは、勝利の女神の気分次第。


 甲賀は天才だった。

 獅子神と同じ。

 油断が多い、気を抜くなと口酸っぱく言っても、結局は似たもの同士。

 故に、目の前の未熟にまんまと意表をつかれた。


 ベルはすでに弾かれたドスを拾っていた。

 貫かれた左手でそのままクナイを握り締めて固定し、天を見るほどに思い切りのけぞる。

 見上げた太陽の眩しさに目を細め、肺いっぱいに空気を吸い込む。

 そして気合い一閃、渾身の頭突きを甲賀の額に叩き込んだ。


 鈍く重たい音と同時にサングラスが砕け、粒のような血液があたりに飛び散る。

 両者視界が歪む。

 しかしベルは諦めない。

 間髪入れずにもう一度、頭突きを入れた。

 今度は鼻の頭に命中。

 甲賀は傷口が裂けたと同時に、そのまま背後へ倒れ込んだ。


 痛みもプライドも、命すらも顧みない弱者がどれほど恐ろしいか。

 脳が揺れ、両手足に力が入らないままで、甲賀はせめてもの後退りを試みる。

 目の前に佇むベルはまたも逆光。

 握り締めたドスだけが、ハッキリと光って見える。



(嘘やろ、こんなところで)



 ベルは不安定な足取りながらもしっかりと地面を踏み抜き、一歩一歩着実に近づいていく。



(ワシァまだ、親父になンもできてへんのに)



 仰向けのまま甲賀の腹部が圧迫される。

 ベルが馬乗りになったのだ。

 わずかに顎を引けば、天高く掲げられたドスの緑がうるさいほどに光って見える。

 堰を切ったように落ちる刃は、甲賀の喉を一直線に捉えていた。

 目を閉じ、最後の痛みにだけは抗おうと歯を食いしばった。


 ――だがしかし、その痛みはいつまで経っても襲い来る様子を見せない。

 違和感に再び瞼を開く。

 1番最初に見えたのは、己を見下ろしながら肩で息をするベルの顔だった。

 ドスが見当たらない。

 不意に首を曲げてみれば、自身の顔の数センチ横の地面に、緑色の刃が突き立てられていた。


 驚愕した。

 だが顔面の潰れた甲賀に、驚きを表情に浮かべる余裕などはない。



「――なんでや、嬢ちゃん」



 その言葉は、頭で考えずとも自然に口からこぼれた。

 ベルは虚な目で数回呼吸を挟み、答える。



「みずきが、いった……ベルは、ひとをころしちゃ……いけない、って」



 言い終わると同時に、ベルは甲賀の胸に倒れ込んだ。

 辺りに広がるのは赤い水たまり。

 限界はすでに通り越している。

 当然の結果であった。


 甲賀は空を見上げたまま思った。

 己にのしかかる少女の体重があまりにも軽く感じる。



「何なんやろ……義侠心って……」



 空は曇りなき晴天。

 どこまでも澄んだ青空が、サングラスのない甲賀にはひどく眩しく思えた。

お世話になっております、ほざけ三下です。

実に5ヶ月ぶりの更新ですが、最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。


皆さんにひとつお知らせがございます。

今まで月2〜3話の更新でしたが、今後は更新が不定期になります。


以下、理由になりますが、だいぶ私情と感情が多めです。

この5ヶ月間、私は大学や引っ越しの準備と実行と他の趣味に開けくれていました。

中でも大半を占めるのがイラスト類です。

例の通り美術系の学科に進学致しまして、喜びによる高揚感と早期の進路決定によるハイ状態で、本当にずっと絵を描いていました。

Xで発信させていただきました通り、その成果としてトト神のイメージイラストも更新しました。

自画自賛ですが等身のバランス感や色塗りにおいて、飛躍的に成長していると思います。

その後も絵を描き続けていたので、画力は更に上がっています。


そしてそのおかげか、嬉しいこともたくさんありました。

ここでは2つに絞ってお話しします。

ファンアートが800いいねを超える自分史上1の大反響をいただいた上に、公式様の企画でご紹介いただけました。

ご連絡をいただいた時は本当に飛び上がるようでした。

もうひとつは、イラストのご依頼をいただけたことです。

特に依頼の募集はかけていなかったのですが、ぜひ私にと直接ご連絡をいただき、当時本当に嬉しかったことを覚えています。



以上の理由から、最近は本当に絵を描くことが楽しいのです。

小説連載に飽きたわけでは決してありません。

むしろ創作のモチベーションは一向に上がり続けています。

ですが、時間が有限であるという事実は変わりません。

イラストに割く時間が多くなった分、文字を書く時間も少なくなってしまいます。

それをご理解いただくために、今回このようなお知らせをさせていただきました。


ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

イラストを頑張る分、今後はイメージイラストも積極的に増やしていこうと考えています。

余裕があれば、過去章のキャラクターも描きます。

もし「このキャラクターのイメージイラストが見たい!!」ということでしたら、感想かDMか、もしくはXの方で送っていただけますと幸いです。

今後とも「モータルエデン〜天国は俺が思うよりも異世界でした〜」をよろしくお願いします。


ほざけ三下

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異世界転移
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