第40話「初めての依頼、初めての宮殿」
「はい、ムシュフシュの長個体を確認しました。これにて依頼完了です、報酬は口座へ振り込まれますので後ほどご確認ください。お疲れ様でした」
銀行口座へ預金を確認すると、合計金額は16万ルベルに達している。
アルビダイアに帰還してからはや1週間、50万の船代を稼ぐために冒険者ギルドで日々依頼を受けていたオレたちは昨日、ついにCランクへと昇格したのだ。
Cランクで解放されるのは上級魔物討伐と護衛の依頼。
上級魔物の討伐依頼は1回3万ルベルであり、また倒した魔物の死骸も結構な値段で売れるためかなりウマイ。
加えてランクの昇給につき依頼数がグンと上がったおかげで待機することもだいぶ減ったし、ここ数日絶好調と言えるだろう。
1週間で16万か、結構良いペースじゃないか。
このままいけば50万なんて余裕も余裕、トトの言っていた祭りにもバッチリ参加できそうだ。
「だいぶ貯まったな」
「16万ルベル……今まで食費も節約してたけど、この勢いなら買って食べても大丈夫そうだね」
「手前ェで狩った獲物の方が鮮度が良くて美味いじゃねぇか、俺様は今まで通りの方が俄然良い。飯に金使うのなんて外食の時だけで世話ねぇだろ」
「まあな。でも似たような食材ばっかりでそろそろ飽きも出てきたし、野菜や果物なんかは街で買ってみてもいいんじゃないか?」
「賛成賛成!お芋とサボテンばっかりで退屈してたんだよね〜。なんか酸っぱいもの食べたーい」
「さかなたべたい」
初めの方は結構切羽詰まってて皆んな毎日大変そうだったけど、こう、目に見える余裕が出てくるとやっぱり表情も気楽になってくる。
そんな様子で机を囲い談笑をしていたところ、背後から「ケンゴー!」とオレの名を呼ぶ声がした。
そこまで大きいわけでも無いのにガヤガヤ騒がしい談話室の空気をスパンと一刀両断し、オレの耳へ真っ直ぐに入ってくるほど通った声の持ち主。
オレの知っている限り、この能力を持った知り合いは2人だけ。
「サイファル、アサドにウルファも」
こちらに向かって元気に手を振る緑ターバンの青年。
クサリクのオアシスで出会ったBランク冒険者のサイファル一向だ。
10メートル近く離れているが、あれだけ元気に手振りを披露してくれれば否が応でも彼だとわかる。
なんだかアンジェリカの姿が脳裏をよぎるというか、なーんか似てるんだよなあの2人。
先ほどまで依頼に出向いていたのか、彼らの服や顔には無数の切り傷と泥が付着している。
「ずいぶん手負いだな、護衛依頼に行っていたんじゃなかったのか?」
「ああそうなんだが、途中でサーポパードの巣にうっかりちょっかいをかけてしまってな。ほら、今は繁殖期だろ?それで激昂したツガイに襲われてこのザマだ」
「依頼主が悪いのよ!あの“ガキ”が面白半分に巣穴へ赤砂の果実なんか投げ込まなきゃ、あたしたちだってこんな目に会わずに済んだわ!」
「確かに、ありゃCランク冒険者だったら死んでたな。だからこそ彼の父親も俺たちを指名してきたんだろう」
「ホンッット、いっぺん死んでくれないかしら!!」
ち、血の気が多い……。
会話から察するに、どうやら依頼主の愚行により気の立った最上級魔物2体に襲われてしまったらしい。
ハズレくじを引いたということか、なんともお気の毒に。
ウルファとアサドはところどころに擦り傷や切り傷がある程度だが、サイファルはなんというか、衣服はボロボロだしよく見りゃ腹部から出血しているしでしどけない。
「さ、サイファル、お前平気なのか?結構血が出てるようだけど……」
「ああ、さして問題は無い。すでにウルファがヒーリングをかけてくれた。それよりケンゴ!確か君たち、金に困っていたんだよな!」
先ほどまでいつも通りの様子でいたサイファルが、突然目を輝かせてグイと顔を近づけてきた。
オレは唐突な出来事に驚き、左足を一歩下げる。
「そ、そうだけど……それが何か?」
サイファルはニヤリと笑みを浮かべると、「ちょっと来い!」と言って無遠慮にオレの腕を引っ張り、会議室へ引きずり込んだ。
状況を理解できずに呆然とするジュリアーノたちを、アサドとウルファが「どうぞどうぞ」と言わんばかりに押し込む。
向かい合ったソファの片側に座らせると、アサドがバタリと扉を閉めて3人とも向かい側に席着いた。
「サ、サイファル……?」
「ああ、安心してくれ。別に君たちを閉じ込めようってんじゃない。内密な話なので大衆に聞かれるのを避けたいんだ」
「こんな密室に俺様たちを連れ込んでまでか?」
「ああ、内密かつ重要な話だ」
異様な空気に緊張が走る中、いつになく真剣なサイファルの表情に感化されて、オレの背筋も自然と伸びる。
彼は数秒間の沈黙を挟み、やっと切り出した。
「簡潔に話そう。実は4日後から3日間にかけて行われる建国祭で、君たちの中の誰かにある人物の護衛依頼を請け負って欲しいんだ」
「護衛依頼……?誰の?」
サイファルはまた数秒の沈黙を挟み、身をかがめた姿勢をとったと思うと小声で打ち明けた。
「ミフターフ王国第17代国王の第一王女、アサーラ姫の護衛だ」
「な!?!?」
驚きのあまり声をあげそうになったオレの口をアサドが塞ぐ。
知らない単語が出てきたので「ひめってなに?」と問いかけるベルに、「王様の娘さんのこと」とそっと耳打ちをするガイア。
王女?今、王女って言ったか?
ひ、姫って、お姫様の護衛?オレたちが!?
「な、なんでそんないきなり……」
正直状況が飲み込めない。
確かにオレたちは護衛依頼の受注可能なCランク冒険者であるが、昇給したのはつい先日のこと。
護衛の依頼なんて受けたこともないし、ましてや特定のヒトを護りながら戦うなんて実践したことすらもない。
いや、厳密に言えばあるのだが、アレは護ったというより身を投げ出したの方が正しいだろう。
とにかく、オレたちには誰かの護衛を請け負うポテンシャルも経験も無い。
「そんな、知ってるだろうけど、オレたちがCランクに昇級したのなんてつい昨日だぞ?護衛依頼なんて受けたこともないし、それにお姫様の護衛って王宮の近衛兵とかがするものなんじゃないのか?」
「姫様はお忍びで祭りを楽しまれたいそうなのだ。変装するとはいえ、王宮の人間だけで付き添うのは逆に身分がバレる可能性があるので危険、そこで今回冒険者ギルドへ直々に依頼を出されたそうだ」
なるほど、確かに一般人は騙せたとしても誘拐や暗殺を目論む手練たちが気付かないとは限らない。
ジュリアーノの認識阻害魔術もロレンツォにより簡単に見破られていたし、そこの危険を考えればそういった策を講じるのも納得いく。
……だが、何故オレたちに?
「あたしたちは現在ミフターフに在籍している冒険者の中で最もAランクに近く、かつ護衛依頼を請け負った回数も実績も多いから選ばれたの。けど、ウチのパーティーって3人だけでしょ?あっちが欲しい人員は4人、あたしたちだけじゃ人手不足なのよ」
「国王は今までの実績に加え、クサリクの件で俺たちへ多大な信用を寄せてくださっている。欠員も補填は俺たちに任せるとのことでな」
「そういうことだ。君たちの実力は奴の試練で存分に見させてもらった。神獣を相手に怯まず戦い続け、更には勝利まで掴んでみせた君たちなら、姫様の護衛も任せられる」
拳を胸の前でギュッと握り、凛々しい目つきでそういうサイファル。
そこまで言ってくれるのは嬉しいには嬉しいんだけどなぁ〜。
「報酬は現金で400万ルベル、キッカリ山分けだ」
「「「よ、400万!?」」」
ギルドじゃ聞いたことの無いようなトンデモない額を耳にし、心が大きく揺れ動くオレたち。
募集の人数で割れば1人100万ルベル!!
オレらの頑張った1週間が全部無意味になるほどの金額だ。
「どうする?お姫様の護衛なんてとっと名誉なことだよ。額も額だし、今後に余裕を持つことを考えるのなら僕は受けて良いと思うな」
「けど3日間って祭りの期間ずっとってことだよね。それって護衛に行った子を仲間外れにしてる感じがしてなんか……」
「ああ、1日交代でも大丈夫だぞ。ただその場合でも報酬は変わりないが」
まあ確かに1、2、3日目を別でやれば負担も少ない。
2日あれば祭りも存分に楽しめるだろうし、悪い話じゃないよな。
「余裕があるに越したことは無いと思うんだ。みんなミフターフからの海外渡航は初めてだろ?わからないことも多いだろうし、切羽詰まった状態じゃ直前になって何か問題が起こっても対応に時間がかかって支障が出ると思う」
「けどよォ、お姫さんの護衛だろ?大丈夫なのかよお前ら」
「大丈夫だよきっと。サイファルたちがいるしね」
チラリとサイファルたちの方を見てみると、凛々しい顔つきで親指をグッと立てる彼の姿が。
そんなサイファルを見た経津主は大きなため息を吐いてから「わかったわかった。金のためだ、仕方ない」と、気だるそうな顔で了承してくれた。
サイファルの表情がパアッと明るくなったと思うと、きなり立ち上がった彼に両手をガッシリ掴まれ、手前へグンと引き寄せられた。
「ありがとうみんな!」
あまりに激しい握手。
アサドに静止された後、サイファルは懐から折りたたまれた書類を取り出しと渡してきた。
開いてみると、それは王宮からの伝達。
挟んであるのは……紹介状?
「明日その紹介状を持って王宮へ出向き、シャジェイアという人を訪ねるんだ。そして、その書類を見せて僕らに言われて来た旨を伝えてほしい」
「シャジャ…?」
「マフムード・シャジェイア近衛兵団長だ。紹介状に名前が書いてあるだろう?」
金縁で彩られた厚紙の右端に、達筆な筆記体で書かれた文字。
シャジェイア……こう書くのか。
「とにかく、王宮へ言って彼を訪ねるんだ。簡単だろう?」
「まあ……」
「よし」
するとサイファルたち3人は立ち上がり、それぞれの武器を携えて扉の前へ立った。
「じゃあ僕たちは次の依頼があるのでな。18時には終わるから、何かわからないことがあればそこでなんでも訊いてくれ」
そう言い残し、3人は足早に部屋から去っていってしまった。
取り残されたオレたちは、改めて書類を読む。
『ミフターフ王国王宮近衛兵団団長マフムード・シャジェイアより冒険者ギルドへ伝達。第17代ミフターフ王国国王直々の命により冒険者4名に第一王女アサーラ姫の護衛任務を要請。内3名は冒険者パーティー『断割の覇者』所属サイファル・イブラヒム アサド・ジブリール ウルファ・ハムドとし、残り1名は上記の3名の合意の元、Cランク以上かつ一定の護衛経験もしくは最上級魔物との戦闘経験を有する者とする。この1名は複数の者が交代で入ることも可能だが、その都度“責任者への報告と退魔の煌光を浴びることを必須事項とする”。』
思ったよりも厳しい条件じゃないな、最上級魔物との戦闘経験って護衛経験の代わりになるんだな。
「確かに俺様たちも当てはまってるな」
「ジュリアーノ、この退魔の煌光って何?」
「上級以下の術を全て無効にする光属性の最上級魔術だよ。重要な場で変装を見破るのに使われることが多いんだけど、光属性だし最上級だしで使えるヒトがすごく制限されるんだよね。ミフターフにそこまで優秀な魔導士や魔術師の話は聞かないし、多分魔具をつかうんじゃないかな」
光属性って、確か闇属性と並んで1番取得と使用が困難な属性だったよな。
難しい上に級も高いとなると魔具でも相当な値段がしそうだけど、まああれだけギラギラの宮殿住ん出るんだし、結構金持ちだよなミフターフって。
って魔術を無効ってことはまさか、ジュリアーノの認識阻害魔術も?
「じゃあもしかしてジュリアーノは」
「そうだね、退魔の煌光を浴びたら僕にかかってる認識阻害の魔術が解けちゃうから、正直言って僕が護衛に着くのは現実的じゃないかも」
「その道理なら俺様も無理だぜ。お姫さんの護衛に当たるには俺様の角は目立ち過ぎる」
そうだ、経津主も変身魔術で人間に変装していたんだった。
この世界の住人は神が比較的身近で共存しているために彼らへの抵抗は少ない。
実際、経津主の正体については仲の良い人物にはほとんど知れ渡っているし、こちらとて隠す気は毛頭無い。
だが、今回請け負うのは一国の超重要人物の護衛。
パレードなどで姫の姿が公になっているならまだしも、お忍びの護衛に頭から刀を生やしたヤツを連れて行くのはちょっと派手がすぎる。
「でもさあ、ボクらのパーティーで1番強いのって経津主でしょ?アッチだって強い人材はなるべく逃したく無いだろうし、とりあえず明日 相談してみたら?」
「うーん、そうだね。確かにそれが良い」
ジュリアーノと経津主はうんうんと頷き、納得の表情を見せる。
「よし、じゃあ明日は依頼はおやすみ。紹介状の通り、朝の10時に宮殿へ行こう!」
ということで翌日、やって来ました王族宮殿『カスルアクバルバタル』。
相変わらず発音のしずらい名前ということは置いといて、確かに門番へ紹介状を見せると、厳しい顔つきで宮殿に近づく者を睨みつけていたのが嘘のようにすんなりと通してくれた。
初めて入る宮殿の内部は意外にも質素で……いや、実際には王族の城らしい美しく装飾の凝ったデザインではあるのだが、外観のギラギラから想像された宮殿内よりもずっと控えめで少し驚いた。
フレスコ画が無いな、でも代わりに素晴らしいタイルアートが床や天井を彩っていてとても美しい。
レリーフ彫刻の精巧度合いに関してはさすがにアウローラには劣るけど、色彩芸術というのだろうか、絨毯や垂れ幕の色使いが実に素晴らしい。
「こちらでお待ちください」
衛兵に連れられた先には、10畳ほどの広い客室。
凝った彫刻の木製のテーブルの両側に置かれた緑色のソファには、背の部分に真っ赤なカバーがかけられている。
ミフターフじゃよく見るカラーリングだ。
でもちょっと照明が眩しいかも。
真昼間なんだから窓でも開けりゃ良いのに、カーテンは閉めっぱなし。
そんなことは気にせずソファに腰をかけるとこれがビックリ、まるで雲の上に座ったかのようにフッカフカで、5センチ近く底に沈み込んだのだ。
「すっごいね、なんの羽使ってるんだろう」
「こういうの苦手なんだよな。俺様は立ってるぞ」
経津主はそう言い、ソファの後ろで1人仁王立ちをした。
相変わらずこだわりの強い……。
メイドさんの出してくれたお茶と菓子を堪能しながら待つこと十数分後、扉がガチャリと開いて男が1人入って来た。
「待たせてすまない。カサイケンゴ君とその一向だったか」
男がそのまま「失礼」と言って入室し、ソファへ腰掛けた。
色黒の肌に艶のある黒い長髪を後頭部でまとめており、その肉体は筋骨隆々でいかにも“兵士”といったような装いをしている。
「私は王宮近衛兵団団長、マフムード・シャジェイアだ。君たちのことは一昨日サイファルたちから聞いている。どうぞ楽にしてくれ」
そう言うと、シャジェイアは黒い眼でオレたちをじっくりと見定めはじめる。
真正面から向けられる鋭い視線は執拗に緊張を誘い、まるで背筋が凍るようだ。
一瞬 驚いたような表情をした気がしたが、多分気のせいだろう。
「先ほども言ったように、君たちのことは『断割の覇者』のメンバーから聴いている。オアシスの神獣クサリクにアウローラではグライアイやオルトロスなど名だたる強敵を打ち破って来たそうじゃないか。特にバジリスクはその槍で一撃だったとか」
想像の3倍話されてた。
てかなんでバジリスクのこと知ってるんだよ。
グライアイとかオルトロスについてはハッキリ覚えがあるけど、バジリスクに関しては名前すら出してないのだが!?
……いや待てよ、確かサイファルの親父さん、冒険者ギルドミフターフ支部のお偉いさんだって言ってたっけか。
絶対そこからだ……。
「正直言ってCランクになって間もない、その当時はなってすらもいないような新人冒険者たちがそのような偉業を成し遂げたなど到底信じることはできないが、今この眼で直接見て確信した。君達はホンモノだ」
「えっ」
意外にもあっさりと信用を勝ち取り、ついつい声が出てしまった。
いやいやいや、今顔合わせたばっかりじゃん。
そんなに簡単に信じちゃって良いの?お姫様の護衛を任せる人間だぞ?
戸惑うオレたちを気にも止めずにシャジェイアは話を続ける。
「不思議そうな顔だな。なに、簡単なことさ。君達はすでに退魔の煌光を浴びているのだ」
「「な!?」」
オレは咄嗟に後ろを振り返り、経津主を見る。
先ほどまで何も無かった彼の頭には銀色に輝く立派な2本の刀が生え、頬からも鋭い刃が顔を見せていた。
なんてことだ、全くもって気が付かなかった。
いや、よくよく考えれば分かったことかもしれない。
完全なる密室、締め切ったカーテン、やけに強い照明、注意深く観察してみれば、この部屋は客を迎えるに相応しくない。
だから身体検査も何も受けず簡単に城へ入れたのか。
変装をしている疑いがあるのであれば、この部屋へ入れて化けの皮を剥がせば良い話。
客室なら疑われる可能性も低い。
まんまとやられた。
「探知機で検索してみたが何か魔具を隠している様子も無し、君たちに敵意がないことはとっくに理解しているよ。まあ、サイファルたちの紹介であれば特に疑う余地は無いのだが、念のためな」
まあ、説明する手間が省けたという意味では好都合ではあるけど、さすがに驚くぜそれは。
てかサイファルへの信用がすごいな。
「さて、本題に入ろう。今回君たちに頼みたいのは我がミフターフ王国の第一王女、アサーラ姫の護衛だ。知っての通り、この国の治安は他国の水準に比べ良いとはいえない。特に街へ多くの人々がごった返すイベントごとの際は、高い確率で誘拐未遂が起きる」
なるほど、オレたちもなんどか詐欺やスリに遭いかけた。
周りに人がいれば犯罪の抑制につながるが、多すぎると逆に目立たなくなってそういったことが横行してしまう。
ましてや一国のお姫様、より細心の注意が必要だ。
「当日護衛に着くのは5人。私と『断割の覇者』、そして君達のうちの1人となる。わざわざパーティーで来た、ということは『1日交代を所望する意思がある』という解釈で合っているか?」
「はい。オレとジュリアーノ、経津主の3人で行くつもりです」
「なるほど。鎧銭の刀神に原初神の弟子か、これほどまでに心強い人材というのはどこを探してもそうそうに見つかるものではない、私も頼りにしているぞ。……だが、」
先ほどまで流暢に話していたシャジェイアが、いきなり言葉を濁す。
「ジュリアーノ・ベラツィーニ様、貴方の同行を認めることはできません」
「!!」
「ミフターフ王国とアウローラ公国は長らく同盟を結んだ関係にあります。ジュリアーノ様ご自身の意志とはいえ、貴方様の身に万が一のことがあれば、両国の関係に亀裂が生じることも否定はできない。ここはどうか、ご理解願います」
そう言い、シャジェイアは深々と頭を下げた。
やはり言われてしまったか、まあおおかた想像はついていたよ。
ジュリアーノは彼自身が思うよりもずっと大切にされている。
公王の氏族という大きな権力を持つ立場であるにもかかわらず遠慮会釈に寛仁大度、気さくで接しやすい彼の人柄は誰もが憧れ慕うにふさわしい。
正直今のジュリアーノがそこら辺の賊なんかに負けるとは思えないが、シャジェイアの言う通り万が一というものがある。
「はい、仕方がないですね。でも、変装や認識阻害などの魔術面に関しては王宮の魔術師にも劣らない自信があります。公族の者といえ、僕も列記とした冒険者です。もちろん護衛には出ません、しかしどうかこの僕にも仕事を与えていただけないでしょうか!」
「…」
厳しい顔つきで沈黙するシャジェイアであったが、彼の熱意に根負けしたのか、口元を緩めてフッと笑った。
「わかりました。では当日は貴方様に任せる手筈も取っておきましょう。しかし、力量はきちんと審査させていただきます」
「ありがとうございます!」
立ち上がり深々とお辞儀をしたジュリアーノの拳は、嬉しさを堪えるようにギュッと握り締められている。
良かったなジュリアーノ。
「話しはこれまでにしておこう」
「えー、もう終わりなの?」
「ああ。今日の目的は君達の顔を見ておくこと、そして姫様と直接会ってもらうことだけだ。実を言うと私はこの後も仕事がある。だからのんびりしている暇はないぞ、さあ行こう」
そう言って間も無く部屋を出て行ったシャジェイア。
もうすでに歩き出しているのか、歩いている腰に垂れ下がった鎖がジャラリと重々しく鳴く声が廊下から聞こえてくる。
ええ……オレたち一応客人なんですけど……。
ジュリアーノも驚いた様子でポカンとしているが、その表情にはどこか薄い苦笑いが混じっている。
仕方がないので戸惑いながらも立ち上がり、駆け足で彼の背中を追った。
はっっやいなあの人!
タッパがでかい分歩幅も広いのか、クッソ、オレだって不老じゃなや今頃は大人と変わらないくらいになってたはずなのに。
広間を抜けて廊下を少し歩くと、丁字路の突き当たりに大きな扉が見えてくる。
シャジェイアが取手に手をかけてギギギという音と共に扉を開けると、隙間から眩しい太陽光が差し込めてきた。
ここは、中庭か。
草花の生い茂る庭の中心には巨大な噴水があり、勢いよく噴き出す水の上で華麗に佇む一体の石像。
「あれ、トトだ」
片手に本を持ち、未来を見通すように凛々しい顔つきでどこか遠くの空を見つめている。
いつものローブは着ていないんだな、それに背中から羽が生えてるしなんだか鳥っぽい。
ちょっと新鮮かも。
「なんか妙に格好良いなこのトト」
「てばさき……」
「こらこら呼び捨てにするんじゃない、トト様はミフターフで最も偉大な神だぞ。建国の以前よりこの地で世界の書物を管理し、民に多くの智恵を与えた。砂漠という厳しい環境の中、ここまで発展した国を築くことができたのは全て彼のおかげと言えよう」
そう熱弁し終えると、シャジェイアは額に手を当てて石像へ敬礼を贈る。
分かってはいたけど、トトってミフターフのヒトにすごく慕われてるんだな。
シャジェイアの話し方、城のど真ん中建てられた大きな石像、図書館も連日ギルドの倍以上客足があるし、国を治めているわけでもないのにここまでの人望と尊敬を集められるなんて、前の世界の宗教観ならまだしも、神がより身近なこの世界で……。
でも、何故トトなのだろうか。
王宮の中にある像や肖像画ってだいたい歴代の王様がモデルになってるもんじゃないのか?
今も生きて国を支えるトトの石像はあって、国を作ったと言われているメルクリウス神の像が無いなんて。
なかなか見かけないけど、どこか別の場所にあるのだろうか。
「シャジェイアさん、メルクリウス神の像ってどこにあるんですか?」
「……なに?」
「メルクリウス神ですよ。一国を建国した神がどんな姿をしているのか個人的に気になって、でもどこにいっても見当たらないじゃないですか、王宮ならあるんじゃないですか?」
原初に国を治めた神の像、街中にはなくともさすがに王宮にはあるはずだ。
何せミフターフという国の父親なのだから。
しかし、オレの言葉を聞いたシャジェイアの表情は意外にも苦く、そればかりかジュリアーノや経津主までもが少々気まずそうな顔をしている。
この空気、もしかして触れてはいけない話題なのか!?
「メルクリウス……あのような愚王の彫像、遺しておいて何の価値になるというのか」
「ぐ、ぐおう……?」
愚王ってまさか、メルクリウスが愚王?
トトの話からそんな感じは全くしなかったけれど、厳しい顔つきのシャジェイアや黙り込んでしまった周りの反応を見るに、おそらくは正しいこと。
知らなかったとはいえ、気まずい雰囲気を作ってしまったのは申し訳ない。
これは、絶対に訊かない方が良かったな……。
「…」
「あ、あの、すみません。オレ、知らなくって……」
「いかがいたしましたの!!」
オレが謝罪の言葉を口にしようとしたその瞬間、全ての音を切り裂いて甲高い一声がその場の全員の耳にズバッと通っていく。
な、なんだ!?
驚き声の方を振り返ると、1人の女の子が立っていた。
金や銀が散りばめられた美しいアバーヤに身を包んでいるが、その両手には泥だらけの軍手をはめており、片手にスコップを持っている。
やけに元気な女の子だ。
「ア、アサーラ様!」
その名を口にし、直ちに跪くシャジェイア。
少女は左手を腰に据え、見下ろすような姿勢でこちらを見物する。
その姿は可愛らしくも言葉にできない威厳と迫力が確かにあった。
アサーラだって?
ついさっき聞いたばかりの耳に新しい名前だ。
じ、じゃあこの子が……
ミフターフの第一王女!?