第38話「さようならドクロさん」
「な、なんでこんなものがここに…!」
姿を現した衝撃的な物体に腰を抜かすジュリアーノ。
経津主も額から脂汗を垂らして絶句する。
本当になんでこんなものが…。
なんの変哲もない普通の箱。
その中に入っていた、明らかな事件性を醸し出す人間の体。
みぞおちから太ももの付け根までしかなく、蒼白な肌が赤黒い血液とコントラストをとって、酷くグロテスクなはずなのにどこか美しい。
決して開けてはならないパンドラの箱を、オレたちは一時の好奇心に任せて開けてしまった。
どうする…このことがドクロさんに知れたら…!
蔵の最奥へこんなものを隠しておくようなヒト、もしこれが重大な秘密であるのならば、きっとオレたちに命は無い。
「開けてしまったのはもう仕方ないことだ。この秘密は墓場まで持って行こう…」
「ああ…」
ジュリアーノは床へ座り込んだまま黙ってコクリと頷く。
オレはゆっくりと箱の蓋を閉め、被せてあった布を元へ戻した。
ひとまずはこれで大丈夫、しかしこれからが大変だ。
パンドラの箱を見てしまったということを、どう彼女へ気取られずに生活できるかどうか。
平和なまま別れを告げられるよう、細心の注意を払わなければ…。
その時。
ギィ
背後から鳴り響く鈍い音に、一同の背筋が凍った。
ほんのコンマ数秒オレの耳に入ったあれは、明らかに誰かが階段を踏み締めた音。
経津主もジュリアーノも、手汗だらけの拳をギュッと握りしめて、小さくカタカタと震えている。
まさか、まさかとは思うが…いやそんな……だってさっきまで作業場にいたわけだし、あのヒトは1回籠ると日が落ちてもなかなか出てこないんだ。
だからこんなとこにいるはずない、いるはずがないんだ、あのヒトがこ……
「見たな?」
普段では考えられないほど低い声がオレの耳元で静かに響く。
冷たく硬い骨の指がうなじからスルリと首元をなぞり、恐怖で震える喉仏を先っぽで弱く刺した。
お、終わった…殺される……。
「えっ、じゃ、じゃあ殺さないんですか……?」
目尻を赤く腫らしたジュリアーノが、草の上に手をつきながら今にも泣き出しそうな顔で問う。
蔵の前で腕を組むがしゃどくろは、その姿を見て呆れたようなため息をこぼした。
「当たり前じゃ。儂とてある程度の良心は持ち合わせておる」
その言葉を聞いた途端、「よかったぁ……」と大粒の涙をこぼしながら膝から崩れるジュリアーノ。
オレと経津主もひとまず胸を撫で下ろす。
どうやら血や腑を抜かれる心配はないようだ。
しかし、元はと言えばがしゃどくろの言いつけを守らなかったオレたちの非。
今回のことは反省して、今後肝に銘じておかないとな…。
「全く、悪童共めが。そこの2人はまだ解るとしても、お主はなんじゃ経津主神!!」
がしゃどくろの怒声に、青ざめた顔でビクン肩を揺らす経津主。
「今年でいくつじゃ。ええ?言うてみい!!」
「さ、378…」
378!?
結構歳いってんな…。
「保護者が悪ノリしてどうする!このアンポンタンが!!」
「け、けど、ドクロさんよォ…」
「なんじゃあ!!」
ううっ、耳が痛ええ…。
衝撃波のような怒号に怯みながらも、経津主は一度深呼吸をして毅然とした態度でがしゃどくろを見る。
「あの箱の中身、あれ、ガイアの身体だろ…?」
なんだって?
確かに聞こえたその言葉に、オレは自身の耳を疑った。
がしゃどくろは瞳を外方に向けて黙り込む。
「蔵に入ってから右脚だけにこそばゆい感覚があった。2階へ上がったら少し激しくなりやがったし、ガイアと初めて会った時のことも考えれりゃ、おそらく一種の共鳴現象だ」
「えっ…本当なんですか、ドクロさん」
「……」
先ほどまでとは一気に立場が逆転。
がしゃどくろは額から冷や汗をダラダラと垂らし、なおもダンマリを決め込む。
この様子じゃ多分図星か。
「黙ってちゃらちがあかねぇぜ。ケンゴ、ここにガイア連れて来い」
「お、おう…」
経津主にそう言われ、母屋で雑巾掛けをしていたガイア(ついでにベルも)を蔵の前まで引っ張ってきた。
いきなり連れてこられたので何が何だかわかっていない様子のガイアと、何故か草むらに正座するジュリアーノと気まずそうな顔のがしゃどくろを見て、はてなと首を傾げるベル。
「ナニナニ?何かあった感じ?」
「ガイア」
辺りをウロチョロしていたガイアは、自分を呼ぶ経津主の声にフッと振り返る。
すると「あー!」気付いたようにすっとんきょうな声をあげて彼の元に駆け寄った。
何故かといえば経津主はその両手に先ほどオレたちの発見した、人間の下腹部を持っていたからだ。
「え、え、経津主が見つけてくれたの?」
「お前の身体か?」
「そうだよ!凄い凄い、ずっと探してたんだよ!情報も全然無くてさぁ〜」
ガイアは目が見えないのでその姿を直接目視することはできないが、神であるので切り離されていたとしても欠損した自身の身体の気配を感じることができる。
つまりガイア本人が認めたということは、この身体が彼女のものであるという何よりの証拠なのだ。
「…………まあ、なんじゃ…別に隠すつもりはなかったがの…」
首筋を人差し指でポリポリと掻きながら、左上を見上げしどろもどろ答えるがしゃどくろ。
し、白々しい…。
「しかし見つけたから何だというのじゃ。今の持ち主はこの儂、大枚叩いて手に入れた一級品の素材をそう易々と渡してなるものか。注文の杖にも使うつもりじゃしの」
「そ、そんな…」
無茶苦茶な言い分にも聞こえるが、がしゃどくろの物言いは一部正しいとも言える。
盗難品を売りに出したり盗難品と理解した上で購入すればアウトだが、本人の過失で紛失したものの場合、一定の期間が経てば元の持ち主に所有権は無くなり、売買してもなんら問題はない。
一応こんな法律がミフターフにはあるのだが、正直言ってガバガバ。
だからこそトトは貸し出した書物に魔術をかけ、不当に売買取引をすれば自身の元へ戻ってくるように差し向けたのだ。
抜け目ないがしゃどくろがここまで堂々と言い張るのだから、たとえ彼女を御用に突き出しても売買記録の足はきっと辿れない。
「こざかしい…」
「どうとでも言うが良い。幾ら減らず愚痴を叩いたとて結果は変わらんからな」
どうすれば。
素材の時みたいに物物交換を持ちかけようか…いや、あれだけ高価そうな武器と共に蔵の際奥へ保管されていたことからわかるように、神の体の一部というのは妙々たる品。
オレの持つ恢故の碧槍にも風神アイオロスの一部が使われてるし、持ち主であったアイテール本人が「値もつけられない代物」と言っていた。
そうだ、値のつけられない代物……この槍なら……いや、それはアイテールに対して失礼になるか……。
オレたちが頭を抱える様子を優雅に眺めてふんぞり返るがしゃどくろに、ガイアが一つの質問を投げかける。
「ねぇねぇ、ボクの身体のこと素材って言ってるけど。どうやって使うの?骨を削ったり髪の毛を装飾にはしたりするのはわかるけどさ、その部分は特に大きな骨も無いし、ボク体毛薄いから使えるような毛も無いし」
「愚問じゃな。この儂が極端に限られた素材を、そんなにもったいない使い方すると思うのか?」
やれやれと言わんばかりに大きなため息をこぼすがしゃどくろ。
やれやれはこっちだっての!
「使うのは血液だけじゃ。出来上がった武器の素材を5日ほど漬けておけば、多少ではあるが自己再生能力が芽生えるからの」
「そうなの?知らなかったなぁ〜」
さも他人事かのように話すガイアに、皆が少しの呆れを見せる。
自己再生能力か…確かに武器は戦いへ用いるものだし、一職人である彼女にとっては魅力的な要素だ。
下腹部を返してしまえば以後使えなくなるわけだし、それはそれで大金を出したと言っている彼女が報われない。
どうしたものか…。
「どくろさん、がいあ の ち がほしいの?」
さっきまで状況を理解できずに周りをキョロキョロと見回しながら黙っていたベルが、突然口を開いた。
思わぬ人物からの質問にがしゃどくろは一瞬驚いた表情をしたが、すぐにスンとして受け答える。
「うん…まあ短簡に言えばそういうことになるな」
「じゃあさ、がいあの ち をさ、おてがみで おくるの どう?とおくに いても ほしいって いえるし、がいあ けがとか なおるの はやいから」
ベルの意見に対し、その手があったかと面食らう一同。
確かにそれならガイアは下腹部を取り戻せるし、がしゃどくろも貴重な素材を失わなくてくすみ、互いのニーズと合致することができる。
「イイじゃんベル!それイイ感じだよ!」
「て言っても血でしょ?素材を漬け込めるくらいの量を送って、ガイア本人は平気なの?」
「だーいじょうぶ!ボクったら生まれてこの方一度たりとも貧血になったことないんだかんねっ!」
「そ、そっか…」
「こんな姿でも生きてるからな、ガイアは」
ベルの発言は結構良い提案であるし、意見としても的を得ている。
しかし肝心なのは、このことについてがしゃどくろがどう思うか。
「……」
腕を組み、全集中で吟味する様子を見せるがしゃどくろ。
ナーバスな心でソワソワ見守る一同の中、彼女はベルをチラリと見た。
眉を垂れさせ、必死に懇願するような羨望の眼差しを向けるベルを一瞬チラリと見る。
すると、がしゃどくろは今一度大きなため息を吐いた。
「…仕方ないのう。今回は特別じゃぞぉ…?」
なんと予想外。
希望したとはいえ、なんたる軽さ!
「えっ!良いの?良いの!?」
「ベルに免じて呑んでやるわ、その約束。じゃが忘れるな、もし一度でも送り届けられぬことがあれば、たとえあの世にいようとも居場所を突き止め、スルメになるまで血液を搾り取ってやるからな!それも全員じゃ!」
相変わらずの恐ろしい物言い…けれど、まさかOKを出してくれるとは。
ガメツいって言っちゃ言葉が悪いけど、高額な情報料や治療費を請求してきた彼女だ。
てっきり突っぱねられると思っていたのだが…。
まあ何はともあれだ。
「ありがとうございますドクロさん!」
「ありがとー!大好きー!!」
よほど嬉しいのかガイアはがしゃどくろの周りをクルクル飛び回り、彼女が油断した隙にとんでもないスピードで抱きついた。
あまりの勢いにバランスを崩し、草むらへ転がるがしゃどくろ。
迷惑そうな言動で引き剥がそうとする彼女だが、表情は満更でもなさそうだ。
「どくろさん、ありがとう」
ベルが尻餅をついたままのがしゃどくろの隣でしゃがみ込み、彼女へ手を差し出した。
照れくさそうに手を取るがしゃどくろに、ベルはニコリと笑いかける。
「他ならぬ主の願いじゃからな。その代わり、手紙を寄越すようキチンと奴に伝えておくのじゃぞ?」
「うん、やくそく」
ベルは自信の顔の前で小指を立てる。
がしゃどくろはためらうも、「仕方ないの」と静かに吐き捨て、小さな指に自信の細く白い小指を絡めて優しく上下に振った。
あれから2週間という長い期間を経て遂に、ジュリアーノの杖は完成した。
乳白色の直線が入った黄金の柄に、先端部にはウルトラマリンとセルリアンブルーが美しい巨大な宝石がついている。
その名も『氷滬波頭』。
ジュリアーノはその杖を受け取るや否や、ルンルン気分んで野外の砂漠へ走っていき、目に入った岩を的に早速試し撃ちを始めた。
「大地を浄化せし清らかなる水よ、我が命に応えたまえ」
詠唱が終わると同時に杖の先端に形成される小さな水玉。
しかし…。
「な、なんか早くない?」
「うん、前よりも充填速度が増してる!」
いつもなら6秒以上かかる水の充填が、なんと今回は2秒ほどで完了してしまったのだ。
おまけに水玉のサイズ通常の倍以上ある。
「はあああっ!深淵の嘆き!」
ジュリアーノが打ち出した水玉は盛大な爆発音と共に極太の水鉄砲となり、的の大岩だけでは飽き足らずと、直線上の砂丘までもを水圧で抉り取って、まるで巨大な蛇でも通ったかのような半円柱状の道を形成した。
驚くべき杖の威力を目の当たりににしたがしゃどくろ以外の一同は、目を丸くしたまま固まっている。
「す、凄い!僕、いつも通りにやっただけなのに!」
「当たり前じゃ。ソイツは魔力の節約に加え、術の威力を2倍以上に底上げする。換算すれば効率はざっと6倍ほどか」
「ろ、6倍!?」
術効率6倍の杖なんて聞いたことないぞ、とんでもないチートアイテムじゃないか!
さすが原価1000万の杖……実力もダテじゃない。
ジュリアーノは自分の手の上の杖を、感極まった様子でまじまじと見る。
それもそうだろう。
仲間の協力はあれど、彼にとっては初めて自力で手に入れた武具なのだ、きっと心から感動しているに違いない。
「儂にかかれば、これほどのことなど造作もない」
得意げに胸を張りそう言ってのけるがしゃどくろ。
上機嫌で走り帰ってくるジュリアーノを見てフッと笑うと、彼のもとへ駆け寄ろうとしたガイアを抱え、亜空間へ入った。
「あれ?ドクロさんは?」
「ガイアと先に帰ったぞ」
「ええ、お礼言おうと思ってたのに…」
わかりやすく肩を落としてガックリと項垂れるジュリアーノ。
オレは彼に近づき、手に持たれた杖をまじまじと見た。
「凄いよなぁ。性能の良さもあるけどよく見れば装飾も精巧かつ緻密だし、こんなに技巧の詰まった作品を1ヶ月半で完成させるんなんて」
「そうだね。素材選びもすごく頑張ってくれたし、やっぱりちゃんとお礼言わないと」
杖の柄はクサリクのツノをベースとして、2つに割れた間にマトリススピーナという素材を挟んで作られている。
アウローラの地下で取れる希少素材であり氷属性魔術の著しい威力向上が見られるのだが、いかんせん実態が不明瞭で、がしゃどくろいわく鉱物なのか生物なのかはたまた化石なのか、とにかくよくわからないらしい。
元々氷属性バフの素材はアスガルトの特殊な樹木から採れる、ウィットアウワーという名の青白い琥珀を使う予定だったのだが、倉庫の奥に眠る琥珀探しを手伝っていた時にとある事件が起こった。
ジュリアーノが何気なく足元の木箱を運んだ際、なんとその中に入っていたマトリススピーナが激しく発光しだしたのだ。
素材に対し何か重大なことをやらかしてしまったと思い込み、弁償覚悟で必死に謝っていたジュリアーノだったが、目の肥えたがしゃどくろはそれを一種の共鳴現象と見抜き、急遽使用する素材を変更したのだった。
一時はどうなることかと思ったが、今になってみれば大当たりだったと言えるだろう。
「ドクロさんには当たり前として、これだけ腕のいい職人を紹介してくれたトト神にも感謝しないといけねぇな」
「うん、帰ったら真っ先に報告しに行こう」
その後もジュリアーノはいろいろな魔術の試し撃ちをした。
使い心地は申し分ないようだが、自分の身長よりも大きい杖を振り回すのは相当なパワーがいるらしく、調子に乗ったせいで体力面で少々のバテを出していた。
がしゃどくろは彼の体力も考慮してなるべく軽い素材を選んでくれたのだが、それでも効果モリモリなため多少の重みは出てしまう。
こればかりは仕方ないことなので、ジュリアーノは自分とオレの腕を見比べながら「僕も鍛えないとな…」と小さく呟いていた。
「そろそろ戻るか」
「そうだね、ドクロさんにお礼しないと」
砂嵐の門前、丸石の上で虚空に手をかざして押し込む。
ズズズという重たい音と共に差し込む日光に目を細めると、突如として大きな人影が光を遮った。
ドクロさんじゃない、誰だ?
いきなりのことに驚愕したオレは、両手を広げた大の字の何者かに抱きつかれ、そのまま地面にドスンと尻もちをついた。
「びっくりし……!?」
知らないやつにいきなり抱きつかれ、尻もちが割と腰に響いたのもあり文句を言ってやろうと思ったその時、ある匂いがフワリと鼻を通った。
清涼感があるがどこかフローラルなこの香り。
この匂いを発するのはオレが知る中でただ1人だけ。
「え!?が、ガイア!?」
「おっかえりー!!」
耳元で聞こえる透き通った声は、紛れもなく彼女のもの。
しかしながら脳の処理が追いつかない。
オレの首元に回る長いものは肌のような感触ではないものの、触ればわかる通りガイアの肩と繋がっている。
目線の先でばたつく2本の足は木綿製の和装の内側から生えており、これもまたガイアの下半身と繋がっていた。
「うで…あし…」
「おまっ…その身体!」
「ウソ、ガイア?ガイアなの?」
その姿を目の当たりにした他3人も目を丸くし、豆鉄砲を喰らったハトのように驚き入った様子で静止する。
「そうだよ、ドクロさんにもらったんだ!カッコいいでしょー!」
ガイアは自身の身体を皆へ見せつけるように、腰へ手をやってフンスと自慢げに胸を張る。
元々上半身しか無かった彼女の体は、今や普通の人間の形同様。
肩から生える紺色の腕は関節部にからくり人形のような機構が搭載され、まるで本物の腕のような滑らかな動きを再現する。
股下からも同様にからくり人形のような機構の付いた、ニスの塗られたようにツルスベの細く長い2本の足が生えている。
シルエットからも全く違和感が無く、予想されるガイアの体型と完全にマッチしていた。
これをドクロさんが?
「『あの守銭奴がこんなに精巧な義手義足を簡単にくれる訳が無い、後で何かとんでもないものを請求されるのか』とでも言いたげな顔じゃな、お主」
扉の奥を見ると、腕を組んでオレを見下ろすがしゃどくろの姿が見えた。
いや、まあちょっとは思ったけど…ってか自覚あるんだな。
「えっと……」
「そう勘繰りすぎるでない。儂はただ、過払金の分を精算しただけじゃ」
「え?か、過払金?」
「そこまで驚くことでも無かろうに。まさかお主ら、自分の運んできたものの全てが杖の素材になるとでも思うおったたのか?湯船よりも大きなツノが、一本の杖如きに収まる訳など無いじゃろが」
今まで彼女へ抱くのが守銭奴なイメージしかなかったからか、オレは一瞬その言葉を理解できなかった。
「あ?まさかお前ェクサリクのツノを?」
「んな訳があるかたわけ。別物じゃ」
別物…って言っても、光沢の質感といい歩いた時の音といい、相当良い素材だよな。
考えてみれば、オレたちの採集してきた素材はどれも杖一本の中に収まらないような量。
しかしそれらはがしゃどくろの実力を持ってすれば余裕で手に入る代物で、元々借金をした上の願いだったし、物々交換の要領で正当な価格で取引はされないと思っていたけど…。
「ちゃんと考えてくれてたんですか…ドクロさん優しいですね。ありがとうございます…と、すみません。なんだか誤解してました、色々と」
今まで自分が虐げられてきた記憶だけで彼女の人格を構成してしまっていた。
料理の食材を無償で使わせてくれたり、親身になって怪我を治療してくれたり、よくよく思い返せば気付けるところはいくらでもあったはずなのに。
やはり表面上だけでヒトを判断するのはやはり良く無い。
「当たり前じゃ、儂を誰だと思うておる」
そよ風に長い髪の毛を揺らすがしゃどくろの表情は、いつもよりも朗らかに見えた。
「ほ、本当にもう!なんてお礼をしたら良いのか!!」
「それはもう6回聞いた…。そろそろ耳にタコができるぞ……」
砂嵐の手前、亜空間よりも少し離れた場所でジュリアーノはがしゃどくろの両手をがっしりと掴み、上下に激しくブンブンと振り回す。
横ではガイアがギュウと抱きついて彼女へ激しい頬擦りをかますため、ずいぶんと窮屈そうだ。
案の定巨大な骨の手によってガイアとジュリアーノは無理矢理引き剥がされ、砂の上へ無造作に放り出された。
「トトに話しておきます」
「あー、よいよい、めんどくさいんじゃ交友関係とか。変に手紙が来てもよっぽどの仲でなきゃ返信に困るし、彼奴とは専ら会っていないからの」
「そ、そうですか…」
ずいぶん淡白なヒトだな。
まあ紹介してくれたのはトトな訳だし、一応話すけど。
「どくろさん、げんきでね。かぜひかないでね」
「ああ、お主も元気でな」
がしゃどくろは前屈みの姿勢でベルの頭を撫でると、彼女の胸の辺りを優しくポンポンと叩いた。
そんな微笑ましい光景を目にした経津主は何を思ったのか、神妙な面持ちで腰にかけられた刀をひと撫でする。
がしゃどくろがオレたちに与えてくれたのは杖だけではない。
予定には全く無い少々行き当たりばったりなイベントだったけれど、彼女と出会い過ごしたこの2ヶ月間は実に有意義なことだったと言える。
表面で人を判断しないこと、自分という存在がまだまだ未熟であること……あと、流されないことの重要性…。
「途中でサソリに食われて骨になるようなことがあれば、その時は残さず拾って儂の椅子にでもしてやるわ」
「平気です。この杖があるので!」
「俺様の刀でまとめて叩っ切ってやるぜ」
「大丈ー夫!みんながいるからね!」
「問題ないです」
「たべる」
各々の答えにがしゃどくろは白く細い手で口元を隠し、小さく吹き出した。
毒に侵された危険地帯の砂漠の端には植物はおろか動物すらもが存在せず、どれだけの強風に晒されようとも、砂が日に照らされて黄金に輝き舞うだけ。
見慣れた景色、しかしまたしばらく見なくなるのだろう。
「達者でな」
そう言って静かに手を振るがしゃどくろの姿は、そんな砂漠には雑なコラ画像のようにミスマッチだ。
少し歩いても変わらない目の前の景色と、徐々に小さくなっていく背後のがしゃどくろ。
よっぽど名残惜しいわけじゃないが、ここまで来るとどういうわけか振り返ってしまうんだ。
今にも彼女を飲み込んでしまいそうな黄色いモヤは、他国とミフターフとを分断して天高くそびえたっている。
3年に一度、半年もの間ミフターフの民を苦しめ続ける魔素の砂嵐。
なぜだかはわからないがしかし、その時のオレにはアレが、この国を守る“極大の防護壁”のように思えた。
そばにトトの姿が見えたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。