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第33話「平和な夕食」

「……ご……んご……賢吾!」



 暗闇の中から微かにオレの名を呼ぶ声が聞こえる。

 この声は…ガイア?



「賢吾!起きてよー!!」


「うるっさいのう、静かにせんかいっ!!」



 がしゃどくろが繰り出した骨の腕がガイアを鷲掴みにして口を塞いだ。

 モゴモゴと何かを訴えながら抜け出そうとするガイアを、ジュリアーノが優しく諭す。



「大丈夫だってガイア。薬も飲ませたし、きっとすぐに目を覚ますよ。だからほら、ね、落ち着いて…」


「んん〜!!」



 どうやらオレは気絶してしまっていたらしい。

 しかも倒れたことで結構大変な状況になってしまっているようだ。

 何だか起きづらい気がするが……。



「ガイア…あんまりジュリアーノに迷惑かけるなよ…」


「賢吾!」



 オレが目を覚ました事を知るやいなや、ガイアが腕の中をするりと抜けて起き上がったオレの胸へ突進して来た。

 あまりの勢いにオレは寝ていた布団から吹き飛び、土間に落ちて背中を強打した。



「賢吾おおおよがっだああ生ぎでだああ」


「いっっってぇ……ありがとうな、心配してくれて」



 本当に妹みたいなヤツだな。

 (ふところ)へ顔を埋めて泣きじゃくるガイアの背中を優しく撫でていると、ジュリアーノとベル、経津主(ふつぬし)が壇上から顔を出した。



「良かった、元気みたいだね」


「きもち、わるくない?」


「ああ、傷も毒も治ったみたいだよ。ジュリアーノがやってくれたのか?」


「ううん、傷は君の自己再生能力だよ。やっぱりすごいんだね、不死身の体って」


「毒の方はがしゃどくろだぜ。アイツが桜の花びらを使って解毒薬を作ってくれた」



 今の奥を見てみると、石造りの器具を使って何かをすりつぶしているがしゃどくろの姿があった。

 周りに置かれた桶や薬草の束を見れば、彼女が熱心に看病してくれていたであろうことがわかる。



「あの、がしゃどくろさん。ありがとうございました」


「構わん。治療費はキッチリ請求するからの」


「やっぱりそうなるかぁ…」



 がしゃどくろから手渡された熱々の茶を飲むと、ボーッとしていた頭がスッキリした。

 お茶の効能なのかはたまた混ぜられた薬剤の効能なのか。

 しかし毒の気がオレの体からしっかり抜けているところを見るに、薬剤調合の腕は確かなようだ。



「がしゃどくろさんは武器だけじゃなく薬も作れるんですね」


「その“がしゃどくろさん”というのは辞めてくれんか。他人行儀でむず(かゆ)い、何より長ったらしくて耳が疲れるのじゃ」


「ええ…でも呼び捨てはなんか失礼ですし…」


「ア“ァ!?」



 言葉が終わると同時に突然激昂し、オレの頭を骨の腕で鷲掴みするがしゃどくろ。

 あまりに突然のことだったのでオレは全く反応ができず、そのまま彼女の目の前まで引きずり出された。



「ダァレがそのような事を言ったァ!!人間の小童(こわっぱ)如きがこの儂を呼び捨てなんぞ、武を(わきま)えろこの青二歳ガァ!!」



 鬼の形相で(まくし)し立てるがしゃどくろを見て、青ざめた顔でそっと身を引くジュリアーノとガイア。

 経津主も若干引いているようで、知らんぷりでお茶を傾けていた。



「い、いや、そんなつもりは無くて、その、なんて呼んだら良いのかな〜と…」


「フン、ドクロさんとでも呼ぶが良い」


「あ、じゃあ、ドクロさん…」



 その後、オレは気絶していた間に起こったことの一部始終を耳にした。

 ジュリアーノのヒラメキによる会心的打開、突然現れたもう1人の十二公タウラス。

 その話を聞いている間、オレの背中には終始ガイアがまるで子泣き爺かのようにガッチリと抱き着いていた。

 今回のことが相当精神にキたのだろうか。

 まあ毒を2回も食らって、最終的にぶっ倒れて気絶したもんな。



「まさか、ミフターフに十二公が2人もいただなんて。しかもオレたちを狙っている…」


流石(さすが)と言ったところか、実力も(あなど)れない。今以上に警戒が必要になるな」


「とは言っても、杖を作ってもらっている間は安全だから」



 聞くところによれば、ヤツらはがしゃどくろを前にした途端に引き下がったと言う。

 “がしゃどくろ”と言えば、現代では埋葬されなかった死者の怨霊が集まってできた大妖怪として有名だ。

 となるとやはり、彼女も何かしらの高い地位にいるかもしくは強い力を宿していると考えられる。

 がしゃどくろはそばの小袋をとって立ち上がり、オレの前へ置いた。



「まだ毒が完全に抜け切っておらん。当分はその薬を食前に一錠ずつ飲むことじゃ」


「クッソほど苦ェから覚悟しとけよケンゴ」



 ニヤニヤしながらそう言う経津主の胴には、白い包帯が包帯がグルグルに巻かれていた。

 脇腹の辺りにまだ血が滲んでいる。

 ジュリアーノのヒーリングでも間に合わない傷。

 オレがもっと強ければ……オレなんかいくら傷ついたって良いんだ、どうせ死なないんだから…。



「…ありがとうございます。薬も作れるんですね」


「感謝されるようなものでは無い。咲耶島の桜を漢方に混ぜ込んだだけじゃ、コレを使えば軽い毒や呪いなどはある程度は浄化できる」


「へぇ〜」



 がしゃどくろがつまんで見せた桜の花びら。

 薄い桃色を覆うように淡く光る薄紫が、そのものがただの花びらでは無い事を示唆している。

 オレは顔を近づけてよく観察してみるが、光っている以外に他との違いがわからない。



「しかし花弁だけでは効果は薄い。桜本体の浄化効果の1000分の1にも満たない」


「そ、そんなに!?」


「でも確かに、経津主は花びらを飲んでもヴァリトラに近付いたらまた苦しみ出したよね」


「ああ、ヤツが現れた途端に激しい頭痛がした」


「どんな感じだったの?」


「そうだな、まるで何か得体の知れないものに頭の中を掻き回される様な、とにかく言い表せないような不快感があった……」


「オレは頭痛はしなかったけどな。出血と手足の痺れ、あと吐き気ってところか」



 オレと経津主の症状に差があるのは何故だろうか。

 毒の摂取の仕方?

 オレは頭から被ったが、経津主はそんなことはなかったので恐らく粒子を吸い込んだか…いや、それならジュリアーノに症状が出てい何のはおかしい。



「個人差があるのかな」


「だとしてもデカすぎるだろ」



 考えても謎は深まるばかり。

 まあまず、オレの毒の認識がこの世界でも確実に当てはまるのかが不安ではあるが。



経津主神(フツヌシノカミ)よ、お主が食らったのは毒では無い。呪いじゃ」



 調合の器具を片付けながらそう口を開いたがしゃどくろに、皆の視線が一斉に暑まる。



「呪いだって?」


「ああ、行く前に説明したじゃろう。神獣ヴァリトラは500年の間呪いと毒に侵され続けていると。奴を(むしば)む呪いは奴自身にかけられたのではなく、かけられた根本に近付いたがために汚染されたのじゃ」


「でも、オレらはなんとも無かったですよ」


「それはお主らが魔力を感知できないからじゃ。神や魔族の様に魔力を感じ、視認することのできる種族はその器官の神経が通常よりも発達しているために鋭い。呪いと言っても要は魔術由来の信号、故にお主らは特に侵されやすいのじゃ」


「つまり、僕たち人間なんかはその信号をキャッチできないから影響を受けないということですね」


「そうじゃ、直接かけられない限りはない」



 なるほど、一見メリットの様に思えるものがデメリットになることもあるんだな。

 だが、そうなのだとすれは1つ気になることがある。



「じゃあ…なんでそれを行く前に教えてくれなかったんですか…?」


「呪いを打ち消す効能の御守りを持たせようと思ったのじゃが、すっかり忘れておったわ。すまんの」


「…」



 コイツ!!

 オレたちがどれだけ苦労して来たと思ってるんだ!

 呆れた顔で苦笑いをするオレの隣で、ギリギリと歯を鳴らしながら「糞婆(クソババア)ァ…」と小声でつぶやく経津主。

 しかしそんな俺たちの心情はつゆ知らず、がしゃどくろは「さーて飯の時間じゃー」と言って立ち上がり、下駄を履いてそそくさと土間へ降りていった。





 まだ毒が抜け切っていないとはいえオレは健康的に動けたので、がしゃどくろの代わりに台所へ立った。

 こういうところでもちゃんと働いておかないとな。

 今回の分で治療費も加算されたわけだし、これから更に忙しくなるぞ。

 具材は肉や魚はもちろんのこと、久しく見なかった色とりどりの野菜たち。

 しかもどれも新鮮で食べ応えがありそうだ。


 

「う〜ん、どうしようか…」



 庭には果物もいくつかなっているらしく、必要とあらば自由にとって良いらしい。

 具材のレパートリーが多いのはありがたいのだが、問題は調味料だ。

 用意されているのはバターや塩、砂糖以外には実に和風な味噌や醤油、酒など。

 食べ慣れているしオレ自身和な味付けは大好きだ、しかし…。



「調理法がわからん…」



 オレ脳内にあるレシピのほとんどはアウローラで構成されているので、こういった鎧銭(よろいぜに)風(?)の味付けは全くもって未経験なのだ。

 カプレーゼの料理本片手に寿司握る様なもんだろこんなの……。



「どうしたのケンゴ、何か悩んでる?」



 毒の抜け切ってない体を心配し、手伝いを買って出てくれたジュリアーノがオレの顔を覗き込む。

 ベルも手伝いたいと言ったのだが、何故かがしゃどくろが別室へ連れて行ってしまった。

 しかし、今はそれよりも目先のことだ。



「調味料が鎧銭のものばっかで、味付けがどうにも…」


「なるほど、経津主に訊いてみたら?」


「おいおい、アイツの料理の腕の酷さ、お前だって知ってるだろ…」


「う、うん、まあ……」



 アルビダイアで依頼を分担で受けていた時期、オレたちが遅れた時に一度だけアイツが晩御飯を作ったことがあるのだが、なんと言うか…とんでもないゲテモノが誕生していた。

 本人も「食材を無駄にした」と自称しており、以後何があろうとも彼が台所へ立つことは無かった。

 森じゃ器具がなきゃ焼く以外の調理は難しいもんな。

 こうなったら仕方ない。

 とにかく熟考…熟考……。

 


 色々と考えた結果、今回はマスの和風包み焼きをメインとすることになり、早速オレたちは料理に取り掛かった。

 ジュリアーノは洗った米を釜に移し、釜戸に点火する。

 やはりこの子は飲み込みが早い。

 一通りを口頭で説明しただけなのに、ここまで質問も無しに上手くやっている。

 オレは3等分に切って味付けし、ハスの花に包んだマスをフライパンに入れてこちらにも火をつけた。

 母さんの得意料理だった鮭のアルミホイル焼きをマスとハスの葉でアレンジという名の代用をしたのだが、上手くいくかどうか…。

 丈夫そうな葉だったしフライパンの底に中敷きをしいたし、まあなんとかなるさ!



「火加減はオレがやるから、ジュリアーノは少し休んでて良いよ」


「うん」



 そう言うとジュリアーノは土間の縁側に腰をかけた。

 オレは竹筒で炎へ息を吹き替える。

 無理矢理行かされた町民キャンプの経験がまさかこんなところで活きるとはなぁ。

 火加減を間違えて米を黒コゲにしたので、記憶が根強く残っている。

 今回はうまくいくと良いが…。

 ちょうど良い火加減になったのでオレは一度休憩することにし、竹筒を置いてジュリアーノの隣に腰をかけた。



「料理って大変だね。メイドさんたちはこれを毎日、あんなに難しそうな料理を…」


「そうだな。でもプロとなるのもっと手際は良いし慣れてるから思ってるより苦でもないと思うぞ。好きだからこそあそこまで腕を磨けるってもんだ」



 好きなことに対する情熱ほど原動力になるものはない。

 ジュリアーノの様に魔術への熱意と努力で逆境を跳ね返すことだってあるのだ。



玄人(くろうと)の敏腕は努力と熱意の賜物(たまもの)だって、父さんが言ってたからな」


「…そっか。でもどうやってそこまで登り詰めたのかとか少し気になるよね。ドクロさんなんかは妖怪だから長生きだし、相当の智見を積んでいるよ」



 妖怪だから長生き。

 エジプトとかアラビアっぽいこのミフターフに妖怪って、なかなかにミスマッチだよな。

 どちらかといえば魔族となのような……。



「なあ、魔族と妖怪って何が違うんだ?」


「ああ、えーっと、妖怪っていうのは鎧銭の方言で魔族の意味があるんだよ。でも鎧銭の魔族は少し特徴的というかなんというか、魔界の魔族とは分けて考えられる場合もあるかな」


「そうなのか。なんだかややこしいな…」



 鎧銭では方言として使われているけど、他の国の人間は一つの種族として扱う場合もあるということか。



「種族ってややこしいよね。半獣族と獣人族とか、鬼とエルフとか、僕も時々ごっちゃになっちゃう」


「そっか、見た目じゃ分かりにくい時もあるもんな。そういえば魔力感知とかも人間とそうでないのとじゃ差異があるよな。アレって何か基準があるのか?」


「え?知らないの?」



 質問を投げかけたオレに対し、さも「当たり前に知っているはずだろうと思っていたのに」とでも言い出しそうな顔で驚くジュリアーノ。

 まさか、一般教養だったか!?

 し、しかし訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥と言うし、聞いて損することではない。



「人間とか獣人とかの人族は魔力を感知できないかな。ハーフとかになってくると遺伝子の強さで変わって来ちゃうけど、基本的には魔力を感知できるのは人族以外の種族だね」



 持つべきものは優しき友だなぁ…非常に分かりやすい。

 つまり人族には魔力を感知できる遺伝子が備わっていないということか。



「なるほどな。オレたちがヴァリトラの呪いの影響を受けなかったのは人族だからと」


「そうだね。だから経津主もガイアも………」



 突然、ジュリアーノへが黙り込んだ。

 唐突に切れた言葉に違和感を抱き、オレは彼の顔を覗き込んだ。



「どうした?ジュリアーノ」


「いやあの……ベルも気持ち悪いって言ってたよね…あの時…」


「ああ、それがどう……!?」



 何故思いつかなかったのか。

 そうだ、ベルもガイアたちと同じタイミングで体調を崩していた。

 「きもちわるい」と言って座り込む彼女の姿は今でもハッキリ覚えている。

 魔力を感知するものだけが影響を受ける呪い、人間には何ともないはずのものなのに、何故。

 答えは1つしかない。



「ベルは、人間じゃ…ない?」



 その時、何か焦げ臭い匂いがオレの鼻へ微かに届いた。

 一瞬何かと思ったが、自分が料理の最中であることを思い出し、すぐに我へ還る。



「やっば!!」



 フライパンから登る薄い黒煙。

 話に夢中ですっかり忘れてた!

 急いで蓋を開けて中のものを確認する。

 ハスの葉をまとめていた楊枝が取れて、少し葉が開いてしまっている。

 幸い焦げていたのは周りに巻いてあるハスの葉だけだったようで、食材にダメージはなかった。



「危なかったね…」


「ああ、目を離しちゃいかんな…」



 フライパンを一旦火から遠ざけて、今度は鍋を用意する。

 まず煮干しで出汁をとったらを豚肉を茹で、ある程度火が通ったところで切った野菜を入れて味付けをする。

 見てわかるだろう、これは死ぬ前日に調理実習でやった豚汁だ。

 「洋風料理にに豚汁とは何事か!」と思うかもしれない。

 いやしかし落ち着きなさいな、確かにバターの濃厚な香りで洋風料理だであるということはハッキリわかるだろう。

 しかし調味料には醤油も酒も、みりんだって使っている。

 またよく考えてみてほしい、あくまでもこの料理は洋“風”なのだ。

 西洋の伝統的な料理でもなければバターと醤油を混ぜている時点で、これはもうなんちゃって西洋料理。

 正直言ってオレの乏しい語彙力ではこのことの表現には役者不足なので(言い訳が思いつかないので)、これ以上は言わない。

 寛大で理解のある素晴らしき器に任せるとしようじゃないか。

 そうこうしているうちに、今度は米が炊き上がったようだ。



「うん、良い感じだ。今度は焦げてない」


「焦がしたことがあるんだね…」




「ご飯できたよー」



 ジュリアーノが盆を片手に土間の扉を開けて皆へ声をかける。



「おう、サンキュー」


「ごはん!」


「遅いぞ全く。早よう並べんかい」



 長机に座るのは包帯に巻かれた腕で茶を飲む経津主と、いつのまにか別室から帰ってきていたがしゃどくろとベル。

 ジュリアーノはメインの乗った皿と箸をそれぞれの席の前へ置き、それに続いてオレも白米や豚汁を置いていく。



「おお、豚汁か」


「さかな、さかな!」


「うろ覚えのレシピだから、上手くできてるかはわからないけどね」


「不味かったら罰金じゃな」


「ええ?!んな理不尽な……」



 そんなことを話しながらオレとジュリアーノも席へ着く。

 主菜に汁物、そして白米。

 なんと美しい三角構図、久しく見なかったこの安心感よ。



「ほらガイア、ご飯食べるぞ」


「いねぇと思ったらお前、まだそんなとこにくっついてたのかよ」


「ケンゴがあんまり自然だったから、すっかり忘れてたよ…」


「駄々っ子じゃの〜」



 未だオレの背中にくっついて離れないガイアを見て、苦笑いのジュリアーノとおもしろげにクスクスと笑うがしゃどくろ。

 呆れ顔でため息を吐く経津主、オレの呼びかけにガイアは無言で首を振る。



「2日ぶりのちゃんとした飯だぞ。ほら、降りて来いって」



 オレはどうにかガイアを引き剥がそうとするが、なかなか力が強くてオレの首が閉まるだけ。

 コイツ…だいぶ拗ねてるな…。

 らちが明かないので、オレはそのままの状態で食べることにした。

 「いただきます」と箸でマスを摘んで身を頬張れば、口の中でに広がる芳醇なバターの香りと香ばしい醤油。



「美味いな」


「これ、おいしい」


「ウム…悪くないの」



 良かった、どうやらメインは好評のようだ。

 しかし、このバターずいぶんと香り高いな。

 濃厚だがしつこくない、もしや高級品…?

 身を白米に乗せて豪快に頬張るオレの横、緊迫の表情で魚と睨めっこをするジュリアーノ。

 どうやら箸が上手く使えないようで、魚を掴むのに苦戦しているらしい。



「ジュリアーノ、無理しなくても良いんだぞ」


「ダメだよケンゴ、僕らは鎧銭を目指しているんだ。箸の2本ぐらい使いこなせなきゃ、あっちでご飯が食べられないでしょう」


「スプーンとフォークぐらいなら鎧銭にもあると思うけど…」



 経津主の手元を見つめて必死に正しい持ち方を研究するジュリアーノとは対照的に、ベルは握るような持ち方でフォークのように刺して食べている。

 2人には後で詳しく教えてやろう。



「ん、美味しい!アウローラっぽいけどちゃんと鎧銭感もあって良いね!」



 やっと小さな破片を食べることのできたジュリアーノが、顔に満面の笑みを浮かべて言った。

 わいのわいのと盛り上がる会話の中で食事を進めていくと、徐々にガイアが興味を示してくる。

 元々食い意地の張ったやつだ、きっと匂いと雰囲気につられているんだろう。

 下手に刺激せず、本人の意向に任せた方が良いかもな。

 気にせず食事を続けていくと、ついにガイアが顔を上げてこちらを覗き出した。



「どうした?」


「…お腹すいた」


「じゃあご飯食べるか?」



 背中に引っ付いたままモジモジするガイアに、ベルが近づいて何かを差し出す。

 見るとそれは、2本の箸に突き刺さった魚の身。

ベルはそれをガイアの顔に近づける。



「おいしいよ。たべよう」



 そう言うとベルはガイアの口へ無理矢理魚を突っ込んだ。

 いきなり口に入ってきた魚に戸惑いつつも、ガイアはモグモグとゆっくり咀嚼(そしゃく)する。

 コクンと小さく音をたてて飲み込むと、蚊の鳴くような小さなの声で「美味しい…」とつぶやいた。

 それを聞いたベルは笑みを浮かべてガイアに抱きつき、オレの背中から引き剥がして席に座らせる。

 不意を突かれ引き剥がされたのが少々気に入らなかったようで、不機嫌に頬を膨らますガイア。

 やれやれ、本当に手のかかる…。



「悪かったよガイア、心配かけて。機嫌直せよ、オレはもう大丈夫だからさ」



 ガイアは頬を膨らましたままそっぽを向いた。

 だが、オレは彼女の肩に手を乗せて顔を覗き込む。



「美味しかったんだろ。ご飯一緒に食べようぜ」



 そう言うと、ガイアはようやくオレの顔の方を向いてくれた。



「食べさせて…」


「ああ」



 そう言ってオレに身を寄せるガイア。

 死なせないために不死身にしたくせに、何故こんなにオレのことを心配してくれるのか。

 “愛着が湧いた”というのもある程度はあるのだろうが、2年も一緒にいてここまで信じてもらえないものなのだろうか。

 それとも、ただ怪我をするのが心配なのか…。

 何にしろ、優しいやつであることには変わりない。



「あんなにガッチリと引っ付いて、お主神のくせに随分と餓鬼んちょじゃのう」


「フン!ボクは賢吾が死にそうなくらいに怪我をしたのが心配だったんだ!」


「そのケンゴを不死身にしたのは何処(どこ)何奴(どいつ)だよ」


「おっきな怪我するのが嫌なのー!!」



 ガイアはまた頬を膨らませて訴える。

 普通の人間ならばとっくに死んでいるような窮地に2回ほど立たされたが、こんなにも賑やかで平和な夕食を迎えられたことを、オレは嬉しく思う。

 だが、やはり仲間に心配をかけるのはよろしい事ではない。

 オレが毒を食らったせいで経津主はあんなに大きな傷を負ってしまったのだ。

 オレにもっとスピードがあれば、ヤツの刃を跳ね返すのなんて容易なことだったはず。

 もっと、もっと強くならないと…。

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異世界転移
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