第28話「妖怪がしゃどくろ」
「…で、結局無かったんだ。杖。」
「そうなんだよ……」
冒険者ギルドの一角、食堂のテーブルで木製のスプーンを片手に持ち、鼻先がスープに着くんじゃないかというくらいに大きく首を項垂れるジュリアーノ。
低い声で小さく喋る彼の周りには、とてつもなくどんよりした空気が流れている。
「ミフターフは世界屈指の砂漠地帯だ。乾燥しきったこの土地で水や氷属性の魔法を使うのはクソほどコスパが悪いから、現地人はそういう魔法を使わない。それに今は砂嵐の時期で観光客や外国から来る冒険者もいないときた」
「なるほどな」
そうか、いつもなら周囲の水分を集めれば良いものを、砂漠じゃ周りに水分が無いから魔術でわざわざ生成しなくちゃいけないんだ。
どうりでアウローラにいた時よりもジュリアーノの疲労が大きいわけだ。
「一応消費魔力を節約できる効果があるやつを買ったんだけど、すごく安かったから長持ちはしないかも…」
「水と氷以外に使えねぇのかお前」
「使えるけど、ほとんど初級までしか…」
以前砂漠で砂に飲まれた時に風属性の中級魔術を使っていたが、それ以外で他の属性の魔術を使っているところはあまり見たことがない。
いわく魔力操作がうまくいかないため練習中とのことだが、どうしたものか…。
「お店に売ってないんだったらさ、作れば良いんじゃないの?」
考えを巡らせていると、おもむろにガイアがそう呟いた。
「杖の材料はわからないけれど、ミフターフでも探せば見つかるはず」
「その材料がわかんねぇだろ。ジュリアーノ知ってるか?」
「ええっと…頑丈な柄と魔水晶…かな。今まで替える機会がなかったから調べたりはしなかったんだよね」
使用者がわかっていないのか。
でもまあ自分の武器の詳しい材質なんてオレだって知らない。
オレの槍は確か、オリハルコンと…なんだっけ。
「そうだ、材料は図書館へ行って調べよう!」
「ああ、確かに」
そうだよ、こういう時のための図書館なんだ。
本が見つからなくてもトトならなんだって知っている、行く価値は非常に高い。
丁度朝食も食べ終わった。
「よし、じゃあ早速図書館へ行こう」
「レッツゴー!ってわぁっ」
皿を片付け、張り切ってギルドを後にしようとしたその時、道へ勢いよく飛び出したガイアに通行人の肩にぶつかった。
衝撃でよろけるガイアを、ぶつかった女性が咄嗟に受け止める。
「あらごめんなさい。怪我はないかしら」
編まれた長い黒髪の女性はガイアを抱きかかえ、頭の部分を優しく撫でた。
「ガイア!飛び出したら危ないだろ!すみません、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、こんなにフワフワのぬいぐるみちゃんですもの」
そう言ってガイアの頬を優しくつつく女性。
良かった、怪我はなさそうだ。
キャッキャと楽しそうにしてるけど、こんなことがあるようならリードを繋ぐぞ。
「って、ベル!何してるの!?」
やれやれと頭を抱えていたところ、耳に入ったジュリアーノの叫びに再び2人の方を見ると、なんとベルが女性の肩近くへ顔を寄せて匂いを嗅いでいるじゃないか!
「んな、何してるんだ!」
慌ててベルを引き剥がしたが、今度はオレの懐に顔を埋めてまたも匂いを嗅ぎ出した。
こ、コイツ!!
当の本人はなぜ引き剥がされたのか全く理解していない様子。
許可なく匂いを嗅ぐ行為が失礼ということを必死に説明したが、わかっているのかどうかは定かではない。
「いいのよ、そんなに責めないであげて。きっといい香りだったのよね、私香水には気を遣っているから」
「そうですか…本当にすみませんでした」
「本当にいいのよ。じゃあ、気をつけてね」
そう言って女性は去って行った。
ああ言ってくれたけれど、これはマナーとして今後教えていく必要がありそうだ。
「魔術の杖の材料か」
「そうなんだ。トトなら知っていると思って」
世界一の図書館の管理人にして書物の神であるトトとオレが親しげに話している様子を見て、経津主とジュリアーノは「いつの間にあんなに仲良く…」と目を丸くしていた。
「主な材料は頑丈な柄に魔水晶の2つだ。だが特定の術の威力を底上げしたり、魔力消費を節約したりなどのオプションをつけるにはそれぞれ他の材料が必要になる」
「できれば水、もしくは氷属性魔術のバフか魔力節約がいいんですけど、その材料ってここら辺で取れますかね」
「入手困難ではあるが取れないことはない。だが製作を依頼するのであれば、材料は職人直々に選んで貰うことを私は推奨する」
「職人にですか…」
生憎オレたちに職人の知り合いはいない。
それにここは異国の地。
人脈を頼ることも正直期待できない。
となれば…。
「誰か腕の良い職人を知っていたりしないか?オレたちそういうことには心底うといもんで」
「腕の良い職人か…」
トトは瞳を閉じて腕を組み、数秒考える。
そして思い出したかにように目を開くと、棚の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出して談話室の机に広げた。
地図か。大きいな。
大きく目立つ『ミフターフ王国』の文字の下には黄色く広大な砂漠が描き写され、丁度真ん中近くにアルビダイアが記されていた。
「アルビダイアより北、このローカパーラ山脈の麓にとある武器職人が住んでいる」
「こんなところに!?」
トトが指差したのはミフターフの端も端。
ゴツゴツトゲトゲした険しい山の手前だった。
「でもここって砂嵐の中じゃないですか。こんなところに人間がが住んでいられるんですか?」
ジュリアーノの投げかけた疑問ももっともだ。
ミフターフを覆う砂嵐は特殊な魔素が含まれており、それが魔力の構築を妨げるがために術は使えないはずだが…。
「特別な術で結界を張っているらしい。それに彼女は人間ではない」
「人間じゃない…」
「ああ、私が知る中では最高の技術を持っている。しかしここ最近彼女が新しく仕事を受けたという話は聞かないから、仕事を受けてくれるかは定かではない」
山脈までは国土の3分の1にもなる砂漠を超えていかなければならない。
人里から離れているため当然魔物もうじゃうじゃいるだろうし、確率が低い中危険を犯すのもどうか…。
「僕、行きたい」
ジュリアーノらしからぬ強い声色がオレの耳に通る。
「強い杖が手に入れば僕の魔力でももっと凄い術が使えるようになるはず。それに、ミフターフへ来てからなんだか調子が良いんだ。こう、体の底から魔力が湧き上がってくるような…。ワガママに聞こえるかもしれないけれど、僕もっとみんなの役に立ちたいんだ!作ってくれるかわからなくても、そのためにも僕は1人だって行って見せる!」
そう言った彼の声は、いつになく決意に満ちていた。
彼の向上心には目を見張るものがある。
才能が無いと言われ続け、それでもめげずに努力してきたジュリアーノは、神の助けがあったとはいえ遂にはあの堅物の公王を説得して見せた。
師匠というジャンプ台で飛躍的に成長した今、彼は更なる高みを目指して日々技術を研磨している。
「わかったよ。だがオレも行くぞ」
「ケンゴ…!」
「みんなはどうする?」
そう言って振り返ると、ガイアが勢いよく右手を挙げた。
「ハイハーイ!ボクも行くよ!」
「い、いく」
「待ってても暇なだけだしな。仕方ねぇ」
「みんな!」
皆の意見がまとまれば、あとは行動あるのみ。
オレは踵を返し、扉の方を見た。
「行こう!ジュリアーノの杖を作りに!」
「待て」
意気揚々と図書館を後にしようとしたその時、突然トトが扉の前のオレたちを制止した。
「ローカパーラ山脈へ行くにつれ、周囲のサボテンの数が減っていく。それに気付いたらその土地の水はどんなに澄んだ色をしていても決して含んだり触ったりをしてはいけない。毒素に侵されてしまう。」
「毒素…?」
水を飲んだら毒素に侵される?
ローカパーラ山脈というのはそこまでの危険地帯なのか?
「長くなるため説明は割愛するが、もし水を含んだり触れたりしてしまった場合はこれを使え」
そういってトトが渡して来たのは真っ赤な巾着袋。
開けてみれば、その中には淡い紫に光る桃色の花びらが入っていた。
見たことある花びらだ、まさかこれは。
「桜の花びら?」
「咲耶島という島に自生する樹齢500年の桜の花弁だ。この花弁には毒素や呪術の浄化作用が存在する。毒素に侵される前に吐き出すかこれを飲むかをすれば死にはしないだろう」
「死にはしないって、苦しんだりはするってことですか…?」
「即効ではないからな」
何だか、突然不安になって来たぞ。
水…水か…。
「サボテンが見えなくなったら危ない」。
よく心に刻んでおこう。
一方その頃。
アルビダイアのどこか。
日の光が殆ど入らないような暗い地下室で、水晶に 向かい聞き耳を立てる者がいた。
ロウソクに照らされて淡い朱色に輝く水晶からは、先ほどまでの賢吾たちの会話内容が垂れ流しになっている。
「フフフ」
口を抑え、上品に笑うのは女の声。
小さな炎に照らされて浮かび上がる彼女の顔は、つい今朝にガイアとぶつかったあの女性だ。
「あらあら、聞こえてるとも知らずにペラペラと」
その時、ロウソクの炎が揺れると同時にガチャリという音がし、女がもう1人入って来た。
「本当に暗いところが好きだねアンタは。ジメジメするったらありゃしない。この乾燥しきったミフターフでここまで湿気が漂うのは、アンタの部屋か砂漠オオヤドサソリの巣穴くらいだよ」
部屋へ入った途端に顔を顰め、そうボヤく女の顔には既視感がある。
2週間前に露店街で賢吾たちが騙されそうになった時、彼らを助けた褐色の女だ。
「あら。その言葉、スコーピオの名を冠する私にとっては褒め言葉よ」
「皮肉って知ってるか?」
褐色の女の言葉はどこか気嵩さをはらんでいた。
スコーピオ名乗ったその女はフフッと笑って流すと、褐色の女を手招き水晶を覗かせた。
「ほら。見つけたのよ生命神を。今は彼女からの視点よ。アクエリアスの情報から察するに、眷族はこの茶髪の子ね」
「本当かい……おや、この子は」
「あら、ご存知?」
「ああ、数週間前に露店街で詐欺師に騙されていたよ」
そんな女にスコーピオ頬を膨らませ、ムッとした表情で文句を言う。
「何で捕まえなかったのよ、絶好のチャンスだったのに」
「ごめん。でも生命神が側にいなかったんだ、眷族だけじゃわからないさ」
フウと小さくため息を吐くと、スコーピオはテーブルに置いてあったマントを羽織り、仮面を付けた。
「その子達、ローカパーラ山脈へ行くみたい。ちょっと飛び入り参加してくるわ〜」
「アタシも行こうか」
「平気。私だって十二公の1人なんですからね。あなただってよく知っているでしょう?」
スコーピオは褐色の女をゆらりと見やった。
妖艶さを孕む紅色の瞳は、まるで獲物に毒針を向けたサソリのように彼女を見据える。
「じゃあ、お留守番よろしくね。タウラスちゃん」
西から吹く風が砂を巻き上げ、その場に黄金の霧を形成する。
4人の冒険者達が作る足跡はたちまちにかき消され、もはや後退の2文字を選択する余地すらない。
「大丈夫!?みんないる!?」
「平気だジュリアーノ!」
「気を散らすんじゃねぇ!!」
ゴーグルを付けたジュリアーノの手を握り、砂嵐の中を進んでいく。
ミフターフを覆う砂嵐ほどではないと言えど、気を抜けば足をすくわれるような環境。
トトの話によれば外の嵐はこの数倍だとか。
そんなのもうミキサーだろ…。
砂嵐を越えればそこはやはりどこまで続く黄金。
チラホラと見える魔物の影は、もはや見慣れた光景だ。
「硬い!向こうの魔物とは比べモノにならない!」
「環境が厳しいからな!魔物が適応したんだ!」
苦戦するオレやジュリアーノをそっちのけ、経津主は相変わらずに俊足で魔物達を斬り裂いていく。
ベルも獣のような動きで次々に魔物の大動脈を切り裂く。
甲羅を携え、爬虫類のような皮膚をしたゴブリン。
刃が通らずに苦戦するオレたちを尻目にベルはゴブリンへ飛びつき、装甲のあいだに素早く刃を通す。
経津主はと言うとそんな装甲は意にも介さず、まるで豆腐を調理するかのように易々と本体ごと真っ二つにしてしまった。
「神ってスゲェなぁ…」
魔物の溢れる砂漠の中心のオアシス、ジュリアーノの作った結界の中で焚き火を囲みながらオレたちは夜を過ごした。
「ハァ〜疲れたぁ〜。辺りは魔物だらけでボクらは砂だらけ。何かの試練ですかー!」
「何もしてねぇだろお前」
「逃げ隠れだって大変なんだかんね〜。ボクだって完全体になればメチャメチャ強いんだから!経津主なんてメじゃないよ〜だ」
「おう、言ったなテメェ」
「お前ら喧嘩すんなよ……ベル、焼けたぞ」
オレはコンガリ焼き上がった魔物の肉を炎からあげ、そこらへんで取ったサボテンの上に切り分けた。
サボテンだって棘をもぎ取ってしまえば皿にも食用にもなる。
このカラカラの砂漠の中で地中深くから水を吸い上げ蓄積するので、水分補給としても役立つ優れもの。
校長室に飾ってあるよく分からん観葉植物ぐらいにしか思っていなかったが、なかなかやるじゃないか。
「美味いか」
「んまい!」
口いっぱいに肉を頬張り、嬉しそうにそう言うベル。
捕獲した魔物の肉は合計10キロはあったはずなのだが、相変わらずのその食欲であっという間に平らげてしまった。
オレたちはと言うと、干し肉や乾パンをソースやジャムなんかに付けて食べていた。
干し肉は前々から保存食として用意していたものを4キロほど魔具の中に入れて持ってきた。
一応スパイスで味付けしてあるが、味変できるようにソースも豆と海鮮で2種類作ってある。
「賢吾の味付けって男飯って感じだよね。味が本当にしっかりしてる」
「まあ、多少はオレ好みにアレンジしてるからな」
「僕好きだよ。公宮じゃ食べられない味だもの」
焚き火は魔晶石で火を起こしたので前よりもだいぶ楽だった。
以前オレたちが放浪した砂漠とは異なり、周辺に出現する魔物は若干少ない。
しかし凶暴性がハンパじゃない。
ジュリアーノが滑ってゴブリンの巣へちょっかいを出してしまったので、数十体クラスの群れに襲われてしまった。
だが、天敵を狩るというよりかは獲物を狩ると言ったような感じだった。
環境も厳しい上にあれだけ大きな群れだ、きっと食糧難にでも陥ってたのだろう。
まあ今回は食料に困っているわけでもないし、むやみに狩る必要はないだろうな。
翌日もオレたちは果てしない砂漠を歩く。
2時間ほど歩くと先日トトが言っていた通り、景色からサボテンが徐々に消えていった。
サボテンが消えたらその地域の水は飲んではいけない。
サボテンすら生えない乾燥状態ということか、それとも彼の言う「毒素」が関係しているのだろうか。
それから少し歩くと、地平線の先に濃い茶色が見えた。
土?この砂漠で?
そばまで行けばそのれは正体を表す。
オアシスだ。
しかしそれはオレたちの見知っているオアシスとは少し違う。
「植物が…無い?」
本来植物で青々としているであろう地面は真っ茶色で、まるで池の周り一帯へ除草剤でも撒いたかのように雑草の一本も生えていない。
なんとも奇妙な光景だ。
池のそばには痩せ細った獣の死骸が1つ。
最近に死んだもののようで、まだカタチがハッキリしている。
経津主は池の水を刀でかき混ぜた。
それはなんの変哲もない、透明で澄んだいったって普通の水。
「毒があるなんて到底思えない」
「無味無臭か、タチが悪ィな」
獣の口元は泡を吹いたように汚れている。
相当苦しんだんだろうな、可哀想に。
それからまた数時間の道を歩いた。
トト曰く2日も歩けば着くとのことだったが、以前砂嵐に近づくばかりで人工物のようなものは見えてこない。
少し暗くなってしまったしずいぶんと砂嵐が近い、方角を間違えたか?
否、コンパスは至って正常そのものだ。
近くで見るとさらにその凶暴さを醸し出す砂嵐。
結界を張ったとしてもあの中に住んでいるなんて、とても信じられない。
「おい、あれ見ろ」
唐突に経津主が立ち止まり、斜め右を指差した。
そこには1メートルほどの間隔で並んだ黒い点。
近くで見てみれば、それは日本庭園なんかでよく見た砂利の中に敷かれた石畳そのもの。
真っ直ぐと、まるで砂嵐へと誘うかのようにポツポツと並んでいる。
「目印…?」
なるほど、この先にトトの言う“腕のいい職人”がいるということか。
「でもこれ、どうやって行けば…」
「これじゃあ砂嵐に突っ込んじゃうよね」
「!」
その時、何かに気付いたかのようにベルがいきなり走り出した。
オレは咄嗟に彼女の手を掴んで引き留める。
「ベル!あぶないぞ!」
「こ、こっち、いいにおいする」
「いいにおい?」
どういうことだ?
砂嵐の中からいいにおい?
ベルの言ういいにおいは大抵食べ物の香りだ。
つまり、砂嵐の中から食べ物の香りが漂っているということか?
砂嵐から食べ物のにおい……あ!
そういうことか!
「みんな、行き方がわかった」
「本当!?」
「ああ、オレに着いてきてくれ」
オレは石を辿り、砂嵐へ手をかざしながらまっすぐ歩いていた。
ゆっくりと歩みを進めるオレの後ろを皆が固唾を飲み、着いていく。
砂嵐へ近付くにつれてあたり一体の空気が飲み込まれ、体が徐々に引っ張られていく。
「ケンゴ!一旦引け!巻き込まれるぞ!」
「もう少しなんだ!多分!」
オレは更に先へ先へと手をかざす。
砂嵐の中から漂うにおい。
トトが言っていた、彼女の住まいには「特殊な結界が張られている」と。
オレのヨミが正しければ、においの根元へ繋がる入り口がどこかにあるはず。
どこだ、どこにある。
上下左右に動かしながら進んで進んで進んで…。
その時、突き出した左手が何かに触れた。
それは冷たく石のように硬い、まさに壁のよう。
「見つけた!」
左の腕へ一気に力を込め、その壁を押し開ける。
すると突然空間に裂け目が現れ、眩い光と共に広がった。
「うわああっ」
ついに足を取られてバランスを崩したオレたちは、その光のなかへ吸い込まれていく。
ドサっと思いっきり顔面から地面へ落ちた。
いつもなら砂のサラサラした感触があるはずだが、今回は違う。
何か、地面が動いた。
手をついてみると、地面に転がる無数の小石が手のひらに付いて落ちる。
これは、砂利?
整備された道なのか?
辺りを見回してみると先ほどまで吹き荒れていた砂嵐は跡形も無く消え、代わりに広がるのは竹藪の濃い緑。
チョロチョロと流れる小川には、小さな銀色の影が流れに沿って泳ぐ。
よくみれば近くには石造りの灯籠や木製の橋がかかっている。
見覚えのある景色だ。
確か、中学の修学旅行でこんな場所に来たことがある。
「に、日本庭園…?この砂漠の中で…?」
砂利道の周りに生え並ぶ立派な竹藪、その上には青空が広がり、たった今数羽の鳥が飛んでいった。
目の前には古めかしい日本家屋。
煙突らしきところから煙が立っており、また美味しそうなにおいが漂ってくる。
なるほど、ベルはこのにおいを嗅ぎつけたのか。
と、その時。
ドドドドという地鳴りのような音と共に、地面が大きく揺れ出した。
「わわわっ!」
「な、なんだこの揺れ!?」
慌てふためくオレたちに経津主が叫ぶ。
「上から来るぞ!気をつけろ!」
彼の言葉通り、オレの体は突然何かに締め付けられた。
硬く白い何かはオレを宙へと持ち上げ、逆さに掲げる。
こ、これは骨!?
よく見ればそれは巨大な手の骨。
どこからともなく伸びた骨は逃げ惑うジュリアーノやベル、ガイア、そして経津主までもを掴み上げ、天高く持ち上げたのだ。
「クソがっ!!外れねぇ!!」
「わあああっ!!」
「賢吾ー!賢吾助けて賢吾ー!!」
「みんな落ち着け!慌てると刺激してしまう!!」
クソ、巨大なスケルトンか何かか?
頭に血が昇る…!
とにかく早く抜け出さないと全滅だ!!
ガラッ
宙ぶらりんで慌てふためいていたその時、家屋の扉が勢いよく開いた。
「無様よのう〜。これほど単純な罠にかかるような小童どもがよくここまで辿り着いたものじゃ。お主等、大した幸運を持っているようじゃな」
太陽光と宙ぶらりんのせいでよく姿が見えない。
しかしシルエットから推測するに恐らくは女。
誰だろう、もしかしてトトの言っていた職人か?
いわく職人は人ではないらしいが、まさかこの魔物じゃないもんな?
「何が目的じゃ、侵入者よ。ここにお前らの求めるものなぞありゃせんぞ」
「オレたちは盗みをはたらきに来たんじゃない!」
「ほう」
体を覆う骨の締め付けが増す。
「ならどうした。儂の首でも取りに来たか若造」
「だから違うって!」
完全に疑われている。
顔は見えないがわかる、彼女の目はこちらを睨みつけて離さない。
弁明しようにも、逆さのせいで頭に血が登って…!
「杖を…!杖を作って欲しいんです!」
「杖じゃと?」
ジュリアーノの言葉に女が反応し、骨の締め付けが少し緩んだ。
「愛用していたものが壊れてしまって、トト神に相談したらあなたを紹介してくれました!」
「なに、トトの奴が……」
少しの沈黙の後にわかってくれたのか、女はオレたちを地面へと下ろしてくれた。
下ろすと言ってもただ手を放しただけだったので、逆さになっていたオレは顔面で着地。
地面へ激突した場所をさする各々に、女はゆっくりと歩み寄る。
白く長い髪の毛は中程から毛先までが黒く染まり、骨のような形のかんざしで留められている。
ドクロ柄の和服にはところどころに金が散りばめられ、太ももから足先までを覆うニーハイには足の骨の刺繍が施されていて実に美しい。
艶かしい雰囲気をまといながら彼女はジュリアーノへと手を差し伸べた。
「どうやら儂の勘違いのようじゃ。すまんの」
「いえ。僕たちも勝手に入ってしまって、申し訳ありません」
深々と頭を頭を下げるジュリアーノを窘める女。
どうやら悪いヒトではなさそうだ。
「構わんのじゃ、儂も長らくヒトと接しておらんかったからの。…して小僧、この儂に杖を作って欲しいと申すのじゃな?」
「は、はい!」
それを聞くと女はフッと笑うと、先ほどまでオレたちを拘束していた骨の手のひらへと飛び乗った。
「どのようなものじゃ?何でも言うてみい」
手のひらで得意げに足を組む女。
幾重にもなる骨たちに囲まれる彼女の姿は、さながら千手観音のよう。
「この天才武器職人餓者髑髏様が、お前の願いをきいてしんぜようぞ」




