第26話「再会と判明」
こんにちは皆さん。
突然ですがここで問題です、今オレたちがいるこの場所はどこでしょうか。
岩で塞がって日の光は見えませんね。
ですが真っ暗ではありません。
なぜならここには発光植物がたくさん自生しているからなんですね。
黄金の砂に塗れたこの土地で地中深くまで根を張り広げ、生きるために水をくみ上げるそのたくましさ。
しかしながら、そんな彼らでも食物連鎖には敵いません。
今だってヤツの獰猛な牙で無惨に毟り取られ、咀嚼され胃液により分解されるのです。
はい、もうお分かりですね。
正解はそう。
猛毒サソリの巣の中です。
「経津主、そっち行ったよ!!」
「ああクッソ!!こっちくんな!!」
ジュリアーノの魔術から発せられる冷気に怯え、サソリたちは対角線上にいた経津主の足元へとゾロゾロ集まって行った。
刀の神といえどサソリの猛毒に侵されればひとたまりもない。
しかしながら、30cm以上の個体が何十匹と群がるので、刀で振り払っても全くもってキリがない。
「みんな!壁際へ!」
オレの声に反応した面々は即座に地面を蹴って、ゴツゴツした岩の壁へ手を突く。
皆の移動を確認するとオレは手に持った槍に力を込めて、刃先をサソリたちに向けて半円を描くように振り下ろした。
すると刃が切り裂いた空気が螺旋を描き、サソリたちを巻き込んでその場に小さな竜巻を起こした。
竜巻は周辺のサソリたちを吸い込み、全てを一箇所へと集める。
「今だ、ジュリアーノ!」
「オーケー!」
オレの声にジュリアーノは詠唱を説き、素早く魔術を構築する。
「はああっ!“逢魔の乱雪”!!」
杖から放たれたビーム状の吹雪。
その中に紛れた無数の氷塊がサソリの胴体を打ち落とす。
甲羅を破壊されたサソリたちはボトボトと力無く地面へ落ち、その場に遺骸の山を形成した。
やった、全部倒した!
「よっし!ナイスだジュリアーノ!」
「うん、そっちもね!」
ジュリアーノはオレに向けグッと親指を立て、ウインクをしてみせた。
それを見て、オレも同じく親指を立ててウインクを返す。
「これでサソリの巣の殲滅できたね!」
「ああ。だけど、大変なのはここからだぞ」
今回の依頼内容である砂漠オオヤドサソリの討伐、サソリを倒すまでは俺たちにとっては造作もないことだ。
だが、こいつらの毒は死してなお毒のうから放出され続ける。
そのため、死骸を運ぶのにも細心の注意を払う必要があるのだ。
幸いオレは耐毒性の袋を持っているので、注意するのはこの袋へ入れるその時だけで良い。
さてと、と……あっ!
オレが袋の口を開いてサソリの山を向くと、なんとベルが死骸の一つへ人差し指を伸ばしてるではないか。
危ない!
オレは慌てて彼女の手首を掴んで止めた。
「べ、ベル!ダメだ触っちゃ!」
「?」
「ほら、甲羅が割れてるだろ。毒のうが破裂してついてるかもしれないから」
「……ごめ…」
少し言い過ぎただろうか。
ショボンと項垂れるベルの頭をオレは優しく撫でた。
その時、ゴツンと何か硬いのものに後頭部を打たれたような感覚がした。
「痛ったぁ…なんだ?」
見れば、それは直径3cmほどの小さな石。
そして岩の壁がゴゴゴと揺れ出すと同時に、天井から砂や石の破片が大量に降ってきた。
「まずい!崩れるぞ!」
「や、やっぱり狭い空間で上級魔術は使わない方が良かったかな……」
上級魔術『逢魔の乱雪』
どうやら放たれた氷塊や吹雪の圧が、壁か天井かにぶつかってダメージを与えてしまったようだ。
「わあああ!早く出ないと生き埋めになっちゃうよぉ!!」
「みんな走れ!!」
オレの声と同時に皆が出口に向け走り出す。
あ、サソリ!
戦利品を持ち帰らないと依頼完了の報告を受理してもらえないんだ。
オレは発光植物にへばり付いているサソリの卵胞を千切って袋へ入れた。
続いて死骸を入れようと手を伸ばすが、同時に天井が崩れ始め、瓦礫が山を隠してしまう。
「賢吾!早く行かないと!」
「…っああ!」
死骸もいくらか持って帰って換金したかったが、やむをえない。
「何やってるの!早く!……わぁっ!」
オレを心配して振り返ったジュリアーノが、ゴツゴツした地面につまずいて顔面から盛大に転んでしまった。
見かねた経津主は呆れたような顔をし、彼を担いでそのまま走り出す。
入り組んだ岩の道を進めば、徐々に見えてくる日の光。
オレがガイアと共に外へ飛び出すと同時に全ての岩が崩れ去り、巣穴の入り口は完全に塞がってしまった。
「ふう…危なかったな…」
「もう少しで生き埋めだったぜ」
「ああああああ!!!」
ひと段落とため息をついたその時、ただっ広い黄金の砂漠に響き渡る悲痛に満ちた叫び声。
驚いて見てみれば、砂へ膝をついたジュリアーノがまるでこの世の終わりでも見たかのような顔をしている。
「ど、どうしたんだジュリアーノ」
「つ、杖が…杖が……!!」
彼の手に握られている黒い木製の杖。
しかし本来透明の水晶が付いていたはずの先端は無惨にも折れ、もはやその面影すらない。
「ああ……きっと転んだ時に折れたんだな…」
「首じゃなくて良かったよ」
先端を回収しようにも、巣穴が完全に塞がってしまっているので不可能だろう。
彼には悪いが、今回は諦めてもらう他ない。
「どうしよう……こんなのもう直らないよ……」
「代わりなんざいくらでもあるだろうが。そんなことでメソメソすんじゃねぇよ、みっともねぇぜ」
「父さんからもらった大事な杖なんだよ!!」
ジュリアーノの父親は彼が8つの時に亡くなってしまったらしい。
彼がいつも愛用していたあの黒い杖は魔力消費を節約する効力があり、魔力が少ないことを心配した父親が生前に彼へ与えたんだそうな。
年月にして約8年以上。
それだけ思い出深い杖を失ったのだ。
悲嘆する彼の気持ちもなんとなくわかる。
「うう…父さん……」
「そ、そんなに泣くなよ…」
先ほどの発言を反省したのか、申し訳なさそうな顔をする経津主。
オレは涙目で項垂れてしまったジュリアーノのそばにしゃがみ、彼の肩をポンポンと優しく叩いた。
「物はいつか壊れてしまうんだ、仕方ないさ。この杖はずっとジュリアーノのことを支えてきてくれたんだろ?」
「…うん」
「コイツはその役目を終えたんだ。杖はまた買えば良い。だから今はコイツに感謝しようじゃないか、今までありがとうってな」
「…グスッ……そうだね…ありがとう、僕の杖……」
なんやかんやあったが、依頼の完了報告のためにオレたちはギルドへとやってきた。
「中級魔物砂漠オオヤドサソリの討伐…はい、完了報告を確認いたしました。報酬は本日中に口座へお送りいたします。お疲れ様でした」
中級魔物の討伐依頼は1回約2万ルベルほど。
Dランクに上がってからはパーティーを分割せずに依頼に出向いていたが、貯金の貯まるペースは前よりもずいぶん早い。
オレの計算に狂いが無ければ、今回の報酬で貯金額は40万ルベルには達しているはずだ。
早速銀行窓口へ行って確認をする。
「413000ルベル」
よっしゃ、当たり。
「コレだけあればそこそこの杖は買えるよな」
「ごめんね、僕のために」
「それは言いっこ無しの約束だろ」
申し訳なさそうに眉を沈めるジュリアーノ。
杖は魔術を扱う魔導士にとっては必需品。
仕方ない出費だ。
「確か、宮殿近くにちゃんとした店がいくつかあったよな」
元の杖には敵わないかもしれないが、彼の属性に合った良い杖が買えれば良いんだ。
まあ、また節約生活に戻ることになるけれど…。
「じゃあ早速…」
「ちょっと待って」
口座から引き落とした40万を握り締め、店へ向けていざ歩き出そうとしたその時、ガイアの声にオレは足を止めた。
「確か本の貸出期限って2週間だよね。今日までじゃない?」
「あ、そっか」
そうだった。
どうしようか。
宮殿と図書館は真逆な上に、だいぶ距離が離れている。
杖を選ぶ時間や図書館の閉館時間を考えれば、往復してる暇なんて無い。
「仕方ない、二手に別れよう。本はオレが返してくる」
「ボクは賢吾と行くよ」
「オーケー、ベルと経津主は?」
「俺様はジュリアーノに着いてく」
「わ、たしも」
「よし、じゃあ終わり次第宿に集合な」
こうしてオレたちは別々に行動することになった。
昼過ぎの市街地は午前ほどの賑わいは無く、至って穏やかな大通りに立ち並ぶ露店を相変わらずギラギラと光る太陽が照らしている。
これだけの日が照っているにもかかわらず、オレの肌はアウローラにいた時と変わらずほとんど焼けていない。
日の光は日本の夏以上にあることは間違いないが、含まれる紫外線が少ないのだろうか。
肌が焼けて痛まないのは結構ありがたい。
「2人だけで歩くのって久しぶりだよね〜」
「ああ、そういえばそうだな」
アウローラを離れてからは基本的に集団行動だったので、ガイアと2人きりという状況になることはほとんど無かった。
「最初の頃を思い出すな」
「うんうん。言葉がわからなくってあたふたしてる賢吾、可愛かったなぁ〜」
「よせよ…」
そんな会話をしていれば図書館へはあっという間だ。
大きな扉を開けば広がる本の森。
棚の間をくぐり、歩き回るとすぐに見つかった例の丸メガネの職員。
「またあの人だ」
話しかけて本を返却する。
相変わらずの淡々とした無愛想な対応。
まあ無駄が無く話が早いし、オレとしては全然構わないしむしろありがたい。
敬語を一切使わないところは少し引っかかるが。
「案外早く終わったね」
「そうだな。まだ時間あるし、せっかくだから少し読んでいくか」
また料理本でも探そうか。
前回借りた物は一通り作ったし、今度はもう少しグレードアップして……
「あ」
その時、オレの脳内に前回経津主が借りたライトノベルがよぎった。
「どうしたの?」
「いやな、経津主が借りてた本を思い出して。すみません、小説とかってどこら辺ですか?」
「入口から入って奥半分と第二書庫の全てだ。咲耶華宰は著名な作家なので第二書庫の右の12列目からに作品がまとめてある」
職員に礼を言い、頭上の案内に従って第二書庫を目指す。
やっぱり無駄が無くてわかりやすい。
対応としてはああいうのが一番の正解だったりするのだろうか。
お客のニーズに合わせて欲しい情報を的確に…。
……あれ?オレ、著者のこと言ったっけ?
「はあ〜…圧巻だなぁ…」
大量の棚に並べられた大量の小説の数々。
図書館の1部屋の全てと聞けば少なく思えるが、いざ相対するとわかるその数の多さ。
この広い部屋の中いっぱいにあるということは、小説だけで何千万冊。
図書館ってレベルじゃねぇぞ。
「えーっと、なんてったっけな…」
背表紙を指でなぞりながら目当ての著者を探す。
確か、サクヤなんちゃらみたいな……なんだったけ……。
さっき聞いたばかりなのに名前を思い出せない。
おかしいな、不老のはずなんだけど。
「あ、いたいた」
数分間著者を眺め、やっと見つけたその名前。
咲耶華宰……日本人みたいな名前だ、なんだか親近感が湧くな。
いくつかを手に取り、題とあらすじを読んでみる。
『地べたの流刑
人を殺し、牢へ投獄された元役人の希助は、自分を愛する娼婦へ会うために脱獄を決意するが、看守に見つかりあえなく失敗に終わる。独房へ入れられ、日々磨耗する彼の前にある日突然、3年の前に亡くなった母の亡霊が現れた。』
ラノベ……じゃないよな。
あらすじから漂う羅生門や人間失格のようなどんよりさ。
純文学というのだろうか、こういうジャンルのはあまり読んだことがないな。
『超金戦隊ネビュラバスター
ここよりはるか100万光年の惑星エンダストラ。神の存在しない世界で人は独自の術を発展させた。鳥の飛ぶ術を解明した人々は空の遥か彼方、宇宙へ浮かぶ惑星ゾルバレオンに手を伸ばす。しかしゾルバレオンは残虐的な独裁惑星、星を目指したことが仇となりエンダストラは征服され、滅亡の時が刻一刻と迫っていた。不条理に虐げられる生活の中、少年レインは立ち上がる。仲間と小規模の抵抗軍を結成した彼は、星から物資をかき集め、独自の術で鉄製の巨大なカラクリを作った。悪逆非道のゾルバレオン軍と超金戦隊ネビュラバスターの死闘が今、始まる。』
SF!?
魔術主体のこの世界で!?
表紙のロボもなかなかカッコいいな……あ、これ漫画だ!!
そういえば、著名な作家は作品がまとめられてるって言ってたよな。
画風は萌え絵に近い…でも男性キャラはちゃんと男らしく描かれている。
「ええ…もしかして賢吾泣いてる…?」
「…悪い…感極まった」
まさか異世界で萌え絵とロボットモノが読めるだなんて夢にも思わなんだ。
まさに運命…これは借りていこう。
『転生勇者、皇帝を諭したら敵国の姫と結婚することになったんですけど、コレって反逆ですか?』
出た、ラノベ。
しかもタイトルだけである程度のあらすじがわかるやつ。
いいね、好きだぜそういうの。
にしてもすごいな。
ラノベに漫画に純文学まで、なんでもあるじゃないか。
彼こそもはや物語の神と言って然るべきだろう。
神……。
「そういえばさ、この図書館の管理者って書物の神なんだよな。確かトトって言ったっけ」
「そうだよ。ここに入った時からすごく大きな魔力を感じる。多分トト神のものだよね」
書物の神トト。
どんな姿をしているのか、一目あって見たいものだ。
そんなことを考えながら周りをキョロキョロとしていると、遥か遠くの方へ脚立に登る人影を見た。
遠目から見るに、何やら本棚を整理しているようだった。
職員だろうか、小さいな。丸メガネの彼ではなさそうだ。
何気に彼以外の職員を見たのは初めてだが、そのシルエットには何故か見覚えがある。
好奇心のまま近くへ寄ってみれば、その既視感にも納得。
そこにいたのは、市街地で盗みの疑いをかけられていたあの少女だった。
なるほど、ここで働いているのか。
せっかくだし声をかけてみよう。
「こんにちわ」
「へ?きゃあっ」
不意に聞こえたオレの声に驚いてしまったのだろうか、拍子に少女は2m以上ある脚立から落下してしまった。
オレは持ち物を放り出し、彼女を受け止めようとした。
しかし、距離が遠すぎて間に合わない。
まずい!!
その時、突如背後から吹き荒れた強烈な風圧がオレの頬を掠すめると同時に目にも止まらぬ勢いで追い越し、瞬く間に少女の体を包み込んだ。
な、なんだ…?
真っ赤なカーペットの上にヒラヒラと舞う緑の羽。
その中心にしゃがみ込むのは、少女を抱えた例の丸メガネの男。
なびくローブに包まれた少女は、弱々しい声で申し訳なさそうに彼の名をつぶやく。
「あ…トト様……」
トト?
今、トトと言ったか?
じゃあまさか、まさか彼が……
書物の…神…。