第22話「首都アルビダイア」
ミフターフの砂漠は想像よりもずっと広大だった。
数時間も歩けば街を見つけられるだろうなんて思っていたけれど、現実はそんなに甘く無い。
どれだけ歩いても砂漠、砂漠、砂漠……たまに見受けられるサボテンや崖が多少の彩りをそえるが、なおも強い黄金がどこまでも広がり続ける。
ジリジリと焼くように照りつける太陽が肌を焦がし、気力がドンドン失われて行く。
ジュリアーノも経津主も、魔封じが解けて再び飛べるようになったガイアでさえも、だいぶ精神が憔悴して目元にクマができていた。
だが、そんな過酷な旅の中でもオレたちが食糧や飲み水に困ることはなかった。
見える砂嵐が2分の1ほどになるまで歩いた頃から、動物や魔物が姿を現すようになったのだ。
食糧はソイツらを狩って肉を食べ、水はジュリアーノの魔術でどうにか接種できていたので、脱水や飢餓で動けなくなることは無かった。
正直、魔物の肉は独特の臭みが強くてオレたちには食えたもんじゃなかったが、ベルが美味しそうに黙々とその肉にかじりついていて、引いたわけではないけれど何かこう、少しだけ感心を覚えた。
好き嫌いが少ないのか、はたまた好みがとんでもなく尖っているのか…。
3日歩いても砂漠には人っこ1人見当たらなかった。
最初こそ意気揚々と歩いていたが、こんな現実を突きつけられてはやはり辛いというもの。
砂を見過ぎてゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
「砂漠ってこんなに人と出会えないものなの…1人くらいラクダに乗って歩いてても良いと思うんだけど……僕もうダメかも…」
「3日ぽっちで弱音吐いてんじゃねぇよ温室育ちがよォ……根性出せェ……」
こんなことを言っているが、経津主だって相当疲れが溜まっているはず。
「みんながんばれ…!歩いていればきっと街が見つかるはずだ…!」
「でも全然見つかんないじゃ〜ん…」
ずっと変わらない景色、オアシス一つ見つけられないで長らく彷徨い続け、みんなの気が滅入りつつある。
早く街を見つけないと、精神面で全滅してしまう。
オレはコンパスを取り出して方角を確認する。
砂嵐から遠ざかれば国の中心近くに行けるはずだと歩き続けているが、今更になって致命的なことに気付いてしまった。
それは『もしミフターフ王国の国土が楕円に伸びていた場合、砂嵐から遠ざかるだけでは国の中心へ着けない可能性がある』ということ。
オレは地図でミフターフをはっきりと認識した経験がないので一概には言えないが、もしそうだとすれば中心どころか再び国境沿いの砂嵐へと到着してしまう可能性があるのだ。
それに、街が国土の中心にあるとも限らない。
砂嵐から遠ざけた場所にあるであろうことは大体予想が付くが、何せ3日と半分歩いてもオアシスが見つからないような広大な砂漠だ。
大きな街だと良いけど…。
そんなこんなで歩き続けて3時間。
「…!見ろ!!」
突如として経津主が声を上げた。
彼の指差す方を見れば、砂山の先に赤く尖ったものがちらりと見える。
「もしかして…!!」
「街!!」
オレたちは無我夢中で走り出した。
巨大な砂山を走って登り頂上に着いた途端、一同がその光景に息を呑んだ。
黄金広がる砂漠の中にそびえ立つ巨大な建物。
潰れた雫のような屋根をしたそれは、さながらアラビアの宮殿。
紅と常盤色の中に散りばめられた金の装飾が太陽の光を反射して、遠くからでもキラキラと輝いて見える。
「やっぱり、街だ!」
「しかもあの城に活気付き、おそらくは首都のアルビダイアか?」
宮殿の周りには数々の建物が長い裾野を成すように立ち並び、所々から立ち上る煙やなびく旗が人々の営みと王国の権威を感じさせる。
「なにぼうっとしてるの?行こうよ!」
「早く早くぅ〜!!」
いち早く下へ降りていたガイアとジュリアーノが興奮気味に急かす。
先程までのチョベリバ具合はどこへやら。
「早ぇんだよお前ら!」
経津主に続きオレも彼らの後を追う。
ふと振り返ると、ベルがなにやら街の方をじっと見つめてその場で立ち止まっていた。
「ベル?どうした?」
ベルはオレの声を聞いてハッと気づき、そばへ駆け寄る。
オレは「行こうか」と彼女の手を取り、みんなの後を急いだ。
乾いた風が吹き付ける砂漠のど真ん中にそびえる街は活気に満ち満ちていて、老若男女様々な声で賑わっていた。
入り口の大通りではモルタル製の壁に設置された赤や緑のタープの下で各々が店を出し、見たことのないような果物や魚や魔具なんかにジュリアーノが目を輝かせている。
こんな砂漠のど真ん中で魚なんてどうやって手に入れるんだ?
文明なんて川がなければ成立しないだろうし、やっぱり探せばあるのだろうか。
まあ、この世界なら神が全部なんとかしてしまいそうだが。
「で、着いたが如何すんだ?」
「まずはギルドに行こう。ギルド銀行に預けてある金を少し下ろして、それからどうするかをみんなで話し合う」
「広場に行けば地図があるかも」
「よぉーっし!なら善は急げだ!!」
オレたちは大通りをまっすぐ進み、開けた場所へと出た。
砂を被った煉瓦造りの地面には美しいモザイク画が描かれ、見上げれば例の宮殿が見える。
でっかい城だなぁ。
アウローラのベラツィーニ宮殿よりも大きいぞ。
「やっぱり、ここはアルビダイアだ」
近くに設置されていた立て看板には大きく描かれた『アルビダイア』の文字。
ミフターフの首都。
ギルド本部は各国の首都にあると聞くし、店の品ぞろえや外からの情報に速さを考えれば郊外の田舎に飛ばされるよりはよっぽど幸運だったと言えるだろう。
まあ、3日間砂漠を遭難した上に得体の知れない生物に食われそうになったけども…。
「ここは中央広場か。ギルド本部はこのまま大通りを真っ直ぐだな」
「わかりやすい」
まじまじと地図を眺めていたその時、
「待ちな!アンタなんだろ!」
店の立ち並ぶ路地の方から聞こえた怒号。
ふり返るとそこには、大柄な女性に腕を掴まれて無理やり引きずられる、紙袋を抱えた少女がいた。
「ち、違います…!私じゃ…」
「嘘おっしゃい!ちゃんとわかってんだからねコッチは!!」
少女は必死に手を振り払おうともがくも、体格差も相まって成す術なく引きずられていく。
「なんだぁ?」
「あの子、だいぶ嫌がっているようだけど…」
「行ってみようか」
女性は自身のと思われる店の前まで連れてくると、そのまま少女を押し倒して罵詈雑言を浴びせた。
「トト様に拾ってもらって少しは丸くなると思ったけど、本当にアンタは変わらないね!この盗人がっ!」
女性は少女の頬を思いきり叩いた。
話から察するに、どうやら彼女は盗みをはたらいたらしい。
盗みは悪いこと、罪を犯せばそれ相応の罰が降るのは当然のことだ。
女性は彼女の持っていた紙袋をひったくって、そのまま地面へ中身を全て放り出した。
なにもそこまでやらなくても…。
そう思い周りを見ると、彼女へ向けられる視線はあまりにも冷たいものだった。
「こりないねぇ」「またか」「最近は減ったと思ったけど」「やっぱり人は変わらんな」
そんな声がかすかに聞こえる。
かなりの常習犯なのだろうか。
「あら、無いじゃないの。アンタいったい、魚をどこへやったのよ!」
「だ、だから……」
魚?
あの子は魚を盗んだのか?
「さては服の中だね!見せなさいっ!!」
「きゃあっ」
女性が少女の服を引っ張り、ビリビリと破いて強引に脱がせ始めた。
おいおいおい、公共の場だぞ!!
さすがに見ていられず、オレは慌てて駆け寄って女性を止めた。
「なんだいアンタ!この手を離しな!」
「流石にやりすぎだろ!いくら盗みをはたらいたからって、大衆の面前でこんな…」
オレが瞳を真っ直ぐ見つめると女性は手を振り払って腕を組み、オレと少女を睨みつけた。
「アンタ見ないね、旅のものかい。これは当然の報いなのさ。何も知らないよそ者が口を出さないでほしいね!」
くっそ、またこのパターンかよ。
そういえばこの子が魚を盗んだなんて言っていたよな。
ブレザーにコルセットと、結構体のラインの分かりやすい服装だ。胸囲もそこもまで大きくはない。
荷物の中にも魚は見当たらなかった。
隠し場所が全く見当たらないことから推察するにこの子は無実。
だけど、この人は今だいぶ頭に血が昇っている様子だ。
話が通じるか…何かもっと有力な証拠が……。
!
「魚を盗んだのはこの子じゃないですよ」
「なんだって?」
オレは様々な魚が並ぶ彼女の店のすぐ上、クリーム色の家の屋根の上を指差した。
そこには茶トラ柄の大きな耳をしたキツネが1匹。
「あ!デザートフォックスだ!」
「アイツ街中にも出るのか。肉美味かったな…」
一斉に皆の注目を浴びたデザートフォックスは驚いてピョンと飛び上がり、一目散に逃げていった。
すると、ヤツの足元からポロッと何かが落ちる。
それは何口かかじられた痕の残った銀色の魚。
「ほらな、この子じゃなかった」
「…」
運が良かった。さすがに言い返せないだろう。
女性は悔しそうな顔をしながら無言で去って行き、周りに集まっていた野次馬たちもわらわらと散っていった。
謝るとか無いのかよ、大の大人が。
オレは地面に散乱した少女の荷物を紙袋の拾い集めて彼女に渡した。
「はい、どうぞ。大丈夫?怪我は無い?」
「…あ、ありがとうございます」
彼女は荷物を受け取り、ぎこちない笑みを浮かべる。
「うん、なら良かった。違うなら違うってもっと強く言わないとダメだぞ」
「そうですよね……でも、私みなさんに信用されてないですし…」
「だからって濡れ衣を被る必要はないだろ」
ずいぶんとネガティブ思考だな。
そういえば、さっきので服がだいぶ破けてしまっている。
オレおもむろに槍を下ろして上着を脱ぎ出す。
いきなりのことに彼女は動揺していたが、オレはそのまま一度荷物を置かせてから少女に自分の上着を着せた。
「それ着て帰りなよ」
「でも…」
「いいからいいから。気をつけて帰るんだぞ」
少女はモジモジともどかしそうにしていたが、オレが手を振るとぺこりとお辞儀をして急足で去っていった。
広い道を駆けていく彼女の後ろ姿を眺めていると、ふとルジカの姿が重なった。
そういえば、みんなは今頃どうしているだろうか。
やっぱりオレたちがいなくなって心配しているのかな。
アウローラからミフターフへ飛ばされてもう4日近くたとうとしている。
確かこのペンダントがギベルティさんへオレたちの情報を発信しているんだったか。
ならば、オレたちがミフターフにいるということはすでに伝わっているのか。
いや、もしかしたら砂嵐の魔素で通信が妨害されているかも知れない。
「ケンゴ!」
ジュリアーノたちがオレの元へと駆け寄ってきた。
「ギルドはこの道を真っ直ぐだったよな」
「うん、そのはずだけど…」
オレは足元に下ろしたままだった槍を拾い上げて背負うと、頭上で照る太陽を見た。
相変わらずギラギラと肌を焼くように輝く太陽は、雲一つない快晴の空に堂々と鎮座している。
「早く行こう」
オレはそれだけを言い残して歩き出した。
ジュリアーノは不思議な様子でキョトンとしていたが、オレの後に続く経津主やガイア、ベルを見てフッと笑い、何も言わずに駆け足で後を追った。
ギルドへ着くと、オレたちはカウンターの嬢にこれまでの話をした。
ランクの飛び級試験を受けたこと、条件のダンジョンでアクシデントに身回れたこと、それによりこのミフターフへ飛ばされたことなどを洗いざらいに話した。
「お待たせいたしました」
裏へ事実確認に行った嬢が帰ってきた。
「大変申し訳ありませんが、その様な情報はございませんでした」
「そんな、ギベルティさんに直接聞いてもらえたりしないですかね」
嬢は難しい顔で考え込む。
「アウローラ公国のギルド支部長ですか…。試しては見ますが、現在砂嵐の影響で通信が混み合っておりまして繋がらない可能性がございます。また支部長は多忙故、少なくとも1週間は…」
「「1週間!?」」
なんてこった。
予想はしていたが、まさか本当にそうなるとは…。
ということは、オレたちの現状がギベルティへ渡っていない可能性も高いだろう。
だが、背に腹は変えられない。
「それでも良いです。お願いします!」
「承知いたしました…。では、連絡がつき次第お伝えいたします」
「ありがとうございます!!」
了承はしてくれたが、嬢はとても苦い表情をしていた。
その後、銀行カウンターで預金残高を確認する。
「54万ルベル」
「なんだ、案外あるじゃねぇか」
依頼で貯めた分+戦利品の売却+ジュリアーノのへそくりの合計額。
ジュリアーノのへそくりが大分を占めているが、我ながらよくここまで貯めたと思う。
「宿代が4000ルベルだから×4で16000ルベル、プラス食事代だから2万いかないくらいか。とりあえず1ヶ月はもつかな」
「飯は依頼ついでに狩れば良いだろ。サンドクラブとデザートフォックスならいくらでも食えるぜ」
「節約ならボクたち慣れてるもんね!」
「で、で、デザート、フロッグ。も。」
「ああ、今度はちゃんと料理して食べような」
不安はあったが、思ったよりも余裕がある。
ひとまずは安心して良いだろう…と思ったが、何やらジュリアーノが浮かない顔をしている。
「どうしたジュリアーノ」
「いやその、もしギベルティさんが僕らのことを知らないのだとしたら、兄さんにも情報が行っていないんじゃないかなって思って…」
「ああー…なるほど……」
ロレンツォか…。
確かにあのブラコン公王様のことなら、国を挙げての大捜索なんて可能性も否めない。
いや、むしろその可能性の方が高いとさえ言える。
「他国への連絡でしたら、宮殿近くのミフターフ郵便本社で国際通信が可能ですよ」
「本当ですか!」
カウンターの嬢の耳寄りな情報にジュリアーノが目を輝かせる。
だが、こういうのは大体…。
「結構するんですか…?」
「はい、この時期は砂嵐に妨害されてしまううえに今は通信が混み合っていますので、今すぐとなれば例年の倍で50万ルベルほど料金がかかります」
「そ、そんなぁ…」
ジュリアーノはガックリと肩を落とした。
やっぱりかかるよな。
払えないわけではないが今後の生活がだいぶカツカツになってしまう。
ジュリアーノには悪いが、ロレンツォとの連絡はもう少し金を貯めてからだ。
「大丈夫だって。ギルドがギベルティさんと連絡をとってくれるって言ってただろ?もう少しの辛抱だ」
「うん…そうだね。兄さんもきっと、僕のことを一人前って信じていてくれるよね」
その時、おもむろに後ろを通った冒険者の話し声が耳に入ってしまった。
「新聞見た?やべぇよな」
「ああ、アウローラんとこの公王の弟が行方不明で探してるってやつだろ?」
「それそれ!懸賞金5000億ルベルだってよ」
「うわー!やべー!!」
5000億!?!?!?
「ほぼ国家予算じゃねぇか!!」
「まずいってジュリアーノ!!行こう!郵便本社!」
「でででも、こ、今後の生活が…」
「言ってる場合か!アウローラの危機だぞ!!」
渋るジュリアーノを無理やりに引っ張り、オレたちはミフターフ郵便本社へ向かった。
宮殿の近くはありとあらゆる建物が綺麗で、あいも変わらず赤や緑が目立つ。
たまに見かける国旗(?)もあのカラーリングだし何か意味のある色なのだろうか。
嬢の案内どうりに道をたどれば建物を探すのは容易だった。
「でっかいな…」
さすがは国際的な通信を受け持つ本社。
宿やら食堂やらも隣接するギルドよりも大きな建物だ。
砂嵐の時期のミフターフは外からほぼ遮断されて物流や諸外国との通信が難しくなる。
国際通信の中枢となる施設に力を入れるのは納得だろう。
カウンターで話をつけ、30分ほど待たされた後にオレたちは別室へと移動した。
六角形をした6畳ほどの部屋の中心に直径20センチの水晶玉が浮いている。
「手が込んでるな。強力な防音魔術がかけられてるぜ」
「兄さん出てくれるかな…」
発信する場所を指定し、いざ通信。
ー一方その頃、アウローラ公国ベラツィーニ宮殿ー
頭を抱えて書類と向き合う公王ロレンツォの心情は穏やかとは言えなかった。
目元には深いクマが刻まれ、仕草からも彼に苛立ちがあるのは明白。
整理しても整理しても溜まり続ける書類と世界各国から寄せられるジュリアーノの目撃情報に追われ、彼の焦りと血圧はピークに達しそうになっていた。
すると、ピリついた空気を切り裂くかのように1人の使用人が勢い良くドアを開け、焦った表情で部屋へと入ってきた。
「何事だ。キチンとノックを…」
「も、申し訳ございません…!ですが陛下!ジュリアーノ様を名乗る者からの通信が!」
「!!今すぐ通せ!!」
椅子から転げ落ちるような勢いで部屋から飛び出すロレンツォ。
使用人の案内よりも早く水晶の部屋へと廊下を駆けて行き、物凄い勢いで扉を押しあけて台座へ飛びついた。
「ジュリアーノ!!!」
『わあっ!兄さん、ずいぶん早かったね…』
水晶に映るのは紛れもない弟の顔。
後ろに見えるは彼と行動を共にしていた仲間達の姿、と見知らぬ痩せた少女。
だがまだ浮かれてはいけない。
目の前の存在が弟だと証明する証拠がなければ公王という立場上、彼を信用することはできない。
「そこのぬいぐるみはガイア様であらせられるのか。出来れば中を確認させていただきたい」
『だってさガイア』
『おっけおっけ〜。賢吾外して〜』
『はいはい』
賢吾が後ろのボタンを外してガイアの着ぐるみを脱がせる。
そこに現れたのは瞳に布を巻き、胸部から下が欠如した白い髪の少女。
間違いない、命の神ガイア本人だ。
『これで良いー?』
「問題ありません。お手数をおかけしました。」
これにより水晶の先にいる人物がジュリアーノ本人であることが確定した。
ロレンツォはため息を吐いて胸を撫で下ろす。
「健康に問題はないか?今どこにいる?状況は?金は足りるか?その少女は…」
『ちょっ、多い多い!一つずつにしてよ兄さん!』
「陛下、どうぞ落ち着いてくださいませ…」
召使に静止され、やっと冷静さを取り戻したロレンツォ。
椅子に腰をかけて差し出された紅茶を口に運び、一度落ち着いてから再度質問を投げかける。
「…怪我は無いのか」
『うん、みんな平気だよ。僕ら今ミフターフにいるんだ』
「なに?砂嵐を超えてか?」
『それは色々と事情があってね』
ジュリアーノは今までの出来事を洗いざらいロレンツォへと話していった。
話が後半へ行くに連れてロレンツォの表情は徐々に曇っていったが、そんなことは気にせず今は現状報告第一にと話を進めていった。
「つまり、ギベルティに言われて向かった先でその十二公に襲われ、あえなくワープボールでその場から脱出した先がミフターフであったと」
『そういうこと』
「妙だな」
『何かわからない?』
「いや違う。レリフィット・ギベルティは10日以上前に既に亡くなっている」
『ええっ!!』
衝撃の事実に水晶の向こうの一同が動揺を隠しきれず絶句する。
ベルは先程から何がなんだかわからずに周りをキョロキョロと見渡しているが、なおも話は進んでいく。
『亡くなったってじゃあ、僕たちが会ったのはいったい…』
「おそらくはギベオン教団」
『だろうな。極秘の情報が簡単に漏れ出るほどギルドもポンコツじゃない。だったら奴が死人のガワ被って演技してた方がよっぽど納得がいくぜ』
『そんな…あのギベルティさんが偽物だったなんて……』
一気に沈む空気。
賢吾はまんまと騙されたと頭を抱えた。
アンジェリカたちとの食事会の際に聞いた水死体、それこそが本物のレリフィット・ギベルティなのである。
つまり賢吾たちが初めて彼と対面した時、彼は既に殺害されていて何者かと入れ替わっていたということ。
そしてその何者かの可能性が高いのが、今回賢吾たちの前に姿を現したギベオン教団十二公が1人アクエリアスなのである。
「だがまあ無事で何よりだ」
『うん、ありがとう。砂嵐が収まるまではこっちにいるつもりだよ』
「そうか、無理に抜けることは私も賛成できかねる。そしたら…」
『そしたら、そのままぼくらは鎧銭に向かうよ』
「何ィ!?!?」
水晶を超えて耳をつんざくロレンツォの声に一同が耳を塞いだ。
先ほどのように動揺が隠しきれないロレンツォ。
ワナワナと震える声で質問をする。
「な、何故だ…アウローラへは戻らないのか…?」
『うん、だってアウローラとミフターフだったらミフターフの方が鎧銭には近いから。待ってる間にみんなと話したんだ、砂嵐が収まりそうなのが早くても5ヶ月くらいだから、その間にお金を貯めちゃえば良いんじゃないかって。まだランクはEだけど、僕らボス級魔物を倒せるくらいの実力は確かにあるから、すぐにランクも上がって報酬も多くなるだろうしね』
的を得た回答を淡々と話す弟の声にどこか寂しさを覚え、頭を抱えわかりやすく落ち込むロレンツォ。
だが小鳥はいつか巣から旅立つものと心で自分に言い聞かせ、無理矢理にその感情を押し殺す。
彼のブラコンっぷりに少々呆れを見せていた賢吾も、今回はロレンツォも成長したなと水晶越しに感心を見せるが、彼はちっともそれに気付いていない。
「わかった…くれぐれも気をつけろ。身元には特に警戒するんだぞ、決してバレないよう。それとアウローラとそちらとでは文化も異なる、問題があればいつでも…」
『わかったから。兄さんも働きすぎないでね、体に体に気をつけて。それじゃあ』
「あ、ま…」
ロレンツォが言い終わる前に通信は途切れてしまった。
ため息を吐き、背もたれに体を預ける。
(しかし、逞しくなったものだ。一族秘伝の魔術も使えず、いつも泣いてばかりだったあの子がここまで…)
「捜索命令と懸賞金を取り下げろ」
手元の紅茶を飲み干すと彼は席を立った。
再び書斎の椅子に腰をかけて仕事へ戻る。
時刻は午後12時を回ろうとしており、ミフターフとは打って変わって正午でも柔らかい日差しがガラス窓から書斎を照らす。
ガラス越しに見える2羽の鳥を眺めてロレンツォはふっと笑い、手に持った羽ペンの先をインクに浸した。




