第18話「ダンジョン中層」
完全にスイッチの入った経津主はオルトロス相手に物怖じするどころか、寧ろ夢中でトンボを追いかける子供のように楽しんでいる様子だった。
「開きにしてやらァ!!」
オルトロスが前足を振り下ろすと、凄まじい風圧と共に斬撃が飛ぶ。
経津主は刀でそれを弾き、そのまま跳び上がってヤツの右前脚を斬りつけた。
「ウバアアアッ」と苦痛の表情で吠えるオルトロスに、続けてジュリアーノが5つの火の玉を杖から放つ。
それらは全て左の頭に直撃し大火傷を負ったヤツは一瞬よろめくが、血を流しながら片足を踏み締めて、尻尾の蛇でジュリアーノを叩き飛ばした。
「ジュリアーノ!」
「…っ大丈夫!」
するとオルトロスは踵を返し、オレめがけて突進した。
オレは槍でヤツを一度受け止め、目一杯の力を込めて弾き返す。
しかしヤツは弾かれた姿勢のまま尻尾の蛇を、今度はオレへとけしかけてきた。
「うおっ」
オレは紙一重で避け、そのまま槍を回して蛇の首あたりに打撃を入れる。
思ったよりも深く入ったようで、蛇は泡を吹いて動かなくなった。
だが痛みは本体にも伝わったらしく、ヤツは長く伸びた月代を逆立てて「ヴァオオオオッ」とオレに向かって吠えた。
更に怒らせただけかー…。
オレは槍を持ち直し、構える。
首元を狙いたいけれど、コイツ全く隙を見せない。
オレがオルトロスの隙を窺っていると、
「俺様はほたっらかしかァ?連れねぇなァオイ!!」
経津主が高く飛び上がり、ヤツの背中を深く斬りつけた。
ヤツは地鳴りのするような声で吠え、体を大きくのけぞらせる。
首元に隙ができた!
経津主、良い仕事をしてくれる!
オレは気合い一線、オルトロスの喉下めがけて力一杯の斬撃をお見舞いした。
「!!」
槍から放たれた風刃はヤツへヒットし、胸元に深い切り傷を負わせた。
傷口から血が吹き出し、その場へ力無く倒れるオルトロス。
前脚の先がピクピクしていたが、次第に全く動かなくなった。
倒した…倒した!!
足元に広がる血溜まり。
魔獣オルトロスの討伐に成功した。
「…!ジュリアーノ!」
オレは壁際で背中を抑え、座り込むジュリアーノへと駆け寄った。
「ジュリアーノ、平気か」
「うん、ちょっと痛むけど平気だよ」
「無理するなよ」
その時、ドスッという衝撃が背中に伝わると共に、オレはガイアがいつものように背中に突進してきたことを理解した。
「みんなナイスゥ〜!!…ってわあっ、ジュリアーノ大丈夫??」
「大丈夫だよ」
手足をバタつかせて心配するガイアに、そう言って笑って見せるジュリアーノ。
杖をついて立ち上がる彼の背中を、ガイアが「ココ?ここが痛いの?」とさする。
しかし、なんだったんだ?さっきの感覚は。
オルトロスを仕留める一撃を放った瞬間、身体を駆け巡る何かをオレは微かに感じた。
強いて言えば”流れ”のような感覚。
今まで感じたことがなかったのに。
…いや、もしかしたら、今まで感じることができなかったのかもしれない。
3週間ほどこの恢胡の碧槍を使い続けているが、使っていくうちに風刃のエイムをコントロールできるようになった。
威力は何というか、冷静さを保っていれば一定の魔力(おそらくはこの槍の標準設定)で放つことができたので、あまり気にしてはいなかった。
まあ気にしていなかったというか、コツのようなものが全くわからなかったから放っておいただけなのだが。
しかし、さっきの流れるような感覚。
もしかして、この感覚こそが魔力をコントロールする”コツ”なんじゃないのか?
アイテールは魔力操作は感覚だと言っていた。
魔術には複雑な魔力操作をサポートするための詠唱が存在するが、この槍にそんなのは無い。
魔具ならば込められた魔術でその都度一定の魔力を放出するようになっているが、神の魔力を自身でコントロールし、術を操ることができる『加護』を受けたこの槍。
やっとコツの端緒を掴んだ。
コレはオレが少しずつこの槍を使いこなし始めているという証拠。
槍を回し、自由自在に風を操る自分の姿がオレの脳裏に浮かぶ。
まるで風神じゃないか。
うん、かっこいい……。
「…ご……ケンゴ!」
突然、経津主に大声で名前を呼ばれた。
驚いたオレは一瞬槍を落としそうになり、慌てて持ち直す。
「なにボサっと突っ立ってんだ。行くぞ」
「ああ、ごめん…」
部屋の中にはオレたちの通ってきた扉の他に、一つだけ石造りの扉があった。
青い塗装はほぼ剥げて古めかしいが、元は豪華な装飾が成されていたことがわかる。
経津主が身構えていないので、この先には強敵がいないということなのだろう。
「開けるぞ」
オレは重たい扉を両手で押して開ける。
ズリズリと石と砂が擦れる音と共にゆっくりと開く扉。
「あれって、まさか…」
「宝箱!」
扉の先には先程よりも一回り小さな部屋があり、その中心には二つの箱が鎮座していた。
来たか、ダンジョンの醍醐味!!
赤く塗装された木製の箱に金の装飾が施された、明らかなる宝箱。
中ボスを倒した報酬ってか?
2個も置いてくれるだなんて、ずいぶんと太っ腹じゃないかダンジョンさんや。えぇ?
「凄い!何が入ってるかな!」
「雑魚だったからな。期待は出来ねぇだろうよ」
「えー、割とイイものあるかもよ〜?」
「まあ落ち着け。こっちから開けてみよう」
全員で宝箱の前へ並び、固唾を飲んで見守る。
「じゃあ、開けるぞ…」
口元の金具を外し、いざ、宝箱オープン!!
蓋を開けた途端に内部から溢れ出す神々しい光。
あまりの眩しさに圧倒され、ガイア以外の全員が目を瞑った。
光は徐々に収まり、宝箱の内部があらわになっていく。
金銀財宝!!……では、ない…??
「何だ、これ」
箱の中にあったのは金色の輝きを放つ財宝ではなく、たった一つの小さなガラス玉だった。
直径3センチほどの球体の中に、紫と緑と桃色の液体がまるで水と油のよう分かれて漂っている。
え、コレ!?コレだけ!?
あれだけの演出をしておきながらコレ!?
なんというか、圧倒的にショボ過ぎる。
「いやいやいや…」
まあ待て、まだ宝石の可能性だって……。
手の取ってみるとずいぶん重く、回せば中の液体はそのままに外壁だけが動く。
ああ、知ってる。
前に世界にいたとき、従姉妹が沖縄土産でくれたヤツそのものじゃないか。
オレはため息を吐き、肩を落とした。
しかしそんなオレとは裏腹に、ガラス玉へ興味津々なジュリアーノ。
「見せて」と言ってオレの手からガラス玉を取り、近くで観察し始めた。
そんなに綺麗か?だいぶ毒々しい色合いだと思うが…。
一通り観察すると、彼は興奮気味で話し始めた。
「凄いよコレ!こんなの僕、初めて見たよ!!」
え?
「随分と精巧な…玄人どころの話しじゃねぇなこりゃ」
え?え?
「すごーい、こんなのがあるんだ〜!」
え?え?え?
オレ以外の全員がガラス玉を絶賛している。
そんなに凄いものなのか?
「なんなんだ、ソレ」
オレがそう質問すると、ジュリアーノは目を輝かせて話しだした。
「”ワープボール”だよ」
「”ワープボール”?」
聞き慣れない名前だ。
しかし、「ワープ」という単語からその機能はなんとなく想像ができる。
「うん、空間転移の魔術を特殊なガラスに閉じ込めた魔具さ。でも、コレは特に高度な魔術だよ。もし売っていたのなら、300万ルベルはくだらないんじゃ…」
「300万!?」
そんなに高価なものだったとは…!
危うく粗末にあつかうところだった。
「高度な魔術って、どう高度なんだ?」
「空間転移みたいな無属性の魔術は安定させるのが難しいんだ。使用しながらも操作が難しいのに、ソレを無機物に込めるなんてのはもう本当にプロでもなきゃできないし、それができたとしてもここまで安定させられるのは最早神技だよ!」
話が後半へ行くにつれ、どんどん早口になっていく。
熱量が凄い…相当に興奮してるな。
だがなるほどそれだけの上物ならば、ギルドにて相当良い値で買い取ってもらえるだろう。
旅の資金稼ぎには丁度良い。
オレはワープボールをハンカチで丁寧に包み、カバンの中にしまった。
すると、ガイアがもう片方の箱の方にピューッと飛んでいき
「じゃあじゃあ、こっちにも凄いのがあるかなー??」
と言って金具を鼻で器用に外し、箱を勢い良く開けた。
「あ、そっちは…」
「へ?」
経津主が制止しようとしたが、時すでに遅し。
大きく開いた箱の口から勢いよく紫煙が吹き出し、ガイアはそれをモロに被った。
「ギャアアア!!」
「うわああガイア!!」
ドスッと地面に落ち、のたうち回るガイア。
「わー!!アツ!アッツ!賢吾!脱がして!脱がしてー!!」
「待ってろ!」
オレは急いで着ぐるみのボタンを外し、ガイアを外へ出す。
すると、何ということか。
着ぐるみには一切のダメージが無いにも関わらず、ガイア自身は紫色の炎に包まれていた。
「うわアッツ!!」
「任せて!」
すかさずジュリアーノは杖を構えて高速で詠唱をした。
杖から放たれた滝のような水がガイアを包み込み、体の炎を消化する…が。
「オイ、髪が消えてねぇぞ!」
「ええ!?なんでぇ!?」
長く白い髪の毛の先に紫の炎がまだ残っていた。
ジュリアーノが必死に水をかけるも、毛先の炎はどうしても消えない。
仕方ない!
「ガイア、じっとしてろ!」
オレは槍でガイアの髪を切り落とす。
髪の毛が地面に落ちた瞬間、やっと炎はおさまった。
オレは安心してフウ、と一息つく。
すると、間髪入れずに地面からガイアがオレの胸に飛びついてきた。
「わあああありがとおおおお!!」
涙と鼻水でベシャベシャになった顔を擦り付け、ガイアを抱きかかえるオレの服が徐々に濡れていく。
「お前なあ!よく確認もしないで開けるなよ!」
「ううう…ごめんなさいぃ…」
経津主は異変に気付いていたが、ガイアはおそらく着ぐるみで感覚が鈍っているせいで気付くことができなかったのだろう。
幸い火傷などはしていないようだ。
良かった。
「髪、短くなっちゃったね」
ジュリアーノが肩ほどの長さになったガイアの髪を撫でる。
「ダイジョーブ!こんなのすぐに伸ばせ……あれ?」
ガイアは一生懸命魔力を流そうと踏ん張るものの、髪の毛が伸びる様子は一向にない。
「なんでぇ?なんでぇ?」と困惑しながら更に踏ん張るが、それでも髪は短いままだ。
「もしかして、魔術が使えないの?」
「そうみたい……」
オレはガイアを下ろすがいつものようにフワフワと飛ぶことはなく、うつ伏せになって芋虫のように這うだけだった。
「空も飛べなくなってる…」
「それだけじゃねぇ。コイツの魔力すら今は感じられねぇ」
経津主が「まるで無機物だぜ」と言って寝そべるガイアを人差し指でつつく。
「なるほど。どうやらコレは魔封じのトラップだったみたいだね」
ジュリアーノの出した結論がおそらく正解であろう。
すっかり落ち込んで脊髄でベシベシと地面を叩くガイアに、「原初神が何やってんだよ…」と哀れみの眼差しを向ける経津主。
本当に何やってんだよ…。
色々あって、ガイアはオレが抱えて行くことになった。
飛べないとなれば逃げる手段も無いため、もし魔物に出会したらぬいぐるみのふりをすればまあ狙われることはないだろうとのことで着ぐるみは着せてある。
ちなみに、切り落としたガイアの髪の毛は全て拾って鞄へ入れた。
取り込めば簡単にパワーアップできてしまうような命の神の身体の一部をダンジョンに放っておくのは危険だと考えたからだ。
その後3つほど部屋を渡り、それぞれに巣くった魔物を討伐し、遂にボスのいると思われる大扉の前まで来た。
赤い塗装にところどころ金が散りばめられて、少々の劣化が見られるもののその威厳は凄まじく、一目でわかるボスの部屋。
長かった。
ここまで約6時間、時計は午後3時を指している。
オルトロスや立て髪が炎のオオカミ、毒蛇の大群など実に多くの魔物を相手にし、ようやく辿り着いたこの場所。
しかしコレで終わりではない。
何故ならば、この先には…
「グライアイがいる」
経津主が刀を肩に担いで、扉を睨むように言った。
そう。
この扉の先に待ち構えるのは、このダンジョンのボス”グライアイ”だ。
ヤツを倒せばダンジョンはクリア、晴れてBランク冒険者の仲間入りだ。
「うう、緊張してきた…」
ジュリアーノは杖を抱きしめ、不安そうな表情を浮かべる。
そんな彼の肩を優しく持ちながら励ました。
「心配無い。オレたちは2年間修行して見違えるほど強くなったんだ。グライアイなんてめじゃない。きっと勝てるさ」
「うん…そうだね、きっとそうだ!」
皆で整列し、目の前の大扉を見やる。
「皆んな、準備は良いか」
「うん!」
「オッケー!」
「当然」
オレの呼びかけに、メンバー全員が意気揚々と声を上げた。
オレは深呼吸をして心を落ち着かせる。
いよいよ決戦。
大丈夫、大丈夫だ。
オレには頼もしい仲間がいる。
意を決してオレは扉に手をかけ、力一杯に押し開けた。