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第17話「昇級試験」

 ついに来た。

 待ちに待った今日この日。

 まだ肌寒い早朝だと言うのに、オレはベランダへ出て張り切ってラジオ体操をする。

 もちろんそれはガイアやジュリアーノ、経津主(ふつぬし)も同じで、朝食をいつもの倍たいらげ、朝っぱらから上機嫌。

 それもそのはず。

 なんたって今日は、待ちに待ったランク昇級試験の日なのだから!

 ギベルティに渡された書類を読んで初めてその内容を知った時は絶句し、心内に莫大な不安を抱えながら過ごしたものだ。

 しかし時間が経つにつれ、受かれば晴れてBランク冒険者の仲間入りであること、Bランクともなれば一つの依頼における報酬が今の倍以上に(ふく)れ上がるという事実が、徐々に不安を希望へと変化させていったのだ。



「自信はどうだ、ジュリアーノ」


「バッチシ!なんでもかかって来いって感じ!」


「そう来なくっちゃね〜」



 ある程度の身支度を整えたオレとガイアは、経津主やジュリアーノと自室で話していた。

 今日のために磨き上げられた杖を抱えるジュリアーノは得意げに胸を張る。



「お前はどうなんだよ賢吾」


「そりゃ、オレだってバッチリだぞ。ゴキブリの如き生命力で、首がトぼうが胴体を真っ二つにされようが、何度だって立ち向かって行ってやるさ」


「ちょっとぉ〜サラッと悪口言ってな〜い?」



 ガイアの言葉に部屋の全員が笑い、賑やかな声が響き渡る。



「ハハハ、五体バラバラんなってくれるなよ?命の神の眷族さんよぉ」



 経津主がそういうと同時に、廊下の方からガシャーンという何かを落としたような大きな音がした。

 それに驚き、全員の目線が扉へと一極集中する。

 オレは立ち上がり、ゆっくりと扉に歩み寄って開けた。

 するとそこには、慌ててティーカップの破片を拾い集める藤色のショートヘアをしたメイドが1人。

 メイドはオレの顔を見るなり真っ青な顔で「…申し訳ございません!」と言い、破片を拾う手を早めた。



「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫です、申し訳ございません…」


「あ、素手でやらない方が…」



 オレがそう言いかけた時、メイドは破片の一つを掴んだ人差し指を切ってしまったようで、細く白い指に赤く血が滲む。

 言わんこっちゃない。



「ああ、指が…」

 

「お気になさらず、私のミスですので…」



 声も震えているし、だいぶ慌てている様子だ。

 ティーカップ四つ分はあろうかという破片。

 見てて痛々しいし、さすがに何もしないのはな…。

 見かねたオレはその場にしゃがみ込み、袖を(まく)って破片を拾い始めた。



「…!いけませんケンゴ様!御手が…」


「大丈夫ですよ、すぐ治りますから」


「ですが…」



 そんなやりとりをしていると、ジュリアーノが何事かとオレの後ろから顔を出した。



「大丈夫…って、うわっ?!」



 大理石に広がった紅茶とティーカップの破片と流血したオレの手を見て、予想を上回る事態に驚愕の声を上げるジュリアーノ。

 オレは「大丈夫。落としちゃったみたいで」とだけ言い、顔を上げることなく黙々と破片を拾う。

 破片を素早くかき集め、全てお盆へと乗せたオレの手のひらは案の定血(まみ)れになってしまったが、オレとしてはまあ問題ない。



「申し訳ございませんでしたケンゴ様、御手を(わずら)わせた上にお怪我まで…」


「いいんですよオレなんかいくら怪我したって。それより、そっちは大丈夫ですか?」


「はい、お陰様で。…大変ご迷惑をおかけいたしました、すぐに新しいものを用意してまいります」



 メイドはそう言ってお辞儀をすると、足早に去って行った。



「許してあげてね、ジルベルタはまだ新人だから。沢山運ばせすぎないように後で言っておかないと……」



 ジルベルタ…。

 確かに、彼女の顔を見たのは初めてかもしれない。

 俯いて顔色がだいぶ悪いように見えたけれど、本当に大丈夫なのだろうか。




 身支度を済ませたオレたちは早速ギルドへと向かった。

 受付で嬢と話すと、一枚の封筒を渡された後にいつも通り、「お気を付けて」とその一言だけを言われて送り出された。

 なるほど、話を持ちかけられた時も「後にも先にも他言無用」と言っていたもんな。

 これからランク飛び級の試験が行われるという事実を知る者はオレたちだけ…秘密めいていて、なんだかカッコいいな。


 封筒の中には一枚の地図とペンダントが人数分入っていた。

 地図は試験会場の場所を示し、ペンダントはオレたちの戦いぶりを試験官であるギベルティへ伝えるための魔具なんだそう。

 オレたちはそれぞれペンダントを付けて、その地図とコンパスを頼りに森の中を進む。

 相変わらずの森は暗くジメジメしていたが、地図に従って進むにつれ、少しづつ陽の光が入るようになっていた。

 花も増え、蝶もたまに見かける。



「僕、ここら辺よく来るんだよ」


「公族が森へ?」


「うん、ご先祖様のお墓が近くにあるんだ。でもこっちの方に森にはあんまり近寄ったことはないな」



 そんな会話をしながら歩いていると、ついに目的地へと着いた。

 一言でいえば、いわゆるダンジョンというもの。

 よくある古代文明の建築のように石が積まれ、柱や屋根の形を模しているようだ。

 下りに続く階段は奥へ行くほど闇に呑まれて見えなくなっている。



「ここだね」


「ああ、いよいよだ」


「お宝もあったりするのかなぁ」


「どんな奴が来ようと、俺様が皆斬り刻んでやるぜ」



 落ちていた枝を束ねて松明(たいまつ)を作り火を灯した後、意を決してオレたちは階段を降りて行った。

 階段を降りて行くほどに湿気と肌寒さが増していく。

 カツカツと石の階段を踏む音が辺りに響き渡り、時折ムカデや蛇なんかが壁に空いた穴から()い出てきて、いかにもなダンジョンの雰囲気を(かも)し出している。

 数分ほど降りると階段は終わり、代わりに人が4、5人通れるほどの長い石畳(いしだたみ)の廊下が出てきた。



「どこまで続くんだろう…」


「さあな、進めばわかるさ」



 陽の光がほぼ入らないために廊下は真っ暗そのもの。

 松明のおかげでだいぶ明るいが、先を見据えることは不可能だろう。

 ダンジョンだし何か罠があるかもしれない。

 オレたちは周りを警戒しつつ、慎重に歩みを進めていく。


 あ、そう言えば、まだ試験の内容を話していなかった。

 なんとなく察しはついているだろうが昇級試験の内容はズバリ、このダンジョンの攻略だ。

 攻略条件はその時々で変わるそうだが、今回はシンプルにボスの討伐ただ一つ、ダンジョンの深層に巣食う”グライアイ”という魔物を討伐し、その目玉を持ち帰ることで合格となる。

 更に、ダンジョン内で手に入れたのもは私物にしても良いとのことだ。

 金銀財宝や宝石でも見つけられれば旅の貯金を一気に増やせるし、オレたちにとっては良いことずくめのイベントなのである。

 …とまあ口で言ってしまえば簡単なものだが、問題は合格条件であるグライアイの討伐だ。


 グライアイとは神話に登場する3人1組の怪物の名前であり、老婆の姿をしていて、一つしかない目を3体で共有する。

 オレが知っている中ではそんなイメージであるが、宮殿の本で調べたところでは大体合っていそうな様子だった。

 だがもしその通りの怪物が現れたのだとしたら、相当に厄介だ。

 こちらの戦力3人に敵も3体ともなれば、1人1体の最上級魔物を相手にしなければいけないということ。

 それを知っていたからこそ初めて試験内容を見た時は不安が9割を占めていたが、やはり報酬が跳ね上がるというのはとても魅力的であるし、何より今まで取り巻きに(はば)まれて話しを聞けなかったBランク以上の冒険者たちと、対等の関係で話すことが可能になるのだ。

 その他も沢山イイコトが待っている。

 そんなことを考えていく内に不安はほとんど消え去り、この通り今のオレたちは自信に満ち(あふ)れていた。


 しばらく歩くと、分かれ道にぶつかった。



「あれ、分かれてる」



 二股に分かれた道はどちらも数メートル先が見えないほどに暗く、どこへ続くのか見当もつかない。

 一つずつ潰していくのが確実だろうが、このダンジョンがどれだけ深く、グライアイ討伐にどれだけの時間を要するか、オレたちは何も知らない。

 なのでなるべく時間はかけたくない。

 しかし、どちらが正解かなんて見当もつかない。



「ムムム…どっちだ…?」



 悩むのも時間に無駄だ。

 ここはカンを信じて進もう。



「ヨシ、こ…」


「こっちだな」



 オレの言葉を遮り、経津主が指を刺す。

 それはオレが選んだ方向とは逆であった。



「わかるのか?」


「おう、こっちからやたらデカい魔力が流れ出てるぜ」



 なるほど、神は魔力を感じ取ることができるのか。

 普段の任務でもそうだが、経津主はゴブリンやスライムなんかを見つけるのが早かった。

 ガイアは着ぐるみで感覚が(さえぎ)られているし、思った以上に頼りになるかもしれない。


 オレたちは経津主の指した方向へと歩いて行く。

 しばらくすると行き止まりに当たり、そこには大きな扉が鎮座していた。

 今までの石造りとは打って変わって、金属製で塗装の剥げた装飾が施されている。



「もしかして、この先にグライアイが…」


「いや、そこまでの魔力は感じない。だが何かいるぜ、デカいのがな」


「油断はできないな…」



 そう、ここはダンジョン。

 住まう魔物はなにもグライアイだけではないのだ。

 オレは背負っていた槍を取り、利き腕に持つ。



「1、2の3で開けるぞ」



 それぞれがそれぞれの武器を構え、扉をじっと見つめる。

 オレは錆びたとってに手をかけ、力を込めた。



「…1…2の…3っ!!」



 重い扉を力一杯押し開けると、部屋の中から突如無数のコウモリが飛んできた。

 しかもそれらにはとても鋭い牙が生えており、オレたちの肉を噛みちぎろうと言わんばかりの勢いで襲いかかってきた。



「このっ」



 でたコウモリ!

 初期エンカウントのせいでだいぶ嫌なイメージが残ってるんだよなぁ。

 オレは動揺しつつも、刃に革製のカバーが付いたままの槍で応戦する。

 経津主も刀で斬るが、いかんせん数が多すぎてキリが無い。



「クソがっ!ウザってぇ!!」



 経津主は大きな魔力があると言ったが、おそらくはコイツらが群れでいるからそう見えたのだろう。

 槍の加護で一気に蹴散らしてやりたいが、立っている場所が狭すぎるし、オレは魔力のコントロールが未だに未熟。

 このやりずらい状況で無理矢理に振るえばダンジョンごと破壊しかねない。

 部屋へ入れば広い場所に出られるのだが、コウモリたちの勢いが強すぎて全く前に進めない。

 すると、ジュリアーノが自身に襲いかかったコウモリを杖ではたき落とし、叫ぶ。



「みんなしゃがんで!!」



 その声に応えて、オレたちはその場にしゃがんだ。

 続いて彼は杖を構え、早口で詠唱を始めた。



「凍てつく純水の晶魔よ、我が命に応えたまえ”凍砲(フリーズバレット)”!!」



 そう唱えた瞬間、杖の先端に球体状の吹雪が起こり、ジュリアーノはコウモリの群れに向かい、まるで発砲するかのように打ち出した。

 吹雪はコウモリたちの間を抜け、中心の1羽へ命中した瞬間にドッと弾けて周辺のコウモリたちの多くを凍結させた。



「今だケンゴ!!」


「サンキュー、ジュリアーノ!」



 ジュリアーノのおかげでコウモリたちが半分近く減り、勢いも少しおさまった。

 オレはその場から部屋へと駆け込み、槍のカバーを取って、コウモリたちめがけて何度も振るう。

 コバルトブルーの刃から放たれる無数の風の斬撃が、部屋のコウモリを一掃した。

 羽や胴を切られたコウモリは次々と地面に落ちていく。



「ふう、とりあえず収まったな」



 ジュリアーノやガイアの周りに残っていたコウモリは、経津主が全て斬り裂いた。

ひとまずはコレで落ち着いた。



「ジュリアーノ、よくオレの考えが分かったな」


「うん、なんとなくね」


「2人とも息ピッタリじゃな〜い!」



 ガイアがオレとジュリアーノに擦り寄る。

 あの一瞬でオレの考えを読み取り即座に行動に移すとは。

 この2年間でジュリアーノは、オレが思っている何倍も成長していたのかも知れない。



「ケンゴ、見ろ!」



 経津主の声に、オレは彼の指差す方向を見た。



「!!」



 その瞬間、体から噴き出す冷や汗。

 コウモリに夢中になっていたせいで、全く気付くことができなかった。

 部屋の中には誰が点けたのか、いつから点いているのかもわからない松明がいくつも壁に掲げられ、内部をとても明るく照らしている。

 そして中心には、灯りに照らされ地面に濃い影をつくる巨体。

 筋骨隆々の、巨大な双頭の犬。



「まさかあれは……オルトロス…!?」



 グルグルと敵意剥き出しでこちらへ(うな)るヤツの右肩には、まだ新しい斬撃の痕。

 尻尾から生えた緑色の蛇が、黄色い眼光をこちらへ飛ばす。

 どうやら、先ほどオレの放った風刃のとばっちりを受けたらしく、相当に怒っているようだ。

 血走った眼で牙を()くオルトロスに経津主はゆっくりと歩み寄り、ヤツへ挑発的な目線を向ける。



「なんだ、やるかァ?犬っコロ」



 彼がそう言った瞬間、オルトロスは「ヴァオオオオウ」と吠えたかと思うと、とてつもない勢いで経津主へ突進した。

 向けられた牙を刀で受けると、ガキィィンという凄まじい音が辺りへ反響し、その風圧でオレたちは一瞬吹き飛びそうになった。

 しかし、彼はそんなことはお構いなしにオルトロスの牙を弾くと、そのままヤツへ突進し斬りかかっていった。

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