第14話「期待の新星」
街ゆく冒険者たちの視線は、オレたちへ一局に集中していた。
冒険者たちに釣られて、一般人までもが「なんだなんだ」とオレたちを見やる。
ギルドの中へ入ればその視線は一層に濃く、そして沢山になった。
「あれが噂の…」
「そうそう、バジリスクを一撃で倒したって…」
原因は昨日の出来事。
オレがこの槍で首を飛ばした大蛇はバジリスクといい、なんとBランク相当のボスモンスターだったそう。
そんな強敵をEランクの冒険者が一撃で倒したもんだから、たちまちギルド内はその噂で持ちきりだ。
ガイアの件を秘密にしておきたいオレにしても、ベラツィーニ家の出を隠したいジュリアーノにしても、この状況はとても好ましく無い。
「どうしよう…僕ゴーグル付けておいた方が良いかな…」
以前は魔力切れを恐れて魔具のゴーグルに頼って認識阻害魔法付きのゴーグルをかけていたジュリアーノだが、今ではその必要もないほどに魔力量も技術も高上したので、外出時にゴーグルはつけていないのだ。
加えてこの2年で見た目もだいぶ成長し、オレは背丈を越されてしまった。
元々一個下だったし、成長度合いで言えばオレより歳上になったんだもんな。
「ああ、いた。ケンゴー!」
白い鎧の女騎士が手を振ってこちらに近づいてきた。
「あれ、昨日の奴じゃね?」
「本当だ」
先日助けた冒険者基、おそらくは噂の根源。
「アンジェリカ、もう体はいいのか?」
「ああ、君たちのおかげで軽傷で済んだからな。ジュリアーノのヒーリングもあったし、皆もうすっかり元気だ」
「役に立てて良かったよ」
彼女はアンジェリカといい、4人組パーティーのリーダーでCランクの冒険者だ。
何故彼女らがBランク相当のバジリスクと戦っていたのかというと、Cランクの遺跡探索依頼を受けたところ依頼主の予想以上に内部が深く、更に最奥はバジリスクの巣穴と化していたのだそう。
なんとも運の悪い……。
「そうだ、嬢が君たちを探していたぞ」
「そっか、わざわざありがとう」
「待ってくれ」
カウンターへ行こうとしたオレたちを、アンジェリカが呼び止めた。
「良ければ先日のお礼がしたい、今夜食事でもどうだろうか」
「良いのか?」
「みんなで行っていいのー?」
「もちろんだとも。大通りのリストランテに行こう、依頼が終わったら2階の休憩所にいるから、そこに来てくれ」
「わかった。楽しみにしておくよ」
オレがそういうと、アンジェリカは嬉しそうに手を振り、仲間の元へ戻って行った。
改めてカウンターに向かうと、いつもの嬢が笑顔で迎えてくれた。
「ようこそカサイケンゴ様、そして御一行様。早速で申し訳ないのですが、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「ご協力頂きありがとうございます。では、こちらへどうぞ」
嬢はオレたちをカウンターの側の扉から、別の部屋へ案内した。
そこは赤い2つのソファが小さな机を挟んで向かい合いに設置された、小さめの談話室。
片方づつお互いが向かい合うように座ったところで、おもむろに嬢が口を開いた。
「まず、先日はこちらの手違いで、アネモイの酒場様や皆様を命の危険に晒してしまい、誠に申し訳ございませんでした。そして、彼女たちを救助して頂いたこと、心より感謝申し上げます。」
そう言い、嬢は深々と頭を下げた。
『アネモイの酒場』というのはアンジェリカたちのパーティー名。
確かに今回の事件は冒険者ギルドの落ち度ではあるけど、こういう時の謝罪って上の人間がやるもんじゃないのだろうか。
別に偉い人間が謝っている姿を見たいわけじゃ無いけど、危うく死人が出るところだったんだし、アンジェリカたちにはちゃんとした謝罪をして欲しい。
「いえそんな、彼女たちが仲間を守りながら懸命に戦っていてくれていたからですよ」
「お二人がある程度気を引いていてくれたので」
「あんな雑魚ミミズなんざ屁でもねぇぜ!」
オレたちのやりとりを見て、嬢は安心したように微笑む。
「そうですか。皆様お優しいですね。」
まあ、バジリスクを退けられたのは偶然っちゃ偶然だ。
もうちょっと槍の使い方をどうにかしないと、人を傷つけてしまうことだってあるかもしれない。
今後も練習しないとな……。
そんなことを考えていると、嬢が途端に真剣な表情でオレたちを真っ直ぐに見つめた。
「では本題なのですが、バジリスクを一撃で倒されたというのは事実ですか?」
うっ…きた…。
「……ハイ…事実です…」
「ほう、それは凄い」
突然、扉の方から声がした。
見るとそこには、白髪の混じった髪をワックスでまとめた長身の男がいつのまにか扉を開け、入り口の淵に腕を組んで寄りかかっている。
誰だろう、全く気付かなかった。
「おっと、いきなり失礼。私は冒険者ギルドアウローラ支部の支部長、レリフィット・ギベルティと申します。どうぞ、ギベルティとお呼びください。」
ギベルティと名乗った男そのは一度深々とお辞儀をしてから嬢に目配せをして下がらせ、空いた席に静かに座った。
「改めましてバジリスクの件ですが、このギベルティ、公王陛下より皆様の事情は伺っております。」
「えっ、じゃあ…」
「はい。流石は公王陛下のお認めになった方だ、最上級の大蛇など敵ではありませんね」
そう言いギベルティはニコッと微笑んだ。
まさか、それで個室に呼び出されたのか。
「そんな、オレの力じゃないです!師匠のくれた槍が強かっただけで、オレなんか運が良いだけの未熟者です…」
「運も実力の内です。それに、それ程の力を持つ武器を未熟な状態で使えば、本体が耐えきれずにそれなりのダメージが入るはずです。しかしあなたはとても元気でいらっしゃる」
は?ダメージってなんだよ、聞いてねぇぞあの露出魔。
それを聞いたジュリアーノが、オレの隣で「もう、兄さんってば…」と小さく呟く。
「ご安心くださいジュリアーノ様。我々冒険者ギルドは皆様に、あくまでも1人の冒険者様として対応する所存です。贔屓などは一切致しませんよ。あ、でも一応陛下からは口止めされているので、今言ったことは内密にお願いしますね。」
ギベルティは口の前で人差し指を立て、微笑みながらそう言った。
低級から最上級まで数多の魔物討伐を任される冒険者ギルド。
経津主の討伐も直々に請け負っていたし、公王と繋がっていたとしてもなんら不思議ではない。
「さて、本題に移りましょう。今日はランク昇級の件でお話ししたいと思い、皆様をお呼びさせて頂きました。」
「でもオレたち、まだ昇級できるほど依頼こなしてないですよ?」
「ええ、存じております」
「A、Bランクは危険な依頼が一層に増える都合もあり、晩年冒険者不足なのです。アウローラはBランク級の冒険者が全体に比べて極端に少なく、ましてや神を相手にするAランクなど数えるほどしか。」
確かに、今のところオレの知っているAランク冒険者はディファルトとルジカしかいない。
一つの国でこれだけしか名前を聞かないんだ、Bランクもきっとそれなりに少ないのだろう。
「ですので我々はこうしてBランク以上の実力を有するとみなした冒険者様をお招きし、ランク飛び級のお話しをしているのです。」
「飛び級ですか…」
「はい、本来であればD〜Aランクへの昇級には、規定の依頼数を完了した上で昇級試験を受ける必要がございますが、飛び級の場合は特別な試験を一度受けで頂くだけです。」
悪い話ではない。
むしろ、依頼をいくつも受けて少しずつランクを上げていくよりもずっと手っ取り早いだろう。
「受けちまおうぜ、ランクが上がればもっと強ええのと殺りあえるんだろ?」
「そうだけど、一口にBランクと言っても魔物の強さはだいぶ幅があると思う」
「でも、僕たち修行して結構強くなったよ。僕は上級魔術もちゃんと使えるようになったし、ケンゴもアイテール様に一撃入れられるくらいになったし、そこまでの心配はいらないと思うよ」
「まあ、そうだな」
「それに、僕たちこれから鎧銭にいくんでしょう?そのためにお金貯めないといけないし、Bランクなら報酬もかなり良いはずだよ」
「公王様には頼らないって約束だし、お金は依頼で稼ぐほかないよね。でも、Eランクからちまちま稼いでいたらいつになるか」
ガイアやジュリアーノの言う通りだろう。
だけど、一気に敵のレベルを上げて大丈夫だろうか。
……いや、虎穴に入らずんば虎子を得ずと言う、ここは己と仲間を信じよう。
「お受けします」
「はい、承知致しました」
ギベルティは机の下から、一枚の封筒を取り出す。
「こちら試験内容と日程になります。どうぞご確認ください。」
そう言って、オレたちの前に封筒を差し出した。
ずいぶん用意周到なことで。
封を切り中身を出すと、書類が2枚ほど入っている。
一見なんの変哲もない書類だが、その内容を読んだオレは絶句した。
「どうしたの?」と覗き込んだジュリアーノも絶句した。
「試験の内容は後にも先にも他言無用ですよ」
ギベルティがにっこりと微笑みながらそう言った。
「早かったな」
宮殿へ帰ると、アイテールが部屋の前でオレたちを出迎えた。
「アイテールただいまー」
ガイアがアイテールの周りをフヨフヨと左右に揺れながら、行ったり来たりしている。
そんなガイアの頭を、アイテールはポンポンと優しく撫でた。
「今日は依頼が無かったんで…ていうか、槍!未熟だとダメージ入るとか聞いてないんですけど!!」
「言わなかったからな」
アイテールは表情ひとつ変えずに答えた。
コイツ、あっけらかんとしやがって…。
「なんで言ってくれないんですか!」
「必要ないと思ったからな。俺は弟子を、自分の武器で命を削られるほど柔に育てたつもりは無い」
「万が一ってもんがあるでしょうよ…」
「そうだな。でもお前死なんだろ」
「ちょっとちょっと、その言い方はないんじゃな〜い?」
ガイアがアイテールに突っかかる。
コイツのこの飄々とした態度。
若干イラつくがまあ良い。
神と喧嘩なんてごめんだからな。
「じゃあせめて魔力制御の方法教えてくださいよ」
「前にも言っただろ、感覚の問題なんだよ。しかも魔法の使えないお前のことに関しちゃ一層難しい。とにかく感情任せに振れば制御なんか出来ないんだ。いつ何時も冷静でいろ、俺が言えることはそれだけだ。」
そう言って、アイテールがオレの肩を軽く叩いた。
感覚…感覚か…。
魔術みたいに詠唱なんかがあればわかりやすいのに、実に不便なものだ。
「じゃ、俺は帰るから」
「え、帰るってどこへ?」
「”故郷”」
一瞬オレは戸惑ったが、すぐにその言葉を理解した。
故郷って、そっか。
宮殿にいるのが当たり前だと思っていたけど、オレと同じで泊まっているだけなんだもんな。
そういえば、アイテールがこの階にいるだなんて珍しい。
まさか、別れの挨拶でもしに来たのか?
「もう帰っちゃうんだ」
「要は済んだし、アッチの奴に『早く戻って来い』と催促されてるもんでな。」
「寂しくなるなぁ。ね、賢吾」
「いや、まあ……」
槍についてアドバイスを貰えなくなるのは少し不便だが、正直なところ他についてはそこまででもない。
コイツの裸も見なくて済むし。
「ハァ。まったく、血も涙も無いヤツだぜ」
アイテールは大きくため息を吐くとクルッと踵を返した。
「2人とも達者でな。次会うのは大分先だろうが、まあ手紙でも送ってやるよ」
「元気でね」
「風邪引かないでくださいよ」
そう言って、彼は後ろから手を振りながら長い廊下の奥へ去っていった。
サラサラと靡く桃色の長髪がどんどん遠ざかって行く。
「ねえ、アイテールの故郷ってどこなの?」
「えっとねぇ、バレイシア神国ってとこ。神様の街があって、今はそこに住んでるの。故郷っていうより在住地だよね」
「ふーん、じゃあガイアの故郷は?」
ガイアは「うーん」と悩み、一拍置いてから答える。
「一応…バレイシア?」
「一応って、何で疑問形なんだよ」
「まあ、ボクらバレイシアができる前からいたからねぇ」
〜ベラツィーニ宮殿・公王書斎〜
西日の入る、大きな本棚が幾つも立ち並んだ書斎の中、横長の机に座るロレンツォは顰めっ面で頭を抱え、山積みの書類と格闘していた。
横には顎髭に白髪の混ざり始めたばかりの執事が1人、完了した書類を整理している。
コンコンコンと扉をノックする音が響く。
「入れ」
「失礼します」
ジュリアーノが扉を開け、書斎へと入った。
「なにか用か」
「あ、うん。昨日の件なんだけど、ギルドが僕らパーティーの実力を見込んでランクを飛び級で昇格させてくれることになったんだ」
「そうか、めでたいじゃないか。よくやったなジュリアーノ。」
ロレンツォに褒められたのが嬉しいのか、ジュリアーノは少し俯き、静かに微笑んだ。
「あとね、今日は知り合いと食事をすることになったんだ。だから僕たちの分のご飯は大丈夫だよ」
「ああ、伝えておこう。くれぐれも気をつけるんだぞ。きちんと認識阻害魔法をかけて、うっかりでも解かないように」
「分かってるよ」
言葉の途中で、扉を叩く音がした。
「入れ」
「失礼します、お紅茶をお持ちしました」
入ってきたのは、盆に紅茶と菓子を乗せた1人のメイド。
ベージュのショートヘアに赤い瞳の彼女は、ロレンツォの机に紅茶と菓子を置き、早々に去って行った。
その様子を不思議そうに見つめるジュリアーノ。
「さっきの、新しいメイドさん?」
「ああ、ジルベルタという。つい昨日入った」
「ふーん」
すると、またジュリアーノの後ろで扉が鳴る。
続け様の客人にジュリアーノが振り返るが、今度はロレンツォが許可を出す間もなく無遠慮にガチャっと大きく開き、アイテールが入ってきた。
「邪魔するぜ」
「アイテール様、何か御用でしょうか」
「ああ。もう出るんで別れの挨拶をしにな」
アイテールはゆらりとジュリアーノを見やる。
窓から入る西日が、桃色の髪の隙間から見える彼の耳飾りに反射し、キラキラと光った。
「ジュリアーノ、ちょっとばかし席を外してくれ」
「え、僕も聞いてちゃダメなんですか?」
不思議そうに首を傾げながらそう問うジュリアーノに少々戸惑いつつも、アイテールはその感情を決して表に出すことなく、ニヤリと片方の口角を上げて姿勢を低くし、ジュリアーノの顔を覗き込んだ。
そして彼の耳元で小さく呟く。
「何だ?気になるかエロガキ」
その瞬間、ジュリアーノは顔を真っ赤にして足早に退出して行った。
その様子をニヤニヤしながら見守るアイテール。
「思春期の少年にはちと酷い物言いだったかな」
「弟はもう16です」
「まだまだ子供だぜ16なんて。しかも1番揶揄いがいがある」
アイテールはハハハと笑いながら言ってみせた。
ロレンツォは「やれやれ」といった具合に肩をすくめ、小さくため息を吐いた。
「で、本題なんだが」
アイテールの声が途端に1オクターブほど低くなる。
「最近、街の周辺を十二公が彷徨いてる」
「!!」
その一言で、その場の空気は一変した。
ロレンツォも、その隣にいる執事さえも、言葉の瞬間に表情が一気に強張る。
「まさか、聖帝直属の精鋭が…このアウローラへ何の用だというのだ…!」
「目撃情報によれば1人…か、もう1人見かけたなんて声もあった。警戒を強めたほうがいいだろう」
「陛下、冒険者ギルドにも通達しましよう」
ロレンツォは眉間に皺を寄せ、頭を抱える。
「ギベオン教団め…今度は一体何をしでかすつもりだ…」
西日が窓からロレンツォの背中を照らし、顔に濃い影がかかる。
午後3時を過ぎた空には薄く広い雲がゆっくりと流れ、黄金に輝く太陽が地面へと傾き始めていた。