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第12話「王宮の日常」

 ガキィーン


 豪快な金属音と共に大空を舞う銀色の槍。

 それはクルクルと円を描きながら宙を飛び、勢いよく地面に突き刺さる。



「あ”あ”ーー!!もお”ーー!!」



 午後の日差しが穏やかに照らす中庭に、しゃがれた咆哮(ほうこう)が響き渡る。

 昼食を食べ終えてから1時間ほど、アイテールと打ち込みに励む俺はいつものことながら武器を弾き飛ばされ、もはや心が折れそうになってきていた。



「もおさァ!!無理でしょコレェ!!マァァッジで勝てん!!ンでだよ!どうなってんだよアンタの体力!!」



 彼の元で指南を受け始めてからはや5ヶ月、勝てる見込みが全く見えてこない。

 いや、勝てる以前に攻撃が当たらない。

 修行に修行を重ねてあと少しで当たりそうになっても、その瞬間からヤツの動きはより早くなる。

 絶妙なタイミングでどんどんレベルが上がっていくのだ。



「そりゃ、俺は神だからな。筋肉や血管の耐久性がお前達とは根本的に違う」


「……わかってますよンなこたァ…」



 オレは大きなため息を吐いてその場にペタンと座り込む。

 すると、地面に着いた手のひらから刺すような痛みが走った。

 ルジカの助言通り包帯を巻き、手のひらにできたマメの痛みに耐えながら槍を握っていたのだが……。



「やっぱ潰れちゃったのかぁ」



 汗と泥で汚れた包帯にジワジワと滲む赤黒い血液。

 包帯もそろそろ替えないとな、破傷風とか怖いし。



「何だ、怪我でもしたか?」


「あーいや、前々からできてたマメが潰れちゃったみたいで。ちょっと包帯取ってきます」


「いや、貸してみな」



 アイテールはそう言うとオレの手に巻かれた包帯を剥ぎ取り、自身の手のひらをそっと当てた。

 その瞬間、淡い緑色の光がまるで柔らかい毛布のようにオレの手を包み込む。

 これは、ヒーリング。

 アイテールもヒーリングが使えたのか。

 徐々に消えゆく光の中から顔を見せる手のひらは、痛々しいマメたちなど一切消えて見違えるほど綺麗になった。

 あの一瞬でここまで綺麗に……無詠唱にこの早さ、ルジカやジュリアーノのヒーリングとは比べ物にならないぞ。

 


「ほら、治った」


「早ぇ……。神って何でもできるんですね」


「いや、魔力ドバドバ注ぎ込んで効果促進させてるだけだ。術の構築センスに関しちゃ、俺はジュリアーノの足元にも及ばないだろうな」


「術の…構築センス……?」


「なんだ、知らないのか?」



 アイテールは小脇に抱えていた槍を虚空へしまい、階段へフワリと腰掛けた。

 オレも槍を壁に立てかけ、地面へあぐらをかく。



「魔法を使うってのはただ単に魔力を操るだけのことじゃない。身体の中で魔力を組み上げ、術を構築する必要があるんだ」


「単純に魔力をぶっ放せば良いってだけじゃないんですね」


「ああ、人間みたく体質的に魔力の乏しい種族にはちょいとキツイ話しだ。そのまま放つだけじゃ意味が無いし、かと言って知識もないまま塀の煉瓦(れんが)のようにギッチギチに詰めてしまえば、魔力においても集中力においてもコストパフォーマンスが絶望的に悪い。ま、それを補うための詠唱なんだがな」


「はぇ〜」



 コストパフォーマンス……言語や用途は違えど考えることは一緒ということか。

 てか、魔術にもコスパの概念とかあったんだ。

 詠唱で補うか。

 詠唱の概念自体オレの中じゃずいぶん曖昧だ。

 ただ、前の世界での記憶から何となく「無詠唱はスゲー」みたいな感覚があるだけだし。

 


「詠唱って具体的にどういうものなんですか?」


「詠唱は魔術構築の手助けをする文言のことだ。炎、水、風、土、雷、氷、草、光、闇の9つそれぞれにあり、いずれも級を問わず共通。魔力生物以外も魔法を自在に操れるようにと、魔術の神オーディンが発明した画期的な代物だ」


「えっと……」


「難しいか。簡単に言うと、積み木の自動土台形成装置だ。属性に対応した文言を唱えるだけで決まった土台をパパッと作ってくれるから、そこに割く集中力や体力を他に回すことができる」


「そっか、積み木で1番重要なのは安定する土台」


「そう、安定した土台であればあるほど大きな作品が作れるが、大きければ大きいほど使う積み木の量も増えるだろ?それがいわゆる消費魔力ってヤツだ」



 なるほど、わかりやすい。

 そう考えると、魔力量が極端に少ないジュリアーノにはずいぶんと厳しい話しだったのかもしれない。

 今や優秀な師の元で修行を積み魔力も構築技術も順調に向上しているらしいが、もしあのまま冒険者を続けていたら……。

 いやいや、もう事はいい方向に進んでいるんだ。

 深くは考えないでおこう。

 

 耳をすませば隣の庭から聞こえてくる、ジュリアーノの詠唱。

 「純水の晶魔」……今は氷属性の練習中かな。

 あれ?そういえば、アイテールもガイアも詠唱してないよな。

 何か差があるのだろうか、詠唱で土台が構築されるなら魔力量は関係ないだろうし、単純に経験の差?



「なんだ、わからんことがあれば何だって質問して構わんぞ」



 アイテールが不思議そうな顔で姿勢を(かが)め、悩みこむオレの顔をのぞいてきた。



「ああえっと、無詠唱のメリットがよくわからなくて。土台を作ってくれるんならそれだけでもけっこう助かるだろうに、唱えない理由があるのかな」


「メリットか、なるほど」



 するとアイテールはしゃがみ込み、落ちていた木の棒切れで地面へ何かを描き始めた。

 不思議に思い覗き込んでみると、それはなにやら図解のようなもの。



「いいか、土台に必要なのは強度だ。こう積み木を隙間無く詰め込めばそりゃもう頑丈な土台が出来上がる。だがここで重要なのは積み木には限りがあるってこと。体内の魔力総量は修行を積めば増やす事はできるが、いかんせん限りがある。神や神獣ならまだしも、そんな奴等が土台にここまで魔力を割いてみろ。上級魔法2、3本でぶっ倒れてはい終了、魔物に食い殺されて終わりだ」



 アイテールはブロック塀のように積み上げられた四角い物体の塊を描き、またその隣になにやらフニャフニャした得体の知れない物体を描く。

 そしてその上から大きくバツをのせた。

 なにこれ……まさか人間…?

 


「じゃあどうするかって言ったら、使う積み木を節約しないといけないだろ。“強度を保ったままどれだけの積み木を節約できるか”、それがいわゆる魔術構築技術であり、魔導士や魔術師の修行の中で最も優先される課題だ。実際ここまで物理的じゃないけどな」


「あ〜。単純な魔力量を増やすだけじゃなくて、魔力を操作して組み上げる器用さも兼ね備えていないといけないんですね」



 ただ魔力を込めて呪文を唱えれば良いもんだと思ってたけど、魔術ってのは意外と奥が深いんだな。

 まあでもよく考えりゃ、なにもないところからいきなり炎やら氷やらを生成してぶつけるなんて普通なら考えられない突拍子もない話だ。

 それだけ不思議なことを成すのだから、そういった苦労があるのも当然。

 異世界に行くだけでパパッと魔術が使えるようになるとか、そんな都合のいいことなんてのは無いってこった。

 

 そういえばアイテールは魔術のことを魔法という言葉で表しているが、特に間違っているというわけでは無く、これは単なる別名だ。

 正式な名称は魔術であるが、一般的に知られているのは魔法の方。

 なぜ魔法の方が浸透しているのかという訳については諸説あるが、1番有力な説は発音のしずらさから来たのではないかというもの。

 しかし魔導士と魔術師にはきちんとそれぞれの意味があり、魔術を主に戦闘面で使用する者を魔導士、非戦闘面で使用する者を魔術師と言う。

 ちなみに、上記はすべてジュリアーノから聴いたものだ。



「逆に言えば、魔力構築がヘッタクソでも魔力量があればそれなりに魔法が扱えるってことだな」


「ええ……脳筋過ぎ……でも、いろんなヒトが希望持てて良いですね」



 魔術の使用は異世界転移転生における目玉イベントの一つだ。

 当然このオレが興味を惹かれないはずもなく、ジュリアーノと出会って1週間経ったか否かのあたりに彼の指導の元チャレンジしたことがある。

 一般人が2日ほどで習得できるという初級魔術を練習を試みたのだが、これが驚くほどに上手くいかなかったのだ。

 水の玉をつくろうものなら見事に弾け飛び、炎はエンジンをかけたバイクのような音と共に小さく破裂。

 土を出そうとしても砂が数粒汗のように手のひらから滲み出るばかりで、風に至っては生成すらできなかった。

 2週間ほどかけて9つある属性全ての初級魔術を試したが、どれだけ練習を重ねようとも一向に上達が見えず、とうとう投げ出してしまったのだ。

 

 周りを見渡せば中学生くらいの女の子が手からから風を巻き起こし落ち葉広いをしているような世界観の中で、なんと惨めなことか。

 しかしまあ、異世界人であるオレには仕方のないことだ。

 ガイアいわく、この世界と前の世界では自然の環境にだいぶ差異があるらしい。

 こちらの世界の大気には魔素と呼ばれる物質が存在しており、この世界の住人たちは会話もおぼつかない赤子の頃から常にそれへ触れてきた。

 魔素は魔力の大元となる物質であるため、彼らはそういったものに対するある程度の耐性と慣れがあるらしく、そのお陰で魔術を操るとなった時、大した苦もなくほんの数日でこなせるようになってしまうのだ。

 親の影響で小さい頃からバットを握ってきた子供とそうでない子では、ソフトボールの授業での活躍度がまるで違うのと同じ。



「オレの体も早く魔素に慣れてくれないかなー。そうすれば炎やら雷やらジュリアーノみたくカッコイイ魔術が使えるのに」


「慣れるって、魔素に慣れるってことか?別にそんなの待たなくったって、修行を積めば初級くらいは使えるようになるだろう」


「まあそうだけど……ヒトの何倍も時間食うんだもんなぁ」


「ものぐさな奴だぜ全く」



 慣れるまでいくらかかるのだろう。

 2年?3年?いや、もっとかかるか?

 どっちにしろ時間はかかるわけだ。

 上達の極めて遅い魔術を数年修行して時間を潰すよりも、上達の早い槍術を極める方がよっぽど効率がいい。

 それに、オレの師匠様は魔術が苦手らしいからな。



「って言ってもまあゴテゴテした杖を振るより、槍で華麗に戦った方がスタイリッシュでカッコイイですからね」


「ハハ、よくわかってるじゃないか」



 オレの言葉にご満悦と言った様子のアイテール。

 これでこの後の修行も少しは優しくなるか……。



「随分話に夢中になってしまったな。さ、続きをするぞ!」


「ええ!?でもまだ10分くらいしか休んで……」


「“もう”10分だ。ほらほら、つべこべ言わず立て少年」



 そう言ってアイテールはオレの腕をぐいと引っ張り、無理やりに立ち上がらせた。

 オレはため息を吐きながらも壁に立てかけてあった槍を手に取る。



「ホント打ち込みばっかですよね、他になんかないんですか?朝から晩まで毎日毎日、飽きちゃった……」


「修行に飽きもクソもあるか。……まあでも、確かに打ち込みばかりじゃ味気ないか」



 アイテールは腕を組み、オレの方をじっと見つめて考え込む。

 新しい修行内容……できれば痛くないものがいいな。

 そんなことを心の中で祈りながらオレは決断の行く末を見守っていた。



「……ヨシ、じゃあ今日は組み手でもしてみようか」


「え、組み手ってどの組み手?」


「あの組み手だ。そうと決まれば早速だ、ホラ、槍を置いて構えてみろ」



 黄金の槍を勢いよく地面に突き刺しノリノリな様子で構えを取るアイテールに、オレは少々引き気味で槍を地面に置いた。

 だからどの組み手だよ……いや、槍術を指南してるにも関わらず流派が無いなんて言ってくるようなヤツだ、きっとこの組み手も特定の武術によるものではないのだろう。

 先手を譲られたところで、どうせ勝ち目なんかないんだよな。

 構えの仕方がわからないので、取り敢えず腰を低くして右脚を一歩下げてみる。

 


「いくぞ!」


「ああ、いつでも良いぜ」



 オレは下げた脚を踏み込み、突進の勢いに乗せてヤツの脇腹に膝蹴りを入れる。

 しかしそれはヤツの鋼鉄のように硬い腕によって防がれ、続け様に飛んできたのは豪速の右フック。

 体を最大限までのけ反ってギリギリのところでかわすが、なおもヤツの攻撃は止まることを知らない。

 反りに合わせて後ろへ飛んでできたオレとの距離を埋めるように、ヤツは馬車の車輪の如く体を回転させて強烈な回し蹴りを入れてくる。

 オレは両腕をクロスして防ごうとするが、2発目の踵にバチンと弾かれて続けて飛んできたのは3発目の(かかと)に左頬を蹴り飛ばされ、後方へ綺麗に吹っとんだ。

 激突した大木が振動し、十数枚の葉が落ちると共に2羽の鳥が驚き飛び立つ。



「いったぁ………リアルな組み手でここまで飛ばされることってあんの……?」


「“事実は小説よりも奇なり”だろ?そっちの方が楽しくて良いじゃないか」


「めっちゃい久しぶりに聞いた…」



 尻についた砂を払いながら立ち上がる。

 硬い木の幹に強打したからか、腰のあたりがジンジンと痛んでいた。

 でも正直、骨に響く系の痛みはもう慣れちゃったな。


 呼吸を挟んで気を取り直し、左足を前へ大きく踏み込み回し蹴り……と見せかけて、ヤツの小綺麗な顔面に右ストレートを思いっきしブチ込む!

 しかしまたもや華麗にかわされ、すぐさま飛んでくる反撃の拳。

 しゃがんで避けると同時にヤツのスネめがけ脚払いを仕掛けるが、軽快なステップで避けられた挙句再度回し蹴りをくらった。

 オレは足腰に踏ん張りを効かせてなんとか耐え切る。



「ほう、今度は吹っ飛ばなかったか」


「闘士に同じ技は通用しないんでねっ」



 言葉と同時に地面を蹴って突進。

 勢いのままヤツの胸に飛び込み、手足を使って真っ直ぐにラッシュを叩き込む。

 アイテールは次々繰り出される拳を丁寧に受け流しつつ身を引いた。

 チャンス!

 そう思ったオレは地に着く右脚に力を込め、ヤツの顔面ど真ん中へ強烈な一発をお見舞いした。

 我ながら良い一撃だ、そんなことを思って口角の緩むオレだったが、その表情は一瞬にして引きつる。

 下の方でオレの足撃をあしらっていたはずのヤツの腕がいつの間にか目に前にあり、オレの攻撃を防いだのだ。

 渾身の一撃はその片手にまたも軽々しく受け止められ、更にはヤツの顔がオレの視界から消え去る。

 な!?まずいっ!

 オレは咄嗟に身をのけ反るが、間髪入れずに目に飛び込んできたのは日の光に照らされ金ピカに光るヤツのヒールだった。

 ゴッという鈍い音と共にコメカミにクリーンヒット。

 その瞬間、オレの意識はプツリと途絶えた。






 心地よい感覚がする。

 宮殿のベッドよりもずっとフカフカな何かの上で仰向け状態のオレの視界には、緑の空をバックに何故かメカメカしい未来都市のような風景が広がっている。

 起き上がり周りを見渡してみると、金色の草木が生い茂る中にビルのような人工物がまばらに立ち並ぶ、なんとも奇妙かつ幻想的な空間がそこにはあった。

 あそこにあるのはなんだろうか。

 地平線の果てにチラリと見える、赤色にキラキラと光る細長い何か。

 膝ほどの高さの草をかき分けて進んでいくと、そこにあったのは彼岸花の大群だった。

 真っ赤な絨毯(じゅうたん)をそのまま進んでいくと、今度は青緑色の川が見えてきた。

 広い川幅に真っ直ぐ緩やかな流れ、川上を覗いてみてもどこから流れているのか全く見当がつかない。



「キレイだな……」



 まるで昔話に聞く三途の川のよう。

 ……いや、それにしてはオレの趣味が出過ぎている気がするな。

 そんなことを考えながら景色を眺めていたその時、オレはあることに気付く。

 川の向こうで誰かがこちらへ手を振っているのだ。

 誰だろう。

 よく見ようと目を凝らしてみる。

 すると不思議なことにはるか遠くにいるはずのその者の姿が、まるでカメラのズームのようにとても鮮明に見えた。



「!?」



 目に映るその者の姿に、思わず絶句するオレ。

 


「そんな、何で……ありえない」



 そこにいたのはもう決して出会うはずのない、会うことのできない人物。

 


「あき…ら……?」





「…………ご……んご……賢吾!」



 必死な様子でオレの名を呼ぶ聞き慣れた声に応えるように、少しずつ意識が覚醒していく。

 ぼやけた視界の中に映る二つの人影。

 


「賢吾!良かった、気がついたんだね!」


「……ガイア…?」



 オレの体へ覆い被さるように顔を覗き込んでくるネコのぬいぐるみと、その背後から達観したような眼差しで見下ろしてくるデカい桃色の男。

 未だに歪む視界に頭を抱えながら、なんとか背を起こしてその場であぐらをかく。



「びっくりしたよ!ちょっと目を離したらこんなことになってるなんて、やりすぎなんだよもう!」


「だーかーらー、心配しすぎだってんだお前は。たかだか5分ちょっと眠ってただけだろ?腹や脳天に風穴が空いたならまだしも、気絶したくらいで…」


「人の身体は神より(もろ)いの!!」


「オレで喧嘩すんなよぉ……」



 神々の口喧嘩をまさかこんな形で拝むことになろうとは。

 しかも内容もさして重要じゃない。

 


「良いよガイア。油断したのはオレの方だからさ」


「でもぉ…」


「アイテールよりも理性の効かない相手なんて外に行けば山ほどいるだろうし、ある程度攻撃の予測はできるようにならないと。オレまだザコだからさ」


「そう…わかったよ、もう言わないよ……」



 そう言いっていじけの混ざった様子でしょぼくれるガイアの頭を、オレはポンポンと優しく撫でる。

 コイツもコイツなりに心配してくれてるんだよな。

 オレに対しては少し心配性すぎるところもあるけど、思いやりがあると考えればまあ多少は……。

 


「よく言った賢吾。まるで俺に理性が足りないとでも言いたげな言葉遣いを除けば、良い心掛けだ」


「ははは、気のせいですよ」



 理性が整った大人は初心者のこめかみに踵落としなんて入れねぇんだよコンチクショウめが。

 まあでも、その踵落としに対してなんの対策もできなかったことは正真正銘オレの落ち度だ。

 敵が必ずしも槍を使ってくるとは限らないし、オレも槍を失って拳で相対しなきゃいけなくなる時が来るかもしれない。

 そういった意味では今回の組み手は良い勉強になったと言えるだろう。



「組み手も良いもんだな、マンネリ防止のためにも定期的にやっていこう」


「定期的っていうか、キミの気まぐれでしょ?」


「まあな。けど強靭な肉体を鍛え上げる越したことはないだろう。この世の全てはこの腕っぷしで決まるのだからな」


「んなバカな……」



 驚くほど筋肉ギッチギチ脳みそな持論に呆れ返り、大きなため息を吐くが、そんなオレへ向けられるアイテールの視線は実に飄々(ひょうひょう)としていた。



「何言ってる、物理攻撃に勝るものがこの世に存在するはずがないだろう」


「いやいやいや、魔術の方が強いに決まってるじゃないですか常識的に考えて。火焔放射が拳で防げる世界線じゃあるまいし」


「そう考えるのはお前が未熟だからだ。どうやらまだまだ鍛錬が必要なようだな」


「純粋な人間の力には限りがあるんですよ!アンタらには理解しえないかもしれないけど!」



 自然界の脅威に人間がどう足掻いても敵わないのは太古の昔から決まっていたことであり、ましてやそれらの力を操るともあれば、いよいよ物理では太刀打ちなどどきるはずがない。

 オレがパーティーの仲間に魔導士を選んだ理由にもそれがある。

 ガイアの身体を集めていく中で遭遇するであろう未知数の敵たち。

 ゴブリンやスライムのような雑魚もいれば、経津主(ふつぬし)のように冗談みたいな強さのヤツも出てくるはずだ。

 もしヤツらに強力な魔術を使われれば、近接専門のオレに勝ち目はない。

 そんなことを考えていると、アイテールがいきなりオレの前で仁王立ちになって人差し指をピンと立て、真剣な眼差しで話し始めた。



「いいか、鍛え抜かれた戦士の拳は海をも別つ威力を持つんだ。俺程までになればたとえ最上級の魔法であろうと一振りで相殺することができる」


「いやいや、さすがにそこまでは…」


「本当だよ。この世界では魔導士が最上位の強者になる機会は少ないんだ。経津主やアイテールなんか、攻撃のほとんどが物理特化でしょう?」


「……まあ…」



 経津主とアイテール、確かにこの2人…いや2柱が魔術を使っているシーンはあまり見たことがない。

 経津主が魔術とか、あんま想像できないな……。



「魔力構築の集中を他に回すとか、そもそも上級以上の魔法の習得が難しいとか要因は色々あるんだけど、とにかく全体を通して見るとその傾向が強いんだよね。大昔の戦争で活躍した神たちもほとんどが物理の真正面特攻だったし」


「えっちょっ、それはさすがに神様脳筋すぎない?」


「一概には言えないけどな。だが俺たちも全く使わないわけじゃないぞ、魔法単体の攻撃はほぼ無いってことだ。拳や武器の強化、注意を惹きつける攻撃を防ぐ等使い方は千差万別。魔具を使うという手段もあるな」


「なるほど…」



 あくまでも身体強化やちょい技程度のサブ的扱いしかしないということか。

 でもな〜、やっぱりちゃんとは納得できない。

 オレの知ってる最強の武術って、前の世界でテレビ越しに見てたプロレスとかボクシングだけだもんな。

 そもそもここは異世界だ、この世界の住人がオレと同じ体質だと考える方がおかしいのだろう。

 筋肉のリミットが違うとか、戦闘に関する遺伝子の作りが違うとか、要因はいくらでも考えられるし第一オレ自身ろくに調べてすらもいないからな。



「まあ今すぐに理解できなくても仕方ないよ。賢吾まだこっちにきて半年くらいなんだし、ちょっとずつ理解っていけば大丈夫」


「ああ、そしてその為には慣れが必要だ。ヨシ、走り込むぞ賢吾」


「なんで!?」



 アイテールは地面へ座り込むオレの腕を引っ張って無理矢理に立たせると、自身の前方を指さした。



「体力を付けるんだよ、組み手如きでバテてもらっちゃァ先が思いやられるからな。ホラ、走れ!」



 そう言い、アイテールはオレの背中を勢いよくバシッと叩いた。

 吹っ飛ばされた時の痛みが背中にまだ残っていて、骨にジ〜ンと響く。

 いって〜!

 相変わらず加減ってもんを知らねぇヤツ!

 けど自分の師匠である以上、オレもコイツには逆らえない。

 突然の走り込みももうなれたしなぁ。



「わかりましたって、もー!」

 

「遅い!そんなナリじゃデクの棒のままだぞ!」



 ふてぶてしく走り出したオレに並走していたアイテールだったが、「もっと速く、俺に追いついてみろ!」と言った瞬間背中の翼を展開し、春先のツバメのように前方へ飛び立った。

 少し速い自転車くらいの彼を全速力でオレは追いかける。

 後ろから聞こえたガイアの声援は、気付くまもなく息と心臓の鼓動でかき消されていった。

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異世界転移
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