第10話「察しろ」
「な……仲直り??仲直りって何?なか……ええっ!?!?仲直り!?なかっ!?なっ??」
合流1発目のカミングアウトに驚きすぎて、ジュリアーノは”仲直り”のゲシュタルト崩壊を起こしていた。
「仲直りというか、まあ約束みたいな……」
「契約だ!あるモノの替わりに俺様が仲間になってやった!!」
「あるモノ……??」
ジュリアーノは不思議な顔をしながらも少し納得した様子だったが、どうやら他はそうじゃないらしい。
「冗談じゃない!コイツは俺達の仲間をあんなに痛めつけたんだぞ!森の件もある、こんなヤツ町に連れてけるもんか!ここで殺すべきだ!!」
「それはお前らが俺様を攻撃したからだろ」
両者、言い分はもっともだ。
まあ、経津主の方は若干やり過ぎなところがあるが。
「経津主神は公王直々に討伐命令が出ている。判断は公王自身に任せるべきだろう。彼も契約を結んでしまったしな」
そうなんだよ、契約しちゃったのよオレ。
とはいえ、不死身でも腕が吹っ飛ぶのは嫌だぞ。
ディファルトは経津主へ近づき、角のように頭から生えた刀をつついた。
「危険のないよう縛って、明日宮殿へ連れて行こう。この刀も何かで覆ってな」
「ああ!?なんで俺様がンな罪人みてェな格好しなきゃなんねェんだよ!!」
「お前が何しでかすかわからないからだよ」
契約を結んだのはあくまでもヤツへの同行と身体の件のみ。
虐殺に関しては特に何もしていないので、まだまだ信用はできないのだ。
そういえばあの時の魔法陣、いつのまにか見えなくなってるな。
オレは左手の甲をゴシゴシと擦ってみる。
刺青みたいだったし色合い的にも結構目立つから、見えなくなってくれるのは正直ありがたいな。
「ねえケンゴ……」
「ん?」
「宮殿ってその、僕らも行くの……かな……?」
「あー……どうだろう」
公王から許しが出れば、同じパーティーであるジュリアーノも必然的に一緒に行動することになる。
そう考えたら一緒に来た方が良いのだろうか。
「来た方が良いだろう。君はこの件の証人の1人であるし、これから経津主神と長い間行動を共にすることになるかも知れないのだからな」
「そう……ですか……」
ディファルトの言葉に一応は納得したように頷くが、あまり気乗りしていなさそうだ。
「嫌なら無理する必要はないからな」
「ううん、大丈夫。僕ら同じパーティーだもの」
苦い笑顔でそういうジュリアーノ。
まあどのみち避けられない問題だ、ここは腹を括ってもらうしかない。
そう考えながらふと辺りを見渡すと、今更ながらルジカがいないことに気がついた。
「ディファルトさん、ルジカは……」
「ああ、宿で寝ているよ。今日は魔力を使い過ぎたからな」
そうか。
ルジカはここにいるほぼ全員分の怪我を術で治療したんだ。
ジュリアーノは中級魔法を2、3発撃って辛そうにしていたし、4人分の傷をほぼ完治させるなんて相当大変だっただろうに。
囮になるってんで大分心配もかけただろうし、迷惑じゃなきゃお見舞いにでも行ってみよう。
翌日、オレ、ガイア、ジュリアーノ、ディファルト、の4人で経津主を宮殿まで連れて行った。
長らく世間を騒がせた刀神が捕獲されたと言う噂は一晩にして町中に広まり、縄に縛られた経津主を連れて宮殿へ向かう俺たちには、常時大量の視線が降り注いでいた。
宮殿へ入ると兵士2人に連れられて長い廊下を歩き、大きな扉の前へ来た。
デカいな、5メートルはあるぞ。
装飾もやたら凝っているし、きっとそれだけ重要な部屋なのだろう。
そんなことを考えながら扉を凝視していると、重い音と共に扉が開いた。
広っ!!
扉の先に広がっていたのは、豪華絢爛な大広間。
いくつもの像が立ち並び、壁面には美しいステンドグラスやフレスコ画が施され、いずれも神々しい色彩で描かれている。
大聖堂のような空間の最奥のには巨大なバラ窓があり、すぐ下の壇上で立派な大理石の玉座へ腰掛ける1人の男がいた。
「面を上げろ」
男の前で跪くオレ達は同時に顔をあげ、彼の姿を目の当たりにした。
服装はやはり地中海の中世ヨーロッパ風だが、上から純白の布を映画などでよく見る古代ローマのようなスタイルで着こなしている。
しかし、バラ窓からの逆光でその表情は濃い陰に包まれて全く見えなかった。
「お忙しい中謁見の間を設けて頂き大変感謝申し上げます。ロレンツォ公王陛下」
公王……。
ガイアから聞いていた、彼がこの国を治める貴族ベラツィーニ家の当主、ロレンツォ・ベラツィーニ。
「前置きは要らん。要件を簡潔に言え」
言葉のニュアンスが果てしなく冷たい!!
って言っても王たるもの威厳が大切だよな、でも意外と優しかったりして。
「は。陛下直々に討伐依頼を出されていた経津主神をここへ、生捕りにしてまいりました」
「うむ、ご苦労。しかし生捕りとは。私は殺して参れと言ったはずだが」
「そ、その件に関してはオレがご説明いたします……!」
やっぱ怖えええ!!
いきなり声が低くなるのやめてくれよ!!
落ち着け、まず深呼吸……深呼吸……。
オレは経津主に出会ってからのことを長くならないよう、簡潔にわかりやすく話した。
表情をひとつたりとも変えない公王にビビり散らかすオレは、周りにはさぞ情け無く映っただろう。
「なるほど。で、その条件とは何だ」
「ええっと…………こ、コイツの右脚です」
「ほう」
玉座の周りの人々が一斉にギョッとした表情でオレと経津主を見る。
そりゃそうだ。
「コイツの右脚、元々はオレの古い友人のモノなんです。それを返してもらうことが条件で……」
みんな驚いている。
ディファルトとジュリアーノも驚いている。
“右脚の件は知ってたけどお友達のことは聞いてないんですけど!?”とか思ってるんだろうな。
ま、まあ、嘘はついていないし……。
「そうか」
またしても変わらない表情のまま頷く公王。
なかなかにぶっ飛んだ話だろうけど……納得してくれたかな。
「足労させた手前申し訳ないが、実を言うと、経津主神の討伐依頼はつい昨日に取り下げたのだよ」
「えっ……?」
予期もしなかった発言に困惑を隠せず、口を開いたまま静止するオレ。
え?何だって?依頼を取り下げたって?
「訳を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「うむ。今回の件、原初神の助言により別の犯人がいるという可能性が浮上したため兵士達で調査進めた結果、少なくとも経津主神の仕業でないことが判明した」
「つまり…?…」
「つまり、経津主神は無罪ということだ。衛兵、その縄を解いてやりなさい」
公王の言葉と同時に短剣を持った兵が経津主のそばへ出向き、彼を縛る麻縄を剣で解いた。
「ったく、だから言ったんだぜ俺様はよォ。神の言葉を信じねぇとは、とんだ不信神者共だぜ」
ここに連れてきた意味……。
いや、でも許可取る必要が無くなったし、結果的には良いのだろうか。
長時間窮屈な姿勢でいたからか、経津主は腕をブンブン振り回して肩をほぐしている。
「情報が上手く行き届かなかったようで、無駄に苦労をかけてしまったな。詫びの品を用意させよう」
「有難き幸せ」
そう言い首を垂れるディファルトに続き、オレたちも頭を下げる。
怖そうな人だと思ったけど、ちゃんとお詫びを払ってくれるなんてやっぱ優しいんだな。
「では我々はこれにて……」
「もう一つ」
立ちあがろうとしたディファルトの言葉を、公王の低い声が遮る。
何だ?まだ他にあるのか?
不思議そうな顔をする一同に一拍の間を置いて、公王は切り出した。
「随分と粗末な変装だな、ジュリアーノ」
公王の言葉と同時に、オレの後ろにいたジュリアーノ肩がビクッと動く。
名指し……公王はジュリアーノのことを知っているのか?
ていうか、変装?
「お前如きの脆弱な認識阻害魔術がこの私に通用するとでも思っているのか」
認識阻害?なんのことだ?
オレたちは皆ジュリアーノの方を見る。
フルフルと小刻みに肩を揺らすジュリアーノは、唇をキツく噛み締めてゆっくりと立ち上がり、その顔につけられた大きなゴーグルを外した。
その瞬間、騒然とする辺りの人々。
「な……!?」
その場にいる全員が目を見開く。
なんで、なんで気づかなかったんだオレは。
そこに立っているのは、町中に立ち並ぶ巨大な石像の人物そのもの。
まるで少女のように整った淡麗な顔立ちの少年だった。
「そうだ……ジュリアーノ、陛下の御氏族の名じゃないか……!」
ジュリアーノの素顔を目撃し、面食らったように呟くディファルト。
何でだ、輪郭線も髪の質感も、いくらゴーグルをしていたって気付かないはずがないのに。
「言いつけを破って冒険者など、まったく私も舐められたものだ。昼間の宮廷で見かけないとは思ってはいたが、まさか抜け出していたとはな」
ばつが悪そうに肩をすくめ、顔を逸らすジュリアーノ。
言い方からしてジュリアーノは公王の家族だろうか。
年的に兄弟もしくは甥っ子……いや、公王が若く見えるだけかもしれないし。
なんて気まずい状況なんだ。
黙ったままのジュリアーノだったが、何かを決心すると真っ直ぐとロレンツォを見つめ、一歩前へ踏み出した。
「……僕ほもう子供じゃない、自分のことは自分で決めます」
「……何だと?」
思いがけないジュリアーノの言葉に、ロレンツォは明らかなイラつきを見せる。
「大した魔力量も無いお前に何ができる。中級魔物にでも出会してみろ、お前なんぞ数分と持たないだろうな」
「僕には頼もしい仲間がいます!魔力だって、修行を積み続ければきっと……!」
「お前には無理だと言っているのが分からないのか!!修行を積んだところで結果は同じだ!!」
玉座から立ち上がり、激しく叱責するロレンツォ。
そこまで怒らなくても……さすがに酷いんじゃないだろうか。
ジュリアーノは今にも泣きそうだが、涙をぐっと堪えてロレンツォの瞳を真っ直ぐ見つめる。
そして壇上へ上がり、玉座のすぐ前へ立って訴えた。
「……やらせてください……。兄さんのお気持ちは重々承知しています……。でも……夢なんです……僕の……憧れなんです……!諦めたくない!!」
「おのれ……まだ言うかっ!!」
ロレンツォが拳を振り上げる。
おいおいおい!!
オレは咄嗟にその場から駆け出し、彼の腕を掴んだ。
「貴様っ!無礼な!!」
「手を出すなっ!!」
広間に響き渡ったロレンツォの怒号が、腰の剣に手をかけた兵士たちの足を止める。
「何のつもりだ」
オレを睨みつけるロレンツォの額には、深い皺と青筋が走っている。
止まらない体の震えを必死に抑え、オレはやっとの思いで声を絞り出した。
「ちょっと……殴るのは違くないですか……」
心音がバカみたいに早くなって、冷や汗がダラダラと全身から噴き出る。
「家族が自分の夢追いかけて頑張ってるんですよ……あんた、応援しようとか思わないんですか……!!」
「部外者が他所の家庭の問題に口を出すものではない!お前がジュリアーノの何を知っているというのだ!」
そばに来たせいで顔が良く見える。
ジュリアーノとは似ても似つかない顔つき、しかし彼と同じ山吹色の瞳には依然として怒りの炎に満ち満ちて、見るだけで灰燼になってしまいそうだ。
オレは震えを堪えるようにロレンツォの腕を掴む手に力を込める。
「そりゃ、出しますよ……!ジュリアーノはオレの親友だ!!」
「ケンゴ……」
窓明かりに照らされながら無言のまま数秒睨み合っていたその時、頭上から声が聞こえた。
「情けないなぁ」
声の聞こえた方を見上げると、天井近くの開いた窓にいつの間にか誰かが腰掛けていた。
「公王がそんなに取り乱してどうする」
陽の光が眩しくてよく見えないが、髪の毛と思しきものが風にサラサラと靡いているのが分かる。
誰だ?
「アイテール様、いつからそちらに」
「少し前から」
アイテールと呼ばれたソイツは、まるで羽でも生えているかのようにゆっくりと玉座の前に舞い降りた。
地に足をつけると同時に、右目を隠す桃色の長髪と腰巻きがフワッと軽やかに浮く。
「失礼ですが、何の御用でしょう。今は取り込み中です」
「言ったろ?旧友を探してるんだよ」
アイテールって確か、ギリシャ神話の原初神だよな。
果てしなく神々しい風貌からもあからさまに分かる、彼は神だ。
なんと言うか、女子の好きそうな見た目だな。
「でもまあ、今のはちょっと見過ごせんよな」
アイテールがニヒルな笑みでロレンツォを見つめる。
「分からなくもないさ。たった1人残った家族に何かあったらと思うとどうしても過保護になってしまう、それは仕方ないことだ。だがな、よく言うだろ。可愛い子には旅をさせろってな」
「ジュリアーノがその旅に耐え切れるかどうか、貴方にはそれが分かるのですか」
「いや、わからんな」
あっけらかんとした顔で答えるアイテール。
そんな彼に対するロレンツォの額に青筋がはしる。
「よく知りもしないで物事を語らないで頂きたい!”子供には無限大の可能性がある”と言えど、挑戦することと危険を犯すことは違う!命の危険の伴う道を歩む子を止めるのは、保護者の大事な務めです!」
「危険だからで何でもかんでも制限しちゃ、人は成長しないぞ」
アイテールは先ほどとは打って変わり、真剣な表情でロレンツォの瞳を見つめて言った。
「過保護は悪いことじゃない。だが、行き過ぎればそれは、その子にとって人生を縛りつける鎖になる。心を鬼にするのは、茨の道へその子を送り届ける為だ。夢を否定する為じゃない」
「お前だって、ジュリアーノに怒鳴りたくはないだろう」
苦虫を噛み潰したような表情で俯くロレンツォ。
「兄さん……」
彼の気持ちは分からなくもない。
ジュリアーノの人の良さはオレだって知ってるし、そういう人はどうしても悪いヤツを惹きつけてしまう。
こんな弟を冒険者にさせるってのは、不安も不安だよな。
「心配すんなって、経津主が仲間なんだろ?今のアイツなら上級魔物なんてハエも同じだ。ガイアの脚も持ってるしな」
「おうよ!!」
「……え?」
威勢のいい経津主の後に、ジュリアーノが素っ頓狂な声を上げる。
そしてオレの頭に浮かび上がる疑問。
あれ、オレガイアのこと言ったっけ?
……いや言ってない!
「え……だって友達の脚って……ガイアって君のこと……じゃないよね……?」
「ちちち違う違う違う!!ぼ、ボク妖精だよ〜?あんなに脚大っきくないよ〜!!」
ジュリアーノが着ぐるみのガイアの方をじっと見る。
なんなんだコイツ……余計なことを言ってくれる!!
もしかして、ガイアの知り合いか?
いや、それはともかくどうにか誤魔化さないと!!
「え、えっとその、お、オレの友達もガイアって名前だったんだ!たまたま!たまたま一緒だったんだよなー!!」
「そうそう!!それでボクら意気投合しちゃってね〜!!」
「あ?だから友達ってソイツだろう。な、ガイア」
黙れッッッッッ!!!!!!
「や、やだなぁ神様〜!ボクはただの妖精ですよ〜!」
「何を言ってる、お前は神だろ?」
察し悪いな!!
神なら気づけよ!
正体隠してること!
そんな心の叫びなどつゆ知らず、アイテールはガイアをまっすぐに指差す。
「原初神、命の神ガイア。で、」
そして壇上から降りたアイテールは、ガイアの隣にいたオレの肩をポンと叩いた。
「その眷族くん」
終わった……。
……コイツ、絶対ェ許さねぇ。
「原初神の……ガイア……眷族って……え??」
「ケンゴ!!何で黙っていたんだ!?」
「いやその……皆様への配慮のつもりでして……」
「なんだ、もしかして隠してたのか?」
口を開けて固まるディファルトと、驚き過ぎて状況を理解ができず、ワナワナと肩を振るわすジュリアーノ。
こうなってしまえば、もう認める他ないだろう。
「事実か」
「はい……事実です……」
周囲の人々は開いた口が塞がらない様子だ。
やれやれと言った感じで首を掻くアイテール。
クソッタレめ、他人事のように……お前のせいなんだかんな!?
「まあまあ、とりあえずそれは置いておいて。ジュリアーノにはこれだけの頼もしい仲間がいるんだぜ?俺は安心して任せても良いと思うけどな」
「……」
ロレンツォは複雑な表情のままジュリアーノの瞳を見る。
それに応えるように、ジュリアーノは決意の固まった真剣な眼差しを彼へ向けた。
数秒の沈黙が続く……そして
「……分かった、冒険者の件は許そう」
「……!」
「ただし」
「師の元で修行をするんだ。魔術の使い方、制御方、その他諸々基礎から体は染み込ませろ。話はそれからだ」
「……はい!!」
その言葉を聞いたジュリアーノの顔には、今までに見たことがないほどの満面の笑みが広がっていた。
あんなに嬉しそうな彼の顔を見るのは、パーティーを組んだ時以来だ。
まあ、結果オーライ……かな。
王宮からの帰り道。
建物から出るまでオレとガイアはディファルトの激しい質問攻めに苛まれ、経津主は全くもって我関せずの姿勢を貫いていた。
門前まで来た時、オレとガイアはジュリアーノに呼び止められた。
「もしかして、今日も野宿?」
「昨日は宿に止まっちゃったし、節約してかないとだからな」
「そっか……。あの、もし良ければさ、ウチで寝泊まりしなよ」
「「え!?マジで!?」」
「ウチで寝泊まり」って、ジュリアーノの言うウチってのは宮殿のことだよな。
……ってええ!?そんなことが許されるのか!?
聞いてみると彼いわく、仲間が野宿している中で自分はベッドで寝ているというのが居た堪れないらしい。
「それに、森の件に他の犯人がいるってことは、寝ている間にソイツに襲われるかもしれないでしょ?兄さんも良いって言ってるし……」
「いやいやいや!公王の宮殿で寝泊まりとか!恐れ多いにも程があるって!!」
「ええ〜、いいじゃんいいじゃんフカフカのベッドで寝られるよ?美味しいご飯もたくさん食べられるよ?」
「うん、それにアイテール様もここで寝泊まりしてるらしいし」
そりゃ神だからな……。
ジュリアーノはああ言ってくれているが、ただでさえ毎日のように昼食を奢ってもらっているのに、大した立場もないオレのような凡夫が国を治る貴族の宮殿で寝泊まりだなんて、さすがにそれは場違いがすぎるってもんで……けど、彼の優しさを無碍にするのはかわいそうか……。
どう断るべきなんだ……?
「カサイケンゴ!!!」
傷つけず断る理由を模索していると突然、とんでもない怒号が庭中に響き渡った。
声の方を見ると、そこには2階のベランダから顔を出したロレンツォが1人。
「貴様!!弟の親切心を素直に受け取れぬと言うのか!!」
「兄さん……!」
何だアイツ!?
てかなんでもうフルネーム知ってんだ!?
ロレンツォは仁王立ちのまま腕を組み、とてつもない眼力でコチラを睨みつける。
やけに過保護だとは思ってたけど、ここまで来るとブラコンの匂いがするぞ…。
ジュリアーノは住処のないオレたちに同情してくれているのだろうか、ここまで経済的に良い環境に育てば、野宿がいかなるものかというのはなかなかに想像しづらいだろう。
これは彼の優しさなのだ。
ロレンツォの言う通り、ここは素直に受け取るべきか。
「じゃあ、せっかくだし甘えようかな」
「やったー!フカフカのベッドだー!!」
ガイアは大喜びジュリアーノの周りをクルクルと飛び回り、彼に頬擦りをする。
「くすぐったいよガイア!ほら、2人とも着いてきて!僕が案内するから!」
ということで、オレたちはベラツィーニ宮殿で寝泊まりをすることになった。
オレとガイアは同じ部屋で、経津主はそのとなり。
王宮ということもあり、まあ寝室の広いこと。
キングサイズはあろうかと言うベッドなのに、なんとコレが1人用。
「さすが……一国を治める貴族……格が違う……」
「すごーい!賢吾ー!フッカフカだよーー!」
食事もたいそう豪勢で、何回ほっぺたが落ちそうになったことやら。
どんなに高級なホテルに泊まろうと、絶対にできない体験だろう。
風呂はまるでプールのように広く、壁にはこれまた美しいフレスコ画が描かれている。
そして、宮殿内にも相変わらず至るところに石像が立ち並んでいた。
よく探せば、見知った顔もちらほら。
「コレ、絶対アイテールだ……」
寝る支度を整え、オレとガイアはベットに入った。
ガイアが言った通り、宮殿のベッドは信じられないくらいにフカフカでとても心地がいい。
昨日までこの感覚を知らず固い地面で野宿していただなんて、もう考えられない。
「生きてて良かった〜。なあガイア。……って、もう寝てる!?」
オレの胸の中でスウスウと寝息を立てて爆睡するガイア。
相変わらず寝つきの早いこと。
いつものことだけどこの状況になると、なんだか妹できたような感覚になる。
オレはガイアの頭をそっと撫でた。
「……ん〜」
ガイアが嬉しそうに顔を擦り寄せてきた。
安心しきってるな…。
本当に妹みたいだ。
そういえば、コイツにも家族とかいるのかな。
なんと言うか結構甘え上手だし、母親がいれば一緒に寝てたりしたのだろうか。
「……」
ま、いいか。
そんなに深く考えることでもない。
今日は色々と疲れた、オレもそろそろ寝よう。