表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
99/491

第38話 北国牧場

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

・板垣信太郎…雷鳴会の騎手候補

・田北鑑信…黄菊会の騎手候補

・村井貞治…白詰会の騎手候補

 翌朝、四人は送迎車で白糠の牧場へと向かった。


 牧場に着くと、氏家と妻のあすかの他に娘の百合とあやめも出迎えた。


 長女の百合は現在十七歳。

やや丸顔で目は垂れ目、鼻の上に特徴的なそばかすがある。

茶身かかった長い髪を緩く束ねている。

どことなく緩い雰囲気を醸している娘である。


 対して次女のあやめは十三歳。

活発そうな顔をしており母あすかによく似ている。

少しのんびりと喋る百合に比べて、喋り方もはきはきしている。

百合が可愛い系なら、あやめは完全に美人系である。


 娘二人は祖父の来場に大喜びで、二人で挟むように祖父の袖にしがみついた。



 挨拶が済むと氏家は、中野に一通り牧場内を見てもらうよう楯岡生産部長に案内を指示。

残りの三人を連れ、ある意味本日の本題ともいえる幼竜の竜房へと向かった。


 氏家は五頭の竜を外に出した。

どの仔もいかにも幼竜という感じで非常に可愛らしい。

まず岡部が、一頭一頭体を触って状態を確かめていく。

戸川は一通り見て、その中に気になる竜がいたようで何頭か触っている。

最上も氏家も、その間ドキドキしながらじっと黙って二人を見つめていた。


 岡部が一通り竜に触れ終わると、戸川が岡部を見て頷いた。

最上がどうかなと二人に尋ねた。


「多分、戸川さんも同じ竜二頭が気になったかとは思うんですが……」


「そやろね。僕と同じ竜を君も何度も触ってはったもんな」


「僕はこっちが良いと思いました」


 岡部は五頭のうちの赤毛の竜を指さした。


「脚が長く節が太い。前脚の蹄が大きいのも良いですね。踏み込みが強そうですから天候に左右されなさそうです」


「いかにも君が好みそうやな。僕はこっちが良えと思ったわ」


 戸川は岡部が悩んだもう一頭の栗毛の竜を指さした。


「同じく骨の節が太いいうのもあるんやけど、尻が大きいのが良え」


「確かにそっちの方が早いうちから使えそうですよね」


「後はもう好みの問題やね」


 最上が間髪入れずに優駿が欲しいと言うと、戸川はどっちもやれないことはないと笑い出した。

ならば管理する人の好みに従うのが良いだろうと、最上は戸川の選んだ方を氏家に予約した。


「岡部君の方をどっちが管理する事になるのか気になるところだねえ」


 氏家が赤毛の幼竜を撫でて笑っていると、戸川が自分に決まってると言い出した。

ですよねと戸川は最上を見るのだが、最上は笑って誤魔化した。


「本当は私が両方貰ってしまいたいところだが、君らが選んだ二頭を両方所持したなんて事がバレたら、後で誰に何を言われるかわかったものじゃないからな」


 最上が悔しそうな顔をすると他の三人は大笑いであった。




 場内の食事処で岡部たちは中野の戻りを待った。

待っている間に氏家は最上に事前に相談していた話を再度持ち掛けた。

業務提携やセリの件とは別件で、氏家は以前から八級の竜を外部のセリに出してはどうかと相談していたのだった。


 北国では呂級と八級を生産しているのだが、現在、稲妻牧場と楓牧場以外の牧場は八級がすっかり手薄になってしまっている。

原因ははっきりしていて、金銭的な問題からお金になる呂級にばかり力を入れ、八級を蔑ろにしているからである。

特に古河牧場と提携している個人牧場でその傾向が強い。

その為、生産拠点を持っていない購入会派では、しっかりと八級に力を入れている牧場から購入したいという要望が出ているのだそうだ。

うちの牧場にも売って欲しいという要望をかなりいただいていて、かなり需要があると思うと氏家は熱弁した。


 最上があすかに同じ考えなのかと尋ねると、あすかも、竜が高く売れれば牧場の拡張ができると言って頷いた。

最上は少し考え、あすかも昼食後の会議に出るようにと指示をした。



 昼少し前に中野は帰ってきた。

中野が帰ると、すぐに羊鍋に火を入れ生麦酒を用意してもらった。

百合とあやめも一緒に昼食の席に加わった。

百合はちゃっかりと岡部の隣に座って愛想を振りまいている。




 食事の後、牧場の会議室に場所を移動した。

最上は昨日話した内容と同じ内容を氏家とあすかにも話した。

説明が終わると氏家と中野に意見を求めた。


 中野は仁級の販売先にセリが加わわれば全体的な売り上げが上がるから賛成という意見であった。

会派内への販売の場合、評価額を基準にしてさらに身内価格の値引きが入ってしまい、どうしても儲けが薄い。

外のセリに出せば評価額の何倍にも値段が跳ね上がる事もある。


 氏家も賛成で、呂級はともかく八級は要望が大きいから、かなりの利益が見込めるという意見であった。

確かに多かれ少なかれ調教師に負担を強いる事になるだろうし、損切を早くする事になるかもしれないという欠点はある。

それを差し引いても八級は利点の方が大きそうと、あすかも氏家と同意見であった。


「つまり、こちらにも利点が無いわけでは無いということか……」


 最上は戸川を見てそう感想を漏らした。


「もちろん裏の話があるというのはわかります」


 そう言って氏家は聞こえてきている限りの話をした。



 双竜会の足利牧場には『ニヒキカンショ』という『ナイトシェード』系の種牡竜がいる。

この種牡竜が高齢になりはじめているのだが、未だに後継種牡竜と呼べる竜が出ていない。

中距離志向の『ナイトシェード』系は、稲妻牧場の『ソルシエ』系の対抗相手ともいう竜で、その為『ソルシエ』系の影響をモロに受けている。

このままでは『ナイトシェード』系の有力種牡竜が国内にいなくなり、海外から買ってこなくてはいけなくなる。

そこで『ニヒキカンショ』を安く種付けさせ、後継種牡竜を出し、何とか『カンショ』の血を残したいというのが双竜会の願望らしい。


 清流会は双竜会同様、伊級の調教師もいて呂級の調教師も複数抱えているのだが、仁級の生産が非常に弱い。

そのせいでここのところ新規開業の調教師の廃業が徐々に増えてきている。

仁級に力を入れている薄雪牧場などからも仕入ているが、良い竜は当然自分の会派にまわす為、良い竜が手に入らないでいる。

このままでは後々、伊級、呂級の調教師が引退した際に、日章会のように衰退してしまうかもしれないと危機感を覚えている。

同じ悩みは双竜会も抱えていて、こちらは八級も弱いのでさらに深刻らしい。



「なんだか徐々に色々と透けてきたな。下級の生産を蔑ろにしたツケがどちらにも来ているのか」


 最上は氏家の説明で得心がいったという顔をした。


「紅葉会が急速に力を付けてきて、稲妻牧場系以外の会派に影響が出始めているということなのでしょうね」


 氏家はそう言って話を総括した。



 最上は戸川の顔を見ると、何かここまでで気になることが無いかと尋ねた。

そう言われても戸川も専門外の話であり、そこまで詳しくはわからない。


「一つ思うんは『ニヒキカンショ』の話以外今さらやないですかね? 何でここにきて?」


 『何でここにきて』の一言を聞いて岡部がハッとした。


「……ここにきて状況が変わった、あるいは変わりそうな情報を掴んだんじゃないですか?」


 岡部の言葉で戸川もハッとした。


「止級の輸送か!!」


 岡部は戸川の顔を見て頷いた。

最上ががたんと椅子から勢いよく立ち上がる。


「そういうことか!! どこかからあの竜運船の話を聞いたのか!」


 最上は岡部の顔を見て叫んだ。

だとしたら間違いなく足利牧場の場長だろうと、中野が吐き捨てるように言った。


 氏家はいまいちピンときておらず、あすかとふたりで困惑した顔をしている。

そんな氏家夫妻に中野がゆっくり説明した。


「今、伊、呂、八、仁の四つの級の市場は完全に成熟されていて奪い合いになっています。だが止級は一度市場が崩壊した後、未だに市場が成熟されていない。今うちの牧場では、その市場に革命を起こしそうな船の開発を行っているんです」


 中野の説明に氏家は、つまり止級市場の拡大支配をしようとしているという事かと尋ねた。

氏家の問いに最上と中野が同時に頷いた。


「このままでは止級は紅花会に支配されてしまうかもしれない。ならば同盟を組んで分配を謀ろうという事じゃないかというのが岡部君の見解だと思います」


 そんなに凄い開発なのとあすかが尋ねた。

説明を聞いてもイマイチ事態が飲み込めないと氏家と二人で言い合っている。


「止級に参加していない呂級の調教師全てが新規顧客と言えば、どれだけ大きな市場かわかると思いますが?」


 それは早急に手を打つわと言って、あすかは椅子の背もたれに力無くもたれかかった。

南国でそんな事が起こっていただなんてと氏家も驚愕している。

そんな二人に最上は、極秘事業で箝口令状態だったからと説明した。


「だが、そこまでわかっていれば受けるいわれは無いな」


 最上が不愉快そうな顔で言うと氏家と中野は首を縦に振った。

だがそれに戸川が待ったをかけた。


「僕は受けるべきやと思いますけどね」


「何故だ戸川? みすみす利益を盗ませる必要などないだろう?」


 戸川の発言に最上はいきり立った。


「まだ利益を手にしてるわけやないでしょ? 断ったら彼らは敵にまわる。そしたら許可が降りへんかもしれませんよ?」


 確かにうちも双竜会さんに提携を打ち切られるかもしれないと中野が呟いた。

戸川は岡部の顔をちらりと見た。


「双竜会や清流会の協力が得れへんようになったら、将来、伊級の調教師出た時に伊級の生産再開に支障をきたすやもしれませんよ?」


 最上は戸川の指摘で冷静さを取り戻し、ゆっくり椅子に座った。


「戸川の言う通りだろう。方針を改めるしかないな。極秘事業を止め特別事業として会が管理するしか……」


 最上はがっかりした顔をし生麦酒を飲み干した。


「ならばせめて、双竜会たちに資金提供を募って金を出させるくらいはしないとですね」


 中野も口惜しさをにじませながら麦酒を呑んだ。


「だとしてもだ、黙って巨大な利益を盗まれるのは気持ちの良いものでは無いな」


 最上はさらに不愉快な顔をする。

そんな最上を岡部が不思議鎗な顔で見ている。

最上はそれに気付き岡部にどうかしたのかと尋ねた。


「どっちを受けるつもりなんですか? セリか、業務提携か?」


 最上は岡部の質問に暫く考え込んだ。

最上はあまりの衝撃にすっかり忘れていた。

清流会と双竜会から持ち込まれた案件は二つあったと言う事を。


「業務提携だろうな。今の話からすると、どうせセリの話は囮だろうし」


 最上が悔しそうな顔をすると、それを見た岡部がにやりと笑った。


「だったら受ける時にこう言ってあげれば良いだけですよ。『その提携の中には止級も含まれるのか?』ってね」


 会議室はシンと静まり、その中で戸川だけがなるほどなと笑い出した。

少し遅れてあすかが噴き出した。

さらに遅れて最上が意図に気付き高笑いした。


「そうか! そのたった一言で、お前たちの意図はわかってるけどあえて乗ってやるんだぞという大きな恩が売れるってことか!」


 最上はそうかそうかと大笑いしている。

氏家と中野はやっと理解したらしく笑顔を引きつらせた。


「君たちとは絶対敵対したくない。勝てる気がしないからな」


 氏家は戸川と岡部を見て首を小さく横に振った。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ