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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第32話 説教

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師候補

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

・松井宗一…樹氷会の調教師候補

・武田信英…雷鳴会の調教師候補

・大須賀忠吉…白詰会の調教師候補

・松本康輔…黄菊会の調教師候補

・服部正男…日章会の騎手候補

・臼杵鑑彦…無所属の騎手候補

 実習競走の翌日、学校へ向かうと、守衛から教室に来るようにとの伝言を受け取った。


「昨日の結果があまりにも酷すぎて怒られるのかな?」


 岡部は松井に不安そうな顔を向ける。


「あの竜の事は教官も見てるはずだから、さすがにそんな事は無いと思うけどなあ」


 松井もそう言って慰めはするが、不安は拭いきれなかった。



 教室に入ると既に武田、大須賀、松本の三人が入室していた。


「この五人集まるの久々だねえ。実習競争に熱中しちゃってて呑みにも行けてなかったからなあ」


 大須賀が岡部の顔を見てしみじみと言った。

四人はわいわいと楽しそうだったが、一人岡部だけが昨日の結果で怠慢を怒られるのかなあと不安な顔をしている。


「君があの竜に苦戦してるのは、ここにいる皆が知ってるよ。もしそれなら皆で抗議するべさ」


 大須賀がそう言うと松本も岡部を慰めた。



 五人で学生のようにわいわいと騒いでいると、ガラリと扉が開き日野が入って来た。

武田はすぐさま、うわ日野さんだと言って笑い出した。


「全員集まってるね。よし、じゃあ始めようか。お前ら入ってこい!」


 日野に促され、五人の騎手候補が数人の教官に伴われとぼとぼと入室してきた。

先頭から順に板垣信太郎、田北鑑信、村井貞治、臼杵鑑彦、服部正男の順。

五人とも顔が痣だらけで、派手に喧嘩をしましたと見事に顔に書いてあるかのようだった。


「昨日の夜、五人で喧嘩したそうでね。俺、夜呑んでるとこ呼び出されて。原因一人一人聞いたんだけどさ、誰も口割らないんだよね」


 日野は恨めしそうに五人を見る。

シンと静寂が場を支配した。

しとしとと降り始めた雨音が教室内にまで響きそうなくらいの静寂であった。


 五人の騎手候補は五人が五人とも不貞腐れた顔をしており、それを五人の調教師候補がじっとりした目で見ている。

五人の騎手候補を連れてきた教官たちは教室の入口で整列して待機している。



 最初に口を開いたのは岡部であった。

どうせ昨日の競争結果の事で服部が馬鹿にされて、耐え切れずに喧嘩したのだろう。

そう感じたからである。


「服部。僕にも原因言えないの?」


 服部はビクリとすると、他の騎手候補をちらちらと見渡した。

他の四人のバツの悪そうな顔を見て渋々話し始めた。


「昨日、ゆうげの後、風呂に入ろうとしたところで田北と村井が僕の大差負けを笑ったんですわ」


 服部は大須賀と松本の騎手候補を指さした。

田北も村井も服部から目を反らし、ちらりと大須賀たちを見てさらに視線を反らした。


「お前さあ……」


「違うんや岡部さん! 最後まで聞いてぇな! 僕はじっと我慢してたんよ! そしたら、いきなり臼杵が掴みかかったんや」


 松井はすぐに、お前かいと、変な声をあげて噴き出した。

岡部はちらりと臼杵を見はするものの、すぐにじっとりとした目で服部を見つめている。


「で? その顔で、お前は一切手を出さなかったとでも?」


「いや……まあ、それは……その……」


 岡部は特大のため息を付いて目頭を詰まんだ。

隣で大須賀は頭を抱え、松本は手で顔を覆っている。


 松井は臼杵の顔を呆れた顔で見ている。

臼杵はその松井の視線に耐え切れず、渋い顔をして俯いている。


「臼杵、何で服部が耐えてるのに、お前が我慢できねえんだよ!」


「服部が……人一倍苦労してるの……僕知ってるから。それを笑った、あいつらが許せなくて」


 松井はかなりがっかりした顔をして頬杖をついた。


「で? 義侠心にかられて、ついかっとなったって? 血の気多すぎだろ!」


「すみませんでした……」


「お前さ、私闘で大怪我して竜乗れなくなったりしたら、開業後は絶対許さないからね! 俺に二言は無いぞ!」


 臼杵は今にも泣きそうな顔をしている。

松井はそんな臼杵に畳みかけるように叱責を続けた。


「血の気が余ってるなら、その分調整室行けよ! なんだよ昨日のあれは! 最後、全然竜との呼吸が合ってなかったじゃねえか! 竜が弱いのは認める、だけどあれは明らかにお前の体力切れだろ!」


「……申し訳ありませんでした」



 大須賀と松本はそれぞれの騎手の首根っこを掴み、岡部の前に連れて来て、うちの馬鹿が申し訳なかったと謝罪した。


「君が苦労してるのは皆知ってる。それを笑うとか……田北には、後できつく指導する。性根を叩き直してくれる!」


 松本が鼻息荒く田北を睨みつけると、岡部はやりすぎないようにねと、ひきつった顔をした。



「この事はきっちり会に報告するよ。会からきっちりと処分してもらわないと。今回の村井の増長した行動を俺は許したくない」


 大須賀も村井の服を掴んでいきり立っている。

村井はショックでボロボロと泣き出してしまっている。


「いや、大須賀くんが怒るのもわかるけど、それで委縮したら今後の村井の騎乗にも差し障るから、それだけは勘弁してやってくれないかな」


 岡部は大須賀を宥めるのだが、松本もこいつらの今回の行動はそれくらい問題のある行動だと怒りが収まらないようだった。



 武田は最初から無言でじっと板垣の顔を見ている。

板垣もそれに気付いており、武田をちらちらと見ては目線を反らしてを繰り返している。


「なあ板垣。お前は僕に何か言う事は無いんか?」


 板垣は黙って俯いている。

自分の問いかけを無視された事に武田は苛っとしたらしく、ギロリと板垣を睨んだ。


「僕、言うたよね? 服部に追い抜かれんように、お前も見習って努力せなあかんって。なんでそれが、お前まで喧嘩にまざっとんねん?」


「稲妻の二人が……殴られたから……」


 板垣の呟きに武田は完全に怒りだし、机に拳を叩きつけた。


「会派がなんや!! そんなんがお前の正義になるわけないやろ! 今の話聞いて、稲妻に正義無いんは誰が聞いても明らかやんけ!」


「でも、稲妻の結束が重要やって……」


 武田の怒りは一度沸騰して、それを超えて表情が無くなった。

板垣は怒った顔よりも、その表情に恐れを抱き背筋を正した。


「会が一度でも選民意識を持て言うた事があるんか? 僕は聞いた事ないで? 会員としての誇りを持て言われたんと違うんか?」


「そしたら僕はどうしたら良かった言うんですか?」


 板垣は少し開き直った。

そもそも板垣は他の四人と異なり、率先して喧嘩に加わったわけではない。

巻き込まれたと自分では思っている。

ただ少し興奮してしまっただけだと。

それなのに何でここまで言われなきゃいけないんだと理不尽さを感じていた。


 武田は込み上げた怒りを吐き出すように息を長く吐いた。


「稲妻の仲間が心得違いしたんやったら、お前が正したったら良えやんけ。率先して会派の信念歪めてどないすんねん」


 板垣は、あまりの正論にまた黙ってしまった。


「あのな。岡部くんが今してる努力は、ほんまは皆がせなあかん努力なんやで? うちらはそれを、牧場にやってもらってるだけなんやぞ?」


 大須賀も村井にそうなんだぞと諭している。

松本は田北によく聞いておけと促した。

そんな声が聞こえて武田は少し気まずい顔をしたが、すぐに元の表情に戻り話を続けた


「僕らも、岡部くんがそれをどう対処してるんかよう見させてもろて勉強してる。経験無かったら本番では絶対対処できへんからな」


 松本と松井がうんうんと頷いている。


「そやからお前に何遍も言うんや。うちらは兎で岡部くんは亀やって。大牧場に胡坐かいて寝腐ってたら、あっという間に抜かれんねん! お前かて五回競争したら五回勝ちたいやろ?」


 板垣は目に涙を浮かべて大きく頷いた。

武田は村井と田北に視線を移し、お前らもよく聞けと叱責。


「板垣には一度言うたんやけども、もう一回だけ言うとく。会派は武器やない道具なんや。無駄に振り回しとったら良えわけと違うんや。上手い事使いこなせてなんぼやねん」


「申し訳ありません。まだ、ちゃんと理解できていませんでした」


 板垣は大粒の涙を流して、これからもご指導よろしくお願いしますと頭を下げた。



「今から調教師候補はやることがあるから、騎手候補のみで朝の世話をしてきなさい。それと、今日中に反省文を提出するように」


 一通り説教が終わったとみた日野は、待機していた他の教官にお願いして騎手候補を退室させた。




 騎手候補が退出すると、五人はぐったりして崩れ落ちた。


「ご苦労さん。みんな良い調教師ぶりだったよ」


 日野は一仕事終わったという感じの五人を労った。


「騎手候補って、毎年皆あんななんですか?」


 大須賀が心底参ったという顔で日野に尋ねた。


「多かれ少なかれあんな感じだよ。だってさ、普通ならやんちゃざかりな高校生なんだもん。まあ、今年はとりわけ血の気が多いけどね」


「じゃあ、毎年こんな事があるんですか?」


「そりゃあね。毎年何回かあるにはあるんだけど、だけど、こんなにがっつり調教師候補に説教されてるのは初めて見たかなあ」


 日野は武田を見て笑い出した。

武田は恥ずかしそうに日野から顔を背けた。

みんな口が達者だからと松本は岡部たちを見て笑い出した。


「正直言うと、ちょっと驚いてるんだよ。昨日、うちらにはもの凄い反抗的な態度だったんだよ? なのにここ連れてきたら、皆しゅんとするんだもんな。どんだけ君らの事を恐れてるんだろう?」


 日野は一人一人顔を見ていって大笑いしている。


「岡部くんが怖いってのは聞いてたけど、武田くんがあんなに言うとはなあ」


 大須賀が武田を見てカラカラと笑うと、武田は僕だってちゃんと指導してるんだと胸を張って笑った。


「今回みたいに教官複数入れて裁定しないといけないような事も多いからね。正直今回はそれでもダメだったからね。それがあれで済むんだもんな。君たちが余程有能だって事なんだろうね」


 日野が褒めたのに恥ずかしくなったのか、みんな口が上手いだけと松井が笑い出した。



「最初に岡部くんの竜見た時は、どうするんだろこれって思ったけど、二か月であんなになるもんなんだね。正直俺はそっちの方に驚いているよ」


 松井の言葉に大須賀も松本も共感している。


「教官連中も、みんな驚いてるよ。最初、ガリガリであばらが浮いてたんだもん。それが一月で追い切りできるまでになって、もう一月で一緒に走れるまで行くなんて」


 日野がそこまで言うと、ついでに服部までよく調教されてと松井が爆笑した。


「いやいや、松井君はそう笑うけどさ。教官の中では、あの手の付けられないやんちゃな服部がって、みんな驚いているんだよ?」


 岡部くんは、悍竜(かんりゅう)(=暴れ竜)の扱いが上手らしいと松井が言うと全員が大笑した。


 これであいつらも喝が入って更に真面目に取り組む事だろうと大須賀が笑い出した。

その大須賀の言葉で岡部は思い出した事があった。


「ところで日野さん、うちらはやる事があるってさっき言ってましたよね?」


「そうだよ岡部君! 良い指摘ありがとう! 全員、今から始末書書いて提出ね」

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