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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第22話 皇都大賞典

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の新人調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川佐経…尼子会の調教師(呂級)

・南条元春…赤根会の調教師(呂級)

・相良頼清…山桜会の調教師(呂級)

・井戸弘司…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 月が変わり、今年もこの月を余すのみとなっている。

少し前までは少し動けばじっとり汗をかいていたのに、少しの水が刺すように冷たく感じる。


 新竜重賞が終り、呂級は最後の一冠『皇都大賞典』を残すのみとなっている。

『皇都大賞典』は長距離の競走で、歴戦の長距離巧者と新参の『重陽賞』の好走竜がぶつかる見ごたえのある重賞である。


 昨年の『重陽賞』を勝利してから、『皇都大賞典』、今年の『内大臣賞』と長距離重賞を連勝している長距離の絶対王者『クレナイアスカ』に、今年の『重陽賞』組がどこまで対抗できるのか、新聞は毎日のように持論を書き立てている。



 戸川厩舎からは、今年の『重陽賞』四着の『サケセキフウ』と、古豪『サケゲンキ』が挑戦する。

予選は特に問題も無く両竜ともに突破してみせた。


 最終予選の竜柱が発表になり、戸川厩舎では首脳陣が頭を抱える事態になった。

金曜の第九競走、二枠三番に『サケセキフウ』が記載されている。

同じ竜柱の六枠十二番に『サケゲンキ』が記載されているのだった。


「ついてへん! ほんまについてへん! 三分の一被るとか、ほんまついてへん」


 竜柱を見て松下が苛ついた。

皆竜柱を見て、一様にガッカリした顔をしている。


「鞍上どうしたもんでしょうね。松下さんを二つに裂くわけにもいかないし」


「怖い事言わんといて。胸の辺りがぞわっとするわ」


 岡部の言葉に松下が本気で怯えた。

そんなやり取りにも誰も笑わないほど問題は深刻であった。


「三浦さんとこの喜入も、最終は向こうで『ヨウテイ』と『カンプウ』があるやろうしな。また吉川んとこで石野を借りる事になるんやろな」


「だとして、どっちにという話が……」


「それやんなあ。長距離やもんな。『重陽賞』みたいなんはちょっとな」


 岡部と戸川は同時にため息をついた。


 ここでグダグダ言っていても埒が明かないと、戸川は席を立ち一人会議室を出て行った。

戸川は吉川厩舎へ行っていたようで、石野騎手と二人で帰ってきた。


 戸川は竜柱を石野に見せ、単刀直入にどっちに乗りたいか尋ねた。


「『サケゲンキ』も興味はありますけど、長距離やからね。ここは前回乗ってまだ乗り方覚えてる『サケセキフウ』が良えですね」


 石野の回答を聞き、戸川はパンと柏手を打った。


「そしたら松下が『ゲンキ』やな!」


 松下は乗り竜が決まり拳を合わせて気合を入れた。


「春は喜入さんに本番乗られちゃったからな。『ゲンキ』もさぞ寂しがっとるやろう」


「お前、先々週に予選で乗っとるやないかい!」


 戸川の鋭い指摘に皆が大笑いした。




 戸川厩舎が大注目する金曜日の第九競争がやってきた。

岡部は牧たちと食堂の大画面で観察することになった。


 発走機から全竜が一斉に発走。

『セキフウ』は最初の正面直線で先頭集団の中ほどに、『ゲンキ』は後続集団の先頭に位置した。

二角を回り向正面に入ると流れが一旦遅くなり、かなり隊列が短くなる。

その体制のまま向正面を走行。

だが、三角を過ぎると徐々に流れが速くなった。

『ゲンキ』は外に持ち出すと徐々に速度を上げていく。

四角を回る際、『ゲンキ』は『セキフウ』を追い越し外目から直線に向かった。

直線に入ってからも『ゲンキ』は速度を上げ続け、直線残り半分というところで先頭に躍り出る。

このまま『ゲンキ』が一着かというところで、内から『セキフウ』がスパッと抜けて行き一着で終着した。




「おう、岡部はいるか! 言われた通り来てやったぞ!」


 翌火曜日に三浦と中里が戸川厩舎にやってきた。


「三浦先生! お久ぶりです!」


 岡部は三浦の姿を見て喜んだ。

三浦も岡部の顔を見て肘で突いて喜んでいる。

何時の間にやら、二人はまるで旧知の仲のようになっている。


「戸川も相変わらず好調のようで何よりだ」


 戸川は、岡部のような明け透けな態度は取れず少し恐縮している。


「おお、櫛橋。元気そうだな。お前に会いに来たんだぞ」


 相変わらず口が上手だと言って、櫛橋も満面の笑みで三浦先生の手を取って喜んでいる。

その後三浦は牧を見つけ、大声で呼びつけて肩を叩いて喜んだ。



 一通り挨拶を終えると、三浦は事務室の応接長椅子に座った。

外は寒かったでしょうと、岡部が熱いお茶を淹れて差し出すと、三浦は湯飲みを両手で持って暖を取った。


「『ヨウテイ』は最終でダメだったが、『カンプウ』が最終予選突破したぞ。お前の見立て通りだったわ」


 三浦は戸川の隣に座った岡部を見てニヤリと笑う。


「映像見ましたけど、春より終いが速くなってますね」


「脚質も鍛えろって言われたからな。そしたらすぐに結果で出たわ。ああ煽られては引き下がれんからな」


「さすがは三浦先生ですね!」


 こいつめと、三浦は笑って岡部を向かって小突く仕草をした。


 忘れる前にと三浦は鞄から茶封筒を取り出すと、うちの厩舎からの合格の祝儀だ、取っておけと言って岡部に渡した。

岡部は一旦は受け取りを拒んだが、三浦から決勝後の飲み代にでも使えと言われ受け取ることにした。




 夜、会長から決起集会をやるからと皇都の大宿に呼ばれる事になった。

出席者は、三浦、中里、戸川、岡部、櫛橋、長井、池田、坂崎、牧、垣屋。

長井は最後まで出席を渋っていたが、三浦から、あんまりごねると、調教助手を牧に変えられるぞと脅され涙目で出席することになった。


 最上は、会から三頭も決勝に残って乾杯前からホクホク顔だった。


「しかし、いろはのところばかり好調で悔しいな」


 三頭とも競竜会所属というのは、さすがにいろはさんの相竜眼を認めざるを得ないと、三浦が褒め称える。

その言葉が気に入らなかったらしく、最上は偶然だとふてくされた。


 重賞に三頭出しとか、まるで『雷雲会』や『紅葉会』みたいだと、旨い料理と麦酒に舌が滑らかになった坂崎が喜んだ。


「残念ながら『みたい』なだけなのだ。彼らは毎回の重賞でこれなのだよ。そこが凄いんだよ!」


 最上の説明に坂崎はうんうんと頷いている。


「そうは言うても、調教師の数が違いますからね。『雷雲会』なんて呂級だけで五人もおるんやし」


「そこなのだよ、次の課題は! 向こうは伊級と呂級両方で育成ができるからな」


 会派の中では伊級と呂級の調教師の事を『戦略級調教師』と呼んでいる。

仁級調教師は会派的には逆に支援金がかかり、八級は独自賞金で運営できるが、会派への実入りは極めて少ない。

呂級からが会派としては収入として計算できるようになる。

残念ながら『紅花会』はその戦略級調教師がたった二名しかない。

だが、実は二三の会派の中で戦略級調教師を複数抱えている会派は十二しかない。

さらにいえば戦略級調教師のいない会派が五会派もあるのだ。


「呂級で育成されるのと、八級で育成されるのやと、やっぱり違うもんなんですか?」


「ほとんどの場合、育成された級より上には上がれないものなのだよ」


 坂崎は最上の説明に、思わずちらりと戸川を見た。


「そしたら、うちの先生は例外と」


「昔は秀才の誉れ高かったからな」


 何でみんな過去形で言うんだ、今も秀才なのにと、戸川は憮然とした。

その呟きが聞こえた岡部と櫛橋は顔を見合わせゲラゲラ笑い合った。




 翌日午後、竜柱が発表になった。

四頭が回避し十四頭立て。

『サケゲンキ』は七枠十一番、予想人気は八番人気。

『サケセキフウ』は三枠四番、予想人気は三番人気。

三浦の『サケカンプウ』は二枠二番、予想人気は五番人気。

予想一番人気は、八枠十三番『クレナイアスカ』となっている。



「この時期は内の芝が傷んでるから、喜入は苦戦するだろうな」


 三浦が配られた竜柱を見て厳しい顔をした。

後方から行く『カンプウ』にとっては、かなり悪い枠だと中里も渋い顔をしている。


「脚質的な話をすると、『セキフウ』の枠もイマイチですね。上手く発走できれば良いですけど、ちょっと出負けしたらそこで終わっちゃいますよ」


 岡部も竜柱を見て渋い顔をしている。

でも三枠四番なら絶好枠の部類だと櫛橋は楽観的である。


「その代り、『ゲンキ』は良えとこ引いたな。ちと後ろからの竜が多いんが気になるが」


 戸川に言われ、よく見てみると全体の半数は『差し』戦術の竜である。


「逃げる『ナガト』次第では、前が残りやすくなるかもしれへんですね」


「そしたら『セキフウ』は儲けもんやな」


 戸川と池田は顔を見合わせてニンマリしている。




 夜の八時が近づいている。

今年も残り幾日という日付である。

木枯らしが下見所に容赦なく吹きこんでいて異常な寒さとなっている。


 『ゲンキ』は櫛橋が、『セキフウ』は岡部が、それぞれ曳いて歩いている。

『カンプウ』は中里が引いている。


 係員の合図で一斉に騎手が竜に向かってくる。

石野が『セキフウ』に跨った。


「前回、吉川先生にごつい叱られたんだよ。開業したての小僧かって。今回はあない無様なことにはせんから」


「石野さん、肩に力が入っちゃってますよ」


 岡部に指摘され、石野は苦笑いすると、首を左右に振り大きく息を吐いた。


 『セキフウ』は緑の絨毯を弾むように駆けて行く。

『カンプウ』は芝の状態を確かめるかのように、とことこと早足で駆けて行く。

『ゲンキ』も遅れて緑の絨毯をゆっくりと、堂々と歩いて行く。


 暫く後、発走者が旗を振ると発走曲が奏でられた。

場内に実況の声が流れ始める。



――

今年一年を締めくくる重賞、『皇都大賞典』の発走時刻が近づいてまいりました。

皆さんの一年はどのような年だったでしょう。

泣いても笑ってもこれで今年は最後、笑顔で締めくくりましょう。


現在、各竜の枠入りが順調に進んでいます。

全竜枠入り完了、発走!

予想通りエイユウナガトがすっと先頭に立ちました。

エイユウナガトが全竜を率いて正面直線路を進んで行きます。

少し離れてサケセキフウ、外にジョウレッカ、ロクモンカンセイ。

その後ろにタケノニンジョウ、内にタケノダイコク、中クレナイアスカ、外マンジュシャゲ、タケノブダイ、サケゲンキ。

今年の優駿勝ち竜マンジュシャゲと、長距離王者一番人気クレナイアスカが並んでいます。

各竜曲線に入りました。

サケゲンキから少し離れて、タケノニンジョウ、サケカンプウ、リガンリュウ。

最後方キキョウサンゴで、全十四頭となっております。

現在、曲線から向正面に入ったところ。

先頭は未だエイユウナガト。

内大臣賞二着のジョウレッカ、かなり良い位置取り。

今年の重陽賞四着のサケセキフウは現在四番手から五番手。

各竜ゆったりと向正面直線を進んでいます。

前半の時計は平均といったところ。

先頭エイユウナガト、あまり差を付けず全竜を率いています。

クレナイアスカ、マンジュシャゲ、中団でじっくりと追走。

今年の重陽賞組ではこのマンジュシャゲが再先着。

三角をすぎ曲線に入りました。

サケセキフウ、ジョウレッカ、先頭に並びかけていきます。

後続も一気に差を付けてまいりました。

クレナイアスカはまだ竜群の中!

四角を回り最後の直線へと入りました!

先頭はジョウレッカ、ジョウレッカが一気に後続を離しにかかる!

マンジュシャゲ、クレナイアスカが脚を伸ばしてくる!

内から一気にサケセキフウ! サケセキフウがジョウレッカを捕える!

クレナイアスカ伸びる!

マンジュシャゲ中を突いて猛襲!

大外一気にサケゲンキとサケカンプウ!

クレナイアスカ、サケセキフウを捕えた!

マンジュシャゲが並ぶ!

大外からサケカンプウ!

ジョウレッカ意地を見せる!

クレナイアスカだ! クレナイアスカが抜けた!

クレナイアスカ一着で終着!

長距離王者クレナイアスカ連破達成!

これで長距離重賞四連勝、長距離に敵無し。

――



 『セキフウ』と石野が検量室に戻ってきた。


「力負けやった。仕掛けが早かったわ」


 岡部は鞍を外し石野を検量に向かわせた。

岡部は『セキフウ』の脚元の状態を確認した後、櫛橋の元へ向かった。


「『ゲンキ』は七着くらいやろか? 最後の最後で止まってもうた。『セキフウ』はまた四着なんやね。じれったい仔やわ」


 中里も櫛橋の元に寄ってきた。


「うちの『カンプウ』は『アスカ』を見ながら一緒に上がって五着だから、喜入君は巧くやった感じだよね」


 中里は大満足という表情をしている。


「『クレナイアスカ』がちょっと強すぎましたね。後、思った以上に『マンジュシャゲ』が強い!」


「それやね。『ゲンキ』も『カンプウ』も一緒に上がったはずやのに。思った以上に差つくんやもん」


 岡部と櫛橋がそう言い合うと、中里は『クレナイアスカ』は長距離竜で優駿勝ったんだから当然だと笑った。


 中里は場内の映像を見て、『ジョウレッカ』が最後にもう一回脚を使ってると驚いている。

悔しいけど上三頭とは、ちょっと差を感じると岡部は諦めの表情をする。

そんな感じで三人は、それぞれ感想を言い合った。


 岡部は石野たちが戻ってくると『セキフウ』の元に戻った。



 こうして、この年の番組が全て終了したのだった。

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