表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
80/491

第19話 試験

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の新人調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川佐経…尼子会の調教師(呂級)

・南条元春…赤根会の調教師(呂級)

・相良頼清…山桜会の調教師(呂級)

・井戸弘司…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 いよいよ土肥に行く日となった。


 最上は前泊するようにと駿府の大宿の手筈を取ろうとしてくれたのだが、岡部は会場から遠いからと断ってしまった。

だが戸川から少しは会長夫妻の顔を立てるようにと窘められ、関連の修善寺の温泉宿に手配し直してもらうことにした。

戸川は人の好意を無碍にしたら幸運は寄ってこなくなると窘めた。




 東海道高速鉄道で駿府まで行き、そこから東海道線で三島駅へ行き、駿豆(すんとう)鉄道の中伊豆線に乗り換え修善寺に向かう。

修善寺の小宿は駅前の比較的目立つ場所にあり特に迷うことは無かった。

岡部は宿に着くとさっそく温泉に浸かり旅の疲れを癒したのだった。


 温泉から上がると、宿の人に聞き土肥へと向かった。

中伊豆線はこの修善寺駅が終点である。

そこから路線は西岸線と下田線に別れる。

土肥駅は風光明媚な海岸線をひた走る西岸線の特急で二駅目の駅である。


 月ヶ瀬駅を過ぎ土肥駅で降りると、川沿いに巨大な敷地を持つ競竜学校が横たわっていた。

この日は休日なので人はいないのだが、そうでなければ何かしらの授業風景が見れたのだろう。

夕方まで土肥の町をぶらぶらと散策し、修善寺の宿へと戻った。



 翌朝、温泉に入り朝食を取ると、いよいよ試験を受ける為に土肥駅へと向かった。


 競竜学校の守衛に受験票を見せると、守衛の爺さんは優しい笑顔で会場を案内してくれた。

岡部が会場へ向かおうとすると、後ろからがんばれよという声が聞こえる。

岡部は振り返ると守衛の爺さんに頭を下げた。



 事前に受験予定表でも知らされているのだが、試験は午前のみで二日にかけて行われる。

全て筆記試験で、一時間半の試験が二回、それを二日、計四回行われる。

会場に着くと既に幾人かの受験生がおり、会場から窓の外の光景を見ている。

岡部も窓の外を見てみると、坊主頭の生徒が仁級の竜を世話している。

もし合格したら、来年はあの子たちと一緒に研修をする事になるのだろう。



 暫くすると試験官が入室してきた。

梨奈から借りた可愛い筆記用具を鞄から取り出した。

筆箱の中には、前回とは違う可愛い紙に『がんばって』と書かれたものが入っていた。

気持ちは非常に嬉しいのだが、筆記用具に入ってるとカンニングだと疑われかねない。

紙は胸のポケットへとしまった。


 最初の試験内容は競竜全体に対する知識を問う試験。

恐竜と競竜の歴史、競竜場、関連組織とその役割などが出題されている。


 十数分の休憩を経て二科目目の試験となる。

内容は法制度の問題。

竜主法、調教師法、厩務員法、公正競争法の大筋の内容が出題されている。



 試験を終えると会場を後にした。

正直、岡部としては思った以上に良い手応えだと感じている。

合格点以上を取るのであれば、合格できるのではないかと思うが、残念ながら今日一緒に試験を受けている人たちの中で一番を取らないといけないのだ。

そこまではどうなのだろう?


 昼食を取り夕方まで土肥の町を散策。


 競竜学校以外では漁業と温泉が主産業の町であるらしく、昼食の刺身定食は絶品だった。

散策の過程で何件かの呑み屋を見つけた。

きっとこの呑み屋を戸川と日野は毎日飲み歩いていたのだろう。



 翌朝、二日目の試験を受けに、再度、土肥の競竜学校へ向かう。


 窓から外を見ると、同じような光景の中に見知った顔を見つけた。

日野は生徒から何かを聞かれているようで、それに毅然と答えている。

皇都に来ている時は呑んだくれたおっさんだったが、ちゃんと学校内では教官なんだと、少し可笑しくなった。



 三科目目は仁級から伊級までの大雑把な内容が出題される。

実は岡部は勉強でここが少し苦戦している。

そもそも長さや重さといった単位が未だに曖昧なのである。

何とか丸暗記で対応したが少し曖昧な部分が残っている。


 最終科目は一般知識の問題。

中学卒業程度の学業問題から、政治経済、文化といった問題が出題される。


 岡部が勉強時間の半分を費やしたのがこの部分だった。

前の世界とかなりの事が違う世界で、一般常識も何もわかるわけがない。

そもそも試験範囲も異常に広い。

確かに大筋の事は共通している事も多いだろう。

だが、それはあくまで大筋の事で細かい部分が全く違う。

特に社会科系は一から覚え直しだった。

この部分を最初は能島の参考書で猛勉強したのだが、それだけでは無理と感じ、いくつかの参考書を購入している。

それでもかなり自信は無かった。




 二日間の試験が無事終わると、建物の玄関で陽光に目を細め両腕を天に伸ばして体を伸ばした。

ふと前を見ると門の前に日野が立っていた。


「やあ、久しぶりだね。どうだった? 試験の手ごたえは?」


「昨日は良かったんですけど、今日はちょっと厳しいですね」


 気さくに話かけてきた日野が、一緒に昼食に行こうと誘ってくれた。

日野に誘われるままに『海ぼうず』という名の居酒屋に入り、焼き魚定食を食べる事になった。


 日野の話によると、ここ土肥は駿河湾から上がる魚介が絶品なのだそうだ。

ただし、そう言うと多くの人はすぐに刺身、もしくは海鮮丼を食べたがる。

だが本当に旨いのは、新鮮な魚をすぐに天日干ししそれを炙った物なのだそうだ。

岡部も元の世界では御前崎に生まれ育っており、日野の言う事に納得だった。


 一通り食事が済むと日野はお茶を啜りながら、ここが例の長井たちが食い逃げした居酒屋だと言って笑った。


「そうだ、今朝、日野さん見ましたよ。生徒の指導ちゃんとしてて、ああ、本当に教官なんだって思いました」


「なんだ? その辺の呑んだくれだとでも思ってたのか? 戸川くんが裏で何言ってるか想像がつくなあ」


 日野が少しむくれた顔をすると、岡部は少し冷たい目を向けた。


「伏見の『古だぬき』って居酒屋さん、日野さん最近見ないけど、何かあったのって聞かれましたけど?」


 居酒屋から最近見ないと言われるほど通っておいて、どの口が言うのか?

日野は非常にバツの悪そうな顔をし、必死に話題を変えようと試みる。


「あそこさ、揚げ豆腐が凄い美味しいんだよね」


「わかります! あと、枝豆の天ぷらでしょ?」


 日野はわかってるねえと笑いかけた。



「ところで、受験者五人しかいなかったんですけど、別室でも試験やってたんですか?」


「別室というか別日というか。実は、先週、騎手候補の試験と一緒の日に調教師候補が試験してるんだよね」


 本当は言ったらまずいのかもしれないが、試験が終わった今なら構わないだろうと日野は笑った。


「じゃあ、今日の五人が純粋に騎手無しの受験者なんですか?」


「そういうことになるね。どうだい? 一位になれそうかい?」


「今日の試験がちょっと……まあダメなら、来年また来ます」


 (いさぎよ)いと日野は豪快に笑い出した。


「今回の受験者の中でも、君、最年少だからね。諦めなければ機会は何度でもあるさ」


「食事も酒も旨いですからねえ! 定期的に来たくなりますよ」


「今日はこの後どうするの? なんなら今晩どうだい?」


 日野は嬉しそうな顔をして、盃をあおる仕草をする。


「そうしたいんですけどね、宿が昨晩までしか取ってないんですよ」


「まあ、受かればいつでも一緒に行けるしな」


 ごちそうさまですと岡部が言うと、日野はゲラゲラ笑って誤魔化した。


「宿の人が修禅寺を参拝してから帰れと何度も言うので、少し散策して帰ることにします」


「そうなんだ。じゃあわさび漬け、戸川くんが好きだから買って帰ると良いよ」


 以前日野が送ってくれたものをちくわに付けて食べたが、非常に美味しかった。

それを聞くと日野はお気に入りの製造所を教えてくれた。


「蕎麦が美味しかったので、蕎麦と米酒も一緒に買って帰るつもりですよ」


「何だか聞いてたら蕎麦食いたくなったな。今日は蕎麦屋に呑みに行こうかな」


 何だかんだ言いながら今日も呑みに行くのかと思うと、岡部は何だか可笑しくなった。


 月末に合否の封書が届くからと言い残し、日野は学校に帰って行った。




 修禅寺に着き観光を済ませ、しこたまお土産を買いこみ、修善寺駅を夕方に発った。


 駿府駅に着く頃にはすっかり夜になっており、駅弁と缶麦酒を買って東海道高速鉄道に乗り込む。

腹が膨れ酒も入ると、小刻みな電車の揺れがゆっくりと岡部を夢の中へと誘った。

窓の外を流れる街の景色。

闇夜に輝く大きな月。

全てが岡部を夢に誘う材料となっていく。


 目が覚めた時には高速鉄道は鈴鹿駅を過ぎ、次は終点の皇都駅。

皇都駅に着くとどっぷりと夜が更けていて、すっかり終電近くになっていた。



 戸川家に帰り着いたのは日付が変わった後の事。

戸川と奥さんは翌日の仕事があるのでとっくに寝ていたが、梨奈はまだ起きていてくれた。


 静かに玄関から入ると、梨奈が部屋から寝間着のまま降りてきた。

体を冷やさないように桃色の毛糸のカーディガンを寝巻の上に着ている。


 岡部は、小声でただいまと言って梨奈の頭を軽く撫でお土産を渡す。

梨奈も小声でお帰りと言って、満面の笑みで岡部を労った。


 梨奈は岡部の部屋に来ると、床に両足を外に外しぺたりと座った。


「ねえ、試験どうやったの?」


「わかんないなあ。そこそこやれたとは思うんだけどね」


 岡部の表情で梨奈は何となく察し、それ以上試験について聞くのを止めた。


「ねえ、土肥ってとこ行ったんでしょ? どんなとこやったん?」


「酒と魚と蕎麦がとっても旨かったよ。宿の近くに竹林があってね、それが凄い綺麗だった」


 愉しそうに話す岡部を梨奈も嬉しそうな顔をして聞いている。


「良えな、色んなとこ行けて。私も南国とか行きたかったわ」


「熱出るまではしゃぐから。それと僕、遊びに行ってるわけじゃないからね?」


「それはわかるんやけど。一緒に付いていきたかったわ……」


 梨奈は口を尖らせて拗ねた顔をする。

まだどこかあどけなさの残るその顔でする拗ねた顔は、何だかとても可愛く感じる。


「連れて行ってあげたいけど、梨奈ちゃん学校があるじゃない。旅行行って熱出たら、学校休まなきゃいけなくなるでしょ?」


「ほな、学校卒業したら連れてってくれるん?」


「試験受かったら土肥だから、暫くはちょっと難しいかな?」


 その岡部の一言に、梨奈はとてつもなく悲しいものを感じた。

梨奈は露骨に寂しそうな顔をした。


「土肥行ったら、卒業まで帰って来られへんの?」


「いや、夏休みには帰ってくるよ? 確かひと月丸々休みって聞いたな」


 寂しそうだった梨奈の顔がぱっと明るくなる。


「そしたらさ、そん時どっか連れてってよ! 良いでしょ?」


「わかった。約束するよ」


 梨奈は岡部の手を握り、顔を近づけ約束だよと言うと、大はしゃぎで自分の部屋に帰っていった。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ