表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
73/491

第12話 日章会

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の新人調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川佐経…尼子会の調教師(呂級)

・南条元春…赤根会の調教師(呂級)

・相良頼清…山桜会の調教師(呂級)

・井戸弘司…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 七月も後幾日となり、日野が土肥に帰る日が近づいてきた。


 日野が研修をしている間、戸川と岡部は何度か日野と一緒に呑みに行っている。

荒木と牧はそれ以上に呑みに行ってるらしい。


 帰る前に最後に一度戸川とゆっくり呑みに行きたいと、日野は厩舎に来て駄々をこねた。

それならと、幾人か厩務員を誘って日野の馴染みの店『居酒屋 古だぬき』に呑みに行く事になった。


「もういっそのこと、こっちに出張所建てはったら良えのに」


 戸川は若干面倒そうな顔をして、日野のお猪口に酒を注いだ。

日野は麦酒など飲まず最初から米酒一本である。


「俺もね、そう言ってるんだよ。受験生だっていちいち土肥まで来るの大変なんだしって」


「君も大変やろ? 毎回毎回」


「俺はまだ皇都だから良い方だよ。毎回、久留米や盛岡行く人もいるんだよ?」


 さすがに頻繁にというわけにもいかないので、半年に一度まとめてという感じにしているのだそうだ。

土肥から遠いからといって近い競竜場と提供する業務の質が異なるというのはどうなんだという意見が学校内部からも出ているらしい。


「なんやったら競竜場に常駐しはったら良えやん。生産監査の人らみたいに」


「ああ、それ提案してみるよ。そうしたら、いつでも一緒に呑みにいけるもんね」


「ほんま、君はぶれへんな。なんでそれが調教師で生きへんかったんやろな」


 それを言うなと日野が笑うと、戸川も悪びれる風でも無く笑い出す。

こういうところは同期で仲が良さそうで純粋に羨ましく感じる。


「真面目な話をすれば、俺は戸川くんみたいに秀才じゃないからだよ」


 日野が少し照れくさそうな顔をしお猪口を口にする。

戸川も急に持ち上げられて、照れて麦酒を呑みだす。

そんな少し微妙な二人の雰囲気を察して、岡部が日野に気になっていた事を訪ねた。


「よく戸川先生が秀才だったって話を聞くんですけど、昔から、やっぱりちょっと違う感じだったんですか?」


 その質問に突然戸川が怒りだした。


「おい、綱一郎君! 秀才やったとはなんや! やったとは! それやと今は凡才みたいやないかい!」


 あまりに器の小さい発言に、岡部だけじゃなく一緒に来ている池田や垣屋も大爆笑である。


「凄い先生だと思ってますよ。特に管理力と記憶力が凄いって以前から感じてます」


 岡部は戸川に微笑みかけた。

だが、少し笑顔が引きつってしまい愛想笑いに見えたかもしれない。


「そうやろう、そうやろう。もっと褒めても良えんやで?」


 ゲラゲラ笑って、二人のやり取りを楽しんでいた日野が、米酒を呑んで話し始めた。


「それもあるんだけどね。戸川くんが凄いのはさ、何というかな、頭が軟らかいんだよね。俺は頭が堅いから本当に羨ましい」


 研修で骨が弱い仔が会派から提供されて、皆でどうするのかと言い合っていたら、毎日日光浴をさせてみようと、長井と二人で暇さえあれば日光浴をさせた。

さすがに一勝もできはしなかったが、最後は三着に入る健闘を見せ同期を驚かせていた。


「日野くんはその分、思い切りが良えからな。そやから上手く行かへん言うて、さっと辞めてしまいはったんやろうな」


「あのまま続けてても八級止まりだったさ」


「まあ、僕も呂級で止まってもうたけどな」


 二人は顔を見合わせ、ガハハと笑い出した。

岡部たちも笑いはしているのだが、完全に笑顔は引きつっている。


「あれから、俺のいた『日章(にっしょう)会』はさらに落日になってしまって。もう呂級の生産も辞めたって聞いて、さすがにちょっと感じるものがあるよね」


「かつては伊級と呂級の調教師を何人も抱える大会派やったのにな」


 今でこそ稲妻牧場系の天下だが、それは『雷雲会』の先代会長の後半頃からの話であり、それまでは『日章会』『雪柳(せつりゅう)会』『薄雪(はくせつ)会』『双竜会』でしのぎを削っていた時期があった。

その後『日章会』が急速に勢いを失い、代わって『雷雲会』が台頭してきた。


「その頃は、どの会派も調教師たちが後継者作りに興味が無かったからね。日章会は牧場も夢ばっか追って赤字垂れ流してしまっていたから、伊級の調教師たちが引退したらガクッと」


「日章会さんだけと違うよ、どこもそうやで。ちょっと歯車狂ったらそうなんねんな」


「逆に『紅葉(こうよう)会』みたいに、ちょっと会長がやり手なら、ああやって大会派の仲間入りするんだもんね」


 現在『紅葉会』は、急速に会派の規模を拡大している。

会長と会長の弟が非常にやり手で、良い竜をどんどん生産している。

昨年の『クレナイアスカ』『クレナイスイロ』『クレナイホクト』が良い例だろう。


「同じように、そこら中に可能性も転がってるいう事やな」



 戸川と日野の話題は、今年調教師試験を受ける岡部の事に移った。


「岡部君がどんな調教師になるかはわからないけどさ。若い調教師が開業するってだけで会派は盛り上がるよね」


「そうやね。日章会さんは、もう何年も新規開業無いもんな」


「不思議だよね。落日の会派はさ、本当に新規開業が減るんだよね」


 何も勢いの無い会派は日章会だけではない。

伊級、呂級の調教師は会派にとっては大きな収入源となる為、『戦略級調教師』と呼ばれてる。

だが二三ある会派のうち半数近くは戦略級調教師を抱えられていない。


「申請も無いもんなん?」


「無くなるね。ここだけの話なんだけど例の空きそうな一枠、あれ『日章会』の子なんだよ」


「そしたら、この時期でまだ調教師のなり手が見つからへんのか」


 ここまで二人の会話を聞いていた岡部は、ふと疑問に思うことがあった。


「その人って卒業したら『日章会』の騎手として開業するんですか?」


「そういう子も極稀にいるけど、ほとんどの子は一緒に研修やった調教師候補の会派に編入するよね」


 騎手も調教師同様、毎年一会派から一人が競竜学校に入学している。

二人以上申請があった場合は、親交の深い会派に譲るという事もある。


 騎手になろうという子は、中学二年の段階で会派に申請を出している。

そこから調教師の研修が始まるまでには丸三年ある。

その三年の間に、会派は調教師の候補を探し出す事になる。


 だが、もしも探し出せない場合、その子は個別入学の子と同じ扱いを受ける事になる。

会派から見捨てられた子。

そう同期の騎手候補からは見られる事になる。

さらに一緒に研修したという事で、その調教師候補に親密感を覚える事にもなる。

その為、会派を移ってしまう子が大半なのである。


「でも調教師のなり手が見つかればそれで良いわけですよね?」


「試験で及第点が取れればね」


「じゃあ調教師候補が試験落ちる事もあるわけですか」


 岡部の指摘に、日野は大きくため息を付いた。

事情を知っている戸川は、わかるわかると笑い出す。


「そもそもね、調教師試験は騎手と一緒に受けれるんだよ。だから三年連続で受けれるんだよ。しかも再試もある。余程の事が無ければ落ちる事は無いはずなんだよ。だけど、それでも落ちる人いるんだよね」


 一体何を勉強したのやらと、少し苛ついた感じで日野がお猪口を空にすると、戸川はゲラゲラ笑って米酒を注いだ。

岡部も思わず苦笑いである。


「そうしたらどうなるんですか?」


「その騎手候補の子も空き枠扱いになるね。今年は無いけどね」


 そういうの後で会長からしこたま怒られるんだよと、戸川は岡部を見て笑った。

笑いすぎてお腹が痛いとまで言い出した。




 七月の初頭、まだ長井が戻って来れず、調教を荒木と牧が行っていた頃の話である。


 二頭の新竜が、戸川厩舎へ輸送されてきている。

一頭は『サケタイセイ』という名の栗毛の牡竜。

母は『サケシロカキ』、例の岡部が見立てた竜である。

もう一頭は『サケサイヒョウ』という名の白毛の牝竜。


「なんでこの仔が売れ残りだったんでしょうね? 凄い走りそうなのに」


「掘り出しもんやったんかなあ?」


 戸川と岡部は、義悦の竜『サイヒョウ』を見て驚いている。

胴は少し詰まり気味だが、脚がひょろりと長く、骨の関節がかなり太い。


 そんな二人に池田が後頭部をぽりぽり掻きながら苦い顔を向けた。


「さっき引き運動させたんやけど、この仔、歩様がおかしいんですわ。よう見たら後脚がかなり内向きで」


 池田の報告に戸川は納得がいったという顔をした。

それは売れ残りもすると戸川も苦笑いである。


「後脚が内向きってことは、腰に負担が出るでしょうから、無理使いができないって事ですね」


 岡部の指摘に、戸川は目を丸くして驚いている。


「おお!! 勉強の成果が出てるやないの! つまり重賞の連戦はおろか、それ以外もまともに使えへんいう事やね」

 

「年内に新竜出して、勝てなかったら放牧して来年ってとこでしょうか?」


「まあそれが無難やね……」


 櫛橋もかなり『サイヒョウ』を気にしている。

櫛橋は、こういう少し難のある竜に特別な思い入れをする癖がある。

以前も予後不良になった『ショウリ』をひと際可愛がっていた。


「矯正ってできへんもんなんですか?」


「できへん事はないよ。こういう仔は大抵蹄が曲がってるから、下駄履かせ続ける事で徐々に治る事があるんや」


 普段から三本ある前蹄が平行になるように厚みの違う『下駄』を履かせるのである。

そうする事で徐々に腰骨が矯正され、それに合わせて蹄が治ってくる。


「そしたら、この仔もそれで行くんですか?」


「履かせはするけども、牝やからなあ。治る前に引退になるん違うやろか」


 腰周りは矯正してあげた方が肌竜になった時に仔出しが良くなるから、牧場が喜ぶだろうと戸川は笑った。


 櫛橋は今度は『タイセイ』の方に興味を移した。


「この仔、なんとか『優駿』に間に合わへんもんやろか?」


 櫛橋がタイセイの体を触りながら、しみじみと言った。

櫛橋から見ても、『タイセイ』は晩成に見えたらしい。


「そればっかりは追ってみんことにはな。まあ、でも『重陽賞』には確実に間に合うやろ」


「体向きは長距離やけど、中距離もこなせますよ。きっと」


「こなせる程度では重賞で最後までは残れへんいうんは、最近実感しとるよ」


 それを聞いていた岡部が『タイセイ』の体を撫でた。


「でもそれって裏を返せば、中距離の速度と長距離の体力を兼た竜という事になるかもしれませんね」


「まあ、そういう見方もできるやろね」


 池田が櫛橋と岡部の話にかなり驚いている。


「それって長距離では化け物って事やないんですか?」


 池田が目を丸くして戸川に聞いた。


「そやろね。綱一郎君の見立ては大したもんやって思うてるよ」


「先生、もっと感動しても罰は当たらへんのやないですか?」


「なんや、ここんとこ良え竜ばっか見るせいか、感覚が麻痺してんねん」




 そんな二頭も既に調教開始から一月が経っている。


 『サケタイセイ』は初出走はまだ遥か先だが、非常に賢い竜で、輪乗りをしていると勝手に直線路に走って行きたがる。

最初は針金のようだった体も、ひと月で徐々にあちこちに肉が付いてきている。

岡部は定期的に『タイセイ』の体を揉んで確かめており、非常に体がしなやかだと感じている。


 一方『サイヒョウ』はとにかく大人しく、少し臆病な感じを受ける。

ただ筋肉の付きは意外にも早く、かなり仕上がりの早そうな印象である。


「『セキラン』といい『サイヒョウ』といい、義悦さんは仕上がりの早い仔が好きですね」


 二頭の調教計画を練りながら岡部が笑い出した。


「偶然なんやろうけどね。どっちも骨太やから元気そうに見えたんやろうね」


 執務机で新聞を読みながら、戸川も笑い出した。


「そういえば『無事是名竜って聞いたから』とか言ってましたね」


「それで仕上がり早の竜を見分けられるんやから、ある意味才能やな。大したもんや」


 岡部は電脳から戸川の方へ顔を向けると、少し真面目な顔をした。


「『サイヒョウ』ですけど、以前は乗り運動のたびに熱が出てましたが、最近はそういうの無くなりましたね。そろそろどうでしょうね?」


「そやな。櫛橋にも相談して一回走らせてみるか……」

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ