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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第7話 処理

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の見習い調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川佐経…尼子会の調教師(呂級)

・南条元春…赤根会の調教師(呂級)

・相良頼清…山桜会の調教師(呂級)

・井戸弘司…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 岡部は、事務室を出て竜房へと向かった。


 まだ動転して震えている櫛橋に、事務棟のすみれに言って熱い珈琲を貰って飲んでくるように指示。


 並河には『セキラン』の放牧の準備を指示した。

並河もまだ茫然としてしまっていて、話を聞いているかどうかすらわからない。

岡部は並河を竜房から連れ出し肩を何度も叩いた。


「岡部君、痛いですわ」


「僕が何を指示したか覚えていますか?」


 岡部は殊更ゆっくりと尋ねた。


「『セキラン』の……放牧……」


「やってもらえますね?」


 並河は首を縦に振ると竜房に入って行った。


 次に庄を呼ぶと、昼飼は終わっているのかと尋ねた。

庄は声も発せず首を縦に振る。

岡部は小さくため息をつくと、庄の手をギュッと握った。


「岡部さん痛いで」


「櫛橋さんはちょっと難しい状況です。並河さんはこれから異常に対処してもらいます。だから庄さんには通常業務をやってもらわなければなりません」


「僕一人で?」


「あなたしかいないでしょ! 手が足りないと思ったら空いてる人を使ってください。足りなければ僕を使ってくれても良い」


 庄は自分の頬をパンパンと叩くと少し正気を取り戻し、夕飼の準備をしますと言って作業を開始した。



 竜の方の指示が終わると、今度は報道の前に立ち報道の代表者一人を事務室に呼び出して、先生がいないので今日の取材はできない旨を伝えた。

すると報道の代表者は、皆が聞きたいのは『セキラン』の状態だから、それだけ聞けたら解散させると言った。


 岡部は少し悩んだのだが、精密検査が必要でこれから放牧するから『優駿』は回避だと情報を開示した。

すると報道の代表はもう一つだけ聞きたいと食い下がった。


「自分で一つだけだと言ったのにそれを舌の根も乾かぬうちに覆すつもりですか?」


 そう言って睨みつけすごんだ。

報道の代表は腰を抜かさんばかりに怖気づき、慌てて事務室から逃げて行った。

数分後厩舎前の報道は全ていなくなった。



 会議室に入ると松下に今日は午後の調教は中止にするから帰ってもらっていいと指示。


「その……こんな事になってもうて申し訳ない。僕ら先生の留守も満足に守れへんくて……」


 松下はそう言って涙目で謝罪した。


「誰のせいでもないですから。ゆっくり体を休めて明日の調教に備えてください。


 岡部はそう言って松下の肩に両手を置き帰宅を促した。



 池田と能島には、竜房に行き庄の指示に従うように指示した。


 一人になった事務室で『セキラン』の放牧の申請書を記載し調教計画を見直し修正をかけていると、机に誰かが来た影が映った。


「あの……岡部さん、申し訳ありませんでした」


 電脳を操作している手を止め顔を上げると、かなり落ち着きを取り戻した櫛橋が立っていた。


「戻ってきたとこ申し訳ないのですが、これ、すみれさんのとこに出してきてもらえますか?」


 そう言うと笑顔で申請書を櫛橋に手渡した。



 再度電脳を操作していると、事務室の戸がコンコンと鳴った


「君が帰ってくると、とたんに厩舎業務がまわるようになるんやな」


 入ってくる早々相良がからかった。


「色々と手を尽くしていただいてありがとうございました」


「長井さんも倒れてもうて皆狼狽え方が尋常やなかったよ。津野たちにうちの厩舎任せて、僕こっち専念やったわ」


「最初池田さんから一報来ましたけど、要領を得なかったって言ってましたからね。お察ししますよ」


 そう言って岡部は苦笑いした。


「君来たらあっという間にこれやもんな。僕、危機対処能力には多少自信あったんやけど、すっ飛んでもうたわ」


「相良先生の正確な事前情報があったればこそですよ」


 岡部はそう言って微笑むと、戸川の買ったお土産を手渡した。


「ようこれ買う気持ちの余裕があったなあ」


「一人じゃ無理だったと思いますよ。先生と二人だったから」


 相良は事務室の出口に目を移し竜房の様子を見る。

先ほどまで完全に機能停止していた厩務員たちが黙々と夕飼の準備を行っている。


「君、調教師試験受けるんやってね。きっとこういうのごつい武器になると思うで」


「駄目ならすぐに戸川厩舎に泣いて帰ってきますよ」


 絶対ないわと言って相良は笑った。



 事務棟から戻ってきた櫛橋を帰宅させると、そのすぐ後に戸川から連絡が入った。


 長井が一旦目を覚ましたらしい。

鎖骨が折れていて、仮にそれだけだとして復帰は二月後くらいだろうという話だった。

こちらは櫛橋と松下を帰らせたという話をし、それ以外は順調に進んでいると報告した。

『ショウリ』はどうなったのかと尋ねると、会長への連絡を忘れていたと笑い出した。

今日中に対処する事になると思うから、事務に報告して、お寺さんと獣医と業者を呼んでもらうようにと指示を受けた。



 以前聞いた話では、呂級の竜は賢い為、脚の骨が一本折れただけでは固定だけしておけば自己回復能力で復帰してしまう例が多いらしい。

元から体質の弱い『ショウリ』は何度もそれは経験している。

だがその一本も複雑骨折だったりすると大規模な外科手術が必要になってくる。


 それが二本以上になると自分では寝たり立ったりができなくなってしまう。

そうなると数日で内臓に疾患が発生し、死まで苦しみ続けなければならなくなる。

それを見続けるのは厩務員にとっても非常に辛いことで、昔から安楽死処分がされている。

つまり『予後不良』処理である。


 『セキラン』の牧場への輸送が終わると、戸川から予後不良の指示があった。

事務棟のすみれが予後不良の申請書を持って、住職、獣医、火葬業者を伴って戸川厩舎にやって来た。

申請書はすでに正式書面に清書されおり、日付と戸川の名前を記載し、代行として岡部の名を書き捺印。


 獣医は『ショウリ』を吸気麻酔で眠らせると首筋に筋弛緩剤を注射。

数秒後『ショウリ』は息を引き取った。


 『ショウリ』の亡骸には緑の化繊の布がかけられ、厩舎棟外れにある斎場へ運ばれた。

住職が経を読み終えると、岡部、能島、池田、庄、並河で黙祷し焼香。

相良と津野も焼香してくれた。


 その後、火葬業者が緑の布のかけられた『ショウリ』の亡骸を運んで行った。




 能島と池田を帰宅させ、岡部も帰り支度を始めた。

すると後ろから岡部を呼ぶ声が聞こえた。


「岡部さん、すみませんでした。僕ら、あの人の意見に同調して……」


 庄と並河がうなだれて立っている。

岡部は二人を応接長椅子に座らせた。


「別に僕は批判される事に対しては何とも思っていませんよ」


 そう言って岡部は少し顔をほころばせた。


「そもそも僕ですら、自分のやっている事を半信半疑でやってるんですから」


 岡部は二人の顔を覗き込むように見た。


「僕は先生から、それが竜の為になるかどうかを判断しろって言われています」


 年下の岡部の言葉に二人は聞き入った。


「何だかんだ判断が必要な仕事を任されてますのでね」


 いつもと違う状態でどうしていいかわからなくなってしまったと庄が苦しそうに言葉を吐き出した。


「池田さんと櫛橋さんが動転して真っ白になってしまったんですから気持ちはわからないでもないですよ」


 並河も申し訳ないと頭を下げた。


「今日の件は誰のせいでもないんですけど、僕や先生も含め皆の責任なんですよ」


 皆の失敗で竜一頭の尊い命が失われたんだと岡部は言った。

二人は改めて心に刺さるものがあったらしく、うなだれている。


「今日の事を教訓にして、また明日から竜の事を第一に力を合わせてやっていきましょうよ!」


 岡部は庄と並河と握手をし、後はお願いしますと言って帰宅した。

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