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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
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第5話 南国牧場

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の見習い調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川佐経…尼子会の調教師(呂級)

・南条元春…赤根会の調教師(呂級)

・相良頼清…山桜会の調教師(呂級)

・井戸弘司…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 翌朝、温泉に入り朝食をとると寝ぼけた義悦が起きてきた。


「二人ともお早いですね……」


 義悦はお粥と箸休めをいくつか乗せた盆を机に置き席に着くと、大きく欠伸をかました。


「みつば叔母さんはああ言ってましたけど、止級の輸送ってどれくらい上手くいくと思います?」


 戸川は一度岡部の顔を見ると難しい顔をした。


「今、呂級の多くの厩舎が財政上の問題で止級に参加できひんでいます。そこを補えるようになるんは大きいでしょうな」


 義悦は可能性の話を聞いたのだが、戸川は技術的な事がわからない為、環境について話をした。


「なるほど。今は四つの牧場の会派が主でやってるような状況なんですもんね」


「そのせいで、その四つの牧場の会派が昇級に圧倒的に有利なんですわ」


「『購入会派』でも止級参加してるとこありますよね?」


 『購入会派』って何ですかと岡部が尋ねると、自前で牧場を持っていない会派の事だと義悦は説明した。


「今それやれとんのは、確か『渓谷(けいこく)会』だけやね。高い金かけて調教師を支援してはる良え会派ですわ」


 『渓谷会』は『購入会派』にも関わらず伊級調教師を抱えているという会派である。

牧場を持っていても呂級調教師すら抱えられない会派もある為、多くの会派から一目置かれている。


「手数料だってがっつりかかるのに、よくあれだけ購入金額出せますよね」


「それだけ調教師に期待してるんやろうね。実際エイユウなんとかって竜、よう重賞の決勝に残ってますからね」


 『エイユウ』の竜は、調教方針の関係か快速の逃げ竜が多い。

呂級だと長距離の『エイユウナガト』がその典型だろう。


「竜を生産する拠点が増えれば、それだけ竜の値段も下がりますから、他の購入会派も楽になるでしょうね」


「綱一郎君が呂級に来る頃には、かなり環境は変わってるんかもしれへんね」


 戸川は岡部の顔を見て微笑んだ。




 朝食を取り終え一風呂浴びると、受付に牧場からの送迎車が到着した。


 花蓮郡の東海岸を車で走り、崇徳(すどく)という地に最上牧場はあった。

雰囲気自体は、北国の白糠の牧場とかなり似たものを感じる。

現状、仁級に特化した牧場だけあって所々に巨木が植えてあり、より森に近い環境を作り出している。

それと販売にも力を入れている為、かなり立派な商談館が建てられている。


「宿からここまで結構遠かったでしょう」


 みつばは岡部を見ると笑顔で出迎えた。


「風光明媚な所ですね。街道に椰子が植えられてるのなんて、いかにも南国って感じで」


「風光明媚といえば聞こえは良いけど、ただ単に何も無いところよ」


 そう言ってみつばは、嬉しそうに岡部の腕を叩いた。



 みつばは早速、三人を引きつれて牧場内を案内し始めた。

中野は義悦に、珍しく今日は朝からご機嫌なんだよと言ってクスクスと笑った。


「伊級があった頃はね、あの奥の森が伊級の牧場だったのよ」


 奥の鬱蒼とした森をみつばは指さした。

現状ではそこが牧場だと言われても、信じる者はいないであろう。


 一行は牧場内を歩いて回り、途中何も無い竜房で足を止めた。


「『セキラン』種竜になるんだってね。うちも以前から自前の種竜が欲しいんだけどね。竜舎だけは作ったんだけど……」


 みつばはそこまで言って、中野を見て笑い出した。


「中に入れるような竜がまだでないのよ。『サガモア』系と『クラッシュマン』系で一頭づつ欲しいんだけどね」


 岡部はみつばを見ると、そういえばと言って話をした。


「以前会長から伺った話では、『セキラン』を出すまで肌竜を整理したって言ってましたね」


「肌竜をねえ……今度、参考に北国に行ってみようかな」


 みつばはもう何かを決めたらしく、うんうんと頷いている。


「叔母さんは牧場離れられないでしょうから、担当者を向かわせたら良いんじゃないですか?」


 そう義悦がみつばに提案した。


「そうねえ。じゃあ、あすか姉に言って来月にでも」


「えっ? 来月ってもう再来週ですけど?」


「まだ一週間以上あるじゃない」


 何を言っているのという顔でみつばは義悦の顔を見た。

義悦は岡部を見ると呆れた顔をした。



 昼食後に一行は何も無い海岸を案内された。


 ここが止級の牧場地になる予定だと中野は指を差した。

今年の夏番組が終わったら、一頭、輸送の試験用に引き受けるつもりなのだとか。

現在、担当者は足利牧場に研修に行っていて、建築図面を日々練っているのだそうだ。


「足利牧場さんのとこは仁級が弱いからね。うちは提携させてもらってるのよ」


 そうみつばが説明すると、提携と言っても向こうは伊級と止級、うちは仁級だから牧場の規模が全然違うけどねと、中野は笑い出した。


「全てで手厚い牧場何てあるんですか?」


 岡部の質問に、みつばは大手はどこも手厚いと言って咳払いをした。


「最大手は『雷雲会』の『稲妻(いなづま)牧場』ね。それに追随するのが『紅葉(こうよう)会』の『(かえで)牧場』。その二つで全体の五分の一くらい生産してるんじゃないかな?」


 どちらも伊級調教師を大勢抱える大会派だと、みつばは説明した。


「紅花会はどれくらいなんですか?」


「『古河(こが)牧場』、『双竜(そうりゅう)会』の『足利牧場』、『清流(せいりゅう)会』の『水稲(すいとう)牧場』の次くらい。上の下って感じかな」


「その古河牧場って言うのは、どこの会派なんですか?」


「竜主をやっていない完全生産特化の牧場よ。だいたい竜の購入っていうと、まずそこのセリを見に行く感じね」


 みつばの説明に岡部は、ただただ、へえと驚いている。

竜主や生産やってると結構一般常識なお話なんですよと言って義悦は微笑んだ。



 一通り牧場を見て回ると中野はみつばに、三人を送って一緒に食事をしてくると言って送迎車に乗り込んだ。

宿に着くと少し早めの夕飯を食べながら四人は麦酒を呑んだ。


「義悦君は四年ぶりかな? 久々に来てみてどうだい?」


 中野からそう聞かれ義悦は少し言いづらそうにした。


「前回来た時より、手を付けるだけ付けてそのままの場所が増えたような……」


 義悦の感想に中野は、わははと笑い出し、岡部さんはどうだいと尋ねた。


「何と言うか……器だけで中身の無いところが多い印象ですね」


 岡部の感想にも中野はうんうんと頷いた。


「まあ、そんなところだろうね。だけど戸川先生は、ちょっと違う感想なんじゃないですか?」


 戸川は麦酒を口にし、そうですねと苦笑いした。


「前来た時に比べてごっつい奇麗になって、えらい発展したなって思いますわ」


 岡部と義悦はかなり驚いた顔をした。


「戸川先生がいらしたのって先代の頃ですか?」


「そやね。もう二十年くらい前になるやろうか。正直ここの竜で八級に上がれるもんなんか、ほんまに不安やったわあ」


 でしょうねと言って中野は麦酒を呑み、そこから昔話を始めた。



 ――当時みつばと結婚したばかりの中野は、紅花会の農業会社『最上農園』で働いていた。

そんな中野の元に、会長から南国牧場に行って欲しいという相談があった。

数年前、会長の叔父『義規(よしのり)』が経営権を握ったまま痴呆になり、その息子の『義清(よしきよ)』が経営しているのだが、牧場が荒れているという事だった。

最初は渋ったものの、会長から会の為に何とか再建して欲しいと懇願され渋々南国へ向かった。


 中野夫妻が南国に来て見たのは、牧場とはとても思えない一面の熱帯雨林の林だった。

建物は全てボロボロ、従業員もそれを不思議とすら思っていない。

戸川が見学に来たのはこの時期の事である。


 みつばが経理資料を見ると、伝票がくしゃくしゃになって放置されており、まともに出納すら記載されていなかった。

義規場長の経営は極めて独善的だった為、義清には経営の知識がほとんど無かったのだった。

出納をしっかり調べると、とんでもない大赤字である事が判明。

このまま少しでも不渡りが出たら倒産という経営状況だったのだ。

みつばは会長に危機的な経理状況を報告。


 会長は中野夫妻に自分の代理として全権を委ねた。

中野は従業員たちと一緒に、まずは雑草の処理から始めた。

整備をしていくと何頭か竜が死んでいるのを見つけた。

恐らくは事故で死なせてしまった竜を隠していたのだろう。


 徐々に牧場が整備されていくと、これ以上は先代の許可を得ろと古株の牧夫が抵抗してきた。

彼らは阻止する為なら牧場に不利益をもたらしても構わないという態度で、肌竜が死んだり柵が壊されたりといった事が度々発生した。


 中野は現状を会長に報告し抵抗する者を全て解雇した。

さらに本社法務部に相談し損害賠償の訴訟も行った。

会長は役員会議を開き、義規を解雇し南国牧場の経営権を剥奪、正式に中野義知を牧場長に据えた――



「今日まで、夫婦で思いつく限りの事をやってきたよ。やっと少しづつだけど経営も黒字化してきた」


 中野は遠い目をしているが、その目は少し潤んでいる。


「いつか、この器に竜を入れてくれる人物が現れるはずだって信じてね」


 そう言うと中野は良い笑顔で岡部を見た。


「じゃあ、みつば叔母さんのせっかちは牧場開発を迅速に行ううちに身に付いた事なんですね」


 納得したような顔で義悦が真顔で中野に言った。


「いや、残念ながら結婚前からだよ。ちょっとの遅刻でよく頬を引っ叩かれたりしたもんだよ」


 義悦と中野は見合って爆笑した。


「実際あの頃を知る身としては、戸川先生はよく昇級したなと思いますよ」


 中野は戸川を見てしみじみと言った。


「自分でも、よう昇級できた思いますわ。ほんまに酷かった。骨は脆く、肉も付かず、おまけに怪我してるやつまでいて」


 岡部は戸川の話を聞き、戸川が秀才だったという最上の言葉を思い出した。

そんな竜でどうやったのかと岡部は戸川に尋ねた。


「食うもん食わせて、よう寝かせて、暇さえあれば竜房の外に出して、じっくりじっくりやったんや」


 調教云々の前に体質改善をさせたという壮絶な話に岡部は驚きを隠せなかった。


「絶対放牧なんさせたらん思て、ずっと厩舎に置いたまんまやったわ」


 当時を思い出したら腹が立ってきたらしく、戸川は麦酒を一気に吞み干した。

中野は苦笑いして戸川に麦酒を注ぐ。


「放牧させたくないと思わせる牧場なんて聞いた事ないだろう?」


 中野は岡部と義悦の方を見て笑い出した。

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