表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第二章 友情 ~調教師候補編~
65/491

第4話 南国

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女

・中野みつば…最上牧場(南国)の場長、最上家三女

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の見習い調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川佐経…尼子会の調教師(呂級)

・南条元春…赤根会の調教師(呂級)

・相良頼清…山桜会の調教師(呂級)

・井戸弘司…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 土曜の早朝、岡部、戸川、義悦の三人は福原空港から飛行機に乗り台北空港へと向かった。



 ――南国は台湾島がほぼ経済の全てとなっている。

岡部の元の世界では台湾は別の道を歩んでいたのだが、この世界では瑞穂と台湾は同じ道を歩んでいる。


 元々瑞穂は太古の昔から泳竜を操る技術に長けていた。

その歴史の中で泳竜を利用した大規模な海上侵略を行っている。

その最大の成果が、当時首狩り族と言われた少数民族が住まう台湾島だった。


 島を武力制圧した後でさらに文化を浸透させると、台湾島は経済発展し瑞穂皇国にとって重要な存在となっていく。

ところが経済発展した事で戦略上の重要さが増し、台湾島は近隣諸国の攻撃の的となっていった。


 翼竜を操る技術に長けた近隣諸国とは幾度も戦になった。

その中で、行動範囲の狭い翼竜の海上中継基地を突き止めるのに泳竜は活躍した。

また空に比べ海は兵員輸送能力にも長けており、本州から迅速に防衛部隊を派遣する事ができた。

結果として、世界が領土拡張に躍起になった時代に、瑞穂は持前の海軍力で海上航路を確立し版図を守り抜く事ができたのだとか。


 だが時代は下り、恐竜の力が内燃機関に取って代わると、海上の主役も泳竜から船舶へと移り変わっていった。



 いつの頃からか瑞穂では、伊級の翼竜、呂級の駆竜と共に、止級の泳竜が競竜競走に用いられるようになった。


 当初、瑞穂では競竜場が個別に競争を開催していた。

中でも伊級の競争を開催していた大津と常府の競竜場が非常に人気が高く、その二つの競竜場が中心となって『競竜協会』が組織される事になった。

その後、呂級の競争を開催していた幕府と皇都の競竜場が競竜協会に参加。


 競竜協会によって、伊級が上級、呂級が下級の競争と定められると、新人調教師の練習の級を用意した方が良いという意見が調教師たちから出る事になる。

こうして、小田原、愛子、紀三井寺、久留米の四つの競竜場を編入し、仁級の競争が開催される事になる。

さらに盛岡、前橋、福原、防府の四つの競竜場を編入し、八級の競争が開始される事になった。


 だがそうなると、競竜協会に編入されなかった競竜場は宣伝力の差から集客に手こずるようになり、次々に営業を終えていく事となった。

だがそんな状況でも止級は独自の魅力があり営業を続けていた。

止級を開催するいくつかの競竜場は『競竜場連合』という独自の組織を形成し生き残りを図った。


 ところが伊級の人気に火が付き呂級も徐々に人気になっていくと、それに反比例するように止級の人気は落ちて行った。

数十年前に発生した世界同時不況の煽りをもろに受け、競竜場連合に参加した止級の競竜場は一つまた一つと閉鎖して行った。

そしてついには競竜場連合も解散。


 止級の竜が大量処分されるという報道に、批判を恐れた竜主会の要請で、競竜協会は止級の開催を発表。

浜名湖と太宰府、閉鎖されていた二か所の競竜場を大改装し止級競走が始っている――




 三人は台北(たいほく)空港に降り立ち、南府へと縦貫道(じゅうかんどう)高速鉄道で向かっている。

南国は八つの郡からなり、台湾島内の南府、台北郡、台南(たいなん)郡、高雄(たかお)郡、花蓮(かれん)郡と、奄美郡、沖縄郡、小笠原郡の諸島で構成されている。

奄美、沖縄、小笠原は、台湾島から離れた場所にある為、本島に小規模ながら空港も備えている。

移動は基本空と海なのだが、台湾島内では街道も整備されている。


 台湾島は島の東部に大きな山脈が居座っており、基本的に東西の行き来は極めて困難である。

街道も、平地の多い台北、南府、台南、高雄という『縦貫道』が主流街道で、南府、花蓮という『横貫道(おうかんどう)』を後に整備している。




 南府駅で横貫道高速鉄道に乗換え花蓮駅へ向かう。

横貫道高速鉄道は縦貫道高速鉄道に比べるとかなり利用客が少なく、その分列車の編制も短く、避暑地線という趣がある。


 その車内で岡部は、戸川と義悦に例の吉田記者からの忠告の話をした。


「結果的に僕の判断は、綱一郎君だけを危険に晒す事になってもうたわけか。申し訳ない」


 痛恨と言う表情をして、戸川は頭を下げた。


「僕もやりすぎました。でも、火を付けたのはこっちと向こうは思っているんでしょうね」


「あいつら被害者意識の塊やからな。そうなると相手黙らすしか、こっちの保身は図れへんいう事になってまう。そやけど、相手が大きすぎんねんな」


「ですね。武田会長に相談したとしても、競竜場内の安全は確保できてもそれ以外は……」


 事態が悪化すれば、例えば幕府の大宿から競竜場までの電車内で刺殺などという事も起こるかもしれない。


「東国行かへんでも、そのうち西国でも手出してくるやろうしな」


「そうなると、僕の大切な家族や仲間にも危害が……」


 戸川はその言葉に複雑な感情を抱いた。

新聞への怒りの中に、岡部が自分達を家族と呼んだ喜びが込み上げた。

不謹慎ながら、少し顔がにやけてしまうのを必死に堪えた。


「問題はどうやって相手に手を引かせて喧嘩を収めるかやろうね」


「手を出したら、それ以上に損をすると思わせるしかないとは思いますが……」


 その為には、実際に手を出して来た時に過剰に反撃をするなど、それなりに強い手に出ないといけない。


「何か突破口になりそうな事あるんか?」


「多少は。吉田さんに調べてもらってる事がありますので」


「そしたら髭もぐらの報告次第か……」


 戸川はふむうと鼻から息を漏らして憤った。


 義悦は、僕に手伝える事があったら言ってくださいと岡部の手を取った。

さしあたって、会長にそういう話があるという事だけ伝えて欲しいとお願いした。




 花蓮駅に到着すると、三人は紅花会の宿に直行した。

今回は三人とも個別に宿泊だが、来賓室に一人部屋は無く二人部屋を贅沢に一人で利用する事になった。

部屋に着きゆっくりを窓の外を眺めていると、受付から来客だという電話が鳴った。


「長旅ご苦労様。さっそくだけど食事をとりながら会議を行おうと思うけど、どうかしら?」


「食事しながら仕事の話するんですか?」


「お嫌でなければ。この辺の風習なのよ。相談ごとを食事の時に行うのは」


 みつばの説明に岡部は、地域が違えば風習は違うものだと驚嘆した。



 会議室には既に食事が用意され、その後ろに白板が用意されていた。


 中野は彼が今回の研究の主任だと一人の青年を紹介した。

青年は、大山(おおやま)洋隆(ひろたか)と言いますと言って頭を下げた。


「ほう! お若いですな。おいくつですか?」


「今二三です。入社してまだ二年目でして」


 岡部と義悦は、僕らより一つ下なんだと驚いた。


「若い逸材がこうして出る言うんは、会派の未来が明るい言う事でしょうな」


 戸川はそう言って中野に笑顔を向けた。


「父が漁師で僕も父の勧めで船舶の免許取ったんです。そうしたら先日いきなり主任に呼ばれて。気が付いたら南国にいました」


 大山は照れて笑った。


 みつばは、食事を取りながら現状を聞いてもらいたいと三人に言うと、大山に説明を始めさせた。



 大山は最初にみつばから説明を聞いて、すぐにある程度の青写真を描いたらしい。

その中で海上輸送を困難にしている要素が二つあると推測した。

一つは燃費の問題。

もう一つは竜が輸送に耐えられるのかという問題。


 船底に水を張ると、どうしても船自体が重くなり速度が出なくなる。

そうなると、同じ燃料でも航続距離が短くなってしまう。

ただそれは花蓮からであれば途中で給油すれば済む問題である。

また船底に空気を取り込むなどして船の喫水線(きっすいせん)(=水中と水上の境の線)を下げる工夫を施せば、速度低下の問題もある程度解決する。


 もう一つの竜の輸送が果たしてできるのかという話は完全に未知数。

そこでこの一週間、止級の資料を調べ漁った。


 止級の竜は回遊魚のように泳ぎ続けないと死ぬという事はない。

なにせ肺呼吸なのだから、どちらかというと生態は鯱や鯨に近い。

汚れた水と水温の急激な変化を極端に嫌う性質がある事がわかった。


 その為現在は、自動車の荷台の水槽に入れて空気を送って輸送している。

だが今の方法だと、輸送から一月は環境への順応で何もさせる事ができず、結果的に競竜場の近くで放牧させるしかなくなる。

専用の船を作れれば、間違いなく現状よりも良い状態で輸送ができるはずである。

そうなれば、開催月以外の時期は牧場で調整に当てる事ができるようになるだろう。



「とんでもない優位になるやないか!!!」


 説明を聞いて戸川は思わず椅子から立ち上がった。


「そうでしょう? 実現すれば恐らく止級の標準になっていく事でしょうよ」


 みつばは戸川の顔を見てニヤリと笑い誇らしげな態度をとった。


「うちは特許を申請するだけで良い。投資金は何倍にもなって帰ってくる事でしょうね」


「それだけやない。太宰府、浜松の輸送が簡単にできんねん! それが大きいんや!」


 戸川は目を大きく開いている。


「もちろん、これを使っても良いという根回しが必要です。そこは会長に骨を折ってもらうんですけどね」


 みつばは嬉しそうな顔で岡部を見た。


「大型化すれば海外遠征も可能になるでしょうね」


 戸川は力が抜けぺたりと椅子に座りこんだ。


「稲妻牧場さんや楓牧場さんが普通に思いつきそうな話ですけど、何で手を出していないんでしょう?」


 岡部が冷静に疑問を呈した。


「船内に海水を出入りさせただけでは、潤沢な空気が送れないんですよ。恐らくは、それで断念したんだと思います。でもそれももう考えてあります」


 大山はそう言って、白板に原理を書いたが残念ながら岡部には理解できなかった。


「今、止級に力を入れている牧場は少なく、稲妻、楓、足利、水稲、古河のわずか五場です」


「六月から九月のわずか四か月やからな。そこまで力入れられへんのやろうな」


 戸川の指摘に中野も納得している。


「それでも! そこだけでも業界一になれれば、最上牧場の名は南国で一目置かれる」


 中野は得意気な顔で拳を握った。

みつばも思わず席を立った。


「造船、機械腕、餌の養殖、飼育、どれだけの雇用ができるか。それだけ町が発展するって事なのよ。ここ花蓮を十勝や釧路みたいにしてみせるわ!」




 会議が終わると、岡部と戸川は宿の温泉に入った。

義悦は難しい話ばかりでお疲れの様子だった。

中野夫婦は一旦牧場に帰っていった。


「完成したら、伊級と呂級は変わるやろうな」


 湯舟にだらりともたれかかると、戸川はしみじみと言った。


「止級に力を入れる厩舎が増えるでしょうね」


「それだけやないよ。君みたいな人を育成する厩舎が増える思うわ」


「そうか! 調教師が二人必要になりますもんね」


 現在は伊級調教師は、副調教師を抱えている事が多い。

賞金が高く金銭的に余裕があるというのもあるが、止級開催期間中も呂級と違って伊級は開催があり、厩舎を二つに割らないといけないからである。

それと、伊級まで上がった調教師は、いわゆる『名人』であり、それなりに高齢の者が多い。

亡くなってしまったり引退するという事になると貴重な調教理論が失われる事になってしまう。

その為、その理論を受け継ぐ後任を育てるという目的もある。


 もしこの輸送が上手く行けば、呂級でも副調教師を抱える者が増え、新規開業の調教師は副調教師出身という者が増えてくるだろう。


「輸送って言っても台風の季節ですからね。なかなか思い通りにはいかないでしょうけどね」


「そうやね。でも夢は広がるで」


 戸川は興奮して少し目が潤んでいる。


「夢と言えば聞きました? あの大山さん、入社二年目でこっちにきて、その間給料八倍だそうですよ」


「そらまた、えらい奮発しはったなあ。もういっそこっちで良え娘見つけて、ずっとこっちにおったら良えのに」


「みつばさんも全く同じ事言ってるらしいです」


 だろうなと言って戸川はゲラゲラと笑い出した。


「みつばさんとこ、子供は義和(よしかず)さん一人やからな。娘産んどきゃ良かったとか、思うてるんやろな」


「こればかりは縁もありますからね」


 岡部の返答に、戸川は何か思うところがあったようで、じっと岡部の顔を見つめた。


「君はどうなんや? なんぞ良い縁はあったん?」


「戸川さんに拾っていただきましたよ」


 岡部は即答だった。

今の自分があるのはあの時戸川に拾って貰ったおかげと思っている。

戸川は、真っ直ぐな目で言ってくる岡部に少し照れた。


「その……僕にはもう家庭があってやね……」


「誰もそんな事は言ってません!」

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ