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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
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第61話 上巳賞

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場の場長

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・木村、大野…戸川厩舎の厩務員、解雇

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の見習い調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・相良…山桜会の調教師(呂級)

・津野…相良厩舎の調教助手

・井戸…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・高城胤弘…三浦厩舎の調教助手

・清水…三浦厩舎の主任厩務員

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 立て続けに、三浦調教師、大森事務長、武田会長、連合警察が幕府競竜場に姿を現した。

皆、到着して早々、実行犯の状態に言葉を失った。



 直ぐに事務棟内に臨時対策本部が設けられ、中央奥に武田、その横に連合警察の管理官が座った。

夜が明けたら一斉検挙しますと管理官が武田に言った。


「競竜場の夜はもうすぐ明けますよ! 一般よりも数時間早いんですから」


 岡部は少し強めの口調で管理官に指摘。

武田は岡部に頷くと、管理官に厩舎関係者だけでも先に拘禁すべきと進言した。



 数十分後、対策本部に雷雲会の福島(くしま)正之(まさゆき)という調教師が引き立てられてきた。


「まさか福島、お前だったとはな。私の顔に泥を塗って今どんな気分だ?」


 武田は無念さを滲ませた声で尋ねた。

福島は、俺は何も知らない、何もやってないと叫んで警察官を振り切ろうと暴れ続けている。


「何の事かわからないじゃなく、知らない、やってないなんですね」


 岡部が冷静に指摘すると、福島ははっとして抵抗を止めた。


「大森、今日休みの者がいるはずだから、その者の住所を警察にすぐにお渡ししなさい」


 急に武田に命じられて、大森は、すぐに電脳を起動しますので少し時間をくださいと焦った。


「お前は一体今まで何をやっていたんだ?」


 武田に呆れ顔で見られ、大森は泣きそうな顔で、申し訳ありませんすぐにしますと、あたふたした。



「夜が明けたら大捕り物ですよ」


 管理官が実行犯の持っていたメモを見ながら武田に言った。


「どこまでやるつもりです?」


「この紙があるんですから、本来なら竜十字だけというわけにはいかないのですが、それ以上は上の判断が必要になってしまいます」


 管理官の回答に武田は露骨に不服という表情をする。


「報道だから何をやっても許されるという体質を作っているのは、あなたたちなのでしょうな」


「耳の痛い言葉ですが、議員が圧力をかけてくるんですよ。組織人としてはどうしても……」


「法を守る側が率先して蔑ろにするんだから犯罪なんて減るわけがない」


 武田がチクリと皮肉を言うと、管理官はバツの悪そうな顔をした。



 武田は岡部を見ると、うちの者がとんでもない迷惑をかけたと謝罪した。


「一つ教えてもらえないだろうか。どうして今日、もう一度こういう事が起ると思ったんだい?」


 岡部は伏し目がちな表情で冷静に言葉を発した。


「最上会長の左翼活動家の説明、それと特定の竜が危害を受けるという話が、どうしても整合が取れないと思ったんです」


 武田が静かに聞いているので、岡部が話を切ると、武田は続けるように合図した。


「その後の警察での話と、なじみの記者からの説明から、内部にも共犯がいて恐らくは……」


 岡部はそこまで言うと少し言いよどんだ。

武田は、再度、話しを続けるように促した。


「『雷雲会』か、関連の会の厩舎が関わっているだろうと」


 そういえば実行犯は年初に新しくなったばかりの入館証を付けていたなと、三浦が呟いた。

最上はそこまで聞いて唸り声を上げた。

岡部はさらに説明を続けた。


「事務棟は監視撮影機を増やした事で警備に安心していて、より犯行が犯しやすくなっている」


 大森は自慢の監視撮影機の話が出て少し涙目になっている。


「犯人としては、前回のような数日前では無く、より競争日に近い日を狙ってくるだろうと」


 岡部がそこまで言い終えると、対策本部はしんと静まり返った。

武田は何度も大きく頷いた。


「岡部君、少し疲れただろう。厩舎に戻って体を休めると良い」


 武田に促され、岡部は三浦に伴われて対策本部を後にした。


「恐るべき洞察力と推理力だ。うちに譲って欲しいくらいですよ」


 管理官は、武田の顔を見て首をすくめた。

うちも欲しいのだが今の環境が居心地が良いらしく断られていると武田は静かに笑った。



 岡部は戸川に連絡を入れると、少しの時間仮眠をとった。


 目が覚めると厩舎の外に人だかりができていた。


「あ、目ぇ覚めたん? 今ね、朝飼終わって皆休んでるとこよ」


 櫛橋がそう言ってお茶を淹れてくれた。


「昨晩、何やごつい騒ぎがあったんやってね?」


 岡部は黙って茶を啜っている。


「ここの人ら、皆言うてたよ。『やっとこ閻魔』いう妖怪が出たって」


 櫛橋が突拍子もない事を言い出し、岡部はお茶を噴出し豪快にむせた。


「岡部さん、汚いないわ。もう!」


「すみません。なんか変な名前にうけちゃって」


 櫛橋は岡部が吹いたお茶を布巾で拭いている。


「その妖怪の話を聞きに、ああして記者が集まってるんやって」


 そう言うと櫛橋は外を指さした。


 櫛橋は岡部の座る椅子の向いに座って一緒にお茶を飲み始めた。

岡部たちが持ってきた手土産の八つ橋を櫛橋が一つつまんだ。


「昨日、私一人を宿に戻らせたんは巻き込ませないためなん?」


「それもありますけど、僕に何かあった時に櫛橋さんに対処してもらうためでもありました」


「危機管理か。色々考えてるんやね」


 櫛橋は慈愛の顔で岡部を見つめた。


「さっき会長さんが来て言うてたよ。岡部さんは、お地蔵さんのようやって」


「僕、まだ、髪ふさふさしてますけど」


 櫛橋は思わず吹き出しそうになりながら、子供を叱るような目で岡部を見た。


「それ会長さんの前でも言えるん?」


 無理ですと岡部は笑った。


「お地蔵さんって施ししたら、何倍にもして返してくれたって話あるやん?」


「『笠地蔵』でしたっけ?」


「そうやね。会長さんがそう言うの聞いて、私ももしかしたら施しのおすそ分けなんかもって」


 あのまま井戸厩舎にいたら、きっと今頃、心が折れて厩務員を辞めていたと思う。

岡部さんたちが私を引き受けてくれたから今の自分があると思ってる。

そう言って櫛橋はお茶を啜った。


 僕にはそんな特殊能力なんてありませんよと言って岡部は笑った。


「後ね、お地蔵さんってね、普段は穏やかにすまし顔なんやけど実は閻魔様なんやって」


「初耳です。ほんとですか、それ?」


「私も小さい頃、昔話で聞いた事あるよ」


 櫛橋は岡部の顔を見るとクスクスと笑いだした。




 夜八時が近づいている。

幕府競竜場は満員の人だかりとなっている。


 櫛橋は大歓声の中『セキラン』を下見所で曳いて歩いている。

皇都では『ゲンキ』の下見が始まり牧が曳いて歩いている。


 明らかに状態が良い。

曳いている櫛橋も『セキラン』から気合のようなものをひしひしと感じている。


 係員の合図で松下がやってきて『セキラン』に跨った。


「向こうを蹴ってお前に会いにきたんや。結果で返してくれな嫌やで」


 松下はそう言って『セキラン』の首を撫でた。

『セキラン』はそれに答えるように(いなな)くと、緑の絨毯に飛び出して行った。


 発走者が旗を振ると発走曲が競竜場に響き渡り大歓声が巻き起こった。



――

本日の大一番。

世代三冠の初戦『上巳賞』、今年は十八頭一頭も欠ける事なく揃いました。

風神『ジョウイッセン』、雷神『サケセキラン』、果たしてどんな走りを見せてくれるのでしょうか。

まもなく発走時刻を向かえます。


全頭枠入り完了。

発走!

ぽんと飛び出したのはクレナイスイロ、そのまま先頭を突き進みます。

それを突くように『雷神』サケセキラン。

ハナビシスイキョウ、タケノベンテン、ハナビシカザン、ロクモンインセキ。

『新月賞』勝ち竜ハナビシカザンはこの位置。

イチヒキユウシャ、ニヒキドウロウ。

カラタチ、イナホシロナス。

『風神』ジョウイッセンはここにいました。

マンジュシャゲ、タケノリンドウ、ロクモンアシュラ。

人気の一角、ロクモンアシュラはこの位置です。

キタコウロ。

少し間が空いてクレナイホクト。

最後方にチクメイスイ。

全竜三角を回り曲線に向かいます。

早くも、ジョウイッセンが位置を上げていく。

サケセキラン、クレナイスイロに並びかかろうといったところ。

マンジュシャゲ、ロクモンアシュラ、ハナビシカザンも位置を上げていく。

徐々に全竜一団となってまいりました。

四角を回り最後の直線。

『雷神』サケセキラン、松下鞭が入った!

最内を突いて『風神』ジョウイッセン!

さらに外からロクモンアシュラも追い上げる!

先頭サケセキラン! クレナイスイロもまだ粘っている!

クレナイスイロは一杯か!

内からジョウイッセン! 外からロクモンアシュラが追い上げる!

ジョウイッセン捕えたか!

残りわずか。

サケセキランもう一伸び!!

『雷神』が抜けた!

サケセキランだ!!

サケセキラン終着!

『芦毛の雷神』サケセキラン、昨年の雪辱を果たし、見事、三冠の第一戦『上巳賞』をもぎ取りました。

――



 競走を無事終え、『サケセキラン』は競技場をもう一周流してから検量室に戻ってきた。


 観客席からは『雷神』『雷神』と歓声が鳴りやまない。

検量を終えると、松下は櫛橋たちの元に戻ってきた。

最上、義悦、岡部が集まっている。


 最上は松下と握手をすると、よくやってくれたと声をかけた。

義悦は岡部と握手をしている。

最上は櫛橋、岡部とも握手し、まるで夢を見ているようだと涙を零した。

櫛橋も感極まってボロボロと涙を流し最上に抱き着いた。

義悦は松下と握手を交わすと、優駿もいただきましょうと言って肩を叩いた。


 感動もそこそこに松下は報道に呼ばれその場を離れた。




 騎手取材の音声が競竜場内に流れ始める。



――放送席、放送席、『サケセキラン』の松下騎手に来ていただきました。

上巳賞勝利おめでとうございます!


「ありがとうございます!」


――『サケセキラン』強かったですね!


「そうですね。最後にもう一伸びした時は、まだこんな能力を秘めてたのかと驚きました」


――『ジョウイッセン』『ロクモンアシュラ』が追い上げてきた時はどう思いましたか?


「このままなら頭差でも『セキラン』が残るだろと、それほど心配はしませんでした」


――ここまで色々な事があったと思います。

松下騎手から見て、これまでを振り返って、今どう感じていますか?


「……」


「本当に関係者の……」


「……本当に関係者の皆さんが、時に体を張って……時にぶつかりあって……よくこの日を迎えられたなと……」


――ここまでこの竜に関しては、本当に色々な事が報道されてきました。

私も一報道関係者として非常に遺憾に思っています。


「でも『セキラン』は、それを全て跳ねのけ今日を迎えました。本当に強い仔です。過去のどの竜よりも」


――本当にそうですね。

今日は本当におめでとうございます!

最後に一つ、『瑞穂優駿』も期待して良いですか?


「次も関係者一同、結果を出せるように頑張ります!」


以上、『サケセキラン』、松下騎手でした。

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