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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
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第59話 東征

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場の場長

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・木村、大野…戸川厩舎の厩務員、解雇

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の見習い調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・相良…山桜会の調教師(呂級)

・津野…相良厩舎の調教助手

・井戸…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・高城胤弘…三浦厩舎の調教助手

・清水…三浦厩舎の主任厩務員

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 発走機に全竜が収まった。

各竜が発走機から発走すると『セキラン』はスルスルと先陣争いの後ろに取付いた。

先陣争いは激化し五頭が熾烈に先陣を競っている。

三角を過ぎた時には後続はかなり後ろに下がっており、かなり縦に長い展開になっていた。

明らかに全体の流れが早い。

曲線で『セキラン』は垂れた先陣を早くも抜かしていった。

四角では後続に少し差を付け直線に向かった。

松下が早めに『セキラン』に合図を送ると、グングン後続との差を広げていく。

大外から突っ込んできた竜もいたが『セキラン』は余裕で逃げ切った。


 終着した後、松下が右手で大きく東を指さすと観客席から大歓声があがった。




 火曜日、岡部は櫛橋と共に東海道高速鉄道に乗り込んだ。


「まさかほんまに東西の重賞の決勝に残る事になるとは」


 東西の重賞の決勝に残る事が決まり戸川は頭を抱えていた。

『内大臣賞』の『ゲンキ』は『ホウセイ』同様、最上競竜会所属の竜なので、戸川は皇都に残らざるをえない。

会長の竜であれば中継でという話もあったのだろうが。


「櫛橋さんは幕府競竜場って行ったことあります?」


「無いよ。そもそも幕府に行く事自体初めてや」


「学校で旅行とかは?」


「修学旅行って西国の子は基本西国内やからね。中学は太宰府やったし、高校は霧島やったもん」


 岡部は元の世界では修学旅行先は、中学は京都、奈良だった。

競馬学校では修学旅行というものは無かったが、東京競馬場と中山競馬場に見学に行った。


「そういえば、井戸先生のとこに来る前ってどこにいたんですか?」


 岡部としては道中の何気ない会話のつもりだった。

だが櫛橋はそんな岡部をからかってやろうとニヤリと笑った。


「なあに? お姉さんの過去に興味があんの?」


 岡部は露骨にひきつった顔をする。

櫛橋はそんな岡部の頬をつねった。


「たとえ興味なくても、それをはっきり顔に出されたら傷つくやないの!」


「すみません。隠しきれませんでした」


 櫛橋はちょっと拗ねた顔をして窓の外に視線を移した。


「八級の福原におったんよ。『白桃(はくとう)会』って知ってるやろか?」


「すみません、会派についてかなり疎くて」


「『白桃会』と『桜嵐(おうらん)会』って有名なんやで。女性の厩務員ってほとんどがそこ出身なんよ」


 『白桃会』は『モモ』という冠名を使い、『桜嵐会』は『オウトウ』を冠名にしている。

共に女性が会長が務めている。


「もしかして女性専用の会派なんですか?」


「そうや。男子禁制の会派や。私、女子高出でね。岡部さんにはわからへんやろうけど、女子高って独特な価値観があってね、厩務員って体育会系の娘には人気の就職先なんよ」


 岡部はかなり興味深々に聞いている。


「そやけどね、これが入ったらがっかりすんねん。男子禁制って事にこだわりすぎて。女性だけで集まってる事に満足してもうて。手段と目的間違えて本来の目標を見誤ってるんよ」


「本来の目標って?」


 岡部の質問に櫛橋は何を言ってるんだという感じの顔をしてまじまじと見た。


「竜鍛えて、良え成績出して、上の級に行く事に決まってるやん」


 ああなるほどと岡部は笑い出した。

聞くまでもない、間抜けな事を聞いたと少し照れた笑いだった。


「厩務員って、その地から離れたくなくて、厩舎が昇級すると別の厩舎に転厩する人がいるって聞きますけど」


「厩務員はね。そやけど調教師や幹部連中は普通そうやないやんか。そやけど調教師までそういう気概が全く無いんよ」


「で、見限って皇都の募集に来たと」


「女性だけでまったりってもう飽き飽きやもん。女性社会って人間関係ギスギスしてて疲れんねん」


 そういう事を言うから池田さんにからかわれるんだと、岡部は喉まで出たが必死にひっこめた。




 甲府駅を過ぎ一山超えると突然超高層の建物が立ち並び大都会の景色が広がる。


「これが幕府。ごつい事になってるんやね。絶対こんなとこ住みたないわ」


 櫛橋の幕府についての最初の感想がそれだった。

二人は幕府駅に着くと、南北線で大井町駅へ向かった。



 幕府競竜場に到着し守衛で厩務員証を見せると、事務棟で大森事務長が待っていると言われた。

言われるままに事務棟に向かうと、大森が急いで駆け寄ってきた。


「いやあ、岡部さん久しぶり。元気でしたか?」


「大森さん、久しぶりです。『上巳賞』を貰いに来ましたよ」


 岡部の軽口に大森は豪快に笑い出した。


「簡単にはあげませんよ。でも前回みたいな事は無いと思いますから。今度は全力でやれると思います」


「警備強化したんですか?」


「おかげで予算たんまり貰えましたから。監視撮影機、わかりやすく何個も置きましたよ」


 あれだけ多くの監視撮影機を設置したのだから、やれるものならやってみろだと大森は胸を叩いた。


「じゃあ、何かあったら大森さんにすぐに言いますね」


「武田会長からも、くれぐれもと言われてますから」




 二人は事務棟を後にすると、三浦厩舎へ向かった。

挨拶もそこそこに櫛橋は竜が見たいと言い出し、清水主任と正木に連れられて竜房に向かっていった。


「戸川厩舎、絶好調だねえ。同じとこから竜預かってる身としては、ちょっと焦っちゃうよね」


 三浦は応接椅子に腰かけると、そう言って岡部の顔を見て笑った。


「先生のとこの『カンプウ』、『内大臣賞』の最終予選、もうちょっとで突破だったじゃないですか」


「あれ、君が長距離に絞った方が良いって言ってくれた仔だよ。まだ七歳だから『大賞典』が楽しみでならん」


「うちのとこも距離や脚質を絞って、今、結果が出てますからね。先生のとこもきっと」


 岡部が微笑むと、三浦はそうなってくれると良いなと言って微笑んだ。


「そうかあ、脚質も絞ってるのかあ。だとすると、古竜重賞出れるまで、できれば世代戦の間に見極めが終わるのが理想なんだろうな」


「会派内でそういう情報を共有できると良いんですけどね」


 それを聞いた三浦は急に真面目な顔になり、岡部の肩をがっしりと掴んだ。


「そうなると良いなじゃなく、君が調教師になって会派をそういう風に変えていくんだよ!」


「先生、人を乗せるのが上手だから。ついつい僕ならできるのかもって思っちゃうじゃないですか」


「そうだろう? こうやってな、厩務員のやる気を引き出すのが俺の特技だからな」


 三浦はガハハと満面の笑みで笑った。




 三浦、高城、清水と共に、岡部と櫛橋は目黒の紅花会の宿に向かった。


 宿に着き、岡部、櫛橋、清水で受付に行ったところ、既に小宴会場には最上と義悦が待っているとの事だった。


「こういうのって普通、こっちが向こうを待つもんじゃないんですか?」


 清水が小宴会場に急ぎながらぼやいた。


「あの人ら、岡部君たちに一刻も早く会いたくてしかたないんだよ」


 高城は岡部たちを見てクスクス笑った。



 小宴会場に着くと、最上と義悦が待ちくたびれたとばかりに手を振った。


「おお、櫛橋さんもちゃんと来てくれたんだね」


 最上は顔をほころばせて喜んだ。


「お久ぶりです。お言葉に甘えて竜を見せてもらいにきちゃいました」


 櫛橋も人懐っこい笑みを浮かべて会長に挨拶をした。


 七人は乾杯をすると、まずは思い思いに食事をとった。

最初に話題を提供したのは三浦だった。


「戸川は『内大臣賞』と『上巳賞』両方に有力竜出して絶好調ですな」


 最上は三浦の話に真面目な顔を返した。


「鍵になる二人がこっちに来てるんだ。色々学びとることだな」


「会長はいつ頃、この二人が鍵だと気づいたんですか?」


「面談してすぐだ。正直、この二人を引き当てた戸川は持ってると思ったよ……戸川がここにいないから言うんだがな」


 最後の冗談に一同は笑い出した。


 清水が櫛橋を見て眉をひそめた。


「今日、櫛橋さんを竜房に案内して、岡部君か櫛橋さん、どっちかうちに欲しいと思いましたね」


 清水がそう言うと高城もうんうんと頷いた。


「櫛橋さんは独自に竜を観察しまくって相竜眼を磨いたそうだぞ。だとすると、君らの探求心が足らんだけの話じゃないのか?」


 これは手厳しいご指摘だと、清水は渇いた笑いを浮かべた。


「すぐには無理だろうが、主任の清水君がそう願うなら、この二人に触発されて目が覚めるような者が現れるかもしれんな」



 義悦は、ずっと岡部と話をしたくてたまらなかったという感じだった。


「岡部さん例の話はどうなりました?」


「例のというと?」


「ほら、調教師になるという。私は断然応援してますし、期待してるんですよ」


「ああ。いづれはって思ってますけど。まだ決心はついてないですね」


 それを聞いた櫛橋が、良いじゃないの、なりなさいなと囃した。


「いや、まだ検討中で……」


 高城と清水も、ぜひなるべきだと囃し立てた。


 三浦はちょっと違う事を言いだした。


「まあ、本気でなろうと思うんだったら、二年は前に言っとかないと。会長の面目が立たなくなってしまうぞ」


「それってどういう事なんですか?」


「まず騎手見習いを用意し、その子が三年になった時に君が調教師研修に入るんだよ。騎手と調教師両方を用意するのは会長の器量なんだ」


 三浦の説明をうんうんと聞いていた岡部に、最上は、そんな事は大した事じゃないと言って鋭い目で見た。


「本気で君がなるというのなら、私の面目なんかを気にする必要は無いさ。個別入学の子を貰えば良い……逆はちょっと面目として困るがな」


 最上がそう言って微笑むと、義悦がじゃあ問題ないですねと言って笑い出した。

高城と櫛橋が一緒になって、岡部になっちゃえなっちぇと囃し立てた。

それを清水がおいおいと窘めている。

少し困った顔をする岡部に、三浦は真面目な顔を向けた。


「なりたいと言ってなる人は多いけど、なってくれと言われてなる人はそうそういないんだ。この意味、君ならわかるだろう?」


 わかるつもり、そう言って岡部は真剣に考え込んでしまった

最上は岡部が責められているようで少し不憫になった。


「まあ、岡部君も心に引っかかるものがあるんだろう。戸川の事とかな」


 最上に心の中を見透かされたようで、岡部は照れくさそうな顔をした。


「ええ? 先生やったら岡部さんを引き留めるような事せえへんと思いますけど?」


 そう言って櫛橋は、首を傾げて最上を見た。


「確かに引き留めはせんだろう。だが、本心ではずっと一緒に仕事がしたいと思ってるだろうよ。岡部君もそう思うから踏ん切りがつかんのだろう」


 最上がそう言うと、岡部はそんなところですと照れた。


 義悦が、それならと言ってパンと手を打った。


「『上巳賞』で『セキラン』が勝ったら、調教師になるって事にしましょうよ!」


 最上が焦って、本人の意思を尊重しないかと義悦を嗜めた。


「いやあ、どうせ尊重したら、ずっと踏ん切りはつかないんです。これくらいの賭けをしてもいいでしょう」


 馬鹿者と最上は義悦を叱った。

だが岡部は急に笑い出した。


「いいでしょう。それで行きましょう! もし『セキラン』が負けるようならそれも天啓です」


 義悦は席を立った。


「『セキラン』の勝利と、岡部さんの調教師人生を願って、乾杯!!」


 みんな笑顔で乾杯した。



「戸川には、私から会で君をもらうことにしたと説得するから。私がもらうと言えば少しは踏ん切りがつくだろう」


 そう言って最上は岡部にほころんだ顔を向けた。


「まあ、ダメならすぐに解散して戸川先生のとこに戻れば良いわけですし」


 岡部はそう言って謙遜した。


「もし、すぐに呂級に上がって来られでもしたら、俺や戸川の面目が……」


 三浦はそう言って今から焦った。


「あっという間に先生踏みつけて伊級に上がったりして」


 高城が三浦をからかうと皆が大笑いした。

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