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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
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第58話 取材

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の調教助手

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場の場長

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・木村、大野…戸川厩舎の厩務員、解雇

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・能島貞吉…紅花会の見習い調教師

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・相良…山桜会の調教師(呂級)

・津野…相良厩舎の調教助手

・井戸…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・高城胤弘…三浦厩舎の調教助手

・清水…三浦厩舎の主任厩務員

・大森…幕府競竜場の事務長

・吉田…日競新聞の記者、通称「髭もぐら」

 岡部を呼ぶ声がする。

振り返ると、戸川が『髭もぐら』と呼ぶ日競新聞の吉田記者が立っていた。


「戸川厩舎、絶好調やないですか。今、皇都二位ですよ!」


 ありがとうございますと岡部はしらばくれてお礼を言ったが、吉田は、そうじゃないでしょと肘で突いた。


「どんな話が聞きたいんです?」


「そしたら好調の秘訣を」


 そんなのわかるわけないと岡部が笑うと、吉田は真剣な顔になった。


「ほな、あの一件からどう立ち直ったのかやったらどうですか?」


 岡部は少し黙って吉田を見た。


「真反対向いてた人が抜けたから一つの方を皆で向くことができた、というのはどうですか?」


 吉田は必至に何かを小さな帳面に記載している。


「どんな方向かいうのもできれば」


「そんなの企業秘密でしょ。それと事件からの立ち直りみたいな話は僕は好きじゃないですね」


 岡部は渋ったのだが、吉田はそこが無いと記事にならないと食い下がった。


「皆が竜の飼育委員から一歩先に行こうとしてる。これで良いですか?」


「『セキラン』が来てから、先生だけやなく皆で竜を鍛えようとしてる。それが他の竜にも良え影響を与えてる。そういう事ですか?」


 そういうの良いですねと岡部は笑った。

その表情を見て、吉田はじゃあそれで行きますと言って手帳に記載を始めた。


「後、『ゲンキ』と『セキラン』はどうですか?」


「調子はどっちも好調ですよ」


 そんな事で吉田が納得するわけはないと思いながらも、岡部はあえて情報を出し渋った。

聞きたければ聞き出してみろと言わんばかりの態度である。

そこは吉田も敏腕記者である。

吉田は目を細め、岡部の目を見てニヤリと笑った。


「ほな、勝算の方はどうなんでしょう?」


「どっちも取りますって言いたいですけどね。『ゲンキ』は決勝残れたら御の字ですかね」


 吉田はまたまたと言って笑い出した。


「あの末脚でそれ言うんですか? あの末脚はどう見ても一級品ですよ?」


「先週のは展開がハマっただけですよ」


 そう言って笑う岡部に、吉田はどうやら謙遜で言ってるわけじゃなさそうだと感じた。


「ほな、『セキラン』はどうですか?」


 岡部は一呼吸置いた。


「昨年の雪辱を必ず果たしてくれる事と思いますよ」


 岡部のその迫力に、吉田は背筋に冷たいものを感じた。


「必ず良え記事に仕上げて見せます。期待しててください」




 連日、戸川厩舎は朝から報道でごった返している。


 戸川はその対応につきっきりで、事務作業は完全に岡部の仕事になっている。

能島は現在竜房で研修中で、事務室には岡部と長井が残される事が多くなっている。


「日競の吉田さん、一昨日来てて取材受けましたよ」


「ああ、髭もぐらね」


 長井も岡部の作業を手伝って調教計画を立てている。


「さっき見て気が付いたんですけど、日競さん、あの輪の中にいないんですね」


「ああ見えてあの人、嗅覚が鋭いんやで? 記事の臭いのせんとこには現れへんよ」


 以前吉田が言っていた、自分たちは情報は足で稼ぐというのは、口だけじゃなかったのだなと感心した。


「じゃああの人、僕に何か臭いを感じてるんですかね? 追い切りそっちのけで警察にまで会いに来て」


「髭もぐらには完熟の桃みたいな匂いに感じとるんと違うの? 知らんけど」


「女子高生じゃあるまいし」




 水曜の午後、竜柱が発表になった。

『セキラン』の予選は金曜の第十競走。

十三頭立て八枠十三番、予想人気は一番人気。



 『セキラン』は発走機から飛び出すと、一切周りを気にせず先頭に躍り出た。

三角を過ぎる時点で一竜身から二竜身の差を付けている。

曲線で後続が速度を上げると、一旦は差が縮まった。

四角にさしかかる頃には、その差はほとんど無くなっていた。

直線に向かい松下が合図を送ると、『セキラン』は異次元の剛脚で突き抜けた。

後続に迫る竜はおらず、かなりの差をつけて終着。




 月曜、家に帰った戸川と岡部は、客間で麦酒を呑み始めた。

奥さんももう慣れたもので、晩酌をすると戸川が言うと、食卓ではなく客間に酒と肴を二人分用意。

よく冷えた瓶の麦酒と、枝豆、薄めの色の煮豚、干し鰯の炙り、蒲鉾が机に並べられている。


 乾杯すると、開口早々戸川の愚痴が始まった。


「もう報道対応は厭や。竜鍛えとんのと比べて、つまらんくてかなわん」


「ちょっと前に、渦中にいるのも悪い気分じゃないって言ってたじゃないですか」


 つまんない事を覚えていやがってと、戸川は少し不貞腐れた。


「そうは言うたけどもやな。限度言うもんがあるがな」


「『ゲンキ』も良い勝ち方しましたから、その分も聞かれますもんね」


「普通に聞いてきたら普通に答えんのに、わざわざ下衆い聞き方してくんねん」


 岡部は早々と空になった戸川の器に麦酒を注いだ。


「急に良い成績出たけど何かやったんかやって。違法薬物でも使うてるかのような言い様なんやで?」


「うわあ。それは苛っとしますね」


「そやろ? こっち怒らせて喋らそういう事なんやろうけどな。やり方が雑やねん」


 岡部はこれ旨いですねと煮豚を食べると、梨奈が作ったらしいと言いながら戸川も口にし、いけるなと笑った。


 戸川は、岡部の空いた器に麦酒を注いだ。


「僕も取材受けましたけど、吉田さんは上手でしたよ?」


「髭もぐらはそういうの上手いよな。僕もそう思うわ。思わずぼろっと喋ってまう」


 戸川は梨奈の作った煮豚が気に入ったらしく、煮豚ばかり食べている。


「『ゲンキ』で『内大臣』取れると思うとか言ってくるんですよ?」


「それは気分ええな。こっちなん『セキラン』は周りが弱いだけで、東国行ったら手も足も出へんとか言われるんやで?」


 岡部は干し鰯の炙りを口に咥え、節穴にもほどがあると憤った。


「そやけどあいつら君の事は怖いらしくてな。横通ってもよう聞きにいかへんねんな」


「え? 僕、怖いんですか?」


「前に、失礼な事言うてきた記者威圧して、たじろかせた事あったやろ? あれ周りの記者も相当ビビッてたんやで?」



 『セキラン』の新竜戦が終わって、『イッセン』とどちらが強いかという話が出始めた頃の話である。


 東国の記者と思しき者が岡部に向かって、常識的に考えて戸川何て言う無名の調教師の鍛えた竜が、伊勢調教師の傑作に敵うはずが無いと思うがどう考えるかと質問してきた。

戸川のすぐ近く、戸川にも聞こえるような距離での取材である。


 岡部はその記者に詰め寄り、どこの記者だと問いただした。

記者は『瑞穂競技新聞』だと名乗った。

すると岡部は低い声で、瑞穂競技の記事だから嘘に決まってる、瑞穂競技の記事だから読む価値が無いと言われたらどう思うか教えてくれと問い詰めた。

記者は涙目で申し訳ありませんでしたと謝罪したが岡部は全く許さず、壁際に追い詰め、謝るんじゃなく聞かれた問いに答えてくださいと詰め寄った。

腹が立ちますと記者が涙目で答えると、岡部は、僕の回答もそれだと吐き捨てるように言った。



「普通に問い詰めただけじゃないですか。あの程度に脅えてよく記者が務まりますね」


 岡部が何を言ってるんだという感じで笑うと、戸川はいやいやと言って失笑した。


「目が笑ってへん笑顔でゆっくりにじりよって、抑揚の無い声で威圧されたら誰でも怖いで」


「道徳の無い記者に道徳を教えこんだだけの事です」


「池田と垣屋も怯えてたで? 相良と津野も」


 岡部は相良先生と呟き目を手で覆って笑った。




 水曜、最終予選の竜柱が発表になった。

『セキラン』は金曜の第九競走、十八頭立て一枠一番、予想人気は一番人気。

『ゲンキ』は木曜の第九競走、十八頭立て五枠十番、予想人気は同じく一番人気。

東国では『ジョウイッセン』と『ニヒキドウロウ』が、同じ木曜の第十競走に出走予定となっている。


 『ゲンキ』は新たな新星として非常に注目を集めている。

だが、ここまで地道に実績を積み重ねた苦労竜という体で記事を書いているのは日競新聞だけだった。



 発走時刻になり各竜が発走機に収まっていく。

発走すると『ゲンキ』は、いつものように中団の中で包まれる位置に入り込んだ。

先頭集団で先行争いが激化。

その為、長い正面直線ではかなり速い速度で進んだ。

そのせいで『ゲンキ』もついていくのに苦戦するといった状態だった。

向正面に入った頃から先頭が速度を一気に落し、縦長だった一団は団子状に変わる。

その中で『ゲンキ』は内目から外目に移動。

三角を過ぎ曲線に入ると集団のかなり外に位置していた。

四角を過ぎ直線に入り各竜が一斉に加速をするも『ゲンキ』はまだ加速しなかった。

その為少し置いて行かれる形になった。

直線残り四分の三くらいで松下が合図。

『ゲンキ』は一瞬で最高速に加速。

すると前にいた竜が一頭また一頭と『ゲンキ』の横を下がって行った。

気が付くと『ゲンキ』の前に竜は無く、堂々と一着で終着した。



 その一時間後、『ジョウイッセン』が『ニヒキドウロウ』に四竜身差をつける圧倒的な強さで最終予選を突破。

否が応でも、翌日の『セキラン』の最終予選に注目が集まる事になったのだった。

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