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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
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第50話 荒木

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の厩務員

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場の場長

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・木村、大野…戸川厩舎の厩務員、解雇

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・相良…山桜会の調教師(呂級)

・津野…相良厩舎の調教助手

・井戸…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・高城胤弘…三浦厩舎の調教助手

・清水…三浦厩舎の主任厩務員

・大森…幕府競竜場の事務長

 十二月、朝には霜が降りることも増え、出勤時、車の前灯に靄が覆う季節となった。


 岡部は仕事が終わると、近所に自動車の免許を取りに行っている。

元の世界では運転免許は持っておらず、これが初めての免許取得となる。

元騎手の性だろうか、やたらと速度超過で教官に怒られている。




 十二月は『セキラン』と『ホウセイ』以外の全ての竜が出走する予定になっている。

五歳『セキフウ』は未勝利戦。

六歳『ハナサキ』、七歳『ホウシン』、九歳『ショウリ』は能力戦一。

八歳『ジクウ』、『ショウケン』、十一歳『ゲンジョウ』が能力戦三。

十歳『ゲンキ』は『皇都大賞典』に挑戦する。



 厩舎に戻った岡部と戸川は、数日にわたって周囲からの祝福を受ける事になった。

過去五十年以上果たせなかった『新月賞』での連帯(=二着以内に入る)は、皇都の多くの関係者に希望をもたらせた。

さらにそれが強固な妨害活動を跳ね除けてのものである事も、より感動をもたらした。

身を挺して皇都の夢『サケセキラン』を守った岡部の名は皇都競竜場全体に名声として知れ渡った。



 岡部が竜房に顔を出すと厩務員の面々が岡部を見て喜んだ。

池田は真っ先に岡部に近づいた。


「えらい男前な顔になってもうて。うちらも報道見たよ。ほんま大変やったな」


 本当に大変でしたと岡部は後頭部を掻いている。

垣屋は岡部の背中をぱんと叩いた。


「聞いたで。体張って『セキラン』を守ったんやってな。チンピラ相手にようやったな」


 おかげでこのザマでと顔を指さした。


 すると後ろで、花房と並河が急な寸劇を始めた。


「『セキラン』! どこや俺の『セキラン』!」


「ああ岡部さん、助けて!」


 どうやら花房が岡部役、並河が『セキラン』役らしい。


「お前ら! わいの『セキラン』に何するんや!」


「ああ岡部さん。来てくれたんやねえ」


「当たり前やがな! わいの『セキラン』には触れさせへんで!」


「岡部さん!」


「『セキラン』!」


 花房と並河はひしと抱き合った。


 それを見て櫛橋は嫌だあと声を立てたが、まんざらでもないようで喜んでいる。

ほうほうと言った岡部の顔からは完全に笑顔が消えている。


「あかん。やりすぎた」


「岡部さん、冗談、冗談やがな」


 花房と並河が岡部を必死に宥めた。

その人怒らせると怖いんだぞと池田が二人を脅している。


 なおも顔から表情を消し続け、岡部はゆっくりと二人近づいて行った。

二人はひいと悲鳴をあげて抱き合った。


 その姿に岡部はたまらず噴出し、池田たちも笑った。

竜たちも楽しそうな鳴き声をあげている。

その喧騒を一人離れたところで、黙々と仕事しながら荒木は見ていた。




 朝飼が終わると、戸川、長井、池田、岡部で緊急会議を開いた。

ある程度会議が進んだところで、池田が、会議の議題、荒木を会議室に呼び出した。

戸川は笑顔も浮かべず、荒木を見て話し始めた。


「新竜重賞が終わったんやけども、申し訳ない、うちらは負けてもうたわ」


 荒木は黙っている。

長井、岡部、池田も黙って荒木を見つめている。


「荒木、出処進退を自分で決めて良えよ」


 それでも荒木は黙っている。


 池田は、主任として自分がこの場を仕切る必要性があると感じたらしい。


「出処進退の意味わかるやろ? 心を入れ替えるか、自分から退くかや」


 池田の指摘に、荒木は消え去りそうな声で、辞めなくても良いのかと尋ねた。


「心を入れ替えれるんやったらな」


 戸川は迷っている荒木に冷血な言葉をかけた。


「会長と僕はな、切りたい思うてるんや。そやけど、綱一郎君が首を縦に振らへんねん」


 荒木は岡部を一瞥した。


 俺は何をしたら許されるのか、そう荒木が呟いた。

その言葉に池田は少し苛ついた。


「ええ大人が、自分のケツの拭き方も知らんと新人いびったんかいな!」


 かなり強い語気で池田は怒鳴りつけた。


「信頼と言うんはな、失うのは一瞬なんや。そやけども、取り戻すんはめちゃくちゃ手間かかんねんぞ」


 ここまで黙っていた長井が責めるように言った。


「ここに残ったとしても重い十字架を背負っていく事になります。それはそれで結構な罰だと僕は思います」


 岡部は静かに荒木に言った。

なるほどと言って、池田は岡部を見て頷いた。


「皇都全体の冷たい視線に耐えきれるとはとても思えへんけども、それでも心を入れ替えれる思うんやったら、残ってみたら良えいうこっちゃ」


 中々荒木が返答をせず、事務室内に静寂が訪れた。

その静寂を池田が撃ち破った。


「そろそろ結論を聞かせてあげたらどうや?」


 荒木は肩を震わせた。


「温情に感謝します。もう一度だけ機会をください」


 そう言って頭を下げた。



 荒木が会議室から出ると、長井は少し納得がいかないと戸川に言った。

辞意を促した方が良かったんじゃないのかと。


「本人がやる言うてるのに無理に辞めさせたら、それこそまた労組に呼ばれるがな」


 戸川は笑いながら岡部を見た。


「雑草の中には、毒草になる草もあれば、薬草になる草もあるそうですよ」


 岡部は戸川に笑みを返した。

戸川はそういう事かと頷いた。

池田は長井に今の意味解ったと尋ねたが、長井は僕にわかるわけないと笑った。




 十二月の戸川厩舎は非常に好調だった。

二週目に『ゲンジョウ』がついに能力戦三を突破すると、『ゲンキ』がなんと予選を突破。

続く三週目には『セキフウ』が未勝利戦を勝利。

最終週となる四週目には『ハナサキ』が能力戦一を勝つと、『ショウリ』も能力戦一を勝った。

何と言っても、体質の弱かった『ショウリ』が勝ったのは厩舎関係者を歓喜させた。



「凄いやない戸川さん。今月五勝やって?」


 相良は『大賞典』を控えた午前に戸川の元にやってきた。


「まあ、先月も先々月も『セキラン』以外全敗やったけどな」


「でも、その『セキラン』でがっぽりやろう? 羨ましいわ」


 相良の太鼓持ちのような言い方に、戸川はまんざらでもないという顔をしている。


「二着やったけどな。まあ、でも賞与は期待するだけ出せるやろうな」


「うちのも新竜出したんやけど、最終予選で完敗でしたわ」


 岡部が仕事の手を休め会話に参加した。


「僕も幕府で中継見ましたよ。『チクベッコウ』結構走りそうじゃないですか」


「ほんまに? 岡部君もそう思う? 僕もね、結構期待してんねん」


 満面の笑みで岡部を見る相良の後ろに天敵が現れた。


「あのジリ脚に何を期待すんねん」


 来る早々、吉川は相良を嘲笑った。


「『優駿』は外路やからジリ脚の方が伸びるんですわ」


 相良は後背に立つ吉川に食って掛かった。


「さよか。うちの『バクエンオー』とやったら、うちの方が勝てる思うけどな」


 岡部は吉川にも愛想をふりまいた。


「『トモエバクエンオー』も中継見ましたよ。最後、末脚かなりキレてましたね」


 岡部に褒められ、吉川は目尻を下げた。


「そうやろう。良えとこ見てるやないか」


「あんなん一瞬やん」


 相良がぼそっと言うと、戸川はまた始まったという顔をした。


「その一瞬で『ベッコウ』なんぞ置いてけぼりにしたるわ」


「その後垂れた『バクエンオー』を、じっくりうちのが料理するんですわ」


 歳の離れた二人の調教師は本気で睨みあっている。


「岡部はどうや? どっちが優勢やと思う?」


「岡部君どう思う? 『ベッコウ』やんな?」


 突然二人から問い詰められ、岡部はたじろいだ。


「僕は、ど、どっちも結構良いとこまで行けそうな気がします」


 そう言って岡部はお茶を濁した。


「これに遠慮せんと、『バクエンオー』やって言うて良えんやで?」


「本当は『ベッコウ』やって思うてるんやろ?」


 岡部は二人の威圧に後ずさった。

戸川はそれを見て腹を抱えて大爆笑している。

岡部はたまらず、『セキラン』も『優駿』出る予定ですけどと指摘した。

それを聞くと、『イッセン』もやろなと二人はしょげた。



 その日の夜、この年の全ての番組が終了した。

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