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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
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第5話 家路

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手

・戸川為安…調教師(呂級)

 大津駅へ向かうと、戸川は岡部を制し一人真っ直ぐ券売機に向かっていった。


 岡部は見るもの全てが物珍しく、あちらこちらと物色している。

大津駅は『近江鉄道』と『東山道高速鉄道』という二つの鉄道会社が乗り入れしている駅になるらしい。

文字から見るに在来線と新幹線といったところだろうか。

この一点だけ見ても、一見同じように見えるが、岡部がいた世界とは社会機構がかなり異なっていることを実感する。

岡部が知っている知識からすれば、大津市は栗東トレーニングセンターのある滋賀県の都市のはず。

はて、大津に新幹線は停まっただろうか?

もしかして、ここは本当は自分の知る大津では無いのかもと思い路線図を探した。


「キョロキョロと、まるでおのぼりさんやな」


 切符を買い終えた戸川が、岡部を見つけちゃかした。

それが岡部をからかったものだというのは、ここ数時間である程度は理解しており、岡部も軽く笑って無言の返答をする。


 先ほどから気になっているのだが、お酒が入ってからというもの戸川は、少し地の言葉が強く出始めている。

これが本来の喋り方で、それまでは岡部に合わせて喋っていたのだろう。

おっとりと訛りがこれまでも出てはいたが。


「どこまで行くんですか?」


「うちに帰るんや。ああ『コウト』や。乗車場は三番やね。時間そろそろやから行こうか」


 戸川は岡部に切符を手渡し、さっさと改札を通っていく。

手渡された切符は薄い磁気券で、岡部も小さい頃に使った記憶しかない代物である。

受けとった切符を自動改札機に通し、再度切符を受けとる。

ふと見ると、戸川はその行動をじっと見つめていた。

岡部が改札を無事に通れるか心配だったのだろう。


「高速鉄道ってやつですか?」


「こっから『コウト』を高速使うて帰るやつはおらへんよ。高い特急代取られるだけ損やからな」



 三番のホームにつくと途中で簡単な路線図を見つけ、岡部はそこで足を止めた。

大きく書かれた駅は、左から、皇都、大津、加納、上田、前橋、幕府。

大きく書かれた駅の間に少し小さく書かれた駅として、彦根、馬籠、諏訪、安中、上尾がある。

知らない地名は置いておくとして、ある程度知っている地名もある。

皇都、大津、彦根という順番ということは、やはり大津は琵琶湖南部のあの大津だろう。

先ほど言っていた『コウト』は皇都で、恐らくは京都だという推察がつく。

右端の『幕府(ばくふ)』って、まさか、まだ江戸幕府とかあるのだろうか?


「大きく書かれてるんが高速鉄道の急行、小さいのが各駅停車の駅やね」


 岡部の後ろから、戸川が説明してくれた。


「この皇都から先がありませんけど?」


「ここの鉄道線は皇都で終わりやからね。皇都駅は総合駅やから、ぎょうさんの路線が入ってるんよ」


 なるほどと頷きはしたものの、理解はあまりできてはいない。


「何かわからへん事あったかな?」


「その……自分のいたところと微妙に似ていて、それでいて細部が違うので頭の整理がちょっと……」


 なるほどとは言ったものの、戸川も一体この青年は何なんだろうという困惑を覚えている。

頭の打ちどころでも悪かったのだろうかとも思った。

そう思うとちょっと不憫ではある。


 岡部はまだ食い入るように路線図を眺めている。

すると乗車場に、男性の鼻にかかったような声で列車到着の案内が入った。

突然岡部が笑い出すので、戸川は不思議がっている。


「こういうのの案内って、どこもこんな感じなんですね」


 そう岡部は笑っているが、戸川には意味不明だった。



 岡部たちは連絡橋付近の短距離客用の乗車列に並んでいる。

東山道高速鉄道の象徴色である緑を基調とした、ちょっと無骨な感じの列車が到着した。


 車中に入り吊り革を手にすると、すぐに目の前の列車の編成表が目につく。

中央に近距離の客車、その前後に遠距離の客車という編成になっているそうで、目的別に利用できるようになっているらしい。

先頭と最後尾には指定座席もあるようだ。

岡部たちが乗り込んだ客車の中は座席が全て壁沿いに設置されていて、大人数が乗り込めるように設計されている。


 列車は意外と高速で走行し、これといった会話を交わす間も無くあっさりと皇都駅に到着。

到着間際の社内案内に、またもお笑い芸人の車掌のマネを思い出し噴出しそうになってしまったが、さすがに今度は必死に堪えた。



 列車を降りると、大津駅とは比べ物にならない駅の大きさに度肝を抜かれた。

着いたのは三番線で乗換先は二二番線だという。

連絡橋を登り、中央連絡通りを途中で地下に降り、二二番の乗車場に向かう。

なかなかの距離である。


「えらく広い駅ですね」


「そりゃあさっきも言うたけども総合駅やからね。西国一やもん。確か今、高速含めて乗車場だけで四十近くあるはずやで」


 地下の二二番ホームにつくと、時計はもう九時を指していた。


「これがさっき言ってた在来線なんですか?」


「これ在来ちゃうよ。これは、『皇都鉄道』いう私鉄」


 駅名標には『皇都』と書かれており、次の停車駅は『鳥羽』と『四条』となっている。

暫く待つと、二二番のホームに濃い紫を基調とした長箱のような列車が停車した。

いかにも通勤電車という風な列車は、先ほどの特急とはうって変わって、ゆったりとホームに進入してきた。


「どの駅まで行くんですか?」


「なんや電車が嬉しいみたいやけど、残念ながら次で降りるよ」


 すっかり『鉄ちゃん』扱いされてからかわれているが、これが彼独特の笑いの味なんだろうなと岡部は笑顔で返した。

皇都駅から二駅、伏見駅で二人は電車を降りた。



 伏見駅は地上駅で、皇都駅や大津駅に比べてかなり小型の駅だった。

駅を出てすぐの広場に出ると、戸川は酔い覚ましに歩いて帰ろうと言いだした。


 駅前広場を出て大通りを二人歩いていく。

ふと上を見上げると、真っ暗な夜空が厚い雲で覆われていて、そのわずかな隙間から小さな星が健気に瞬いているのが見てとれた。


 大通りにはそこそこ大きな商業施設があり、派手な電飾が明滅している。

だがあっという間にそれもまばらになり、閑静な住宅街に変わっていく。

さらに進むと、住宅街も徐々に密集が解けていった。



 駅前大通りから一本入ったそれなりに住宅の立ち並んだ道を行き、一軒の家の前で戸川は足を停めた。

門には表札があり『戸川』の文字が刻まれている。


「ちょっとここで待っててくれるかな?」


 戸川は門前に岡部を残し、一人家の中へと行ってしまった。

少し離れたところに街灯はあるものの、家の前までは届いていない。

それでも周囲がほのかに明るかったのは、漆黒に染まった雲の間に、ぼんやりと月が浮かび上がっていたからだろう。


 今日はよく空を見上げる日だ、そう感じながら岡部は胡粉色に輝く月を眺めていた。

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