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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
484/491

第58話 予選

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」(故人)

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(伊級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手(故人)

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木、真柄…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 前回同様オルリー空港に降り立った一行は、入国手続きを済ませ、用意された竜運車に『サケジュエイ』を乗せ換えた。

空港にはゴール競竜協会から出迎えの人が来ていて、おどおどしながら強張った笑顔で「ゴールへようこそ」と瑞穂語で述べた。

その後ろで屈強な憲兵隊が立って敬礼している。


 岡部たちを乗せた輸送車がロンシャン競竜場へ到着すると、すでに竜運車が到着していた。

護衛の軍人も厩舎棟に入ろうとしたのだが、関係者以外は入れないと競竜場の守衛が入場を拒絶。

小隊長は護衛を理由に抵抗。だが岡部が小隊長をたしなめた。

これは公正競争のためで瑞穂でも同様だからと小隊長に説明し、輸送車で待ってもらう事にした。


 まだスィナンやブッカたちは到着していないようで、遠征組では岡部たちが一番乗りだったらしい。

竜房に向かった岡部は『ジュエイ』の首筋を撫でた。


「大丈夫。生きて瑞穂に帰してあげるから。皆がお前を絶対に死なせやしないよ」


 すると、後ろからゴール語で声をかける人物がいた。


「どうなんです? 今度の竜は」


 江間が訳すと、岡部は少し冷たい目で声の主を見つめた。

ベルナドットが悪いわけでは無い。

頭ではわかっているのだが、昨年の謝罪以降、岡部との接触を避けるように遠征を拒んでいたベルナドットを、どうしても良い感情で見る事ができなかった。


「殺された二頭の竜より強いと思いますよ」


 そう言って岡部は、ベルナドットを仮厩舎の椅子に座らせた。


「君が主三国の競竜協会の解散を求めていると噂になってるよ。そのせいで過激な意見を言う人が増えてきている」


「相変わらず、自分たちの都合で解釈を変更する人たちだな」


 不機嫌さを前面に出し吐き捨てるように言う岡部に、ベルナドットは眉を寄せ困り顔をした。


「それだけ君を恐れているんだよ」


「自分たちは威圧を受けている被害者なのだから、相手にどんな反撃をしても良いなどというのは極めて野蛮な考えだよ」


「一年前なら反発もしていただろうが、今なら私もそれに同意するよ」


 極めて冷静なベルナドットの態度に、岡部は少し苛立ちを覚えた。


「幼女を拉致して暴行したんだぞ! 蛮行にしても常軌を逸しすぎているとは思わないのか?」


「奴らは処刑されたよ……」


「僕が犯人を放置してるような国には行きたくないって言ったのを、外務省経路で聞いたからじゃないか! それも皇帝の大鉈でやっとだ。君たちは一年前の出来事を何ら悪いとなんて思ってないって事だろ!」


 『幼女を暴行した変態民族』と罵られ、ベルナドットとしても怒りに震えたい気持ちであっただろう。

だが残念ながらそれは目の前の人物が実際に体験した事で、何を言っても言い訳にしかならない。


「君の国でも同じだと思うのだけど、どれだけ国民が悪いと思っても、政府と報道がそう思わなければ、どんな悪も許容されてしまうんだよ……」


「はあ? 政府と報道はあれを是としたってのかよ! どんだけ野蛮な国なんだよ!」


「それについて否定はしない。だけど、陛下はそれを是とはなされなかった。だから、その心得違いを正すために御手を血で汚したんだよ。私たちは、これから確実に良い方向に変わっていくと思う」


 そこまで言うと、ベルナドットは少し声の音量を落とした。


「実は東方人が仕組んだ事だという報道があるんだよ。ブリタニスで君たちの竜に爆竹を投げたあいつらだ。ブリタニスでも『赤き(クリムゾン)蜃気楼(・ミラージュ)』という闇組織が見つかって、暴動を扇動している事がわかったらしいんだよ」


「そうやって自分たちは巻き込まれただけなんだと言って、罪の意識を薄めようとしてるだけじゃないのか?」


「ああ。そこは私も否定はしない。報道のやり口は卑怯だと私も思っている。だが私が言いたいのはそこじゃない。どうやら外国から多額の工作資金が、その犯罪組織に注入されているらしいんだよ。岡部、『紅天団』という名前に心当たりは無いか?」


 現在、ゴールは皇帝陛下の御前裁判を不服とする共和派の過激派により、南府リヨン、港町マルセイユで武装蜂起が発生している。

ブリタニスでも、副都エディンバラを中心に周辺市が武装蜂起している。

どちらも反乱軍は『社会連合』を名乗っており、民衆を扇動していて、これから内戦に入ろうとしている。

「もしかしたら岡部への妨害行為が、国家転覆計画に利用されているのではないか?」とオースティンとブリューヌが言ってきたのだそうだ。


「……そういう事か」


「やはり何か心当たりがあるんだな」


「うちの国では、報道経由で、その『紅天団』から犯罪組織に工作資金や銃火器が流れてた。僕の義父もそいつらに殺されたんだ。国家転覆計画の一環として。その後色々あって、今は犯罪組織はほぼ駆逐されたけどね」


 思いもよらない話にベルナドットは驚きを隠せないという表情をしている。


「なあ岡部。私はこの競争の後、調教師会長に就こうと思ってる。君も調教師会長になれないだろうか?」


「なりたくないと言っても押し付けられそうな雰囲気だけど」


 その言い回しが実に岡部らしいと感じ、ベルナドットは鼻を鳴らし、口元を緩めた。


「私、オースティン、クリーク、岡部。手を携えて東方人の魔の手を白日に晒さないか? 我々が合力すれば可能だと思うんだよ」


「パルサとデカンはどうするの?」


「もちろん彼らもだ。スィナンとブッカが力を貸してくれれば、これほど心強い事は無い」


 岡部は明確な回答を避け、「前向きに検討する」と返答した。

ベルナドットはその態度で、協会を潰すという噂は真実では無いと確信し、満足して帰って行った。



 翌日、スィナン、ブッカたちがゴールにやってきた。

岡部の姿を見ると、スィナンもブッカも、「ついに私たちの最初の目標が達成される日が来たらしい」と嬉しそうに言った。

アル・アリーは、「伝説に立ち会えると思うと身震いが止まらない」と岡部に言った。


「いやいや、僕じゃなく君が伝説の扉を開けても構わないんだぞ?」


 岡部の指摘にスィナンは、「それはその通りだ」とアル・アリーの背を叩いて笑い出した。


 決勝が終わったらみんなで呑もうとカウティリヤが言ってきた。


「うちの会長に言っとくよ。君たちの分も酒と料理を用意しとけって」


 「きっとクリークたちも来るぞ」と、カウティリヤは笑い出した。

「それじゃあ賞金が飲み代で飛んでしまう」と指摘すると全員が笑い出した。


「いずれにしても、まずは勝たねば。そのために気を引き締めないと。やつらは、まだ妨害を諦めていないだろうから」


 一同は無言で頷いた。




 記者会見では、勝ったら協会解散を要求という噂についての質問が多かった。

スィナンやブッカだけじゃなく、アル・アリーやカウティリヤまで、「解散要求されるだけの事を、お前たちは瑞穂と岡部に対してしてきたんだから、素直に受け入れろ」という言い方をした。

岡部もそれについては一切回答をしなかった。

どのような聞かれ方をされても「全ては勝ってからの事だ」とそれ以上の言を避けた。


 翌日の朝刊では「解散要求について、岡部は否定も肯定もしなかった」と報じられる事になった。




 二次予選の仮の竜柱が発表になった。


「また裏開催ですか。これも嫌がらせの一環なんですかね」


 赤井が竜柱を見てすぐに愚痴った。


「どうなんだろう。もしそうだとしたら、こういう抽選も公開でやらないといけなくなるだろうね。まあ、愚痴ってても仕方ない、さっさとドーヴィルに向かおう」


 そう言って岡部は赤井の尻を叩いた。



 今回ドーヴィル組は岡部の他はアル・アリーとブッカ。

アル・アリーはドーヴィルに着くと、毎日岡部の仮厩舎に入り浸った。

話題は毎回違っていたが、瑞穂の観光情報と食事情報が多い。

そんなアル・アリーを見たブリューヌは、「敵情視察も大概にしないと問題視されるぞ」とからかった。


 そんなブリューヌはベルナドットほど回りくどくなく、素直に「協会解散の要求は止めてくれ」と懇願してきた。

だがベルナドットへの返答と同様、ブリューヌへも明確な返答はしなかった。

ブリューヌの沈みきった表情を見て、さすがにアル・アリーも「お前らが悪い」と毒づく事はできなかった。


「そう思うなら、せめてクリークたちみたいに有志を集めて、さっさと犯人を捕まえろと抗議活動くらいすれば良かったのに」


 そう呟いただけだった。




 スィナン、アル・アリー、ブッカ、カウティリヤ、全員が難なく二次予選を突破。

その中にあって岡部の『サケジュエイ』は段違いの強さだった。

予選の中継が終わると、ゴールの協会では絶望のため息が漏れた。



 翌日、ブリタニスとペヨーテから参戦者が到着した。

ブリタニスからはドレークとエドワード・オースティン、ペヨーテからはラムビーとクリーク。

四人はわざわざ別の輸送機で別々の時間にやってきた。

どうやら宿泊所も別らしい。



 ドレークたちの会見が終わると、仮の竜柱が発表になった。

ドーヴィル組はオースティンとラムビー。

しかも岡部はラムビーと同じ競争。

「いったい何をしてくるんだか」と、同じ競争になったブッカが非常に警戒している。



 特に何の妨害も無く、最終予選当日を迎えた。


 岡部、赤井、山崎がかなりピリピリした雰囲気を醸した中、香坂が下見所に現れた。

『サケジュエイ』の首筋を撫でた香坂が首を傾げる。


「なんだか、この仔ずいぶんと緊張してますね」


「申し訳ない。隣が奴だから、どうしてもうちらも気が立ってしまって」


 岡部が隣のラムビー陣営を指差す。


「気持ちはわかりますけど、竜まで緊張させてしまったら、それこそ奴らの思うつぼですよ」


「だよな」と、香坂がいつもの少し高めの声で『サケジュエイ』に同意を求める。

『ジュエイ』は「クェェェ!」とひと鳴きし、香坂に頭を摺り寄せた。


「先生。実はうちの会長から伝言を預かってきています」


「一条会長から? 何だろう?」


 香坂はわざとらしく咳払いをしてから一条会長の伝言を伝えた。


「会長の言そのままに言いますね。『先生には覚悟が足らん! 国際問題になったらどうしようとか変に遠慮するから、付け込まれて犠牲者を出す事になるんだ。閻魔になれば良いんだ!』」


「『閻魔になれ』か……わかった。香坂、後の始末は全て任せろ。やって来い! 思う存分やって来い!」


御意(ぎょい)!」



 発走すると、まずラムビーの『ゴクレイエ』が先頭に躍り出た。

いかにもなりたての飛燕という感じで、全く抑えが効かないという感じに見える。

『サケジュエイ』は、じっくり観察するように、すぐ後ろをピタリと追走。

ブッカの『アーヤガルダ』は後方集団の先頭。


 『ゴクレイエ』はどうやら調整に失敗して筋量が付きすぎているらしい。

『サケジュエイ』より滑空は速いが飛行は遅いという感じで、滑空で付けた差を飛行で詰められるという展開で一周目を終えた。

一周目を先頭で飛び続けた『ゴクレイエ』は二周目に入ると少し失速。

『サケジュエイ』は二周目二角の飛行で『ゴクレイエ』を簡単に追い越し先頭に立った。


 三角での出来事だった。

向正面を過ぎ、先頭で滑空に入ろうと翼を閉じたところに、『ゴクレイエ』が無理やり上からのしかかろうとした。

この時点で着順掲示板には『審議』を示す青い電球が点灯。

上から迫る大きな影に、香坂は『サケジュエイ』の左の翼だけを半分開かせ、それを軸に大きく下方に一回転させた。


 体当たりが空振りした『ゴクレイエ』は、『サケジュエイ』のすぐ下に位置取る事になった。

そのまま『サケジュエイ』は『ゴクレイエ』の上に乗るような形で滑空を続けた。

『ゴクレイエ』は、翼を開いて外か内かに逃げるしかなくなっている。

だが鞍上のカミアキン騎手は構わず四角へ突入。


 四角で『サケジュエイ』と共に下の『ゴクレイエ』も翼を開き、上昇角を上に取った。

『ゴクレイエ』の方が若干前を行っており、飛行に移る時に下から急上昇し、『ジュエイ』の前を塞ごうとでも思ったのだろう。

だが『ゴクレイエ』は勢いがつきすぎており、筋肉が耐え切れず、左翼の骨が折れ、真っ直ぐ大西洋に向けて墜落していった。


 『ゴクレイエ』は右翼と脚を水面でばたつかせ、なんとか岸にたどり着いた。

だがカミアキン騎手は強く海に叩きつけられ、うつ伏せのまま暫く浮かんでいたが、間もなく姿が見えなくなった。


 『サケジュエイ』は、そんな事がありながらも一着で終着。

二着はブッカのアーヤガルダだった。

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