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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
48/491

第48話 新月賞

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の厩務員

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・最上義悦…紅花会の竜主、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・氏家直之…最上牧場の場長

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・池田…戸川厩舎の主任厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・坂崎、垣屋、並河、牧、花房、庄…戸川厩舎の厩務員

・木村、大野…戸川厩舎の厩務員、解雇

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・相良…山桜会の調教師(呂級)

・津野…相良厩舎の調教助手

・井戸…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・高城胤弘…三浦厩舎の調教助手

・清水…三浦厩舎の主任厩務員

・大森…幕府競竜場の事務長

 『新月賞』決勝の下見が始まった。

重賞の開催は格の低い重賞から行われるため『サケセキラン』の方が先に出走する。


 岡部は『セキラン』を曳いて下見所を歩いた。

『セキラン』は周囲の観客のどよめきを全く気にしていない様子だったが、下見所に物が投げ込まれるとさすがに驚いていた。

岡部はこういう事態にもうすっかり慣れたもので、『セキラン』の首を撫で落ち着かせた。

すると『セキラン』は岡部の顔をじっと見て、やれやれといった感じの鳴き声をあげた。


 係員の合図で松下がやってきた。


「何や君、えらい男前の顔になっとるな」


 松下は開口一番笑い出した。


「先生からの指示です。少しでもおかしい素振りを見せたら中止してください」


「わかった。走りたがったら行かせて良えいう事やな」


 岡部は一瞬黙った。


「僕の話ちゃんと聞いてました?」


 松下は竜に跨りながら、ちゃんと聞いてたよと笑い出した。


「行きたない言うても行かせにゃならんのやで。行きたがった時くらいは気持ち良う行かせてやるんが騎手いうもんやろ」


 岡部はお任せしますと言って競技場に送り出した。

松下は任されたと言って芝生を疾走していった。


 発走時刻の夜八時が近づくと、競竜場に発走予告の予鈴が鳴った。

この予冷が鳴ると、その時点で竜券の発売は締め切られる。


 発走場に発走者が現れ、台上に乗り、小さな赤い旗を振る。

高らかに発走曲が奏でられる。

観客席の方に向いていた照明の一部が競技場に向きを変え、観客席はかなり暗くなり、競技場は一層明るくなった。

場内に実況の音声が流れ始める。



――

各竜、順調に発走機に収まっていきます。

つい先日初競走を果たした新竜たちが向かえます、最初の重賞。

東の新竜重賞『新月賞』まもなく発走です。


枠入り、全頭収まりました。

発走しました。

少しばらついた発走となりました。

先頭争いは、どの竜が行くでしょうか。

どうやらイナホテンクウが行くようです。

タケノリンドウ、ハナビシカザン、タケノハクサン、タケノコウドウが続きます。

わずかに離れてクレナイスバル、サケセキラン、その外クレナイコウウン、ハナビシタイガ。

現在単勝一・九倍、圧倒的一番人気サケセキランはここにいます。

少し離れてイチヒキユウシャ、エイユウヒデサト、キキョウカブト。

ここから差が空きカラタチ、ロクモンライウ。

離れてロクモンキンザン、最後方にニヒキジュンサイという体勢。

展開はややゆっくりといったところ。

三角を過ぎ曲線に入っています。

人気のサケセキランは、まだ中団内で包まれています。

後方集団が一気に差を詰めてまいりました。

四角を回って最後の直線に入りました。

抜け出したタケノリンドウ、内ハナビシカザン。

イナホテンクウは一杯か。

サケセキランはまだ竜群に包まれたまま!

クレナイコウウン、クレナイスバルに前横を塞がれ、サケセキラン抜け出せない!

直線残り半分!

もうサケセキランは厳しいのか!

タケリンドウ、ハナビシカザン壮絶な叩き合い!

外からハナビシタイガも伸びてくる!

大外ロクモンキンザンが豪快に伸びてきた!

ここでやっとサケセキランが抜けてきた!

一気にサケセキランが伸びる!

残りわずか。

異次元の剛脚サケセキラン、伸びてきたロクモンキンザンを追い越して行く!

サケセキラン、ハナビシタイガもかわし先頭二頭に取付いた!

サケセキラン、前二頭を捕えたか!

三頭横一線で終着!

果たしてサケセキラン届いたかどうか。

――



 検量室に戻ってきた松下は非常に悔しがった。


「やられた! クレナイの二騎に徹底的に塞がれてもうた」


 岡部は鞍を持たせ検量に向かわせた。

着順掲示板は写真判定中で、一着から三着は空白となっている。

検量室前の競争映像を松下と二人の騎手が並んで見つめている。


 かなり長い写真判定の末、着順掲示板の二着に『サケセキラン』の三番が記載された。

勝った『タケノリンドウ』との差は『ハナ差』。


 義悦と戸川が松下と共に岡部の所に向かってきた。


「少し後ろ脚が気になるんか、出足が鈍かったですわ。おかげでクレナイ二騎の餌食になってもうた」


 松下は心底悔しそうに唇を強く噛んでいる。


「あの二騎、勝てへんからって勝負捨てて妨害に来よったな」


 戸川も悔しそうに着順掲示板を睨んでいる。


「この仔ずっと行きたがってたんですけどね。『スバル』が垂れた隙付いて伸びたんやけど遅かったですわ」


 落ち込む三人とは別に義悦は満足顔だった。

あの末脚は毎回ちゃんと使えるものなんですかと松下に尋ねた。


「あの一瞬で周りを置いていける剛脚がこの仔の真骨頂ですわ」


「じゃあ『上巳賞』はもらったようなもんですね!」


 義悦は笑顔を振りまいた。

岡部は義悦を自信に満ちた顔で見た。


「当たり前じゃないですか! 万全なら『ジョウイッセン』なんかには影も踏ませませんよ!」


 そう言って岡部は胸を張った。




 東の重賞が終わると、西の重賞の時間となる。

幕府競竜場にも大画面に中継映像が流れ始めた。



――

各竜、枠入り順調です。

『新月賞』はサケセキランが敗れる大波乱となりました。

ジョウイッセンは、はたしてどうなのか。

西の新竜重賞『新竜賞』まもなく発走です。


全頭収まって体制完了。

発走。

ハナビシヒョウロウ、加速がつかない。

先頭から見て行きます。

ハナビシスイキョウとロクモンサンジが先行争い。

少し離れてイナホシロナス、外ジョウイッセン。

人気のジョウイッセンはここ四番手。

タケノベンテン、キタコウロが続きます。

少し遅れてタケノリュウジン、ジョウザンゲツ、ニヒキドウロウ、イチヒキリョウドウ。

内キキョウナガエ、外タケノテンカイ、ロクモンモウキン。

後方、クレナイホクト、ロクモンインセキ。

最後方がハナビシヒョウロウといった体制。

三角を回って曲線に入ります。

展開はやや早めでしょうか。

単勝一・二倍ジョウイッセン徐々に加速、前二騎との差を縮めてまいりました。

後方の竜も徐々に加速し一団となっております。

四角を回り最後の直線へと向かいます。

はたしてどの竜が抜けてくるか。

ジョウイッセン、やはりジョウイッセンが抜ける!

タケノベンテン、ニヒキドウロウの脚色も良い。

クレナイホクト大外から一気に伸びてくる。

ジョウイッセン差を広げる! ジョウイッセン独走! もう安全圏か?

もう伸びてくる竜はいない!

ジョウイッセン独走!

ジョウイッセン終着!

ジョウイッセン圧勝!

――



 義悦と岡部は中継映像を見て驚いた。

影くらいは踏まれるかもしれませんなどと二人で言い合った。

そんな二人を戸川はあざ笑った。


「あれが全力なんやとしたら『セキラン』の敵やないわ」


「本当ですか? 先生」


 戸川は義悦に笑顔を見せた。


「あいつの末脚は確かに速い。本物や。そやけど一瞬や。例えあれが前に出たとしても『セキラン』やったら抜けますよ」


 義悦は満面の笑顔になった。


「これから伸びてくる竜も多いやろうからね。楽観はできへんやろうけどね」

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