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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
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第53話 外交

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」(故人)

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(伊級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木、真柄…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 ブリタニスの惨劇から、執行会は藤堂事務長に服部と板垣の容体を毎日報告するよう依頼。

藤堂も武田、岡部両厩舎に事務員を派遣し、毎朝容体を確認をさせている。

執行会はそれを外務省と内務省に報告している。



 総理大臣の木曾は今回の件を非常に問題視しており、報道に向かって「これは重大な外交問題だ」と述べた。

世界中の人々が注目していた中継映像の中で、邦人が高所から突き落とされ、さらに狙撃されたのだ。

ただ単に邦人が外国で惨劇に遭ったというのとは訳が違う。

これを放置すれば、我が国の国民は世界中から何をしても問題無いという認識を持たれ、無下に傷つけられる事になる。

自国民を守るという事は、国際社会にあって政府の最大の役割の一つなのだと。


 外務大臣の今井は駐瑞ブリタニス大使を呼びつけた。

外務省は両国の関係悪化を恐れて、大使に面会時間を誤って伝えるという妨害をしてきたのだが、今井外相は全ての予定を取り消して大使と面会。

三時間にわたって抗議した。

最終的には国交断絶も視野に入れる必要があると通告。

慌てたブリタニス大使は本国に連絡し、護国卿の訪瑞を促すという事で何とかその場を収めた。

今井外相は会見を開き、外国の報道も入れ、国交断絶の可能性を口にした。


 翌日、パルサ、デカンも同様にブリタニス大使を呼びつけ、瑞穂が貴国と国交断絶するようなら我が国もそれにならうと通告。

それを受け他にも数か国が同様の通告をブリタニスに対して行った。



 ブリタニスの護国卿、アーサー・クロフォードは緊急で会見を開いた。

『護国卿ステークス』での出来事は、我が国としても極めて遺憾である。

ただ我が国と他国で主張が異なっており、まずは事実確認が急務であると思われる。

現在、特別委員会を組織し早急な調査を指示している。

調査には少し時間がかかるだろう。

何か判明するまで今しばらくお待ちいただきたい。

それまで各国におかれては性急な対応を取らないようにお願いしたいと述べた。


 するとその後の質疑応答で記者の一人が真っ先に手を挙げて質問した。


「あの事件から一週間以上が経過しているが、事実が判明するのは何十年後を予定しているのですか?」


 その質問に「早急にと指示している」とだけ護国卿は答えた。

すると別の記者が手を挙げ質問した。


「もしもブリタニス競竜協会に咎があったらどうするつもりなのですか? 各国は国交断絶を口にしていますが、我が国は孤立の道を歩むという認識で良いのですか?」


 その質問に「その時には再発防止を指示する事で納得してもらう」とクロフォードは答えた。


 この会見の内容をブリタニスの報道は「不誠実」と報じた。

現在の状況が国難になっているという認識がクロフォード卿には欠けてる。

クロフォード卿は護国卿として不適格と連日報じた。

翌日から国会議事堂前にクロフォード卿の辞任を求める市民が殺到し、抗議活動を行った。

議会では共産党と社会党の議員が連日クロフォード卿を糾弾、野次を飛ばしまくり運営を妨害。

その三日後、クロフォード卿は妨害工作の苛烈さに挫けてしまい、護国卿を辞任した。


 こうしてブリタニスは元首不在となり、暴動鎮圧の指示を出す人がいなくなってしまったのだった。

暴動はとどまるところを知らず、ミドルズブラを経てエディンバラとグラスゴーに到達しようとしている。




 六月の初頭、瑞穂の内務省から衝撃的な発表がされた。

月の中旬に皇太子の元服の儀が行われる事になっている。

内務省は各国の王室に対し儀式後の晩餐会への招待状を送った。

パルサの首長(レイス)にも招待状が届いている。

だが『事務方の手違い』で、ゴール帝室のみ招待状の送付が失念されたと発表された。

非常に小さな王室や、亡命中の王室にも漏れなく招待状が送られており、その中でただ一国、ゴール帝室への招待状だけが漏れたらしい。


 通常、こういった事は何人もの職員によって何度も確認が行われる。

それはどこの国の王室も同様である。

まず起こりうる出来事では無い。

万が一起こったとしたら、国王が直接相手の国王に謝罪を申し入れる。

今回の件も、遅ればせながら改めて招待状が送られる事になった。

だが天皇陛下からの謝罪の言葉は無かった。


 ゴール皇帝はこの事態に怒りの前に非常に困惑した。

これまで大変懇意にしていた瑞穂皇室が、突然手切れのような態度を取ってきたのである。

しかも原因に心当たりがない。

ゴール皇帝ルイ・ヴィクトル二世は侍従長に、なぜこのような事が起きたと思うかとたずねた。

侍従長は非常に言いづらそうにし、「存じあげません」と回答。

だがその態度は明らかに何かを隠していると感じさせた。

侍従長がそこまでの態度という事は余程の事があったのだろうと、事態の深刻さを感じさせる事となった。


 ゴール皇帝は正式に宮内大臣を呼び寄せ、状況の説明を求めた。


「これは諮問である、一切の偽り隠し事は許されない」


 そう最初にゴール皇帝は大臣に向かって宣言した。

宮内大臣は、渋々、昨年のグランプリでの出来事を話した。

大臣は己の保身を考え、岡部が我々を蛮族と罵った事を前面に出し、奈菜の誘拐の件を伏せて報告。

だがゴール皇帝は何かを察し、無言で大臣を睨み続けた。


「岡部師の竜はどのような結果だったのか?」


 皇帝は大臣にたずねた。


「最終予選は突破したのですが、決勝は出走を回避いたしました」


「何故、決勝を回避する事になったのか?」


 黙っている大臣に、ゴール皇帝は玉座から立ち上がって傍らの剣を抜いた。


「一切の偽り隠し事は許されないと言ったはずだ!」


 その剣を大臣に突き付けてすごんだ。

大臣は尻もちをつき、「岡部の幼い娘が誘拐され、出走回避を脅迫されたそうです」と白状した。


 それなら話の筋は通るし、瑞穂の怒りも納得がいく、だがそのような話、にわかには信じられない。

そこで侍従たちを全員集め話を聞いていった。

帝室の子弟も呼び寄せた。


 残念ながら話は事実であった。

あまりにも帝室の権威を貶める話であったため、皇帝の耳に入らないように箝口令が敷かれていたらしい。

他国の王室との会見や、政府関係者の謁見の際も、禁忌であると言い含めていた。

瑞穂皇室から再三正式な謝罪の要求があったが、全て無視をしていたとの事だった。


「なんという愚かな……」


 ゴール皇帝は沈痛な面持ちで頭を抱えてしまった。


 ゴール皇帝は侍従長に当時の新聞を持ってくるように指示。

あの時見せられていた、嘘記事の書かれたソレイル・インペリエル紙ではなく、それ以外の新聞を持ってくるようにと。


ちんは事実のみが知りたいのだ」


 そう言って侍従長に頼み込んだ。

ゴール皇帝が心を痛めたのは、去り際の岡部の会見の最後の部分だった。


”うちの天皇陛下の徳に比べたら、まるで山賊の首領のそれだ”



 ゴール皇帝は再度宮内大臣を呼び、瑞穂皇室からの招待を受ける旨伝えて欲しいと指示した。

本来、王室同士の外交では、出席者は同等の者を遣わすのが習わしである。

今回の件で言えば、皇太子の式典なので同じ皇太子か皇弟の出席が妥当であろう。

また王室の警護は非常に金がかかるため、なるべく式典に近い日に到着するように伺い、先方の負担を極力軽くする習わしとなっている。

滞在場所も先方の用意した大宿の迎賓室に滞在するのが通常である。

だがゴール皇帝は全ての慣例を無視し、式典の四日前に瑞穂のゴール大使館に入った。



 ゴール皇帝はまず、岡部とその娘に直接謝罪したいと内務省に申し入れた。

だが岡部は「娘はゴール人に深い心傷を植え付けられていて、たとえ皇帝相手でも会わせるわけにいかない」と内務省を通じて断りを入れてきた。

「平民にあるまじき傲慢さ!」と侍従たちは激怒したが、「娘の父であれば当然の反応だ」と、ゴール皇帝は寂しそうに言った。


 次に天皇陛下への面会を申請した。

だがそれには返答が無かった。

駐瑞ゴール大使から晩餐会への参加の意向を伝えても、「末席を用意するから終わったらとっとと帰れという雰囲気だった」と言われた。

「なんという非礼!」と侍従たちはまたも憤慨。


「あれだけの事をしでかし、一年音沙汰が無かったのだ。立場が逆ならとっくに国交断絶している」


 ゴール皇帝は力無く言った。


 再度の面会の申し入れで、何とか天皇陛下への面会が実現した。

ただし、式典の準備で忙しいので三十分程度。


 御所の紫宸殿奥にある小御所に通されたゴール皇帝は真っ先に昨年の出来事を詫びた。


「つい先日まで私はその事を知らされておらず、謝罪が遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした。ついては、非礼のあった岡部親子を帝室の来賓として招き、今年の『グランプリ』に出走してもらいたく思っています。もちろん、その間の安全は帝室が保証いたします」


 ゴール皇帝の発言が終わっても天皇陛下はじっと黙っていた。

ゴール皇帝の微笑みが焦りでどんどん陰っていき、額から一筋の雫が零れる。

天皇陛下は大きく息を吐き、重い口を開いた。


「『私のために厩舎があるんではなく、厩舎の面々のために私がいる』。岡部さんはそうおっしゃらはりました。私も一国の元首として、そう自身を戒めねばと思うてます。貴方はどうですか」


「現代の王室は、すべからくそうあるべきと私も考えます」


「それやったら、招くべきは岡部さんでは無いのではありゃしませんか?」


 その一言に、ゴール皇帝ははっとした。


「貴殿をロンシャンにご招待させていただきたいと思うのですがいかがでしょうか?」


「なるべく希望にそえるように周りに言うておきます」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに政府と皇室を巻き込んでの外交問題に発展しましたね。最上おじいちゃんの最期の発破で火がついた岡部師の大逆襲がこのあと待っているのかなと思うと楽しみでしょうがないです。 [一言] 毎朝出…
[良い点] 更新お疲れ様です。  どうやらコーテーヘーカには開くべき辞書すら側近に黒塗りされていたようですね。  皇帝陛下が英明且つ恥を知る御仁であらせられた事、彼の帝国の良心を信じる最後の希望となり…
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