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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
478/491

第52話 逝去

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(伊級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木、真柄…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 二日後、ブリタニス競竜協会理事長が記者会見を行った。

その会見はBNS局によって全世界に配信された。

暴動に巻き込まれたという話であったが、理事長は見た目にはかすり傷一つ無く実に元気そう。


 理事長は服部騎手の件を『不幸な事故』と発言。


「だが、その後の板垣騎手の蛮行、あれは決して看過できるものではない。竜を観客にけしかけ、あまつさえ自分も竜を操り観客を襲う。そのせいで観客は混乱し、エプソムの街を巻き込む大暴動を引き起こした。瑞穂はどう責任を取るつもりなのか、今後、国際会議でじっくりと問い詰めて行きたいと思う」


 最後に理事長は、「我々は瑞穂からの謝罪を受け入れるつもりは無い」と述べて会見を終了した。



 その日の午後、パルサのアルマルマート局の放送で、パルサ競竜協会理事長が会見を開いた。

「現場で見ていたスィナン師から聞いている内容と、随分異なる話をブリタニスは主張している」と会長は述べた。


「そもそも、服部騎手の件は事故では無く故意である。あえて言うが、これは殺人未遂事件だ。また、観客から爆竹が投げ込まれなければ、二頭の竜は観客を威嚇などしなかった。それを制する義務はブリタニスの協会にあったはずである」


 そこで一旦話を切り、理事長は画面を切れ長の目で睨みつけた。


「さらに、竜をなだめていた板垣騎手まで狙撃したのはどういう了見か。もう一度言う、これは殺人未遂事件だ! どうやら、事実を捻じ曲げ、己の都合のいいように解釈するのがブリタニスの『公正』という言葉の意味らしい」


 最後に理事長は「謝罪をするのはブリタニスの方で、恐らく瑞穂は謝罪を受け入れるつもりは無いだろう」と述べ会見を終えた。



 翌日、デカンのアブパラサーラン局の放送で、デカン競竜協会理事長もほぼ同様の会見を開いた。

その中で、当日、世界に中継されていた映像の一部が流れた。


 ドレークの竜に乗ったルガード騎手が、明らかに服部を見て手綱を動かしている。

まさにパルサ競竜協会理事長の発言を裏付ける決定的な証拠であった。


 さらに別の映像では、板垣が竜を曳いて下見所に帰ろうとしているところに、爆竹に火を点け投げつける人物の映像も流れた。

非常に小さな映像ではあるが、中央大陸東部の人物に見える。

その男は警備員の目の前でその行為を行っているのに、警備員はそれを黙認している。

しかもその警備員が、その後二頭の竜を射殺している。


 もしかしたらドレーク、中央大陸東部の人物、警備員には何らかの関係があるのかもしれないと疑義を呈して、アブパラサーラン局は放送を終えた。



 その日の午後に瑞穂の協会も会見を開いた。

桃井理事長と二階堂部長はしばらく目を瞑り、無下に殺された二頭の竜に対し黙祷をささげた。


「今から流す音声は、昨年、我が国に査察に訪れた主三国の査察官の会話を録音したものです。これを聞いて、主三国の国民の皆さまはどう感じるのでしょう」


 二階堂がそう言った後、以前に一条会長が会見で言っていた『決定的な武器』が公開される事になった。


 「関係無い者は帰れ」


 音声はペヨーテの査察官の言葉から始まった。

瑞穂の担当に金を握らせ会議で自分たちに有利な発言をさせた事を甘利が追及し、証拠もあると言うと、査察官は瑞穂を『文化の遅れた国』と差別的な発言で蔑んだ。

それに対しブリタニスの査察官が戸惑っていると、二人の査察官は「お前も同じ査察官だという事を忘れるな」と忠告。

そこで録音は途切れた。


 二階堂はそれ以上その内容には触れず、少し瞳を潤ませ、騎手二人の容体について報告した。

服部騎手は脳挫傷、及び頸椎骨折で未だ意識不明。

板垣騎手は肩部複雑骨折、銃痕が膿み始め、肺炎を併発し、三十九度台の熱が続き生死を彷徨っている。

二人が早期に回復する事を願っていると述べ会見を終了した。



 瑞穂の会見で公開された『決定的な武器』は、主三国の傲慢さを露呈した内容となっていて、主三国の競竜協会の立場を著しく悪化させた。

主三国、準三国以外にも、競竜は世界中で行われていて、世界中に観戦者を持っている。

世界中から主三国に対し非難の声が浴びせられる事になった。



 翌日、フラムのブリタニス競竜協会本部前に、ロンデニオン中から人がどっと押し寄せて来た。

報道が先頭に立って説明をしろと騒ぎ立てた。

そこに警察が現れ、報道には一切手を出さず、民衆だけを排除しようとした。

だが民衆は引かず警察と対立。

警察の威嚇射撃がさらに民衆を刺激する事になり、暴動に発展してしまった。


 フラム地区は暴漢が暴れまわり、店に強盗まで入り大混乱に陥った。

協会本部も扉が壊され、暴れまわられ、ぐちゃぐちゃになった。

その喧噪の中で、本部から逃亡しようとした競竜協会の理事長が暴徒に見つかり、暴行を受け、瀕死の重傷を負う事になった。


 暴動は翌日以降も続いた。

収まるどころか徐々に拡大し、翌日にはすぐ東のチェルシーに波及。

その翌日には、さらに東の国会議事堂のあるウェストミンスターへと拡大。

時計台前では、連日、競竜協会を処分せよというデモ行進が行われている。

その一方で、議会西方の通りでは警官と暴徒が衝突している。


 さらに、首都ロンデニオンだけでなく、オックスフォード、バーミンガム、マンチェスター、シェフィールド、リバプールと、徐々に民衆反乱という形で暴動が広がっていってしまったのだった。




 帰国してから、岡部と武田は毎日それぞれの騎手の病室に入り浸っている。

板垣は五日ほど死線を彷徨い、何とか病状が安定した。

だが服部は一週間一切目を覚まさなかった。


 月も替わり、帰国からちょうど一週間が経った日、服部を見舞っていた岡部に義悦から連絡が入った。


「先生。昨晩、祖父が息を引き取りました」


 あまりの動揺で、岡部は思わず携帯電話を床に落としてしまった。

 琴美が驚いて岡部をじっと見つめる。


「相談役が亡くなったから酒田に行ってくる。容体に変化があったら、どんな些細な事でも良いからすぐに連絡を入れて欲しい」


 そう琴美に言い残し、岡部は一旦病室を後にした。



 すぐに家に帰り、梨奈、直美、奈菜、幸綱を連れ、高速鉄道に乗り込んで酒田へ向かった。

皇都で駅弁を購入し、菓子もいくつか購入。

おかげで奈菜も幸綱も車内ではかなり大人しかった。


 帰国してから、岡部は極端に口数が減ってしまっている。

本来なら梨奈が何か言葉をかけて気分を安らげてあげねばならないのだろう。

だが、梨奈にもどうしたら良いのかわからなかった。

奈菜も幸綱も同様のようで、岡部に近寄らないようにしている。

直美は事あるごとに声をかけているのだが、岡部は力無い笑顔で生返事をするだけ。


 その日の夜に酒田駅に到着した。



 最上邸に着き、顔に白い絹布をかけられた最上を見た岡部は、がっくりと肩を落とした。


「約束を果たせずに申し訳ありません……期待にお答えする事ができず申し訳ありません……」


 そう呟き、一筋の涙を流し、膝から崩れ落ち、跪いて肩を震わせた。


 それが聞こえた義悦が、すぐに岡部に寄り添った。


「何を言うんです! 先生はこれまで祖父の夢をたくさん叶えてきたじゃないですか!」


 そう言って両肩を掴んでなぐさめた。

さらに、いろは、あすか、みつばも同じように岡部を慰めた。


「わかっていたのに……こうなる事はわかっていたのに……」


 岡部は拳を畳に叩きつけ慟哭した。


「義父さんを失い、竜も失い、服部に大怪我を負わせ、僕は何をやっているんだ……」


 そう言って泣き崩れてしまった。

 それはブリタニス遠征の顛末に対し、周囲に言う事ができなかった岡部の心の叫びであった。


 そこにあげはがやってきた。

あげはは岡部の上半身を無理やり起こし、おもむろに力いっぱい頬を叩いた。

ピシャンという乾いた音が響く。


「あなたには梨奈さんたちがいるでしょ! あなたにはまだ厩舎の人たちがいるでしょ!」


 そう言って反対の頬を叩いた。


「私もいます! いろはも! あすかも! みつばも! 義悦も!」


 そこまで言って叩いた頬を両手で撫でた。


「嘆いたって死んだ人は戻っては来やしないの! 生きてる人のために……私たちのために、歩みを進めてくださいな」


 岡部は正座したあげはの膝に顔を埋め号泣した。

そんな岡部の背中を、あげはが優しい顔でぽんぽんと叩き続けた。



 翌日、岡部たちは昼間に最上宅に祭壇を作り、夕方からの通夜に備えた。

本社では大崎たちが会葬の日取りを竜主会の方から各方面に通達。

本社の社員には、後日、葬儀の時に焼香に来てもらうという仕切にした。

そのため、夕方からの通夜には、生前付き合いのあった人たちだけが酒田の街から訪れる事になった。

ただ、最上はいわゆる名士であり、弔問者はとんでもない人数になっている。

弔問に訪れた人たちを岡部は誰一人として知らなかったが、あげはや、いろはたちにとっては馴染みの人たちばかりだったらしく、挨拶後、頻繁に会話を交わしている。


 大宝寺は妻と共に通夜にやって来た。

最上の亡骸を見ると、大宝寺も膝から崩れ落ち慟哭。

すぐにあげはが駆けつけ、控室になっている部屋に通した。

岡部も一緒に向かい、麦酒を注いで大宝寺の思い出話を聞いた。



 葬儀はその二日後だった。

最上宅の広い敷地を一杯に使って、何時間もかけて弔問客に焼香をしてもらった。


 各所から弔電が大量に届けられている。

その中の一通を義悦が持ってきて岡部に見せた。

宛先を見て岡部もかなり驚いた。

天皇陛下からの弔電だったのである。


「先生、内務省の次官から直々に僕に連絡がありましたよ」


「次官は何と?」


「陛下がかなり心を痛められているそうです」


 陛下も恐らくは中継をご覧になっていたのだろう。

あのような悲惨な光景を目にする事になるなど、思いもよらなかったであろう。


「陛下、かなり競竜好きになったみたいですからね」


「そのためにも、次の海外遠征を考えましょう」


「もう無理ですよ。古竜が三頭しかいないんですから。義悦さんだって知ってるでしょ。これ以上は厩務員の離反を招きかねませんよ」


 「軽はずみな事を言いました」と義悦は謝罪した。

さらに「穴埋めの竜は、今大急ぎで準備しているので、しばらく辛抱して欲しい」と頭を下げた。



 葬儀が無事終わり、参列者が引き上げる中、いろはと二人で岡部は座布団を片付けていた。

すると、あげはと何かを話していた住職が岡部の前に来て、少し話したい事があると言ってきた。

それを聞いたいろはが、二人を別室に案内し茶を出した。


「あなたが最上さんの言ってた岡部先生ですか。なるほど、なるほど」


 そう言って住職は優しい笑みを岡部に向けた。


「亡くなる数日前に最上さんに病床に呼ばれましてね。拙僧に言伝(ことづて)を頼んでいたんですよ」


「僕へのですか?」


「ええ。自分が亡くなったら、あなたに伝えて欲しいと」


 住職は『言伝』と言ったが、恐らくそれは『遺言(ゆいごん)』であろう。


「義父は何と?」


 住職はコホンと咳払いをした。


「『犠牲を厭わず進軍せよ! 戦況を打破できるのは君の部隊だけだ! 支援と事後処理は必ず会が行うから安心せよ!』」


「……酷な事を言いますね」


「拙僧もそう思います。ですが、最終勝利という大義のためには、誰かが犠牲を負いながら戦線を突破しなければならないものなのです」


 住職の話に岡部は苦笑い。

すっと立ち上がると、岡部は厩舎に電話をかけた。

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[良い点] 更新お疲れ様です。  更なる一鞭―――なれど反撃が飛び道具とか主三国ってのは未だに十字軍の時代のノーミソなのか… [気になる点]  王無き「日の沈まぬ帝国」がまるでドーバーの向こうの国のよ…
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