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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
477/491

第51話 失意

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(伊級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木、真柄…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 枠入りに向かったドレークの『ディヴィデンド』が、突然、斜め下の『サケダンキ』の上に飛び乗った。

服部は発走に集中しており、まさか上から竜が降ってくると思わず、もろに下敷きになってしまった。

その際、思わず手綱を離してしまい発走機から落下。

途中、組まれた鉄骨に何度も体を打ち付け、力無く人造湖に落ちて行った。


 『サケダンキ』は「ギェェェェ!」とディヴィデンドに威嚇咆哮し、服部を追いかけて発走機を離れ滑空。

内枠でその光景を見た板垣も『サケダンキ』を追って滑空していった。


 『サケダンキ』は意識無くぐったりとした服部を嘴に咥え、水面すれすれの鉄骨につかまっていた。

板垣は『ハナビシシュウテイ』を上手く操って『サケダンキ』に近づき、手綱を掴んで一旦下見所へ帰ろうとした。


 その時だった。

人造湖上空を飛んでいる板垣に向けて、観客席から爆竹のようなものが投げ込まれ破裂した。


 その音に激昂した『サケダンキ』は服部を離し、「グルルルル……」と観客席を威嚇。

板垣の制止を振り切り、観客席上空をぐるぐると回りながら、観客席に咆哮を繰り返した。

さらに『ハナビシシュウテイ』も板垣の制御を無視し、『サケダンキ』を追いかけ、観客席横の人造湖の上で、翼をばたつかせながら「ギェェェェ!」と観客席を何度も威嚇咆哮。


 観客席を警備していた警備員は、迷わず上空の『サケダンキ』に小銃を数発発砲。

その内の一発が『サケダンキ』の胸部に命中し観客席に落下。

さらにその警備員は、板垣の制御を聞かず観客席を威嚇咆哮している『ハナビシシュウテイ』にも数発発砲。

その弾の一つが板垣の右肩を撃ち抜き、板垣も落竜し人造湖に落ちた。


 激昂した『ハナビシシュウテイ』は観客席に突入しようとし、警備員に頸部を撃たれ、急に動きを止めて前のめりに人造湖に落ちた。

狂乱に陥った観客は、観客席に落下した『サケダンキ』を散々に蹴りつけ、踏みつけ、肉塊に変えた。



 服部が落竜した時点で、岡部はすぐに救急車を呼んでくれと係員に叫んだのだが、係員は瑞穂語がわからず、何を言っているのか理解できず狼狽えていた。

『サケダンキ』が服部を離したのを見た岡部は、すぐに何枚か衣服を脱ぎ、人造湖に飛び込み、水にぷかぷか浮いている服部を引き上げて陸に上げた。

その後で武田も板垣が落竜したのを見て、同じように衣服を脱いで飛び込み、出血で気を失った板垣を引き上げた。


 その間、藤田は観衆たちの喧噪の中、何度も繰り返し大声で叫んで、担架と救急車の用意をするように要求。

担架はすぐにウェルズリーが運んできてくれた。

だが観客席の狂乱は暴動に発展してしまっており、あちこちで銃声が轟き、もはや救急車が呼べるような状況では無くなってしまっていた。


 赤井たちが担架を持っていき、服部と板垣をそこに乗せた。

義悦、武田会長の手を借り、競竜場の外まで担架で担いでいき、オースティンが用意してくれた厩務員の車で近くの病院へ向かった。



 精密検査の結果、服部には頸椎の骨折が確認された。

最悪の場合このまま目を覚まさないかもしれない、そう診断された。

板垣もすぐに弾を摘出し応急手術を施したのだが、人造湖に落ちた際に肺に水が入ったらしく、呼吸が停止してしまっている。

処置で回復はしたものの、かなり呼吸が弱いという状況だった。


 少し遅れてやってきた琴美と幸正は、医師の診断を聞いて泣き崩れた。

板垣の妻と娘も意識の無い夫を見て慟哭。


 長尾会長、松田騎手、協会の職員たちが遅れて病院にやってきた。

その後、スィナン、ブッカ、クリーク、ウイントゥーもやってきた。

さらに、ウェルズリーも遅れてやってきた

さすがに病院にいるには人が多すぎると、琴美と板垣の妻、二人の子、通訳に三木と、護衛に魚住を残し、雷鳴会の大宿へ向かう事になった。

残された三木と魚住は、泣きじゃくる幸正と板垣の娘をあやし続けた。



 大宿に到着した一行は、大会議室に集まって思い思いに座った。

岡部と武田は一旦部屋に戻り、体を湯で流し着替えてから合流。

藤田は岡部を見ると「予想が的中したな」と呟いた。


「いえ、外しましたよ。僕はやってくるなら発走後だと思ってました。恐らくは服部も……」


 結局あの後、発走はしたものの、松田も執拗に危険な飛行妨害を受け続け、命の危険を感じ、終始大外を回り、最下位で終着したらしい。

最終的に競争はオースティンの『ヘイスティングス』が勝利したのだそうだ。

飛行妨害を繰り返したドレークの『ディヴィデンド』、ルフェーヴルの『オジェ・ル・ダノワ』は、審議にはなったものの失格にはならず、着順通りの着で確定した。


 武田が大きくため息をつくと、藤田もつられてため息をついた。

岡部は泣き出しそうになるのをぐっと堪え、両拳を固く握り、唇を強く噛んでいる。


 「こんな競争は無効だ」「勝った負けた以前の問題だ」と、オースティンとウェルズリーが二人で激怒しているらしい。


 三人の会長は、竜主会の職員と競竜協会の職員を集め何やら会議をしている。

三人の会長が職員に向けた面持ちは非常に厳しく、その目は非常に冷たかった。

義悦も職員を睨みつけ、普段およそ聞いた事もないようなドスの効いた低い声で何かを言っている。



 そんな非常に雰囲気の悪い大会議室に、「大変な事になった」と、大宿の支配人が血相を変えて入って来た。

支配人は真っ直ぐ武田会長のところに行き、暴動がエプソムの街全体に拡大していると報告。


「まずい!」


 義悦は焦った顔で立ち上がった。


「病院から服部騎手たちを連れ出さないと!」


 そう長尾会長に言った。

すぐに武田会長は支配人に、病床ごと輸送できる車を手配しろと指示。

長尾会長は藤田に「競竜場に残っている厩務員は大丈夫なのか?」とたずねた。

「竜はともかく、厩務員は何とか救出しろ!」と指示。

藤田は頷き、すぐに厩務員に連絡を入れたのだが、電話が繋がらず顔が青ざめた。

岡部も花房を、武田も厩務員を一人、厩舎に残しているが連絡が取れない。


 スィナンも気になって仮厩舎に連絡を入れたが、同じく連絡が付かず、ブッカも同様らしい。

それを聞きオースティン、ウェルズリー、クリーク、ウイントゥーも連絡を入れたが、誰も連絡がつかなかった。


 ブッカがどこかに連絡し、岡部の前にやってきた。


「今、待機させていたうちの特殊部隊をエプソムに向かわせている。状況がわかるまでは無暗に動かない方が良い。病院と厩舎棟を見るように言ったから」


 それを聞いた武田会長は、申し訳ないとブッカに頭を下げた。



 三十分ほどしてブッカの電話に連絡が入った。

病院にも銃撃された跡があるが、二人の騎手と家族たちは無事保護したという報告がなされた。

だが市街は完全に暴動状態で、一般人が近づいて良い状況では無いらしい。

報告を聞いたブッカは激怒してどこかに連絡を入れた。


 電話を切ると、続けて厩舎棟に向かった部隊から連絡が入った。

厩舎棟はめちゃくちゃになっていて、何頭か竜が殺害されているが、なんとか警察によって暴徒は抑えられているという報告であった。

厩務員たちは身一つで、事務棟にバリケードを作って立て籠もっているらしい。

その時、乾いた銃声が何発か聞こえてきた。

いつ状況が変わるかわからないので、明るいうちに脱出させるべきと進言してきた。


「エプソムの北にバンステッドというところがあり、そこにゴルフ場がある。一旦、エプソムにいる人たちをそこに避難させてはどうだろうか?」


 そうウェルズリーが提言。

オースティンが電話番号を調べ、すぐにゴルフ場に連絡を入れた。

ブッカは電話で竜と厩務員をバンステッドへ輸送するように指示。

武田会長も護衛たちに、バンステッドへ先行するように指示した。



 岡部たちも、すぐにバンステッドへ向かった。

 ゴルフ場の受付で待っていると、まず病床ごと服部たちが運び込まれてきた。

少し遅れて花房たち厩務員が到着。

全員の無事が確認できると、皆、ほっと胸を撫で下ろした。


 まずは先行で服部と板垣をリッチモンドの病院に搬送してもらった。

そこから数時間かけてゴルフ場に竜が輸送されてきた。

竜はゴルフ場からリッチモンドの雷鳴会の大宿の社員駐車場に移され、そこを臨時厩舎とする事にした。



「荒木さん。服部と厩務員を連れて、なるべく早く輸送機で瑞穂に帰国していただけませんか? 輸送機なら竜二頭分貨物室が空いているから、工夫すれば無菌室を作って、病床のまま輸送が可能じゃないかって思うんです」


 大宿に戻った岡部は荒木にそう指示した。


「それと、空いている席には家族たちを可能な限り乗せていってください。今のままでは、いつ状況が変わり危険が及ぶかわかったものではないですから」


「先生はどうされるんです? まさか残る言うんやないでしょうね」


「残ります。少人数であればブッカ師の特殊部隊がどんな状況でも護衛できると思いますから、そこまで危険は無いと思います」


 岡部の説明に荒木は納得し大きく頷いた。


「必ずや皆を無事に瑞穂に送り届けてみせます」


 そう力強く言った。

 武田も武藤主任に輸送機に乗れなかった関係者の輸送手配を指示。

藤田もそれを聞き同様の指示をし、荒木と武藤を補佐するように命じた。

さらに松田騎手には、先に帰国して記者会見を開き状況を報告するように命じた。


 厩舎関係者は会派の重役や家族たちと共に、その日のうちに全員瑞穂へ緊急帰国する事になった。

ウィントゥーはクリークを残して『イナホユウバエ』と藤田の関係者を乗せて瑞穂に輸送してくれる事になった。


 「協会本部に行って理事長に会ってくる」と言って、オースティンが大宿を出て行った。

ウェルズリーは大宿の支配人と共に航空会社に連絡し、武藤たちの帰国の手続きの手伝いをしている。

クリークは協会と報道へ細かく報告をしている。

スィナンとブッカも報道に細かく情報を提供している。

吉田たち瑞穂の報道陣も細かく本社へ報告をしている。




 大宿には三人の会長、三人の調教師、競竜協会、竜主会、執行会の職員が一人づつ、通訳数人が残された。

三人の会長はブッカに篤く礼を述べ、「この恩はいずれどこかで返させてもらう」と、何度も頭を下げた。

岡部たちは途中夕食を挟んで、この後どうするか、スィナン、ブッカ、クリークを交え会議を続けた。



 翌日、岡部たちは、スィナン、ブッカ、クリーク、協会の事務員たちと、東のフラムというところにあるブリタニス競竜協会本部へ向かった。

だが、門前払いを食らった。

そこで協会の職員が、電子郵便で送られた瑞穂競竜協会の理事長の委任状を見せた。

同様にスィナン、ブッカも競竜協会の理事長の委任状を取り寄せ見せた。

クリークも同様に委任状を取り寄せようとしたのだが、発行してもらえなかったらしい。


 一行は大会議室に通され、かなりの時間待たされる事になった。

その後、ウィリアム・オースティン調教師会長が疲れ切った顔で一人でやってきた。


「協会の理事長はどうしたんや」


 武田会長はオースティン会長を睨み、ドスの利いた声でたずねた。


「昨日の暴動で負傷し、今は病院に……」


 誰が見てもオースティン会長は目を泳がせていた。

恐らく嘘だろう、その場の誰もがそう感じた。


 オースティン会長は先に頭を下げた。


「岡部から事前にあれだけ情報を貰っておきながら、このような事態を招き大変申し訳ない」


 頭を下げたままのオースティン会長にクリークが声をかけた。


「今回、瑞穂は二頭の竜を無碍に殺され、騎手も二人負傷している。いったいブリタニスの協会はどう償うつもりなのだ? 競争中の話ではない。その前に発生しているんだぞ」


 だがオースティン会長に答えられるわけもなかった。


「ドレークの悪行のせいで、エプソムの街も滅茶苦茶だ。我々はこれからどうすれば良いんだ……」


 拳を握りしめてオースティン会長が憤った。

だが会長が出てこないのでは、それ以上話に進展は望めない。

皆、やり場の無い怒りを抱え引き上げるしか無かった。


 帰り際にスィナンはオースティン会長にたずねた。


「パルサの協会の代表として、ここまで国際競争の品位を貶めたブリタニスの協会は国際協会からの追放が望ましいと思うが、貴殿はどう考えるか?」


「今後の事は、協会と次の調教師会長に委ねたい」


 オースティン会長は呟くように答えた。



 これ以上この国にいても何も状況は変わらないと判断し、その日の午後、岡部たちはそれぞれの国に帰国した。

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