表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
475/491

第49話 検討

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(伊級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木、真柄…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 翌日、岡部の仮厩舎にオースティン親子が通訳を連れてやってきた。

 朝の挨拶をするとウィリアムは、「今日もローストビーフだそうだよ」と、少しげんなりした顔で言った。

「あれはまた当分続くね」と、エドワードも父に引きつった顔を父に向ける。

それを聞いた三木が、「毎日ローストビーフだなんて羨ましい」とクスクス笑った。


「そうは言ってもだね、こう頻繁だと飽きるんだよ。今日の昼のサンドウィッチもローストビーフなんだよ」


「そういう事でしたら、黄身酢を少し乗せてみたらどうですか? かなり変わった味になると思いますよ」


 料理好きの三木が、そうウィリアムに助言した。


「ほう! 後でこっそり試してみようかな」


「瑞穂ではカツオを食べる時にたまにそんな食べ方をするんです。血の臭みが減るんですよ。飽きた時は良いと思いますよ」


 瑞穂人の味覚は確かだから試してみる価値は十分にあると、エドワードが目を輝かせた。


 その後、竜主会の職員と通訳の五人で事務棟に向かったのだが、その途中でウィリアムが何かを思い出し、岡部を見て急に笑い出した。

エドワードと岡部が不思議がっていると、ウィリアムは何度も小さく頷いた。


「私は瑞穂の調教師、特に武田、織田と長く付き合ってきたが、彼らもよく飯の話をしていたなあ」


「スィナン師も毎日愚痴ってますよ」


 するとエドワードが「あの爺さんは言わせておけば良い」と言って笑い出した。

そんなエドワードをウィリアムが笑ってたしなめた。


「我々には、どこか腹が満たされればそれで良いという風潮があるんだよ」


「ブリタニスでは味は二の次なんですか?」


「もちろん我々だって旨いものを食べれば幸せさ。だがね、君たちほど食いしん坊じゃないんだよ」


 その発言にぎょっとしたエドワードが、「口が過ぎる」と父をたしなめた。

ウィリアムがはっとして、「言い方が悪かったかもしれん」と少し反省した。



 事務棟の小さな会議室で、オースティン親子、岡部、通訳、竜主会の職員は、紅茶を飲みスコーンを齧った。

スコーンはペヨーテでも食べたのだが、それに比べると驚くほど味が薄い。


「エドワードから、ペヨーテのあの一件を予見していたと聞いたが本当かね?」


「ええ。クリークには申し訳ないですが、絶対何かしてくると確信していました」


「で、今回はどうみているんだね?」


 岡部が黙っていると、エドワードが「父は今、ドレークに替わり調教師会長をしているんだ」と説明。


「だから調教師会長として、大きな問題を起こさせるわけにいかないのだよ。そのために君の助言をいただきたいのだ」


 真剣そのものという表情でウィリアムは懇願した。


「ならば、なおの事、何か仕掛けてくる可能性は高いでしょうね」


「『なおの事』とは、どういう事だね」


「自分が会長じゃなければ責任を取る必要が無いわけですから、遠慮なくやるんじゃないですか」


 ウィリアムがエドワードを見て厳しい顔をする。


「だが、瑞穂から三人も来ているのに、どうやって?」


「三人と言ったって、いつぞやのゴールの時のように一人の弱みを握り、他を脅迫する事だってできますよね」


 岡部の見解にその場の全員に戦慄が走る。


「ま、まさか、あの時のように、この国でも要人誘拐からの脅迫を!?」


「いえ、それは、こちらも最大限に警戒していますから難しいでしょうね」


「じゃあ、どこで何を?」


 岡部は腕を組み、瞼を伏せ、静かに考え込んだ。

その姿をウィリアムとエドワードが無言で見つめる。


「他の調教師と結託して、競争で何かしてくるかも」


 ウィリアムは青ざめ、目を見開いて岡部の顔を見た。


「競竜は我々ブリタニスの国技の一つなんだよ! もしそんな事になってみろ。先日の暴動程度では済まないぞ!」


「全ての批判は調教師会長が負うんですから、そこは何も気にしてないんじゃないですかね」


 「くそっ(シット)!」と言って、ウィリアムは強く憤った。


「岡部。あなたに聞くのが筋違いだというのは重々承知しているのですが、我々は、どうするべきだと思いますか?」


 エドワードが父に代わって岡部にたずねた。


「残念ながら穏やかに終結を迎える事は無いと思います。それを踏まえて被害を最小限に抑えるように動くべきかと」


「つまり……暴動は避けられないから、それを最小限に抑える対応を考えるべきだと」


 エドワードの口から思わずため息が漏れる。


「前回暴れたならず者たちが、最初から入り込むと思いますよ。それ以外にも騒ぎが好きな輩とかも」


「入口で持ち物検査をしないと危険かもしれないという事か」


「僕なんかより、もしかしたら警察や軍に相談すべきかもと思いますが」


 オースティン親子の前に、通訳と竜主会の職員が同時に「えっ」と声を発した。

強張った顔で通訳が訳すと、ウィリアムが愕然とした表情になってしまった。

エドワードも待ち受ける何かに身震いが止まらない。


「あなたは、そこまでの事態になる事を想定してるのか……」


「観客席の惨状を見ました。ちょっと挑発されたってだけでアレですからね」


 エドワードが父と顔を見合わせる。

ウィリアムがぎゅっと両拳を握りしめた。


「本番前に仕掛けてくれれば、小火(ぼや)で済むのだが、もし競争中に何かあったら……」


 ウィリアムは紅茶を飲み、大きくため息をついた。

「早急な協会との協議が必要だ」と言って、ウィリアムは先に席を立った。



 仮厩舎に戻ると、一人の調教師が荒木と三木と一緒に紅茶を飲んでくつろいでいた。

エドワードはその男を見ると、「何してるんだこんなところで」と驚いた顔をした。


「何って敵情視察さ。君がご執心のスワローを作った旦那がどんな人物か見に来たんだよ」


 男はチャーリー・ウェルズリーと名乗った。

背が高く細身、頭髪は茶色でかなり長め。

年齢はエドワードより少し下という感じだろうか。

「明後日、同じ競争になるからよろしく」と言ってウェルズリーは握手を求めてきた。


 そんなウェルズリーに「彼は例のゴールとペヨーテの件の被害者でもあるんだ」とエドワードが説明。


「へえ、スワローの製作者と例の件の被害者って同一人物だったんだ。それでドレークのコソ泥が一番警戒しているのか。なるほどねえ」


「信じるのですか? こちらの言い分を」


「会長から聞いたよ。『スワロー』は大昔に解明できなかった古い理論だってね。そんな御大層なものを、まともに国内の重賞も勝てないドレークごときが解明できるわけがないからね」


 ウェルズリーがゲラゲラと笑うと、「確かに」と言ってエドワードも苦笑いした。


「その『(ファルコン)』の話は、僕も昨日聞いて驚きました」


「当時、何十人もの有能な調教師が血眼になって解明できなかった理論を、わずか一年で解明したんだってね。いやはや、とんでもない話よな」


 エドワードが「一年じゃなく、半年らしいぞ」と言うと、ウェルズリーはお道化た仕草をした。


「つまり明後日、その『本家スワロー』を私も見る事ができるんだね。ドレークたちの『にわかスワロー』と、どう違うか楽しみだ」


 その言葉に岡部と荒木は、かなり驚いた顔をした。


「……飛燕は、完成したのですか?」


「した。三か月前にな。お披露目の日は、かなり話題になったもんだよ。その三週間後だったかな、ゴールのルフェーヴルが完成させたのは」


「……そうか。だから僕たちの謹慎が簡単に解けたのか」


 「そういう裏があったんですね」と荒木も納得だった。


「だけど、それなら、なおさら今回、ドレークは間違いなく何かしら妨害を仕掛けてくるでしょうね」


 岡部の言葉に、ウェルズリーが「何の話だ?」とエドワードにたずねた。

エドワードが先ほどの話をすると、ウェルズリーは呆れ果てた顔をした。


「ドレークのクソ野郎の考えそうな事だよな」


 ウェルズリーは、そうエドワードに言った。

「客人の前で口が汚いぞ」とエドワードがたしなめると、ウェルズリーが「坊ちゃんめ」と少し拗ねた態度をとった。


「だが、どうして今、『なおさら』と言ったんだ?」


「飛燕は、できてすぐでもそれなりにやれるのですが、本格的に実践で使えるようになるまでには、かなり時間がかかるんですよ」


「つまり、まだそこまでになってないと」


 岡部は厳しい視線をウェルズリーに送り、コクッと頷いた。


「ドレークたちは、もう少し時間が欲しいと思ってるはずです」


 エドワードとウェルズリーは、ふむうとため息をつき、やるせない表情をした。


「一つ疑問に思った事があるんだが、君はなぜそこまでわかっていながら、ここに来たんだ?」


 ウェルズリーが真顔で岡部にたずねた。


「瑞穂の伊級調教師に、やる前から諦める人はいませんよ」


 その解答を聞いたウェルズリーは、「明後日が楽しみだ」と微笑んだ。




 二日後、二次予選が開催された。

『サケダンキ』は、ウェルズリーの『ハンマー・アンド・アンビル』を終始圧倒し一着で終着。

『ハンマー・アンド・アンビル』の鞍上のジェームズ・ドレルは、「積んでる駆動(エンジン)が違う」とウェルズリーに報告した。


 その翌日、最終予選を前に、ゴールからルフェーヴルとブリューヌが、ペヨーテから、クリークとウイントゥーがやってきた。

その頃、岡部たちは、最終予選に備えるために竜をエプソム競竜場に輸送していた。



 二日後、仮の竜柱が発表になった。


 クリークとウィントゥーは、真っ直ぐ岡部の仮厩舎を訪れた。

二人は暫く無言で、かける言葉を探して、あちこちをキョロキョロしている。


「元気そうだね、クリーク、ウィントゥー。ペヨーテではお世話になったね」


「……すまなかった。あんな事になってしまって」


 居心地悪そうにする二人に、岡部は優しく微笑んだ。


「クリーク。ゴールの時にベルナドットに言った事を君にも言うよ。君が悪いわけじゃない。むしろ君たちは僕のために色々と良くしてくれたじゃないか」


「ああ。あの時君はそう言っていた。私はそれを散々に馬鹿にしたんだ。だが、それがこの様だ」


 クリークは両手で頭を抱え、その手を後ろにまわして髪をかき上げた。


「で、あの後、君たちの正義は貫けたの?」


「若手調教師で連盟を組んで、ラムビーへの抗議活動を続けている」


「じゃあ、犯人がラムビーだって判明したんだ」


 クリークとウィントゥーが同時に頷いた。


「警察は否定している。だけどあの時、ラムビーが警察に何か証言しているのを見たって調教師がいるんだよ」


「だけど調教師会長だから処分がされないと」


「私たちの正義が正しい! やつらの歪んだ正義を必ず正してやる!」


 クリークは真っ直ぐ岡部の目を見て、険しい顔でそう誓った。


「その時、もう一度ペヨーテに来て、私たちの竜と戦って欲しい」


 クリークとウィントゥーは岡部が差し伸べた手を取り、固く握手を交わした。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ