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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
474/491

第48話 招聘

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(伊級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木、真柄…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 翌日、仮の竜柱が発表になった。

武田と藤田はエプソム競竜場、岡部はアスコット競竜場での予選となった。


 今回、服部、荒木、花房、赤井、魚住、三木という人員で来ている。

またうちらは裏開催かと、皆でぶつくさ言いながらアスコット競竜場へと向かった。



 ――アスコット競竜場は空港から南西へ車で数分行った場所にある。

出来た当初は『王立(ロイヤル)アスコット』と呼ばれていた。


 まだブリタニスが王制だった頃、競竜好きの女王がいて、エプソムまで行くのが面倒なので王宮のすぐ近くに競竜場をと要請した。

そこでウィンザー宮殿の南のアスコットに競竜場が作られる事になった。

だが、アスコットには伊級の競竜場に適した水源が無かった。

困った協会は、五・六マイル(約九キロメートル)も離れた北のテムズ川から用水路を掘り、水を貯めて人造湖を作った――



 今回、エプソムとアスコット、二つの競竜場が比較的距離が近いという事で、宿はリッチモンドにしかとっていない。

リッチモンドからエプソムへは車で二十分ほど、アスコットへは高速道に乗って三十分ほどかかる。

この距離を毎回協会の輸送車で送迎してもらう事になっている。

スィナン、ブッカたちも、それぞれリッチモンドの別の宿らしく、乗り合いで向かっている。

スィナンもアスコット組で、飯が不味いと岡部に毎朝ぶうぶう文句を言っている。


「うちの大宿は普通に美味しい料理が出ていますよ。瑞穂料理も用意してくれてますし」


「ほう! そうなんだ! 飯だけ食いに行こうかな」


 スィナンはかなり参った顔で言った。

毎回ブリタニス遠征の時は食事の酷さに辟易しているのだそうだ。


「でも、食事の件って、ブッカ師も同様だったりしないんですか?」


「あいつらはほら、香辛料さかけていれば、どんなもんでも食えるやつらだから」


 そう毒づいてスィナンは大笑いした。



 アスコット競竜場に着くと、オースティンがにこやかな顔で岡部とスィナンを出迎えた。

まるで下僕でも労うようにスィナンが「出迎えご苦労」とオースティンに声をかける。

それにオースティンが噴き出してしまった。


「この爺! さっさと代表をアル・ザハビーか、アル・アリーあたりに代われよ!」


「そうだなあ。お前らが毎年うちに遠征してくれたら、考えてやらん事もないぞ」


 そう言ってスィナンが高笑いした。



 岡部たちを仮厩舎に案内すると、オースティンは岡部の仮厩舎で紅茶を淹れ始めた。

岡部、花房、三木、竜主会の職員にそれぞれ差し出し、長椅子に座った。


「岡部。父が君に会いたがっているんだが、うちに食事に来れないかな?」


「残念ながら、ここまで色々あったせいで、個人の外出が許可されてないんですよ。最低でも協会の人を付けないと」


 事情は理解できるが、自分の国が危険な国扱いされている事を知り、オースティンは憤って吐息が漏れてしまった。


「ならば、その人も一緒に来ればいい。通訳はうちで用意するし、宿まで送迎もするよ」


「じゃあ、今日帰って相談するから、早くて明日かな」


「わかった。許可が下りる事を祈っている」




 翌日、岡部は竜主会の職員を伴ってオースティン邸に向かう事になった。

オースティン家は、かつて王国時代には子爵家だったらしい。

その名残なのか、異常に広い、まさに豪邸といっていい邸宅だった。

中に入ると部屋がいくつもあり、その中の恐らく応接間と思しき豪奢な部屋に通された。

ここで待つようにと言われ、高そうな器に淹れられた紅茶が出された。


 少し待つとオースティン親子が現れた。

父のウィリアム・マイケル・オースティンはかなり高齢で、頭髪は完全に白くなっている。

だが息子のエドワード同様、非常に精悍な顔をしていて、背筋もピンと伸びている。

正装をぴしりと着こなし、鼻の下に立派な髭を蓄えている。


「初めまして。あなたに会える日を心待ちにしていましたよ」


「岡部と言います。ブリタニスの重鎮にそんな風に言ってもらえて光栄です」


 ウィリアムはニコリと微笑むと、岡部に座るように促し執事に紅茶を所望した。


「エドワードから話は色々と聞いている。あの『スワロー』の謎を解き明かした天才だと」


「『謎を解き明かした』というのは?」


「先日判明したのだが、スワローは、かつて『アンタレス』と『セプテントリオン』が活躍した時に、『(ファルコン)』という名で研究された理論らしいのだよ」


 『セプテントリオン』の話は小平生産顧問から少し聞いており、岡部からしたら「やはり」という感じであった。


「『謎』という事は、その時には解明しきれずに失われてしまったという事ですか?」


「うむ。『アンタレス』たちを管理していたスプラット師が急死してしまってな。志を継いだ者たちが、血眼になって研究を続けたのだが、ついぞ解明には至らなかったらしい」


「『飛燕』という手掛かりしか無かったはずですが、どうやってそこに行きついたのですか?」


 ウィリアムはエドワードに顔を向け、「なるほどなあ」と何かに納得している。


「私の家は代々調教師をしていてね。父から、そんなおとぎ話のような事を聞いたのを思い出したんだよ。それで当時の文献をあたったんだ」


「不思議なものですね。私は元々、海外の竜を参考に竜を鍛えていただけなのですが」


「そうだったのか。では我々が見失っている何か本質的なところに手掛かりがあったのかもしれんな」


 そこまで話すと執事が夕食の用意ができたと知らせに来た。



 正直、岡部はかなり気後れしていた。

毎朝のようにスィナンがブリタニス料理の酷さを散々に愚痴っているからである。


 とにかく味が無い。

全てにおいて火が通りすぎて、およそ調理と言えるものかどうか。

それが顔に出ていたのだろう。

エドワードが笑い出した。


「うちの母は料理研究家をしているんですよ。特にゴールと瑞穂の料理を研究しているんです。だから、それなりには満足いただけると思いますよ」


「ゴールと瑞穂の料理って共通点があるんですか?」


 それを聞いた父のウィリアムが、人差し指を口に当て「しっ」と言って渋い顔をした。

エドワードも少し焦った顔をし、小刻みに首を横に振った。


「この後、母が来ます。それを言うと二時間は話が止まりませんよ」


 「君が来ると聞いて一番喜んだのが妻なのだよ」とウィリアムが頬を掻いた。


「瑞穂料理に寄せて作ったブリタニス料理を食べて欲しいと言ってましたよ」


 引きつった顔で言うエドワードに、岡部は無言で目を覆った。



 食卓について暫くすると、かなり恰幅の良い老女が満面の笑みで巨大な皿を二つ持ってやってきた。

その後、細身の女性と二人の子供たちが、別に二皿と、包丁、取り皿、葡萄酒を台車に乗せてやってきた。

老女は子供たちを席につかせ、細身の女性に料理を少しづつ取り分けるように言い、自分は葡萄酒を注いで回った。


 岡部が挨拶すると、老女は「ようこそ、ブリタニスへ!」と、恐ろしく良く通る大きな声で言い、優しく微笑んだ。


「こちらが母のメアリ、こちらが妻のキャサリン、そしてこちらが長女のジョセフィン、長男のドナカ」


 エドワードが紹介すると、二人の子供が岡部を見てニコリと微笑んだ。


 そこからメアリの料理説明が始まった。

ローストビーフには瑞穂特有の醤油とワサビのソースをかけてみた。

シェパーズパイには味噌を入れてみた。

フィッシュアンドチップスのフィッシュフライは、瑞穂のように魚を醤油に漬けて揚げてみた。

チップスには瑞穂から取り寄せた抹茶塩をかけてみた。

どうだろうかと、メアリが得意気な顔を向ける。


 ウィリアムは、「かなり瑞穂っぽい、これまでで一番旨いかもしれん」と微笑んだ。

エドワードも、「毎回醤油臭さが鼻についたが、このローストビーフはなかなかだ」と嬉しそうに食べている。

子供たちは、「この緑の粉を付けるとチップスがとても美味しく感じる」と大喜び。

だが岡部は竜主会の人と、「美味しいのは美味しいが何かが違う」と言い合った。

すると、メアリが急に真剣な顔になった。

ウィリアムとエドワードは顔を見合せ、「あちゃあ(シュート)」と声を発し渋い顔をした。


 「ねえ、何がどう違うと感じるの? 具体的に教えてちょうだい!」


 メアリは鋭い目付きで言った。


 例えば、ローストビーフのたれは、醤油とみりんを煮詰めたものにワサビを入れていると思う。

フィッシュフライの漬けたれも、醤油だけじゃなく、みりんとおろし生姜、にんにくで漬けてると思う。

シェパーズパイとポテトのフライは、かなり旨い。

それが岡部と竜主会の人の感想であった。


「みりんの存在は私も知っているんです。使ってみた事もあるんです。ですけど、それで味が何か変化しているような気がしないんですよ。そもそもみりんって何なんです?」


「みりんってお酒ですよ。煮ると酒気が飛び、ほんのりとした柔らかな甘さが残るんです。葡萄酒や蒸留酒でもそういう使い方をすると思うんですけど」


 竜主会の人は普段からそれなりに料理をするらしく、そう説明した。

メアリは、なるほどとうなずき、小さな帳面に書き込み、「実に奥が深い」とうなっている。


「ねえ、もし良かったら調理場で試作してみてちょうだい!」


 メアリは返事も聞かず、竜主会の人では無く、岡部の手を引き、調理場へと連れて行ってしまった。


 そうは言われても、岡部もそこまで料理ができるわけでは無い。

普段梨奈が料理している風景を思い出し、小さな鍋に、水、醤油、みりんを入れて少し煮立たせ、ローストビーフの肉汁を入れ、最後にワサビを落とし混ぜてみた。

味を見ると思った以上に良いタレで、メアリにこれを付けて先ほどのローストビーフを食べてみて欲しいとお願いした。


 すると、なぜかウィリアムとエドワードが先に試食させられた。

一口食べるとウィリアムは「これの作り方を覚えろ!」と妻に指示。

二人の子供たちも「毎回、これで食べたい!」と大喜び。

エドワードは「瑞穂で食べたわさびソースの味はこれだよ!」と絶賛。

キャサリンも「全然違う! こんなに美味しくなるなんて!」と驚愕。


「あんなほんの少しで何がそんなに違うのよ」と、メアリは半信半疑でローストビーフを食べた。

だが、口に入れてすぐに「あのたったひと手間で、こんなに優しい味になるなんて!」と驚き、フォークが止まらなくなってしまっている。



 帰り際、ウィリアムは、「もっと色々話がしたかったのだが、妻が申し訳なかった」と言ってきた。


「僕はちゃんと決勝まで残るつもりです。時間はまだいくらでもありますから」


「そうだな。明日にでも話の続きをしよう」

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