第43話 露呈
登場人物
・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)
・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女
・岡部菜奈…岡部家長女
・岡部幸綱…岡部家長男
・戸川直美…梨奈の母
・戸川為安…梨奈の父(故人)
・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」
・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将
・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫
・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長
・加賀美…武田善信の筆頭秘書
・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長
・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定
・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ
・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和
・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(伊級)。夫は中里実隆
・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)
・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)
・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)
・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)
・服部正男…岡部厩舎の専属騎手
・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手
・荒木、真柄…岡部厩舎の主任厩務員
・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員
・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手
・成松…岡部厩舎の副調教師
・垣屋、花房、阿蘇、大村…岡部厩舎の厩務員
・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐
・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員
・坂井政則…紅花会の厩務員
・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員
・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問
・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳
・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳
・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手
・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)
・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手
・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師
・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師
・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師
・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師
・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師
・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師
・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師
緊急の国際競竜協会の会合が行われた。
――ブリタニスでドレークが調べられたらしい。
例の武田の飛燕研究帳はすでに処分されていた。
だがオースティン親子の告発により、ドレークは査問にかけられる事になった。
ドレークが買収したブリタニス競竜協会の職員が証人として連れて来られた。
それに対しドレークは物的証拠は何も無いと居直った。
すると、翻訳された飛燕の研究帳を突き付けられ、「何故できてもいない飛燕の理論を公表できたのか?」と問い詰められた。
最初は、「あくまで仮説を公表したにすぎない」と答えていた。
「ならば何故、それを海外に販売したのか?」と問い詰められた。
飛燕の研究帳の隣には、自分の物と思われる銀行の通帳が置かれている。
もはや全てバレていると観念したドレークは、「準三国に負けたら主三国の面目が丸潰れなのだ!」と激昂。
「お前たちブリタニス競竜協会のためにやってやった事だ!」、そう居直った――
この話を会合でブリタニスの代表が報告してきた。
「主三国の立場を守るためなら道徳も公正も邪魔という事か」
瑞穂の代表の一人、甘利はそう責めた。
パルサとデカンの代表も「公正競争がわかってないと、どの口が言ったんだ」と責めた。
ブリタニスの代表が反論できずに俯いていると、ペヨーテの代表がギロリと睨んだ
「たまたま一件の不祥事があったからって、大仰に言いやがって」
「おお、おお、さすが麻薬密売組織、凄むと恐ろしいねえ」
そうパルサの代表が茶化した。
ペヨーテの代表は「何の事だ?」ととぼけたが、甘利が「加賀美部長の二人の娘の行方はわかったのか?」とたずねた。
ペヨーテの代表は憮然とした顔で黙ってしまった。
「だが、監査で瑞穂の運営に問題があったのは事実では無いか!」
ゴールの代表が強い口調で甘利に指摘。
「具体的に、どこがどうと言ってみろ!」
「ふっ、言われなきゃわからん時点で……」
甘利の指摘に、ゴールの代表は呆れ口調で煽ってきた。
甘利が「言った通りだろう」とパルサとデカンの代表に笑いかけると、「本当に単なる言いがかりだったんだな」と二人は笑いあった。
その態度にゴールの代表も、ただ歯噛みして睨むしかなかった。
もはや主三国と準三国の立場は完全に逆転していた。
会合が終わった後で、ブリタニスの代表だけが記者会見場に現れた。
「岡部調教師並びに瑞穂への全ての処分は取り消す事になりました」
そう発表された。
記者たちから「会議で何があったのか」と質問されたが、「会議の内容については運営機密であり、詳しく言う事はできない」と説明。
取り消す事になった経緯については「岡部師ならびに瑞穂に対する処分が厳しすぎるという批判が随所から噴出しており、その意見を最大限加味した結果である」と述べた。
三月に月が替わった。
予定通り『サケエンラ』は引退する事になった。
古竜が四頭とはいえ、まだ『ダンキ』がいる。
『ジュエイ』もいるし、『ジョウラン』もいるし、『リコウ』もいる。
各距離の主力が全て残ってる上に、『ブンセイ』と『ホウギ』という次期主力もいる。
何も不安がる事は無いと、荒木、能島は厩務員を励ましている。
真柄に至っては、「『ダンキ』でまた海外に行こうぜ!」と皆を煽っている。
そんな雰囲気の中、定例会議が開かれた。
参加者は、西郷、坂井、服部、畠山、亘理、荒木、能島、真柄。
三月の重賞は世代戦の『雲雀賞』と、長距離の『総理大臣賞』。
『雲雀賞』には『ホウギ』が、『総理大臣賞』には『ジョウラン』が、それぞれ出走予定となっている。
来月の『天皇杯』が大津での開催で、そこが研修の最終という事で、常府には西郷に行ってもうらう事になった。
ある程度方針が固まったところで、服部が恐る恐る聞いてきた。
「処分は解けたみたいですけど、海外遠征はどうするんですか?」
すると岡部は真剣な表情で悩み出してしまった。
「もう古竜は四頭しかおらず、最低でも一年様子を見るべき」と、荒木がすぐに進言。
だが能島は「できる限り周囲の期待に応えていくべき」という意見だった。
近二回があまりにも酷い結果なだけに、厩舎内でも意見が割れてしまっているらしい。
ただ真柄を筆頭に、向こうもさすがに三度は妨害はできないだろうから次こそはという、かなり前向きな意見が優勢らしい。
「個人的にはブリタニスの『護国卿ステークス』に出走したいと思ってるんだよね」
「何や切羽詰まった理由でもあるんですか?」
岡部は小さく息を吐くと、非常に言いづらそうに言葉を発した。
「相談役の具合が芳しくないらしくてね。できれば元気なうちにって思うんだよ」
その一言に、慎重論を唱えた荒木が納得して頷いた。
「その……行くとしたら、どの竜で行くんですか?」
「年齢的にある程度いってる方が遠征は良いっぽいから、『ダンキ』かな」
「もし、もし行けるんやったら、その……僕に」
これまで『ダンキ』は畠山が主戦を務めており、服部のその発言に畠山が眉をひそめた。
「ああ、そっか。服部はまともに競争させてもらえてないんだもんな」
「あきませんか?」
「わかった。じゃあ来月、畠山には『ジュエイ』で『天皇杯』に出てもらい、『ダンキ』は回避するよ」
数日後、岡部厩舎に来客があった。
客人は珈琲を飲むと「これが佐竹の爺さんや栗林が絶賛する噂の珈琲か」と呟いた。
「俺は紅茶党なんだけど、これが旨いという事は俺でもわかるなあ」
そう言って、客人――藤田は珈琲を堪能した。
「どうされたんです? 今『大臣賞』の予選で忙しいでしょうに」
藤田は飲んでいた珈琲を、ことりと机に置いた。
「前に海外遠征の件で俺が言った事、覚えてるか?」
「確かブリタニスに行きたいとかなんとか」
「そうだ! 決めたんだ! 来月うちは『ユウバエ』を『天皇杯』には出さない」
そう言うと藤田はにやりと笑った。
「『護国卿』ですか」
「うむ。さすが話が早いな。武田も誘おうと思ってる。お前も出ないか? 人数をかけて行けば向こうも手を出しづらいと思うんだよ」
藤田は「どうかな?」と言って目を輝かせた。
岡部は目を閉じ、少し考えると、小さく息を吐いた。
「うちも『ダンキ』を出そうと思っていました。良い機会ですから、うちも相乗りさせてください」
「おお! 輸送はうちの会で全部面倒みるよ。宿は武田に手配してもらう。お前さんは渡航の手続きだけしてくれれば良いから」
満面の笑みで藤田が岡部の肩に手を置いた。
「ありがとうございます。三頭でブリタニスの度肝を抜いてやりましょう!」
「その意気だ!」
藤田はその後、「『大臣賞』はどうなんだ?」と情報収取を始めた。
「もちろん好調ですよ」
「今回うちは二頭出すんだけど、武田の『テンデン』は強いからなあ」
藤田は口をへの字に曲げ悔しそうな顔をした。
最終予選、『サケジョウラン』は伊東の『ニヒキシンスイ』を突き放し決勝に駒を進めた。
武田の『ハナビシテンデン』も、杉の『サケキンソウ』を抑え一着で決勝に進んだ。
大津の指揮を長野と関口に任せ、岡部は西郷と共に常府へと向かった。
常府競竜場の事務棟にて藤田、武田、岡部の三人で記者会見を開いた。
向かって奥から、岡部、藤田、武田の順で座り、藤田が中心となって応答した。
「五月に『イナホユウバエ』『ハナビシシュウテイ』『サケダンキ』の三頭で、ブリタニスの『護国卿ステークス』に挑戦する事にしました」
競竜協会、竜主会、執行会から職員を数名づつ随員として参加してもらう。
何かあれば、すぐに協会をあげて国際競竜協会に抗議してもらう。
もう岡部だけにつらい思いはさせない。
それぞれの馴染みにしている報道も、現実をしっかりと報道して欲しい。
ゴールの時のように、要人を誘拐して出走回避を迫ってくるような真似はできないだろう。
ペヨーテの時のように、殺人事件の冤罪を擦り付けて、竜を射殺してくるような真似もできないだろう。
「それでも、なおブリタニスが黒い手を回して出走を回避させようというなら、やってみれば良い! どこかに紳士の仮面を捨ててしまった盗人たちよ!」
この藤田の会見は、ブリタニスのBNS局によってブリタニスでも報じられた。
ブリタニスの民衆は、最初何を言われているのかわからず、藤田に対してかなり反発があった。
だが、パルサのアルマルマート局から、以前行われたドレークのスワローの発表が、実は瑞穂の研究の盗品だったと報じられた。
あの時ドレークの持っていた黄色い帳面が今回出走する武田の研究帳で、盗んだ物である事が報じられた。
ブリタニスは連日この件で揉める事になった。
オースティンたち一部の調教師が報道の取材に事実だと答えると、民衆の怒りはドレークを処分しない協会への批判に変わっていった。
さらに、デカンのアブパラサーラン局から、それを誤魔化すため瑞穂の方を処分したと報じられ、ついには不満が爆発してしまった。
競竜場に民衆が押しかけ暴れ出した。
椅子を壊し商店を壊した。
警察と暴徒は乱闘となり、少なからず死者も出る事態に発展してしまったのだった。
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