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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
468/491

第42話 昇竜新春杯

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(伊級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木、真柄…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 『昇竜新春杯』の予選が順調に行われている。

最終予選を前に、厩舎に小平生産顧問と南国の中野場長が訪れた。


「ここが岡部厩舎なのかぁ! さすがに仁級とは比べ物にならない立派なものだね!」


 仁級しか見た事が無かったから、立派すぎて落ち着かないと、接客長椅子に座った中野が周囲をきょろきょろしている。

小平は小平で娘夫妻がいないか、きょろきょろしている。


 二人は長野が淹れた珈琲を飲むと、非常に言いづらそうに顔を見合わせた。


「どうされたんです? 二人揃って。珍しい」


「実は先生に相談があって……」


 話を切り出してきたのは中野の方であった。


「改めて相談という事は、繁殖入りの話ですか」


「ええ。小平さんが『エンラ』を繫殖入りにって言ってるんです。先生はどう思います?」


 もちろん中野も、ただ単に自牧場に種牡竜が欲しいから言ってるわけではない。

あくまで小平の仮説にすぎないのだが、飛燕の種からは飛燕が産まれやすいのではないかと推測しているのだそうだ。

そう考える根拠はもちろんある。

『セプテントリオン』である。

『セプテントリオン』は恐らく飛燕。

これは過去の記録からほぼ間違い無い。


 『セプテントリオン』は、ブリタニスの伝説の調教師ジョン・スプラット師が、『アンタレス』という竜と共に最晩年に送り出した最高傑作である。

古い竜のため映像は残ってはいない。

ただ、戦績の詳細は残っていて、どちらも新竜戦から数戦は最下位。

放牧後、突然大差圧勝している。

競争成績としては『アンタレス』の方が優秀だったらしい。


 この『セプテントリオン』が現在まで系統を紡いでいるのは、『セプテントリオン』の仔たちが優秀だったからに他ならない。

『アンタレス』の方は思ったように肌竜を集められなかったのか、孫世代からは先細っていった。

それに比べ『セプテントリオン』の一族は、孫、ひ孫の世代になっても良い竜を輩出し続けている。

もちろん『セプテントリオン』自体、良血というのもあったかもしれない。

競争成績がさっぱりな仔でも、種牡竜として重賞を勝つ仔を多数輩出というような事もあった。

子、孫の世代でも圧勝している競争が多いところから、飛燕が遺伝したと考えられるのではないだろうか。


 また、『スイコ』と『サイメイ』の初仔が羽化して一歳になるのだが、すでに飛び方が他の仔と違っているらしい。

もしかしたら、この二頭も『ヤコウウン』のように馴致で飛燕にできるかもしれないと、馴致担当と牧童たちが言い合っているのだとか。


「今年、『ヤコウウン』の初仔が羽化します。もしその仔たちからも飛燕になる仔が出れば、『ヤコウウン』の種付け依頼が殺到する事になるでしょう」


「つまり、『エンラ』で分散を図りたいと」


 中野が大きくうなづく。


「血統も申し分ない『セイメン』の引退が一番だったのですが、残念ながら、あんな事になってしまって」


「『ダンキ』が第二希望だが、世界戦があると」


「ええ。ならば南国牧場が竜主の『エンラ』をと……」


 中野たちの言い分もわかる。

だが残された竜の頭数を考えると、軽々に返事はできなかった。


 中野たちはじっと岡部の返答を待った。


「……わかりました。竜主の意向ですからね。『新春杯』を最後に引退させますよ」


「申し訳ありません。ただでさえ預託数が少ないというに」


 その中野の言葉に岡部が苦笑いした。


「数年の辛抱、義悦さんからはそう聞いてます」


「戸川先生が伊級に上がる事が決まった七年前から、毎年、これという肌竜を何頭も仕入れていってます。今年、初年度の仔たちが新竜になりますから」


「どんな仔なのか楽しみ」、そう言って微笑む岡部に、二人はほっと胸を撫で下ろし、厩舎を後にした。



「これで古竜は四頭だけになるのか……」


 二人が退室してから岡部はそう呟いた。


「厩舎の士気に響かないと良いけど」



 最終予選、『エンラ』と『リコウ』は同じ競争になった。

相手は伊東の『ニヒキフユウ』と松井の『ミズホシオザワ』。

突然これが最終走と言われ、服部はかなり奮起した。

優勝できないまでも予選落ちだけはと、終始積極的に前を取り、最後『リコウ』に差されはしたものの、二着で決勝に駒を進めた。



 常府に乗り込むと、岡部は真っ先に櫛橋厩舎へ顔を出した。

珈琲を淹れて持ってきた犬童が、当たり前のように長椅子の岡部の隣に座り、櫛橋に耳を引っ張られた。


「どうですか? 伊級の空気は」


「噂では聞いてたけども、飛燕一色いう感じやね。先生から作り方いうんをしっかり聞いてるからね。今、全部に試してるとこや」


「どうですか? できそうですか?」


 「まだ伊級に来て一月そこそこで、手応えなんあるわけない」と櫛橋は大笑いした。


「そやけども、なんとなくやけど、先生の言うてた事はわかった気はするよ」


「わかれば大した事ないでしょ」


「先生やあるまいし。わかるんと、やれるんは全然違うよ。しかも、それに最初に気づいて、それを形にするやなんて。そら伊級首位にもなるいうもんやわ」


 大したもんだと、素直に櫛橋は岡部を褒め称えた。


「でも今年は順位を下げますよ。ここを最後に『エンラ』の引退が決まりましたから。これで古竜は残り四頭だけになっちゃいますから」


「えっ、四頭!? 伊級首位の厩舎やで。会派は何考えとんのよ! 筆頭調教師の厩舎やで。そもそも、何でそないな事になったん?」


「どうしても牧場で飛燕が作りたいんだそうで。最初に飛燕になった牝竜二頭、『ヤコウウン』、で、今回の『エンラ』です」


 そもそもの初期の頭数が少ない上に、抜かれた分より補充が少ないから結果的にそう言う事になってしまったと岡部は説明。


「牧場の気持ちがわからへんわけではないんやけども。足引っ張らん程度にしといて欲しいよね」




 昼の三時半が近づいて来た。

下見所では『エンラ』を赤井が、『リコウ』を関口が、それぞれ引き綱を持っている。

『競竜協会賞』同様、八枠全てが飛燕で埋まるという豪勢な竜柱となっている。


 『エンラ』は二枠、『リコウ』は六枠。

一番人気を『リコウ』と杉の『ササメ』で分け合っている状態。

三番人気を武田の『ハナビシコロウ』と、十市の『クレナイミナシ』が分け合っている。

『エンラ』は五番人気。


 係員の合図で、各竜に騎手が乗り込んだ。


「なんとか、最後決めてやりたいとこやけども……」


 服部が赤井に弱気な事を呟いた。


「そやな。そやないと、新竜の良え方、畠山さんに行ってまうかもしれへんもんね」


「そ、それは、それはまずい。ただでさえ水開けられとんのに」


 急に慌てた服部を、赤井が落ち着けと言って笑った。



 各竜がそれぞれ、発走機へ向かうと、発走者が現れ、小旗を振った。

発走曲が奏でられると、観客席から大歓声が沸き起こった。



――

本日の主競争、古竜短距離戦『昇竜新春杯』、決勝の時間が近づいてまいりました。

天候は曇り、風状態は『強』

昨年の『競竜協会賞』同様、八頭全て飛燕。

まさに最も速い竜を決める一戦となりました。


各竜、発走機につかまりました。

発走しました!

まず何が行くでしょうか。

クレナイミナシ、果敢にハナを主張していくようです。

各竜滑翔に入りました。

先頭から見て行きましょう。

先頭クレナイミナシ、サケエンラ、イナホシモツキ、サケササメ。

二列目先頭タケノニギハヤヒ、サケリコウ、ハナビシコロウ、ロクモンジョウネイ。

発走は全竜正常。

一角を回って滑空に入りました。

タケノニギハヤヒ、一気に三番手浮上。

サケササメ、それを抜き三番手へ。

二角を回って飛行に入ります。

ここで一気にイナホシモツキが順位を上げていった!

先頭変わってイナホシモツキ。

サケササメ、二番手浮上。

向正面、滑翔に入りました。

先頭イナホシモツキ。

後方先頭にサケリコウ。

五、二という飛行隊形となっています。

三角を回って滑空!

ここからが勝負所!

サケリコウ、ここで仕掛けていきました!

先頭サケリコウ、サケササメ、ピタリとすぐ後ろ。

イナホシモツキ、クレナイミナシ外を回ります。

四角回って最後の飛行!

先頭サケリコウ、その上サケササメ!

外イナホシモツキ、その上クレナイミナシ!

四頭の激しい追い比べ!

サケササメが少し抜けたか!

サケササメ、差を縮めさせない!

サケササメ粘る!

サケササメ先頭で終着!

市松の大旗が振られました!

サケササメが王者奪還!

――



 今川が『サケササメ』とゆっくり競技場を一周している。

今川が観客席を指差すと、観客たちは大興奮で『サケササメ』に歓声を送り続けた。

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