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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
456/491

第30話 正義

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村、真柄…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 これといった妨害も無く『ミリオンステークス』前日を迎える事になった。


 様子を見にクリークは、調教場の岡部の仮厩舎にやってきた。

売店で四つ珈琲を購入して来ており、それを自分の通訳と岡部、三木に渡した。


「言った通りだっただろう。ペヨーテは正義の国なんだ。皆、正々堂々と戦う事を望んでいるんだよ」


「確かに僕の取り越し苦労だったのかもしれないね」


「それが普通なんだよ。ゴールのやり口が異常なんだ」


 「半数が出走回避しているのに、開催を強行する意味がわからない」とクリークは毒づいた。


「そんなに陛下の竜が負けるのが嫌なのかねえ」


「私たちは君主制を取っていないからなあ。ちょっとその辺の事は理解しがたいね。君たちの方がわかるんじゃないか?」


 岡部は珈琲に口を付け、少し味が薄いなと思いながら、陛下との会話を思い出していた。


「うちの陛下は、公正競争の原則が崩れるからって竜主の資格を放棄してるよ」


「それってさ、逆に言うと瑞穂でも同じ事が起こるかもしれないって事だよな」


「もしうちの陛下がそんな事してくるようなら、僕は潔く調教師を辞めるよ」


 そう言って岡部は笑ったのだが、三木は端正な顔を引きつらせながらクリークに訳した。

するとクリークも大爆笑であった。


「じゃあさ、その時はペヨーテに来いよ。うちは移民も受け入れている。なんせ自由の国だからな」


「犯罪者でも?」


「犯罪者でも受け入れるよ。うちの刑務所がな。特別な犯罪者には、絶海孤島の特別な住まいを用意してるんだ」


 そう言ってクリークは大笑いした。


 時計を見て、「そろそろ輸送の時間だ」と言うと、クリークは「後で競竜場でまた会おう」と言って仮厩舎を後にした。


 『サケセイメン』を竜運車に積み、仮厩舎に鍵をかけ、三木、魚住、カウティリヤたちと共に輸送車に乗ってイリノイ競竜場へと向かった。


 竜運車は全て競竜協会が運用していて、三頭を一台の台車に乗せる。

その台車を牽引車が引っ張って、競竜場に運び込む事になっている。

ただ、途中で竜の取り違えがあるといけないという事で、競竜協会の職員が添付された資料を基に竜に札を付けている。

競竜場に到着した時に、もう一度札と添付資料を見比べ、間違いが無ければ厩舎名が呼ばれる。

そういった事をしているため、竜運車の出発、到着で長い待ち行列が発生し、輸送には非常に時間がかかる。


 この日は競竜開催中で、道路も非常に混雑していた。

岡部たちが競竜場に着くと、すでにオースティンたちが待っていた。


 最初にオースティンの『レジサイド』が停車場に到着、次にブリューヌの『リコルティ』が到着。

「やっと着いたのか。今回はとりわけ職員の手際が悪いな」と二人は言い合っていた。

それから一時間ほどして、カウティリヤの『バリシュケバダル』が到着。

すでにオースティンもブリューヌも仮竜房に自分たちの竜を繋ぎ、『サケセイメン』の輸送の様子を見に来ていた。

カウティリヤも仮竜房に竜を繋ぎ停車場にやって来て、岡部の竜の到着を見守った。



「……いくらなんでも遅すぎる」


 そう言ってオースティンがクリークに連絡した。

すると、クリークが慌てて停車場にやってきた。

来て早々にパイユートとウィントゥーを呼び寄せた。

二人も血相を変えてやってきて、その友人を呼び寄せた。

その友人も友人を呼び寄せてと言う感じで、いつの間にか竜運車の停車場は、かなりの人だかりができていた。


 すると集まった調教師の一人が、竜運車の一台が順番を弾かれていたのを見たと言い出した。

どうやら三頭のうちの一頭が竜に添付する書類を間違えていたらしい。

恐らく事務処理順を最後にまわされてしまったのだろうと。


「不運だが、たまにある事」と、ウィントゥーは岡部を慰めた。

「これは、到着したら今夜は大宴会だ」と、パイユートは友人たちと笑い合った。

だが、最後の竜運車が到着してから、すでに三十分以上が経過しており、クリークの表情は曇ったままだった。



 最終競争も終わり、辺りが夕日で赤く染まり始めた頃、警察車両がやって来た。

保安官は岡部の名を呼び、「お前に殺人容疑がかかっているから警察署に来い」と命じた。

「どういう事か?」とクリークが保安官を問い詰める。

すると保安官はその場の全員が耳を疑う事を言った。


「岡部の仮厩舎で、竜運車の運転手が射殺体で見つかったんだよ」


 クリークが通訳と弁護士を付けろと要求すると、保安官は「好きにしろ」と言って岡部を連行していった。



 警察署に到着し、取調室に入れられた岡部は、何時にどこにいたか細かく聞かれた。

クリークが付けてくれた通訳がそれを訳して岡部に聞く。

岡部もだいたいの覚えている時間を話した。


 遺体が発見された時間にはすでに競竜場に入っており、それは複数の人物が目撃していると岡部は証言した。


「調教場から競竜場までずいぶん時間がかかっているなあ。その間、いったい何をしていたんだ?」


「道が混んでいて到着に酷く時間がかかったんですよ。うちの厩務員やカウティリヤたちと一緒だったから、彼らに聞いてくれればわかると思いますよ」


 そう岡部が説明すると、それを保安官は鼻で笑った。


「あん? 瑞穂人やデカン人なんかが証人になるわけないだろ! ペヨーテ語も解せないような奴らが!」


 それを聞いたクリークの弁護士が取り調べの机をバンと叩いた。


「今の発言はどういう意味だ! どう聞いても今のは人種差別だろ! 裁判でかなり問題になるぞ!」


 そう指摘され、保安官は忌々しいという顔をした。

だがすぐに元の蔑むような顔で岡部を見る。


「こっちにはな、お前が竜運車の運転手と揉めていたという証言があるんだよ」


 保安官がニヤリと笑う。


「腹を立てていたお前は、後から追いかけ、竜運車を停め、運転手を引きずり下ろし、お前の厩舎へ連れて行き監禁した。そこで銃で射殺し、何食わぬ顔で競竜場へ向かったんだ。何か違う点があるなら言ってみろ!」


 そう言って保安官は机を両手でパンと叩いた。

 だが岡部はそれを鼻で笑った。


「監視映像で調べれば、その推理を裏付けるものが何も無い事くらい、すぐにわかる話じゃないですか」


「狡猾なお前の事だ。監視映像に映らないように上手くやっているに決まっているではないか!」


 その保安官の反論に、岡部は強い違和感を覚えた。


「ちょっと待って欲しい。あなたは私と初対面のはずだ。なぜそのあなたが私を狡猾だと思っているのです?」


「調教師の一人がそう証言したんだよ」


「もしかして、その人物が私が運転手と揉めていたと証言したんですか?」


 喋りすぎたと感じた保安官は、落ち着いて背もたれにもたれ掛かった。


「情報提供者の身元は明かせない」


 この時点で、誰かにはめられたのだと岡部は確信した。


 保安官の主張は明らかに整合が取れていない。

だが彼らが目にした事については間違いは無いはず。

つまり、『自分の仮厩舎に竜運車の運転手の射殺体があった』、これだけは事実だと思われる。


 ただ、仮厩舎にはしっかり鍵をかけてきていて、その鍵は今も自分が持っている。

とすると仮厩舎は合鍵で開けたという事になる。

だが、公正競争の観点から、国際的に仮厩舎の合鍵は事務棟に一つと定められているはずである。

そうなると、今回の件に事務棟が協力しているという事になる。

あるいは、公正競争に違反し、こっそり合鍵を作っていた者がいて、それを使ったか。


 岡部には、そういう事をしそうな人物に一人心当たりがあった。


「ラムビーか……」


 保安官は一瞬ぎょっとした表情をしたが、すぐに表情を元に戻した。


「情報提供者の身元は明かせないと言ってるだろ!」


 岡部は大きくため息をついた。


「私の国は銃の所持を禁じられていましてね。生まれてこのかた、銃なんて触った事すらないんですよ」


「嘘をついてもすぐにバレるんだぞ!」


「どのようにバレるんでしょう?」


 お道化て言う岡部に保安官は明らかに苛っとした顔をした。


「銃を撃てば、服や体に銃を撃ったという痕跡が残るんだよ!」


「ほう。じゃあ、なぜ最初にそれを調べないんです? ああ、依頼人から何か言われているんですか」


 保安官は激昂し、「本官を侮辱する気か!」と怒鳴り、岡部の胸倉を掴んだ。

するとクリークの弁護士が、「手荒な真似をするな!」と大声で保安官を怒鳴りつけた。


 「署長を呼べ」と弁護士が言うと、保安官は「署長はもうお帰りになられた」と、ニヤついた顔で言った。

そこから二人はしばらく睨みあっていた。


「……良いだろう。じゃあ、気のすむまで調べさせてもらう事にする」


 そこから、弁護士の立ち合いの下、別室で硝煙反応を徹底的に調べられた。

特に左右の指と袖は、かなり入念に調べられた。

だが硝煙反応は一切出なかった。

血液反応も調べられたが、こちらも反応は出なかった。

保安官は報告を聞くと、そんなはずは無いと喚き散らした。

弁護士はどこかに連絡し、保安官に向かって「この事は必ず問題にさせてもらう」と言って、岡部を警察署から連れ出した。



 警察署の外には、クリーク、オースティン、カウティリヤの他に、ペヨーテの若手調教師も何人か集まっていた。


「うちの竜は、どうなってしまったんです?」


 岡部はクリークに静かな口調でたずねた。

クリークは俯いて唇を噛んでいる。

横からウィントゥーが渋い表情で「竜運車は発見された」と言った。


「発見されたのは、通常の道路からはかなり離れた自然公園の駐車場。『サケセイメン』は、頭を銃で撃ち抜かれて殺されていたそうだ」


 「これが主三国の現実なんだな」と、クリークはうつろな目で呟いた。


「正義の国ねえ。さしずめ僕は悪の頭目ってとこか」


「……違う。それは違う!」


 クリークは焦燥した顔で大きく何度も頭を左右に振った。


「僕の竜を害した人たちにも、君たちの正義とは違う正義があったという事なんじゃないのか?」


「そんな歪んだ正義は……許されてはいけないんだ……」


 岡部はクリークを無視し、大宿に帰っても良いかと弁護士にたずねた。


「帰るのは構わないが、帰国は許可できない」


 弁護士は冷静に言った。


「自由の、国ねえ……」


 岡部の呟きに、クリークは今にも泣き出しそうな顔をして頭を左右に振った。


「この事は番記者に言って必ず記事にしてもらう! ペヨーテ中に報道してもらうよ!」


「そんな事しても、民衆は警察発表の方を信じるだけだったりしないのか? 警察は公的な正義の執行者だろ。どうなんだ?」


「それでは……私たちの正義が……」


 恐らく岡部の指摘は図星だったのだろう。

クリークは、あまりの悔しさに街路樹を思い切り殴りつけた。



 大宿に帰ると、大宿にも警察が来ていて入口で立っていた。

「お前たちを大宿からは出さない」、そう言ってきた。


 厩務員たちは受付横の待合に集まっていて、一様にがっかりした顔をしている。

岡部は皆を呼び集め、ここまであった事、自分の考える事件の真相を皆に話した。


「今度は娘じゃなく、うちらが監禁だ」


 そう言って苦笑いすると、厩務員たちは、がっくりとうなだれてしまった。


 岡部が警察官に連れて行かれた後、三木と魚住は、この事をすぐに皆に報告せねばと急いで大宿に戻ったらしい。

たまたま、受付横で珈琲を飲んでいた真柄に、魚住が「大変だ! 先生が逮捕拘束された!」と言ったところで大宿に警察官が複数人やってきた。

「なぜこんなに早く警察官が!?」と、魚住が驚いていると、「予め決めてあった手順だからだろ」と真柄は冷静に言った。

魚住の態度で、真柄は、自分たちがハメられたのだと察した。

全員受付横に呼び出され、他の客の前で晒し者になりながら、硝煙反応を調べられる事になった。

三木がブリタニス語で「どういう事か説明をしろ!」と、かなり強い口調でしつこく要求したのだが、何を言っているかわからないというフリをされたらしい。



 翌日、『サケセイメン』が()()()()()()()()事が、ペヨーテ競竜協会から発表された。

競争は七頭立てで行われ、クリークの『カフィ』が、ラムビーの『パウワウ』、オースティンの『レジサイド』の追走を抑えて勝利した。



 翌日の夕方、岡部たちは開放される事になった。

真犯人が出頭してきたらしい。

その人物は麻薬密売組織の下っ端で、殺された運転手とは以前から金銭のやりとりで衝突していたと供述しているらしい。

「まさかお前が麻薬密売組織と関わっているとは驚きだよ」と、保安官は岡部に悪態をついた。



 翌朝、岡部はカウティリヤたちの訪問を受けた。


「全世界に今回の事を報じてやりましょう!」


 ブッカの番記者がそう言って微笑んだ。

岡部は渋ったのだが、カウティリヤは「そういう約束でしたよね」と微笑んだ。


 大宿に部屋を用意してもらい、岡部はアブパラサーラン局の取材を受ける事になった。


「『ペヨーテは自由と正義の国だ』 私の親友は自信に満ちた顔で私にそう自慢した。自分の国が素晴らしい国だと誇れる、そんな親友を私は心から羨ましいと思った。その後出会った彼の友人たちも、非常に気持ちの良い若者たちだった」


 昨日、警察が私に向かって言った。

私は麻薬密売組織と関わりのある人物なのだそうだ。

私が密かに麻薬密売組織に連絡し、身代わりの容疑者を立てさせたという事らしい。

初めてこの国に来たのだが、警察の中ではそういう事になっているらしい。

この国が正義の国だというのならば、私は悪という事になるのだろう。

主三国の地位を脅かす存在、そう考えれば確かに私は悪なのかもしれない。


「親友には申し訳ないが、この国の風土には大変がっかりさせられた。自分の信じる正義のためなら何をしても許される。そんな考えがまかり通る国なぞクソくらえだ」



 取材が終わると、岡部たちだけを乗せた竜運機がペヨーテを発った。

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