表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
454/491

第28話 東へ

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村、真柄…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 翌日、浜松の大宿で祝賀会が行われた。


 櫛橋厩舎の面々が駆けつけており、岡部厩舎の面々も参加。

残念ながら長井と中里は幕府で留守番だったが、池田は来ていて、久々だねと言って岡部に酌をした。

競争後の一件を櫛橋はまだ怒っているらしく、岡部の隣の席に座り込み犬童を牽制し続けている。

岡部も隣からのただならぬ殺気に怯え、酌をして機嫌を取っている。


 めでたい酒宴だというに義悦は頭を抱えていた。

今回の勝利で櫛橋の伊級昇級が確定から決定になったからである。

ここまで『上巳賞』『蹄神賞』『藤波賞』を制してきた櫛橋は、『海王賞』の勝利で呂級賞金一位も決定したのだった。


 伊級は十五頭まで所有できる。

だが伊級の幼駒はあまりにも高額で、最初に伊級に上がった岡部ですら、未だ七頭しか管理できていない。

今年の新竜二頭を入れても九頭。

杉にいたってはまだ六頭しかおらず、今年の新竜でやっと七頭。

松井は樹氷会が頑張って竜を用意してくれたのだが、やはり資金の問題で五頭が限界だったらしい。


 現状で松井の分まで新竜の提供はできておらず、当然、櫛橋に提供する新竜などいるはずがない。

さらにめでたい事に、火焔会の樋口が『金杯』を勝って、現在呂級三位につけている。


 他所から買えば良いと、みつばは簡単に言うのだが、そもそも開業時の七頭の竜を買い揃えるだけでも、かなりの金額なのだ。

短期間にポンポンと伊級に昇級されてしまい、会の戦略は見事に狂いまくっている。


 幸いな事に岡部の稼ぎは、岡部と杉の初期の竜の購入費を回収した上で、かなりの額のおつりまで出て、櫛橋の開業七頭を揃える資金には問題は無い。

必死に捻出しても五頭しか用意できなかった杉の開業に比べれば、そこは改善できている。

だが会派としては、自分の牧場から新竜を提供したいのである。

急いで肌竜を買い揃え、本来なら今年から、毎年一、二頭の安定供給が叶うはずだった。

ところが松井の昇級で怪しくなり、櫛橋、樋口の昇級で破綻する事になった。

既に樹氷会と火焔会には、新竜の提供はまだ困難だと説明はしてあるのだとか。


 申し訳ないと謝罪する義悦に櫛橋は、「七年先を見通す運営は、さすがに無理がありますよ」と苦笑いするしかなかった。


「七頭用意してもらえるだけで、うちは御の字ですから。無理はせんといいてください」


 そう言って微笑んだ。


 櫛橋はそう言うのだが、義悦には、それで済ませられない理由がある。

『史上初の女性伊級調教師』という圧倒的な注目度である。

新竜が用意できないという恥ずかしい懐事情は、すぐに報道されてしまうだろう。

岡部が「来年の新竜は櫛橋厩舎で良い」と言ったのだが、「注目度が変わらない岡部厩舎からでは意味がない」と大崎が苦笑い。

「私の方から、杉先生に事情を説明するよ」と最上も額に手を置いて参ったという表情をした。


 「斯波さんも時間の問題でしょうけどね」と、櫛橋がボソッと呟くと、最上と義悦は二人揃って頭を抱えてしまった。

畳みかけるように岡部が「紅花特運が海外輸送用の輸送機を持つのは、いつになるんだろう」と呟くと、大崎の顔が引きつり、「長い目で見てやってください」と乾いた笑い声を出した。




 九月に月が替わり、ペヨーテ遠征の月がやってきた。

岡部は『ジョウラン』を『大空王冠』に出走させるよう成松に指示した。

それと、『サケホウギ』が飛燕になるようなら、新竜戦に出して欲しいと指示。

太宰府の方は能島に撤収をお願いした。


 昨年だったら、こんな指示で運営をすることは到底無理だっただろう。

だが、昨年一年で成松と新発田、能島と荒木が頼もしく成長してくれて、岡部不在でも、そこまで大きな問題無く厩舎運営できるようになったのである。

特に、デカン遠征の時に岡部不在でも『天皇杯』を取れたというのは、皆、かなり自信になったようである。




 翌週、岡部たちは『サケセイメン』の『ミリオンステークス』挑戦のため、ペヨーテに飛んだ。

今回の随員は、服部、三木、関口、真柄、赤井、小平、魚住で、前回のゴール遠征から若干変更している。

突然の報道だったために、さすがにスィナンとブッカは遠征準備ができなかった。

だが、カウティリヤがどうしても行きたいとブッカに頼み込んだらしく、遠征してくる事になった。


 福原空港からペヨーテのシカアクワ空港までは約半日かかる。

十一時に出発した竜運機がペヨーテに到着したのは、時差の関係で翌朝の七時。


 シカアクワ空港に降り立った岡部たちを、ペヨーテ競竜協会の職員が出迎えた。

 ペヨーテ語は非常に複雑で、基本はゴール語に近いブリタニス語らしい。

そこにペヨーテ独自の単語や言い回しが混ざってペヨーテ語を形成している。

岡部たち瑞穂の人間からしたら、どれも意味不明な外国語なのだが。

ペヨーテの職員は瑞穂語で『ペヨーテにようこそ』と言って、右手の平を岡部たちに向けた。


 空港にはすでに竜運車の準備がされており、竜を竜運車に乗せ換え、入国の手続きを行った。

竜運車を見送った後、空港外に用意された輸送車に乗り込み空港を離れた。



 ペヨーテは、東部、中部、西部で、それぞれ別々の競竜会社が運営している。

三つの競竜協会を束ねているのがペヨーテ競竜協会。

この方式は、かつて瑞穂で止級を運営していた競竜場連合の組織に近いものがある。


 競竜場も、東部、中部、西部でそれぞれ二か所づつ、合計六か所ある。

東部はモヒカンとレナペ、中部はピオリアとイリノイ、西部はトングヴァとクメアイ。

今回のミリオンステークスは中部のイリノイ競竜場で行われる。


 イリノイ競竜場はシカアクワ市の北西の外れにある。

シカアクワ市の東には五大湖の一つミシガン湖が広がっているのだが、そこから西に行った、かなり内陸に競竜場はある。

市の中心部から離れた住宅街のど真ん中という、かなり集客の見込める地に建っている。

ミシガン湖から用水路を引き、巨大なため池を作り、そこを競竜場にしている。

火災の際はここから水を汲んでいく事もあるのだとか。

ただ、さすがに、そのような無理をしたため厩舎棟は併設できず、そこから東にかなり行った川沿いに調教場を別で設けている。

普段は調教場で調教し、競争のある竜だけ、前日に競竜場に輸送するという形態をとっているそうである。

調教場から競竜場までは広い高速道路が通っていて、三十分程度で輸送ができる。

競争の前日には竜運車が何往復もするのだとか。



 シカアクワ調教場に降り立った一行は、『サケセイメン』を案内された仮厩舎に移し、三木と関口を残してシカアクワの大宿へと向かった。

荷物を部屋に置き、岡部は魚住と協会の通訳を伴ってイリノイ競竜場に向かった。

競竜場そのものは大きいのだが、確かに厩舎棟は非常に狭い。


 厩舎棟内の事務棟の一角に専用の記者会見室があり、そこに岡部は向かった。


 控室にはすでにカウティリヤが来ていた。

カウティリヤは岡部を見ると大喜びで駆け寄ってきた。


「ブッカ先生が来れないという事ですから、私がブッカ先生から報道をお借りしてきましたよ」


「そうですか。必ず何かあるだろうから、しっかり仕事してもらいたいですね」


 それがどういう意味なのか、カウティリヤは一瞬わからなかったが、後ろの通訳に言ったものだと理解した。


「特報が世界に打てると喜んでますよ」



 会見では、カウティリヤへの質問はほんの少しで、岡部に質問が集中した。

岡部としては、まだペヨーテの競竜の質がわからないので何とも返答しづらかった。

結果として、これと言って記事になりそうも無い、何とも微妙な会見で終わってしまったのだった。


 会見室から出るとクリークが待っていた。


「長旅ご苦労さま。どうだい、ペヨーテは」


「調教場を見たけど、あの調教路は良いよね。六頭まで一緒に調教できるなんて」


「これでもうちは狭い方なんだよ。ピオリアの方はもっとだぞ。八頭まで調教できるんだ」


 それにはカウティリヤも素直に、「それは凄い!」と感動している。


「前も言ったけど、ここは自由と正義の国だ。何かあったら些細な事でも良いから教えて欲しい。皆、悪は絶対に許さないから!」


「わかった。問題が起きたらすぐに連絡するよ」


「我慢はダメだぞ。我慢しても、お互い良い事なんて何も無いんだからな」


 「後で友人を紹介するから一緒に呑もう」とクリークは岡部の肩を叩いた。

さらにカウティリヤを見て微笑み、「もちろん君も一緒だぞ」と言って去って行った。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ