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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
452/491

第26話 独白

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村、真柄…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 帰国してすぐに病院に向かい、奈菜は精密検査を受ける事になった。

 検査の結果、頬骨にひびが入っている事が判明。

しばらくは腫れが酷く、食事の都度痛むから、なるべく柔らかい物、できれば流動食を食べさせて欲しいという事だった。

さらに肋骨が二本折れていた。

体の傷も深いものは縫う事になった。



 翌日、八月に月が替わり、奈菜の登校日となった。

だが、しばらくは学校は休ませるのが無難と岡部は判断した。

同学級の子が奈菜に悪戯するのを恐れたからである。

そのように学校に申し入れたのだが、電話ではなく直接学校に言いに来いと言われてしまったのだった。


 奈菜と一緒に職員室に行き、岡部は再度事情を説明した。


「我々教師がおるんですよ? そないな事になるわけないやないですか。それに、岡部さんだけを特別扱いなんてできません」


 そう担任の若い女性教師は甲高い声で喚き散らした。


「先生だって四六時中児童に目を光らせているわけじゃないでしょ。もし何かあったら、どう責任を取っていただけるんです? 具体的に言ってくれませんか」


「はあ? 何を言うてるんですか? 怪我したんはそっちの勝手でしょうが。何で私が責められなあかんのです?」


 横目で奈菜を見ると、奈菜は明らかに担任の態度に怯えていた。


「教育機関なのですから、子供一人一人に寄り添った接し方をするのは当たり前なんじゃないんですか?」


「岡部さん。ここは競竜場やないんですよ。学校いうとこは、子供の方が学校に合わせる場所なんです。教師の言う事に児童は盲目的に従う。それが学校いう場所なんですよ」


 煽るように言う担任に岡部は強い嫌悪感を抱いた。


「だから子供たちに暴力をふるうわけですか。聞いてますよ。あなたがすぐに子供たちに手を上げているという事は」


「口で言うてもわからへん子には痛みで覚えさせるしかないでしょ! 郡の教育委員会の指導にはなんら違反はしていませんよ」


 へらへらと薄ら笑いを浮かべながらの発言に岡部は完全に腹を立てた。


「ならば、校長に間に入ってもらおうじゃないですか」


 そう言って岡部と担任、奈菜は校長室へ向かった。


 岡部の話を聞いた校長は、「さすがは伊級調教師として日頃から竜を育てているだけあり、岡部さんの主張は至極真っ当」と感銘を受けた。


「そやけど、残念ながら現実には見ている児童の数が多く、中々、そういうわけにはいかへんのです。とはいえ、その理想をハナからかなぐり捨てるいうんは論外やと私も思いますね」


 そう言うと校長は担任の顔を見てがっかりした顔をした。


「学校いう所は教育機関であって、軍隊やないんですよ。家畜に芸を仕込むように接するなど、もっての他や。教育委員会の指針通り? 何をどうしたらそないな曲解ができるんやら」


 そう言って担任を叱責した。


「ただ、残念な事ですけども、小学校は義務教育なんです。骨折くらいで休ませる事は、本来はできへん事になってるんです。そやけどまだ二年生ですからね。岡部さんの危惧するような事も十分起こりうるでしょうね」


 今回は事情が事情なのでやむを得ないと校長先生が言ってくれた事で話は収まった。




 『海王賞』の季節がやってきた。

本来、八月は岡部にとって最も忙しい月である。

毎年、夏バテしそうになるほどの移動の連続のはずである。

だが、奈菜が一緒にいて欲しいと甘えるため、岡部は身動きが取れず、電話での指示に終始している。

そうは言っても、どうしても新竜の調教計画と出走の判断は直接せねばならず、太宰府に行かなくてはならなかった。


 小学校で揉めた次の日、さっそく岡部は太宰府に向った。

梨奈は旅行の疲れで未だに熱が引いていない。

直美は帰りの飛行機でまた派手に乗り物酔いし、二度と海外には行きたくないと唸っていたが、さすがに三日経ち回復。

幸綱を幼稚園に送ってもらい、梨奈の看病をお願いし、奈菜を連れて太宰府に行く事にした。


 電車の車内では、梨奈のスキャット帽を目深に被った奈菜が、べったり岡部に甘えている。

八月である。はっきり言って暑くるしかった。



 奈菜の手を引き太宰府競竜場へと向かった。

岡部が仕事してる間、奈菜は三木が面倒を見てくれていた。

岡部たちのゴール遠征の話は日競新聞が逐一報道していて、何があったのかは太宰府にも聞こえている。

あのゴールへの悪態演説も瑞穂でばっちり流れていたらしい。


 痛々しい奈菜の状態を見て、三木が涙ぐんでしまった。

そんな三木を奈菜が心配して「お姉さんもどこか痛いの?」とたずねた。

その言葉に何かが溢れてしまい、三木は事務室から飛び出して本気で泣き崩れてしまった。

その姿を見た魚住がかなり心配している。


 事務室に戻った岡部は、『コンコウ』を『海王賞』に、『シュツドウ』と『センカイ』を『潮風賞』に、それぞれ出走させる方針を能島に示した。

また、『センボウ』は新竜戦にだけ使って、放牧に出す事にした。

鞍上は重賞出走の三頭は、前回と同じ騎手、『センポウ』には服部を乗せる事にした。


 そそくさと帰ろうとする岡部に能島は、「少しゆっくりしていったらどうだ」と言って微笑んだ。

宿を取っていないと言うと、寮に泊まれば良いだけと笑い出した。

家の惨状を説明してやっと納得してくれた。


「悲惨だったみたいですね。ゴール遠征」


「何かやってくるだろうとは思ってましたけど、まさか娘を誘拐してくるとはね」


 岡部は奈菜を抱き寄せ、頭を撫でた。


「娘さんも命に別状が無くて良かったよ。先生は意外と気が短いからね。ゴールに何をするか、わかったもんじゃないものなあ」


「例えばどんな?」


「あっちこちに働きかけて、各国にゴールへ軍隊を差し向けてもらうとか」


 無言で思案を始める岡部に能島の笑顔が引きつる。


「……否定しましょうや」


 「怖い怖い」と言いながら、能島は優しい顔を浮かべ、林檎果汁を飲んでいる奈菜の頭を撫でた。



 ――昨日、例の岡部の悪態演説を受け、国際競竜協会の会合が緊急で開かれている。

当初、準三国はゴール競竜協会の無期限活動停止を要求したらしい。

ペヨーテも処分は当然という雰囲気だった。

だが、ゴールの代表が瑞穂の代表に謝罪し、今年の『グランプリ』を「不成立」とする事と、遠征費用を弁償する事で許して欲しいと言い出した。

ゴールの理事長は今回の件で解任されている。

全て前任の頭のおかしい理事長が独断でやった事なのだからと。


 デカンとパルサの代表は馬鹿にしているとゴールを非難。

ようは陛下の竜に物言いが付いたから無かった事にしたいだけじゃないかと。

だが、当の瑞穂の代表が簡単に折れてしまった。

恐らく、会議の前に何かしら言い含められてしまっていたのだろう。

ブリタニスの代表も納得いかないという風だったが、瑞穂がそれで良いのであればと事を収める事にした――



「当の僕らには謝罪一つ無しですよ」


「馬鹿にするにも、ほどがあるよね」


 能島が憤りながら珈琲を一口口にした。


「で、今後、遠征はどうするんです?」


「どうしましょうねえ。こっちの雰囲気は、どんな感じなんですか?」


「さまざまな意見がありますが、全体的には別の国に遠征して、悪い印象を払拭したいという感じですかね」


 聞こえてくる話からして問題があるのはゴールだけ、それなら別の国に遠征して、そこで栄冠を掴みなおせば良い、そういう意見が多数を占めているのだそうだ。


「そうですか。それはまた頼もしいですね」


「まあ、うちらは留守番でしたから、ゴールの状況を体感してないですからね」


「なるほどね」




 『コンコウ』『シュツドウ』『センカイ』は順調に予選一、予選二を勝ち上がり、『コンコウ』は最終予選に向けて、浜名湖に輸送される事になった。

それに合わせて成松が浜名湖へ向かった。

最終予選が終わると、成松がかなり焦った様子で、すぐに浜名湖に来て欲しいと岡部に電話してきた。


 奈菜は毎日梨奈に勉強を見てもらっていて、この頃には、痛いながらも柔らかい物なら食べれるようになっていた。

直美か梨奈が付き添わないと便所に行けなかったのも、何とか自宅でなら一人で行けるようになっている。

そんな奈菜が浜名湖に行きたいと駄々をこねた。

だが岡部は、「怖い人たちが来るからダメだよ」と諭して、一人で浜名湖へ向かった。



 浜名湖で岡部を待っていたのは、オースティン、ベルナドット、クリークの三人だった。

オースティンは岡部を見ると、「『海王賞』がどうしても見たくなって見に来た」と述べた。

「その前に岡部の竜を見せてはもらえないだろうか」とクリークが微笑む。

「名目上は視察だから協会から金が出てるんだ」と二人は笑い出した。

ベルナドットは、どうにもバツが悪いようで居心地悪そうにしている。


 唐突にオースティンが「娘さんの具合はどうか?」と聞いてきた。

ベルナドットがいっそうバツが悪いという顔をする。


 奈々の病院での診断の結果を報告すると、オースティンとクリークは目を見開いて驚いた。

 ベルナドットはブリューヌからある程度を聞いており、悲痛な顔をしている。


「骨が折れるほど幼児を暴行したとか……常軌を逸してるな。で、精神的なところはどうなんです?」


 大きく息を吐いてから、岡部は返答した。


「暗闇と、一人になる事を極端に怖がるようになったよ。時折、あの時の事を思い出すらしくて、お腹をさすってる。まだ、毎晩震えて一人じゃ寝れないし、どうにも便所が怖いらしく、おねしょする事もある」


「外傷は時間経過で治るだろうが、心傷は一筋縄じゃいかないだろうな……」


 するとベルナドットが、「申し訳なかった」と言って頭を下げた。


「枠順抽選会の後、ルフェーヴルは個別に記者の取材を受けていて、それを私は聞いてしまったんだ」


 「瑞穂の二頭はかなり強いが『トライアンファル』は大丈夫か?」と質問されていた。

ルフェーヴルはにやりと笑い、「()()()()()二頭は非常に危険な存在だ」と言っていた。

記者は何も疑問に思わなかったようだが、私はその発言に疑問を持った。

『出てくれば』とは、どういう意味だろう?


 翌日その謎は解けた。

岡部と武田は当日になって回避してしまった。

それどころかスィナンたちも回避し、四頭立ての競争になってしまった。

ルフェーヴルは「『トライアンファル』の強さに怖気づいたのだろう」と大笑いした。

「腰抜けどもめ!」そう言って君たちをなじった。


「だが、帰国前の君のあの会見だ。私は、あの時ほど、ゴールの協会に所属している事を恥じた事は無かったよ」


 そう言ってベルナドットは両拳を強く握りしめた。


 ベルナドットの独白を、オースティンとクリークは冷ややかな目で聞いている。

岡部はベルナドットに目も合わさなかった。


「やっちまった事を悔いても無かった事にはできんよ」


 クリークが冷ややかにベルナドットに言い放った。


「別にベルナドットがやったわけじゃないよ。むしろ、彼は僕のために色々尽力してくれた」


「は? 許すってのかよ。愛娘を誘拐して暴行した『皇帝の愚民』を」


「許せるわけがないだろ! できる事ならゴール人など皆殺しにしてやりたいぐらいだ。ただ、彼が紹介してくれたブリューヌが娘を助け出してくれたんだよ。そうじゃなきゃ今頃娘は……」


 岡部の怒りに任せた発言に、ベルナドットは拳を握りしめて俯いてしまっている。

そんな二人をクリークは鼻で笑った。


「甘いな! 優しいのでは無く甘い! 本来ゴールの協会は、あんな軽い処分で許されるべきじゃないんだよ。無期限活動停止が相応なんだ。それだけの事を奴らは君たちにしたんだよ!」


「僕からしたら、残念だがブリタニスもペヨーテも同じだよ」


 その言葉にオースティンはドレークの件を思い出し、やむを得ないという顔をした。

だがクリークは露骨に心外だという顔をした。


「おいおい。うちらをこんな鬼畜と一緒にしないでくれよ」


「ペヨーテに行ったって同様の事が起きるさ。準三国に勝たれるわけにいかないからな」


「ペヨーテは正義の国だ! あんなしょうもない事はしない! 正々堂々だ!」


 そんなクリークを岡部は鼻で笑った。


「ラムビーがきっと何かしてくるよ」


「もう一度言う。ペヨーテは正義の国だ! ラムビーが何をするか知らんが、周囲がそれを是とするわけないだろ!」


「そんな大きな事を言うもんじゃない。それで何かあったら立つ瀬が無くなるぞ。僕は自分の周囲が傷つくのを、これ以上見たくない」


 その岡部の態度がクリークにはどうにも気に入らなかったらしい。


「何も知りもしないで! 一度でもペヨーテに来てみてから、そういう事を言えよ! 出走回避したんだから竜は元気なんだろ。うちに来てみたら良い。私の言ってる事が理解できるはずだ」


「『ミリオンステークス』か……」


「もし何かあったら、すぐに私に言ってくれば良い。私のお抱えの弁護士が裁判でいくらでも賠償をもぎ取ってくれるさ。私の番記者も全てを暴いて世界に報じてくれるよ」


 「行くなら私は今回は別の竜だなあ」とオースティンが呟く。

ベルナドットは「今回は私は行かない、ただブリューヌには話をしておく」と言った。


「……わかった。検討してみるよ」

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[良い点] 更新お疲れ様です。 [気になる点]  あー、これは初代皇帝の辞書に「不可能」という文字は無いけど、今上コーテーの辞書には「恥」という文字が無かったわけだw 下手に帝政残したせいで旧貴族の特…
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