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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
451/491

第25話 救出

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村、真柄…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 岡部たちが現地に到着したのは、スィナンの用心棒たちが突入し、銃撃戦を経て、奈菜の安全がかろうじて確保できたくらいの頃だった。

雰囲気からして、自動車の解体工場といったところだろうか。


 三人の男性が横倒しになった椅子に縛られた奈菜を守り、他の人物が銃撃戦に及んでいる。

双方に何人か負傷者が出ていて、用心棒たちは、負傷した誘拐犯を奈菜の弾除けとしている。

だが誘拐犯たちは、盾にされた誘拐犯もろともスィナンの用心棒を銃撃してきている。


 パンパンという破裂音がひっきりなしに鳴り響いている。


 用心棒たちは岡部に向かって、何やらゴール語で叫んだ。

ブリューヌが岡部たちにそれを伝えようとしたのだが、通訳を連れて来ておらず意思の疎通が上手くできない。


 岡部たちの反応が鈍いとみた用心棒の一人が、奈菜を縛っている紐を切り、自分の着ている白服を奈菜に巻き、抱きかかえて車に向かって走った。

だが、途中で腿を撃ち抜かれて転んだ。

用心棒が自分の体を盾にして奈菜を大事に抱きかかえて守る。

だが残念ながら、それ以上身動きが取れなくなってしまっている。

銃弾がその用心棒のすぐ近くの地面に着弾。


 真柄と山崎が車を飛び降り、奈菜を受け取りに走る。

二人を狙った銃弾の一発が真柄の頬をかすめ血が滴る。

真柄が奈菜を抱きかかえ、山崎がその辺に落ちていた鉄板を盾に、スィナンの用心棒を引きずって車まで戻った。


 何度も鉄板に銃弾が当たり、甲高い金属音を派手に打ち鳴らす。

車の陰に隠れた真柄が奈菜を岡部に渡す。

それと同時に車の後部の停止灯に弾が当たり、派手な音と共に砕け散る。

持っていた鉄板を用心棒に渡し、真柄と山崎が車に乗り込む。

それを確認してブリューヌは車を急発進させた。



 奈菜に触れると、なんとか脈はあった。

何度か強くはたかれたようで、頬が腫れ黒く痣ができている。

巻かれていた白い布をめくってみると、この日のために買った向日葵の柄のワンピースがびりびりに破られ、下着も糞尿にまみれていた。

さらに体中擦り傷だらけ。

強く蹴られたようで、脇腹に靴跡がつき、酷く腫れている。

いくつか深い切り傷もあり、血が滴っている。


 岡部は目頭を強く摘まんだ。

後悔で泣きそうになるのをぐっと堪えた。



 大宿に到着すると、義悦たちが急いで駆け寄って来た。

小平や江間と言った厩務員も集まっている。


「なんとか無事です」


 そう言って岡部は皆を安堵させた。

スィナンがもっとも安堵しており、岡部も、ありがとうございましたと深々と頭を下げた。


 江間に受付に行って切り傷と打撲の薬を持ってきて欲しいと頼み、奈菜を抱えて二人で梨奈の待つ部屋へ向かった。

白い布に巻かれた奈菜を見て、梨奈は気を失いそうになってしまった。


「大丈夫。生きてるから。だけど、暴行を受けたらしいんだ」


 高熱を押して起き上がり、涙をボロボロ流して梨奈が奈菜の顔を撫でる。


 江間が来るまで、浴室で意識の無い奈菜の体をお湯で綺麗に洗い、大きな綿布でそっと拭いた。

薬箱を持って来た江間にお願いし、傷薬を奈菜の体の傷に塗り、顔の打撲痕にも薬を塗り、脇腹には湿布を貼り、包帯を巻いてもらった。

この間、奈菜は小指一つ動かさなかった。

大宿の寝巻を着せ、梨奈の寝床の隣に寝かせた。


 便所から帰ってきた梨奈は、発熱に耐えられなくなり、奈菜の手を握ったまま寝てしまった。

朝、ついに熱が三八度を超えたらしく、起きていられなくなってしまったらしい。


 岡部は一人掛けの椅子に腰かけ、昨日から泣き通しの幸綱を抱っこした。

姉ちゃんは帰ってきたものの、見るからに怪我だらけで良くない状況だと幸綱も察したらしい。

怖さで震えている。

抱きかかえて背中をぽんぽんと叩き続けると、幸綱は指を咥えて眠った。

どうも様子がおかしいと、額を触ると幸綱も熱を出してしまっている。


 少し体調が戻ってきた直美の部屋へ向かい、奈菜が見つかった事を告げ、幸綱の看病をお願いして梨奈の部屋へ戻った。


 痛ましい二人の姿に思わずため息が漏れる。江間も何と声をかければ良いものか悩み、無言で椅子に腰かけている。

そこに武田がやってきた。


「どうなん、家族の状況は?」


「地獄絵図だよ。奈菜は気絶したままだし、梨奈ちゃんは高熱が出ちゃってるし、幸綱まで熱が出てる」


 赤い顔で「ふうふう」と小刻みに息をする梨奈、ぴくりとも動かない奈菜を見て、武田もやるせないという顔をする。


「おばさんはいったい何があったん? 風邪でもひいたん?」


「頭痛が酷いんだって。長時間の飛行機で酔ったらしい。どうやら途中で何度も乱気流に巻き込まれて、機体が大きく揺れたらしいね」


「なんや、おばさん、飛行機ダメやったんか」


 あまりの惨状に武田はもはやどんな顔をしていいかすらわからない。


「北国や南国行った時は全然大丈夫だったんだよ。だけど長時間はダメらしいね。本人も初めて知ったんじゃないのかな」


 奈菜をじっと見つめる武田を見て、岡部はため息をついた。


「ところで華那さんの方はどうなの? 昨日はかなり取り乱した感じだったけど」


「祖母ちゃんがずっと付き添っとるんやけど、まだあのままや。あれから何遍も便所で吐いとる。当分、立ち直れへんかもな。立ち直ったとしても深い心傷が残るかもしれへん」


「華那さんのせいじゃないのにね。むしろ被害者なのに」


 二人は大きくため息をついた。


「なあ、お昼食べに行かへん。君、昨日の昼から何も食べてへんやろ」


「奈菜も食べてないからね。奈菜が起きたら一緒に食べるよ」


 ここまでピクリと動かない奈菜を、武田は再度痛ましいという顔で見た。


「こない幼い女の子に、ようこないな酷い事ができるもんやな」


「この国には、西方人以外は人じゃないと思ってる頭のおかしい奴が一定数いるってブリューヌが言ってたよ」


「控え目に言って人でなしやな……」




 昼過ぎ、奈菜は意識を取り戻した。

錯乱して、何が何かわからず大暴れした。

突然暴れ出し、梨奈が腹と胸を蹴られて、うずくまっている。


 目をぎゅっと瞑り、悲鳴をあげ、大暴れする奈菜を、岡部は寝床から抱き起し、抱きしめ続けた。

殴られ、引っかかれ、蹴られても、なお抱きしめ続け、何度も何度も、「奈菜、父さんだよ」と声をかけ続けた。

徐々に体力が切れてきた奈菜は、やっと父の声と匂いに気付き、落ち着きを取り戻し、暴れるのをやめ、恐る恐る目を開けた。


「奈菜。もう大丈夫だよ。父さんが一緒だから」


「父さん? ……とぉぉぉさぁぁぁん!!」


 岡部に強く抱き着いて、奈菜は大泣きした。

何かに安心しきったのだろう。

粗相してしまい、岡部の服を濡らしてしまった。


「大丈夫。もう怖くないよ。父さんが一緒だから。ね」


 「お風呂に行って、お着替えしようね」と優しく言うと、奈菜は泣きながら、「父さん、父さん」と何度も声を絞り出した。


 風呂に行き、体を湯で流していると、奈菜は突然嘔吐して泣き出した。

固形状ではなく泡のような物を嘔吐したのだが、かなり血が混じっている。

抱き寄せて背中をさすっていると、徐々に落ち着きを取り戻した。


 浴室から出て、もう一度江間に傷薬を塗ってもらい、湿布を貼り直してもらったのだが、その間も奈菜は泣いたまま。

朝顔柄のワンピースに着替えると、ほんの少しだけ落ち着いた。


 その後、岡部も体を湯で流して服を着替えた。

その間に江間が綿布で床を拭いてくれていて、「奈菜が目を覚ましたよって皆に言ってくるから待てってね」と言うと、奈菜は酷く怯え、強く抱き付いて「行っちゃ嫌だ」と泣き出してしまった。

仕方なく報告は江間にお願いした。


 そこから奈菜は岡部に抱きついて、震えて泣き続けた。

途中何度も気持ちが悪いと言って便所で嘔吐。

その都度、岡部は「大丈夫、もう怖くないから」と言い続けた。


 奈菜がお腹が空いたと言ったのは、その日の夕方だった。

だが、野菜煮込みしか口にせず、急に頬が痛いと言って泣き出し、気持ちが悪くなってしまい、結局食べたものは全て嘔吐してしまった。

このままでは体が持たないと感じた岡部は、何か甘い飲み物を用意して欲しいとお願いし、『ジュドペッシュ』という桃の果汁水を飲ませた。


 夜になると奈菜は誘拐時の事を思い出してしまったようで、恐怖で蒼白となり、無言で震え出してしまった。

そこで寝床をくっつけて梨奈との間に寝かせた。

部屋を少し暗くしただけでぽろぽろと涙を流したので、電気を点けたまま寝る事にした。

結局、一晩中奈菜は岡部にぎゅっと抱き着いていた。



 翌朝、一晩経った事で奈菜は少し安心感が戻ってきたらしく、嘔吐したりはしなくなった。

奈菜の方からお腹が空いたと言ってきたし、昨日の桃がまた飲みたいと言ってジュドペッシュを飲んだ。

そんな姉の姿を見て安堵したらしく、幸綱も、まだ熱は引かないながらも笑顔を見せるようになった。

直美はやっと体調不良から回復、梨奈も熱が三七度台前半まで下がり、奈菜の世話ができるようになった。

おかげで岡部も少し余裕ができた。


 その少しの余裕で厩務員に連絡し、真柄と関口を中心に引き上げの準備をしてもらった。

真柄の頬には不格好な綿紗が貼られている。


 赤井、小平、関口の三人は、前回のデカン遠征とのあまりの違いに、ゴールは最低の国だと喚き散らしている。

義悦と信勝会長たち一行も、観光の予定を取りやめ、帰りの飛行機を二日早めて、この日の午後に帰る事にした。



 引き上げる前に、岡部と武田は、スィナン、ブッカと共に記者会見を行った。

ゴールの報道は全て追い出し、アル・マルマート局とアブパラサーラン局が中心の会見だった。

その映像は両報道局から世界へ向けて配信される事になった。


「僕は調教師になってから、何度も繰り返して協会から言われ続けた事がある。それは『公正競争の原則』です」


 岡部は映写機をじっと見つめながら言った。


 準三国は公正競争の意識が低い、主三国の協会から繰り返し繰り返し指摘されたと聞いている。

主三国の公正競争の意識がどれだけ高いものなのか、それを視察させてもらうのも、今回の目的の一つだった。

それだけ何度も言ってきたのだから、舌を巻くほど素晴らしい意識であるはず、そう信じていた。

だが、空港に降り立ってから、今この瞬間まで、見るべき事は何一つ無かった。

何も知らずにゴールに来れた事を喜んでいる、わずか六歳の女児を便所に侵入して誘拐し、暴行を加える。

その一方で出走を取り消せと脅迫してくる。

この行為のどこに公正さがあるのか。


 なぜ自分が主三国の中でゴールを選んだのか。

瑞穂に来たゴール人が素晴らしい人物だったというのもある。

だが一番は、同じ君主制の国であるのだから、君主の顔に泥を塗るような真似はするまいと考えたからだ。

だが、現実はどうだ。

陛下の竜を勝たせる、たったそれだけのために、私の幼い娘を誘拐し暴行したのだ。


 そこで岡部は一呼吸置き、キッと映写機を睨みつけた。


「陛下の臣民とやらは、単なるクズの変態野郎だった。それがゴールの皇帝の意向なのだ。うちの天皇陛下の徳に比べたら、まるで山賊の首領のそれだ。とんだ恥ずべき国に来てしまったものだ。今、非常に後悔している。こんなゴミみたいな国、来るんじゃなかった」




 奈菜は、帰りの飛行機が岡部と違うのは嫌だと言って駄々をこねた。

もう電車には乗りたくないと泣き出してしまった。

その姿に信勝会長夫妻が悲痛な顔をする。

実際のところ梨奈はまだ熱が引いておらず、幸綱も熱が出ている。到底、直美一人で奈菜の面倒までみれる状態ではなかった。

自分が家族と一緒に帰ると言って、服部が奈菜と席を交換する事になった。

そんな服部に、梨奈たちの面倒を頼むとお願いした。



 奈菜は出国するまで岡部の服を掴み続けていた。

離陸すると、気圧の関係か、体が痛い、顔が痛いと言って泣き出してしまった。

岡部は奈菜を膝に座らせ、頭を撫で、怪我の少ない腰の上を抱き、何度も優しく頭を撫でた。


「父さんが一緒にいてあげるからね。痛いのもすぐに良くなるから」


 そう言って奈菜を落ち着かせた。


「ほんまや。ちょっと、いたいの、へった気がする」


「じゃあ、飛行機が揺れない間はこうしててあげるね」


 その姿を見て、小平と江間は涙を零した。

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