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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
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第24話 誘拐

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村、真柄…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・ラーダグプタ・カウティリヤ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・ギョーム・エリー・ブリューヌ…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 ――義悦の話によると、ロワシー空港に到着した一行は入国手続きをし、電車でシテ中心部の北シテ駅に向かったらしい。

 荷物が大きいので、まずは一旦大宿に行って荷物を置き、その後、自由行動にしようという事になった。

その為には、北シテ駅で電車を乗り換えねばならない。


 武田の妻華那は、自分の子が男の子ばかり三人というのもあって、かねてから奈菜を非常に可愛がっている。

奈菜は極度の人見知りではあるものの、これまで食事会などで何度も華那と顔を合わせており、その都度可愛がられているため、かなり懐いている。

幸綱は、幸正や武田の息子信智兄弟と元気にはしゃいでいたらしい。

まなみは信勝会長夫妻が可愛がっていた。

ちなみに板垣には娘がいるのだが、夏風邪をこじらせてしまったのだそうで、今回は急遽お留守番になったのだそうだ。


 奈菜は何をするにものんびりで、発車時刻近くになって急に便所に行きたいと言い出した。

そう言う事なら私もと華那と二人で便所に向かった。

そのため一行は電車を一本遅らせ、北シテ駅の待合で待つ事になった。

信勝会長や、大崎、信智も実は便所を我慢していたようで、ついでに便所に行った。

関係者の家族が非常に多く、統率という面でどうしても難が出て、全体的に行動が遅々としていたのだった。


 直美が飛行機を降りてから目が回ると言って体調不良を訴えていて、梨奈はそちらに付き切りになっていた。

そのせいで奈菜の事は華那に任せきりになっていた。


 先に便所を済ませた華那が、外にいるからねと便所の外で待っていた。

ところが、いつまで待っても奈菜が出てこない。

焦った華那が奈菜の入っていた便所に行くと、そこには最上に買ってもらった奈菜お気に入りの背負い鞄と、信勝会長の写真が落ちていただけ。

奈菜の姿は無かった。


 蒼白の顔で華那は、みんなの下へと急いで戻った。

華那たちに何かが起こったという事は皆すぐにわかった。

それくらい華那の顔色は青ざめていた。


 駅構内を探そうという事になったのだが、いかんせん勝手がわからない。

そこで、鉄道警察へ通訳から事情を説明してもらい、監視映像の確認をしてもらう事になった。

一通り監視映像を見たゴールの鉄道警察は、特に怪しい人物はいなかったと結論付けた。


「怪しい人物なら二人いましたよ。華那さんが便所から出てしばらく後、ここで、一つの大きな旅行鞄を持った二人組の女性が便所から出てきています。この二人が極めて怪しい」


 そう義悦は映像を停止させて言った。

その映像を指差し、さらに指摘を続ける。


「そもそも二人で一つの鞄というのが不自然ですよ。二人で共有の鞄なら、普通は一人が外で鞄の見張りをし、交代で便所に行くんじゃないですか? しかも二人とも大きなつば広帽をかぶってる。恐らくは監視映像に顔が映らないようにするため。さらに二人とも皮手袋をしている。これも指紋が残らないようにしているのではないでしょうか。他の監視映像も確認し、この二人の行動を調査してください」


 義悦は睨むような目で鉄道警察に言った。

だが、鉄道警察は探偵小説の読みすぎだと笑った。


「その娘は単に迷子になっただけだ。だから捜索願いを出してくれ。見つかったら連絡するから」


 そう面倒そうに言われ、追い払われてしまったのだった――



 受付横の待合椅子で、梨奈、幸綱、華那の三人が泣いている。

華那は「自分のせいで奈菜ちゃんが」と、奈菜の背負い鞄を抱きしめて泣いており、幸綱は「姉ちゃんがいなくなった」と泣いている。

梨奈は高熱が出てきたらしく、紅潮した顔で、泣きながら椅子に深く座ってぐったりしている。

岡部を見ると「ごめんなさい」と、か細い声を絞り出した。


「大丈夫。奈菜は僕が見つけ出してみせるから。梨奈ちゃんは心配せずに体を休めてね」


 そう言って岡部は梨奈の肩を優しく撫でた。


 岡部は華那にも「必ず見つけ出すから」と言って肩をポンポンと叩いた。


「私、私、取返しのつかない事をしてしまった、私、どう償ったら良いか……」


 華那は恐怖で顔を蒼白させ、完全に取り乱してしまっている。

武田も「華那ちゃんのせいじゃないから」と背中を撫でたのだが、華那は「私のせいで」と床に四つん這いになり、わあわあと号泣。

その後、突然吐き気をもよおしたようで、便所へ駆け込んでいった。


 岡部と武田は顔を見合わせ、小さくため息をついた。

「華那を部屋に送ってくる」と言って、武田は信勝夫妻、子供たちと一緒に待合室を後にした。


 直美も非常に顔色が悪く、気持ちが悪い、目が回ると椅子から立ち上がれずにいる。

岡部が梨奈を担いで幸綱の手を引き、服部に直美を担いでもらい、それぞれ部屋へと向かった。


 寝床に寝かすと、梨奈は泣きながら、かき消えそうな声で「ごめんなさい」と呟き、そのまま気絶するように寝むってしまった。


 岡部のズボンを掴んで泣いている幸綱を抱っこして、椅子に座り背中をポンポンと叩いていると、服部が部屋に入って来た。

 直美は部屋に入ると便所に行きたいと言いだし、嘔吐してから力尽きるように寝床で眠ってしまったらしい。


 眠った幸綱を梨奈の隣に寝かせ、岡部は服部を見て大きくため息をついた。


「一刻も早く、奈菜を探し出さないと……」


「そやけど、この広いゴールでどうやって?」


「それだよな。まずは義悦さんたちのところに行こうか」



 再び受付前の待合に戻ると、信勝会長、義悦、それぞれの筆頭秘書の粟屋、大崎、大宿の支配人の五人が、今後の対応を検討していた。

岡部が姿を現すと、「どうやって見つけたものだろうか」と、信勝会長がかなり弱った顔で言った。

岡部と服部が席に着いたところで、武田と板垣も戻って来た。


 支配人が「警察の捜査を待つしかない」と言うと、信勝会長は支配人を睨んだ。


「奈菜ちゃんの便所に私の写真が落ちてたんやぞ! 最初から我々を狙うての犯行で間違い無いんや! 座して待っとったら奈菜ちゃんは確実に……」


 かなり焦った表情で信勝会長は叱咤。

粟屋、大崎、二人の筆頭秘書も信勝会長の意見に同感だった。

もしかしたら、すでに奈菜ちゃんはと、皆の脳裏によぎったが、さすがに誰も口にはしなかった。


 岡部は静かに何か思案し続けた。

大崎が声をかけようとしたが、こういう時は邪魔するべきでないと義悦に制された。


 皆、静かに岡部の発言を待った。

目を開け、すくっと立ち上がると、岡部は会議室を借りて欲しいと言って、どこかに連絡を入れようとした。

だが携帯電話を床に落としてした。

携帯電話を拾い、操作中にまた落として拾った。

その光景を見た大崎は、「冷静を装ってはいますが、かなり動揺していますね」と義悦に言った。

「この状況で冷静を装えるだけでも賞賛に値するよ」と信勝会長は言った。


 誰かに連絡をつけたようだが岡部には相手の言葉がわからなかったようで、支配人に訳してもらっている。



 一時間ほどして、大宿にスィナン、ブッカ、それとそれぞれの番記者がやって来た。

スィナンは事情を聴くと、「この事を他の誰かに言ったか?」と岡部にたずねた。


「まだ二人以外には言ってません。ゴールの協会はおろか、ベルナドットにも言っていません」


 それを聞くとスィナンは番記者と話をし、それが正解だと言った。


「恐らく組織ぐるみの犯行で、その首謀者はゴール競竜協会だろう」


 スィナンは協会が何か動いていないかを番記者に探らせた。

ブッカも馴染みの新聞社へ番記者を聞き込みに行かせた。

岡部も日競の吉田を呼び出し、状況を説明して情報収取に当たらせた。

信勝会長、義悦、武田も馴染みの記者を呼び情報収取を依頼。


 そんな先の見えない不安な状況の中、服部と板垣は調整のためにロンシャン競竜場に向かった。




 夕方頃、記者たちが大宿へと戻って来た。

だが、残念ながら有力な情報は何一つ無かった。

ここまでで集まった情報は、ほとんどが岡部、武田に対する話ばかりで、ゴールの競竜協会では、何かしら手を打たないといけないと言い合っていたという事くらい。


「これまで、こういった事ってあったんですか?」


 岡部がスィナンとブッカにたずねた。

スィナンもブッカも、しばらく考え込んだ。

両者とも海外遠征をし始めて、三十年以上になる。

その間、数々の嫌がらせや、犯罪行為を犯されてきている。


「十年ほど前だが、ガルディーズィという騎手が同じ目にあってる。市内観光中に息子が誘拐されているんだ」


「その方は何かゴールの恨みを買うような事をしたんですか?」


「私が『ミニストル賞』を勝った時の騎手だったんだ。誘拐され、その日の夕方、出走を回避しろと脅迫が来た」


 ここまでの話を聞く限りで、確かに状況がよく似ていると岡部は感じている。


「で、脅迫は無視したのですか?」


「誘拐の事も、脅迫の事も、後から聞かされたんだよ。競争に勝ってからな。知っていれば回避したさ」


 確かにスィナンの性格からすれば知っていれば迷わず回避しただろう。

恐らくその騎手もそれがわかっていたから黙っていたのだろう。


「で、その息子さんは?」


「……殺されたよ。死亡推定時刻は、競争の一時間前くらいだったらしい」


 スィナンの最後の発言を通訳が訳し終わると、一同は言葉を失った。


「今さらだが、事前に注意喚起すべきであった。申し訳ない」


 スィナンは謝罪し頭を下げた。



 すると扉を叩く音がして、岡部に電話だと受付の男性が報告してきた。

大宿の支配人に通訳をお願いし、岡部は支配人室へと向かった。


 支配人は音声を録音する機能を使って電話に出ていた。

電話の声は変声機で変えられていて、内容は瑞穂の二頭の竜の出走取消を求めるものだった。

支配人が娘の声を聞かせろと言ったのだが、「あのガキは眠ったままだ」と言って下衆な笑い声を発し、電話を一方的に切ってきた。



 会議室に戻った岡部と支配人は電話の内容を報告。

するとブッカが「回避するのが無難だ」とすぐに岡部に進言。

「可愛い愛娘を犠牲にまでして、わりに合う事じゃない」とスィナンも言った。


「僕は回避する。明日朝、そう申請する」


 武田がそう言って岡部を見た。

だが、岡部は黙ったままだった。


「スィナン先生。例の騎手の息子さんが殺されていた場所って、どこか覚えていますか?」


「さすがに覚えてないが、番記者に調べさせればすぐにわかるだろう」


「早急に調べていただけますか? 今からそこに行ってみます」


 岡部の発言に驚いてスィナンは立ち上がった。


「馬鹿な事を言うな! みすみす殺されに行くようなものだ!」


「娘のためなら、自分が犠牲になる事は厭いません!」


 真柄と山崎も立ち上がり、「自分も一緒に行きます」と厳しい目で言った。


「丸腰で行って何になる。相手は武装しているのだぞ。言葉だってわからんのだろう?」


 ブッカから冷静な口調で指摘され、真柄と山崎は気持ちを削がれてしまった。


 大きくため息をついた後で、スィナンは岡部の肩を両手で掴んだ。


「岡部。今から私が動かせる限りの人を動かす。特殊訓練を受けた者たちだ。私も回避するから、今回はお前も回避しろ」


「なぜそんな……」


「私だけじゃない。ブッカも回避する。決勝の半数の竜が回避だ。確実に何かあったと誰もがわかるだろう。どうかな?」


 岡部が周囲を見ると、ブッカたちが無言で頷いた。


「申し訳ありません。ご迷惑おかけしてしまって」


「気にする事は無い。誘ったのは我々だ。注意喚起を怠った責任もある」


 「自分も武装部隊を呼ぶ」とブッカが言ったのだが、「ゴール語のわかる我々が少人数で決行した方が良いだろう」とスィナンは言った。

「念のため、すぐ動かせるよう待機させておく」とブッカはスィナンに言った。


「明日、朝六時に決行する!」




 翌朝五時、岡部と武田はゴール競竜協会へ連絡し出走取消の申請をした。


 この事を、スィナンたち以外で最初に知ったのはブリューヌだった。

 ブリューヌは、朝、岡部の様子を見てやろうと岡部の仮厩舎を訪れた。

そこで帰り支度をしている小平を見かけ、「何があったのですか(スキセパシ)?」と問いかけた。

残念ながら小平はゴール語が苦手で、ブリューヌの発音では聞き取れないらしく、それを察したブリューヌは、ブリタニス語でゆっくりと問いかけた。

ブリタニス語の「何があったのですか(ワッツハプン)?」は、三木の講義で何度も教えられていて思い出す事ができた。

小平は精一杯知っているブリタニス語である、「秘密(シークレット)」「突発(アウトブレーク)」「事件(トラブル)」という単語を憮然とした顔で言った。


 その三つの単語で何か大事件が起こってういると察したブリューヌは、小平を乗せて全速力で車を走らせ、岡部たちが宿泊している大宿に単身乗り込んでいった。

事情を聴いたブリューヌは、「そこが現場じゃない!」と指摘。

ガルディーズィの一件をブリューヌは強烈に覚えていた。

彼が王党派を軽蔑している最大の事件だからである。


 岡部はすぐにスィナンに連絡を入れた。

ブリューヌは電話を代わるとスィナンに、「遺体のあった現場と殺害現場は違っている」と指摘。

殺害現場の場所をスィナンに指示し、岡部を車に乗せ現場に急行した。

真柄と山崎が、「自分たちも行く」と言って車に乗り込んだ。

武田も行くと言ったのだが、ここで報告を待って欲しいと言って残した。



 一時間半後、岡部たちを乗せた車が大宿に戻って来た。

その腕には、じんわりと血の滲んだ白い布に包まれ、ぐったりとした奈菜が抱えられていた。

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