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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
44/491

第44話 幕府

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の厩務員

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・氏家直之…最上牧場の場長

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・坂崎…戸川厩舎の厩務員

・池田…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・木村…戸川厩舎の厩務員、解雇

・大野…戸川厩舎の厩務員、解雇

・垣屋…戸川厩舎の厩務員

・並河…戸川厩舎の厩務員

・牧…戸川厩舎の厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・花房…戸川厩舎の厩務員

・庄…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・相良…山桜会の調教師(呂級)

・津野…相良厩舎の調教助手

・井戸…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

 東海道高速鉄道に乗って岡部は幕府に向かっている。


 戸川家では岡部が幕府に行く事はかなり大事件になっており、奥さんと梨奈が自分も付いていきたいと騒ぎ出した。

だが奥さんが梨奈は学校があるからダメと窘めた。

だが今回は梨奈も黙ってはいない。

どうせ北国みたいな良い宿に泊まりたいだけだとか、父さんのご飯は嫌だとごねた。

梨奈のご飯はちょっとと、戸川もげんなりした顔をする。

いずれにしても戸川も幕府に行くから、梨奈を一人にできないという事で、やっと岡部一人で行く事になった。


 とは言え岡部も幕府の知識がほとんどない。

そこで一晩かけて梨奈先生から授業を受けた。

途中眠くなり頭を小突かれながら。




 ――皇都から幕府へは『東山道』と『東海道』二本の路線がある。

早く着くのは起伏と曲線の少ない『東海道』である。


 その『東海道線』は路線が二本ある。

皇都、鈴鹿、豊川、駿府、甲府、幕府、市川、常府という本線。

駿府、小田原、幕府という『空港線』。


 皇都から東へは、北から『北陸道』『東山道』『東海道』と三本路線があるのだが、南北方向への利便が悪いという意見が出ているらしい。

幕府、上尾、前橋、長岡、直江津を結ぶ路線の高速特急と高速道路はかなり前に開業している。


 それより西でという事で『北陸道』から『東海道』まで南北で繋ぐ街道を開拓中なのだとか。

予定としては、駿府、見付、諏訪、糸魚川、富山を繋ぐ路線になるのだとか。



 西国と東国は運営方針も全然違う。

西国は地方分権制で各郡でそれぞれ得意分野の産業を伸ばし切磋琢磨している。

首都である皇都、国府である西府、副府の太宰府が大きく繁栄している以外はどこもそれなりに繁栄している。


 一方東国は中央集中。

幕府周辺が圧倒的に繁栄しており、幕府は瑞穂最大の都市となっている。

一応、陸前郡の郡山市が副府郡ではあるが、太宰府とは比べるべくもない。


 政治、産業、学業と全ての最高府が幕府に集中しており大企業も幕府に集中している。

だが一方で地方は雇用募集が少なく若者は先を争って幕府に流出するという状況で衰退化が凄まじい事になっている。

幕府周辺の郡以外はほとんどが農業で細々と成り立っている状況でどこも財政が破綻気味。


 現在、行き過ぎた中央集中化の弊害が随所で噴出しており、地方への分散化を色々と試している。

特に目をつけているのが工場の多い稲沢市で、東国第三の都市として目覚ましい発展を遂げてはいる。


 西国は人口が平準化している為、議員の選出も全土にばらけているのだが、東国はほとんどが幕府の議員となっている。

その為、幕府で生まれ育った議員や官僚が圧倒的に多く、地方の状況を知らない人が分散化を担当しており多賀城市、稲沢市以外は全く過疎化に歯止めがかかっていないのが現状なのだそうだ――



 皇都から鉄道に揺られる事二時間半。

二眠りくらいした後に幕府駅に到着した。


 幕府駅は神田川沿いに位置している。

甲府を過ぎ一山超えた辺りから突然超高層な建物が増えて度肝を抜かれた。

幕府駅は鉄道の要衝になっており、『東西線』『中央環状線』『北外環線』『南外環線』『南北線』など数多くの地上路線と複数の地下鉄が迷路のように敷設されている。



 幕府は武蔵野台地という富士山の火山灰が厚く堆積した場所にある。

火山灰層は不透水層で、雨水が染み込まずそのまま流れてしまう為、広大な武蔵野台地は水を得る事が極めて困難な場所だった。

そのせいで東国の中心は長く南の相模(さがみ)郡であったらしい。

当時、武蔵(むさし)郡と呼ばれていた幕府は川の周辺以外人の住めない場所であった。

故に武府(ぶふ)という名前で郡府が置かれたのは富士山に近い多摩湖のほとりだった。


 ある時、東国の国策事業として上水道の整備が行われ無数の上水路が作られると、小石川付近に国府が移設され一気に人口が爆発した。

人口爆発すると武蔵は幕府と名を改め、当初は武府と幕府の周辺だけだった繁華域は平野全体に広がっていったのだそうだ。




 幕府駅で昼食を取ると南北線に乗った。

幕府駅から数駅南下した大井駅で降りると目の前に幕府競竜場が現れたのだった。


 幕府競竜場の厩舎棟の守衛に行き、三浦勝義調教師を呼び出してもらう。

守衛の人物は皇都競竜場同様かなり歳のいった方で人の好さそうな顔をしている。

岡部を待機椅子に座らせると、今日も良い天気になっただとか、見慣れないけど幕府は初めてかと緩んだ笑顔で話しかけてきた。

人の多さに酔いそう、縁日のようと岡部が言うと、幕府に来る人は皆それを言うと守衛は大笑いした。


 すみれの話によると、皇都の守衛の爺さんはああ見えて合気道の道場主なのだそうで、例の過熱報道騒ぎの時は体を張って無法者の侵入を防いでいたらしい。

わしの目の黒いうちは許可の無い者は一歩たりとも通さんと、仁王立ちになっていたのだとか。

この守衛さんも、もしかして有事の際には血が騒いでそういう感じに変貌するのだろうか。



 お待たせしてしまったねと白髪で小太りの人物が姿を現した。


「戸川厩舎の岡部と言います」


「三浦です。お噂はかねがね」


 三浦は岡部を見て笑顔を向けた。

二人は三浦厩舎に向かって歩き始めた。


「会長から色々話を聞いているよ。戸川が有能な方を拾ったって」


「会長には何かと良くしていただいてまして」


 三浦は戸川に比べるとかなり高齢なのだが、仕事柄なのか足腰は非常にしっかりしている。

これくらいになるといまいち見た目だけでは年齢の判断がつかないが六十歳は超えているだろう。

真ん中で別けた髪はほぼ白髪ではあるがしっかりと量はある。


「この仕事に携わって早々に『芦毛の雷神』に関わったんだそうだね。なかなかの運をお持ちのようだ」


「それは本当に運が良いと思っています」


「せっかくこっちに来たという事で、うちにも運をもたらせて欲しいところだね」


 三浦は満面の笑顔で岡部を見た。

僕には何も霊験なんてありませんと岡部は笑い出した。


「聞いたところでは北国の氏家君も君を狙ってるそうだからね。戸川も気が気じゃないだろうね」


「……会長は一体どこまで話したんですか?」


 三浦はほっほっほという特徴のある笑い方をして、それ以上の回答を避けた。



 事務室に入ると三浦は、調教助手の高城(たかぎ)胤弘(たねひろ)、主任厩務員の清水、筆頭厩務員の正木(まさき)を紹介した。


 高城調教助手はそこそこの年齢で三十代後半といった感じ。

目が細く顔は少し面長。

髪は染めているらしく黄というより薄香色をしている。


 清水主任は年齢は戸川と同じくらいだろうか。

かなり細身で背が高い。

顔は年相応に皺が刻まれているが、良いお父さんといった風である。


 正木も清水主任と同じくらいの年齢。

清水同様に年相応の見た目ではあるのだだが、背が高く髪を短く刈っており、清水に比べると職人のような雰囲気を感じる。


 岡部が三人と握手を交わすと、三浦は応接椅子に座るよう促した。

心なしか皇都の事務室に比べ椅子が高そうである。


 三浦が岡部の正面に座り、岡部の横に高城を座らせ、自分の隣に清水を座らせ、正木にお茶を淹れてもらった。

お茶を差し出した正木は小さな椅子を持ちだして腰かけた。

お茶をひと啜りすると三浦は、ここまでお疲れだったでしょうと岡部に微笑みかけた。


「今日夕方から目黒の宿に来るようにとの事だけど、岡部君は何か聞いてる?」


 宿泊所は目黒の紅花会の大宿だと、会長から連絡が入ったと戸川が言っていた。

戸川も何度も泊まった事があるらしく、北国の時の大宿よりも倍くらい大きな大宿らしい。


「会長も出張で来るんだそうだよ。一緒に食事がしたいんだって」


「逆に伺いますけど、今回の事、他に何か会長から聞いてますか?」


 岡部に問われ、三浦は高城と顔を見合わせた。

高城が岡部を見て、三浦の代わりに話し始めた。


「先週会長がお見えになったんだよ。その時に、非情に危険な状況だから全力で『セキラン』を守ってくれと言い残していったんだよね。一体どういう事なんだい?」


 実はと言って、岡部は、これまで皇都で起こった事を三浦に話した。


 三浦は、ううんと唸り声をあげ額に手を当てた。

三浦が言い難そうにしているので、今度は清水が話し始めた。


「幕府に来た竜に報道がちょっかい出してるのは噂では聞いてるよ」


 報道が勝手にやっている事と言いたいが、幕府の厩舎棟内でやっている事だから、言い逃れが難しいと清水は少し困った顔をした。


「皇都ですらあの状況でしたからね。幕府ではどうなる事やらと」


 岡部の発言に、清水だけじゃなく高城も渋い顔をする。


「何かあった場合、どうするとか決めてるの?」


「逐一、竜主会へ報告する事になっています」


 岡部が即答でかなり厳しい事を言うので清水は言葉を詰まらせた。



 それまで黙っていた三浦が口を開いた。


「幕府の一調教師としては、変な噂立てられたままよりは、そういう汚辱は一掃してしまいたいとこだな」


 岡部は少し言いよどんだ。


「その……よろしいのですか?」


 三浦は、その意味がわからなかった。


「その……幕府の関係者全部を敵に回す事になったりは」


 岡部の懸念に三浦はほっほっほと笑った。


「岡部君。俺はね、幕府の調教師の前に紅花会の調教師だよ」


 岡部は深く頭を下げた。




 その後、岡部は清水と正木の案内で竜房に行き竜を一通り見せてもらった。

一頭一頭確認していると、気になる仔はいるかと三浦に聞かれた。

明日戦績を見せてもらうという事で回答を保留にした。


 事務室に戻ると、お待ちしておりましたと言って一人の男性が岡部を出迎えた。

どうやら竜房にいる間にやって来て待っていたらしい。


 高城が岡部にその男性――大森(おおもり)を紹介した。

大森は幕府競竜場の事務長。

皇都の本城と同様、細身で真面目そうな風体で、いかにも事務職人といった雰囲気を感じる。


「皇都から三浦先生に人が訪ねて来ていると聞きましてね。もしかしてと思いまして」


 こちらが岡部さんだと高城が大森に紹介した。


「実は先ほど竜主会から連絡がありましてね。『サケセキラン』の幕府入りの日付がわかり次第、連絡が欲しいという事でして」


 岡部は三浦を見て黙っている。

三浦はその視線に気付き、大森は警戒しなくても大丈夫だと思うと言って岡部の肩を叩いた。


「時間はまだ未定ですが、明日を予定しています。色々ご迷惑おかけすると思いますけど、よろしくお願いします」


 岡部は、そう報告し頭を下げた。


「わかりました。ちょっと急な話なので、すぐに連絡してきます。申し訳ないのですがこれで失礼します」


 大森は大慌てで事務室を去って行った。

五人は顔を見合わせると、そろそろ目黒に向かいますかと言い合った。




 目黒の宿に到着すると一番若い高城が受付に向かって行った。

もう会長来てるそうですと言って高城は焦って戻ってきた。

五人は慌てて案内された小会場へ向かった。


 最上は五人を見ると、伝言が届いていないのかと思ったと笑い出した。

うちの竜をじっくり見てもらっていたと三浦は笑って返すと、最上は、早く一杯やろうと急かした。

六人は乾杯し、食事をとりながら麦酒を呑み始めた。



 上機嫌の最上が早々に話を始めた。


「岡部君、うちのが感謝していたよ。あの時の干し肉、宿と北府で販売を始めたそうで、相当好調らしいぞ」


「あの時、真空で包んでもらったんですけど、結局、戸川さんと奥さんですぐに食べちゃって。家まで持ちませんでしたよ」


 最上は、だろうなと言って高笑いを始めた。


「あれに味をしめたらしくてな。今日も来たいと言って、ごねて大変だったよ」


 最上はがははと笑って、気持ちよく麦酒を呑んだ。


「今日は仕事だから後日誘いなさいと言ったら、どこに誘おうかと宿の一覧を見ておったぞ」


 岡部は責任重大だと言って、笑いながら麦酒を呑んだ。



 最上は三浦を見ると、少し真面目な顔に引き締めた。


「ところで三浦、岡部君からどこまで聞いた?」


「皇都であった出来事について、だいたいの事は」


「それを聞いてどう思った?」


 三浦は麦酒の杯をコトリと机に置き深刻な表情をした。


「うちの厩務員で全力で守ったとしても……難しいでしょうね」


 最上は、そうかと呟き難しい顔をした。


 竜主会から連絡があったと、先ほど事務の大森さんが言っていたと高城が報告した。

最上は息を大きく吐いた。


「竜主会でも厳戒態勢を敷くんだろうな。噂では武田会長が来るとちらっと聞いた」


 そんなにと言って清水がかなり驚いた顔をし、正木と顔を見合わせた。


「あの人も稲妻の総帥として『芦毛の雷神』が気になるんだろう」


 私も明日は一日厩舎に邪魔すると言って、三浦に向かって頷いた。



 宴もたけなわになったところで、三浦が岡部に素朴な疑問を口にした。


「そういえば岡部君は、何と言うか、口調が西国じゃないんだね」


「実は僕、今年の六月に戸川先生に拾われたんですよ。残念ながらその前の記憶はほとんど無くて」


 岡部の思ってもみない身の上話に、三浦はかなり驚いている。


「それはまた難儀だな。だが、その口調からすると、もしかしたら東国の出なのかもしれないね」


「どうなんでしょうね。でも、今はもう戸川家の人ですから」


 なるべく宴席が暗くならないようにと、岡部は笑顔を振りまいた。


「くそっ。俺が先に拾っておけばなあ……」


 三浦は本気で悔しがった。


「いやいや。先生そういうの面倒がって放置する質じゃないですか」


 そう言って清水が三浦をからかった。


「そうやって、いつも『たら』『れば』ばかりだから、良い結果が出ないのと違うか?」


 最上まで三浦をからかうと、場が笑いに包まれた。

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