表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
434/491

第8話 受勲

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・成松…岡部厩舎の副調教師

・垣屋、花房、阿蘇、大村、真柄…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・富田、山崎、魚住…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・三木杏奈…岡部厩舎の女性厩務員兼ブリタニス語通訳

・江馬結花…岡部厩舎の女性厩務員兼ゴール語通訳

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 二月に入り、最初の重賞、『昇竜新春杯』の話題が新聞の紙面を彩っている。

現在、昨年の覇者『サケエンラ』、杉の『サケササメ』、藤田の『イナホシモツキ』三頭の飛燕が挑戦を表明している。

昨年の秋から徐々にではあるが、岡部厩舎以外の飛燕が重賞に顔を出し始めている。

いよいよ飛燕でなければ重賞の席が無いという状況が近づき始めている。



 『エンラ』と『ジュエイ』の追切を終えた岡部が厩舎に戻ると、事務棟の三雲が応接長椅子に座って待っていた。

岡部、服部、畠山の三名に対し「事務棟に来客です」と三雲が言うと、服部が露骨に緊張した表情に変わった。

畠山は何の事かわからず首を傾げている。


「何があるんですか? 何や服部がえらいビビってますけど」


「叙勲ですよ。叙勲」


 すると服部が、「今からお腹が痛くなってきた」と言い出した。


「叙勲って、勲なん等とかって報道で言うてるアレですか?」


「そそ。僕が六等、二人が七等ね」


「貰うだけですよね。どこで貰うんです」


 どうやらまだ畠山は事の重大さに気付いてないと岡部は感じ、少し悪戯心が芽生えてしまった。


「内務省で賞状貰って、勲章は『()()』から賜るんですよ」


 岡部がわざわざ『陛下』を強調して言った事で、畠山の表情が急に強張った。

服部も「ひっ」と小さな悲鳴をあげる。


「へ、陛下って……」


「この国で陛下って言ったら、天皇陛下に決まってるでしょ」


 「今年も菊亭さんが来てるんですか」と三雲に聞くと、「誰かまではちょっと」と苦笑いした。


「なんでこの人、こない動じてへんねん」


 畠山は服部に小声で言った。


「そら、三年連続やもん」


 そう服部が言うと、畠山は言葉を失い、ただ、「ごついな」とだけ発した。



 三人が三雲と事務棟の最上階に向かうと、服部が便所と言い出した。

自分もと言って畠山も付いて行った。


 三雲と二人で待っていると、そこに松井と臼杵が藤堂事務長と一緒にやってきた。

松井と臼杵は明らかに事情が飲み込めていないという表情をしている。


「あれ? 岡部くん一人なの?」


「服部たちは緊張して便所に駆け込んでったよ。二人も行っておいた方が良いんじゃないの?」


 臼杵は首を傾げながら、念のため行っておきますかと松井を便所に誘った。



 松井たちが戻って来てから全員で来賓室へ入室。

ふかふかの絨毯が敷き詰められた来賓室に、岡部以外の人たちは緊張し表情が強張った。


 菊亭が松井たちに名刺を手渡すと、そこに書かれた『内務省』の文字にさらに緊張を強める。

その様子を岡部は笑いを必死に堪えて見ていた。

それに気づいた菊亭に、悪戯心が芽生えてしまった。


「皆さんのご活躍、()()も、大変、喜ばしう感じておられます」


 殊更、『陛下』を強調して言った。

服部と臼杵が「うっ」と、おかしな声を漏らした。

松井と畠山は終始表情が凍り付いたまま。

岡部と菊亭はそれを見て、クスクス笑い出した。


 菊亭が全員に椅子に座るように促した。

岡部も初回に思ったのだが、こんなふかふかの椅子に座る経験がまず無い。

そのせいで余計に緊張するのだ。

案の定、松井たちは椅子に座ると、一層の緊張で若干顔色が悪くなっている。


 いつもの事だなという感じで、菊亭は淡々と説明を始めた。


「岡部先生は合算で勲五等も検討されたんやけども、申し訳ない、今年も六等になりました」


「いえいえ、いただけるだけで光栄ですから」


「海外での重賞初制覇は勲三等、この方針は変わりませんから。内務省職員一同、先生の成果に期待しております」


 岡部は口を歪め、面倒そうな顔を作った。


「期待に沿えるよう頑張ります。こちらの二人が」


 そう言って岡部が畠山と服部に手を向けると、二人は、「頑張ります!」と上ずった声を絞り出した。

「騎手のお二人も勲四等ですから」と菊亭が言うと、畠山と服部は泣き出しそうな顔になってしまった。



 来賓室を出て、岡部たちは松井厩舎へと向かった。

そこで岡部は珈琲片手に、当日はまず皇都の大宿で燕尾服を借り内務省へ向かう、内務省からは勲等別で部屋が別れているなど、色々説明をしていった。


「これって断る事はできないのかね?」


「それ、僕、初回に言ったんだよね。そうしたら、『我が国は皇国ですよ』だって」


「つまり、できるけど普通はしませんよって事か。やれやれ」


 お手上げだという仕草を松井がした。




 式典当日、岡部たちは皇都の大宿に集合。

 最上夫妻が激励に来てくれて、皆の姿を見て、「やはり騎手の方はいつもの恰好が一番恰好良いな」と笑った。

あげはは、「記念になるから写真を撮りましょう」と言って宿の職員を呼んだ。

写真を撮り終えると急に緊張が襲ってきたらしく、服部、畠山、臼杵の三人は便所に向かって行った。


 着替えが終わると岡部たちは大宿の車で内務省へと向かった。

 内務省に入った時点で、岡部、松井と、服部たちは別々の控室に通される事になった。


 昨年同様、控室に柳生と上泉が待っていた。

「今年もこうしてお会いできて光栄ですと」上泉は挨拶した。

岡部が松井を紹介すると、柳生は「『海王賞』はお見事でした」と松井の手を取った。

「松井先生のおかげで良い配当の竜券取れたんだそうです」と上泉が内情をバラしてしまい、岡部と松井は笑い出した。


 そこから四人は昨年の競竜の話で盛り上がった。

やはり気になるのは岡部の賞金の話。

国際競争二つを含む重賞十勝、それも賞金の高い伊級の重賞である。


 西国は累進課税制度を採用しており、実は岡部個人に入った賞金の多くは税金で取られてしまっている。

新たな竜の購入費を経費で落とせる竜主と違い、調教師の岡部は引き落とせる経費がほとんど無い。

手取りで言ったらそこまででは無いのである。


 その話をすると柳生は夢が無いと渋い顔をした。

それが高額納税者の世界なのかと上泉は皮肉たっぷりに言った。

すると松井が内務省職員を指差した。


「なんだ、せっかく良い竜を育てても、彼らの給料に消えただけなのかよ」


 そう言うと、三人は大笑いした。


「交際費で飲み代を落としたりとかもできるんだけどね。毎晩呑み歩いても、たかが知れてるし、嫁にも怒られるしね」


 「岡部先生ほどの方でも奥さんは怖いんですね」と、柳生たちは笑いが止まらなかった。



 その後、内務省の職員の案内で内大臣執務室へ向かい、賞状と記念品を手渡された。

昨年同様、岡部は柳生と上泉と同じ車で御所の紫宸殿へと向かった。

紫宸殿で松井と合流し、他の受勲者と歓談する事となった。

叙勲者の半分は文化人である。

とある作家に取材させて欲しいと懇願され、そんな暇無いと笑って断るという一幕もあった。


 しばらくすると天皇陛下が現れ、最初に全体へのお言葉が賜れた。

「昨今、国内のみならず、海外相手に、もしくは海外で活躍する方が多く、大変喜ばしい限り」という内容のお言葉であった。


 その後、横一列に並んだ受勲者に一人一人勲章を手渡し、一言づつお言葉を賜っていく。

岡部をちらりと横目で見て陛下が頬を緩めた。

岡部に勲章を手渡すと、慈愛に満ちた表情を浮かべた。


「昨年の『八田記念』、常府で観させていただきました。お見事でした」


「ありがとうございます。今年はあの竜で海外に行きます。応援いただけましたら幸いです」


「当然です。現地に行きたいとこなんですが、それは国事になってまうので、なかなか叶いません。そやけど、中継では必ず拝見させていただきます。ご健闘をお祈りします」

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ