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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
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第5話 入学

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(伊級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、成松…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 年が改まって七日。

岡部は出勤して早々に神棚の御札を替え、皆を集めて礼拝した。

軽く新年の挨拶をした後で、「今日は大事な用事があるので残りは明日」と言って、そそくさと家に帰った。

「申し訳ないけど自分も」と言って服部も帰った。



 家に帰ると、幸綱がこの寒いのに下着一枚で、幼稚園の制服を嫌がって駄々をこねていた。

奈菜は奈菜でゆっくり優雅にあさげを食べている。

そんな二人に直美と梨奈が苛々して爆発寸前という、なかなかの修羅場となっている。


 岡部は小さくため息をつき、まず幸綱の元へ向かった。

怒っているという表情で無言で幸綱の前に立った。

幸綱は無邪気に「あ、とうたん!」とはしゃごうとし、岡部を見て「ひっ!」と変な声を出した。

そっと岡部から目を反らし、黙々と制服を着始める。

それまで大騒ぎしていた幸綱が急に静かになった事で父が怒っている事を察し、奈菜が明らかに焦った顔であさげを食べ、便所へ駆けこんだ。


 二人が準備を始めた事で、梨奈も安堵して礼服を着て、首と髪に岡部に買ってもらった装飾品を付けた。

岡部も背広に着替えた。

酒田の爺ちゃんに写真送らないといけないからと、直美が写真機を持って外で待っている。

そこに赤い鞄を背負った奈菜が、幸綱の手を引いて玄関から出てきた。


「奈菜。幸綱が母さんのいう事聞かなかったら、父さんの代わりに奈菜が叱ってね」


 にこやかな表情のはずなのだが、岡部の目はちっとも穏やかじゃなく、奈菜は引きつった表情で無言で首を縦に何度も振った。


 その後、奈菜のみ、幸綱のみ、奈菜と幸綱、岡部夫妻と奈菜、岡部夫妻と幸綱、直美と奈菜と幸綱、岡部夫妻と奈菜と幸綱と七枚の写真を撮影。

背負っていた鞄を玄関に置き、奈菜は岡部に手を引かれ、幸綱は梨奈に手を引かれ、それぞれ小学校と幼稚園へと向かった。



 小学校に着くと、服部夫妻と幸正が入口で待っていた。

目ざとく岡部を見つけた幸正が、「せんせいや!」と大声をあげた。

手を振りながら岡部が服部親子の元へと歩いて行く。


「奈菜ちゃん、こんにちは」と琴美が声をかけるのだが、相変わらず奈菜は母親に似て人見知りが激しく、岡部の後ろに隠れてしまった。

岡部はしゃがんで奈菜の目線に合わせた。


「奈菜。知ってる人に、こんにちはって言われたら、どうするんだっけ?」


 奈菜は琴美を見て、恥ずかしがりながら、こんにちはと頭を下げた。

長い髪を止めていた髪留めが奈菜の胸前に移動し、少しお姉さんな印象に変わる。

その姿を見た幸正が耳を赤くし、服部のズボンを掴んだ。

「お前も挨拶しないか」と服部が叱ると、幸正は大声でこんにちはと頭を下げた。


「幸正。奈菜の事を守ってあげてね」


 そうお願いして岡部が幸正の頭を撫でると、にかっと笑って奈菜に親指を立てた。



 立ち上がると、後ろから、「おう、岡部!」と言う声が聞こえた。

振り返ると、秋山が妻と娘と一緒に手を振りながらこちらに向かってきた。

奈菜がこんにちはと挨拶すると、幸正も挨拶した。


「お、偉いな。言われんでも挨拶できるんか」


 そう言うと秋山は、自分の娘をじっと見た。

秋山の娘は皆の注目を集める中、恥ずかしそうに、こんにちはと消え去りそうな声で言った。


「おい、紗香(さやか)。いつもそんなやないやん。ほんまこの娘は……」


 岡部はしゃがんで、紗香の目線に合わせた。


「紗香ちゃん、こんにちは。奈菜と幸正と仲良くしてあげてね」


 紗香は照れくさそうに唇を噛んで、「うん」と頷いた。

岡部がありがとうと頭を撫でると、紗香は嬉しそうな顔をした。



 岡部たちは入学式の会場になる体育館へと向かった。


「さっき学級割見てきたんやけども、この娘ら三人とも同じ学級らしいな。上の子の感じやと二年間は先生も子供らも一緒や」


「仲良くやってくれると良いんですけどね。うちの娘、何するにもゆっくりだから心配で」


「幼稚園から一緒の子らやからな。しばらくは大丈夫なんちゃうか」


 「おちゃらけた子やから馬鹿やらないか不安」と、琴美が渋い顔で言った。

秋山と岡部は服部の顔を見て笑い出した。


「紗香ちゃん、奈菜と同じ幼稚園だったんですか?」


「なんや知らへんかったんか。紗香は下の娘やからな、これであの幼稚園と縁が切れて清々しとるよ」


「じゃあ、秋山さんはあの事知ってたんですね」


 『あの事』だけで、秋山はすぐにどの事かわかった。

報道の中傷記事を信じた幼稚園の先生から、奈菜がいびられていたという衝撃的な事件である。


「紗香から聞いとったよ。奈菜ちゃんと仲良うしいやって言うたら、先生に怒られる言うたんやわ」


 「その件で幸正は、先生のケツを蹴るなと園からよう苦情を言われたんです」と服部が言った。

 服部は岡部の会見の後で琴美から詳細を聞いたらしい。

琴美は当然皇都の幼稚園の頃から知っており憂いてはいたが、幸正の事を考えると、他の母親たちに表面上だけでも同調するしかなかったのだそうだ。


「子供らは、意味はわからへんくても不快やって肌で感じるんやろうな」


「その感覚を、これからも持ち続けてくれると良いんですけどね」



 受付を終えると、子供たちは両親と引き剥がされ入場口へと連れていかれた。

だが甘えん坊の奈菜は最後まで岡部の服を掴んでいた。


「奈菜。奈菜はね、これから奈菜を守ってくれる仲間を一杯作っていかないといけないんだよ。だから仲間のところへ行っておいで」


 そうたしなめると奈菜は泣きそうな顔で頷き、渋々入場口へと向かって行った。


「……ほんとに大丈夫なのかなあ。あんな感じで」


 すると秋山の妻が「奈菜ちゃんは甘えん坊さんなのね、普段は辛抱強い娘なのに」と笑った。


「ちょっと甘やかしすぎたのかも」


「可愛いもんやんか。紗香なん俺の事見向きもせんと行ってもうたんやで」


 すると秋山の妻と琴美が、「今のうちや、そのうち脱いだ靴下みたいな扱いになるんやから」と笑い合った。



 入学式に出席するため、岡部たちは保護者席に座った。

さすがに競竜場の町大津の小学校だけあり、保護者席は厩務員や調教助手など、見知った顔が非常に多い。

岡部と秋山の姿を見ると、保護者の方々は一様に驚いた顔をし、周囲にその事を知らせた。


「どえらい有名人の娘と同級生になったって、みんな思うてるんやろうな」


「どうやら調教師はうちらだけみたいですね」


「アホか、お前! お前は伊級昇級の最年少なんやぞ! 普通、伊級調教師いうたら、孫がおるような爺さんなんやで!」


 秋山の指摘に、岡部は黙って苦笑いした。


「忘れとったんやろ。伊級の、ましてや昨年首位の調教師が、普通こないなとこにおるわけないんやで」


 「うちの先生、そういう事に疎くて」と服部が笑うと、秋山の妻がクスクス笑った。

「そういうところ、久留米の頃から何も変わっとらん」と言って琴美も笑った。



 入学式が終わると、児童と共に教室へと向かった。

 事前に丈夫な紙袋を持ってくるようにと案内があったが、その意味がやっとわかった。

教科書やら教材やら体操服やら、これでもかと配布されたのだった。

秋山の妻と琴美が荷物運びを連れて来て良かったと、小声で笑いあっている。


 最後に担任教師の女性が「また明日お会いしましょうね」と言うと、児童たちが元気に「はあい」と返事をし、解散となった。


 すると奈菜が真っ直ぐ岡部のところに駆け寄ってきた。

切羽詰まった顔をしているので何事かと思えば、便所を我慢していたらしい。

琴美にお願いして、奈菜を便所へ連れて行ってもらった。

帰って来た奈菜は非常にすっきりした顔をしていた。

かなり我慢していたのだろう。


「奈菜、明日からは休み時間にちゃんと自分でお便所に行くんだよ」


 そうたしなめると奈菜は口を尖らせた。

しゃがんだ状態で優しく微笑み、岡部は奈菜の頭を撫でた。


「大丈夫。奈菜は良い娘だから、ちゃんと自分でやれるよ。ね」


 奈菜は唇を噛んで、小さくうなずいた。

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