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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
430/491

第4話 年越し

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、成松…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 大晦日、岡部宅の近所に越してきた松井一家が、一緒に年を越そうと言ってやってきた。

そこに、昨年同様、最上夫妻と志村夫妻が来て、かなり賑やかな年越しとなった。


 松井一家が来るとあって、志村といろははそれぞれ『上喜元』『出羽桜』の一升瓶を抱えて、大津までやってきた。

最上も最上で『初孫』の一升瓶を持ってきた。

あげはは年末用と新年用でお重を二つ用意してきている。

「去年蕎麦がとても美味しかった」といろはが言うと、直美は、「大津は日吉蕎麦が有名なんですよ」と言って、人数分の蕎麦を用意した。


 年の瀬というに岡部宅は大宴会となっている。

子供たちも、来年中一になる小夜、小一になる奈菜、幼稚園年長になる麻夜、年小になる幸綱と、かなり賑やかだった。

その中では小夜と奈菜は大人しく、麻夜は元気で、幸綱はやんちゃ。

小夜はすっかりお姉さんに育っていて、岡部を見ると耳と頬を真っ赤に染めて挨拶をした。



 升に口を付けて早々に麻紀が愚痴った。


「もう、麻夜がわがままばっかりで困っているんです。いくら私が躾けようとしても、夫と小夜の二人で甘やかすんですよ」


 そう言って睨むように二人の顔を見る。

二人がぷいと顔を背ける。

その態度に麻紀が額に青筋を浮かべる。


「下の娘はどうしても父親が甘やかしますからねえ。特に女の子は」


 そう言ってあげはは最上の顔を見た。

最上はお猪口に口に付けて聞こえないふりをしている。


「私はそこまで甘やかした覚えは無いけど、亡くなった兄さんも、あすかも、やたらとみつばを甘やかしたものね」


 そう言っていろはが笑う。

するとあげはが、「あなたも大概でしたよ」と大笑いした。



 梨奈が第一弾の蕎麦を持ってきた。

最上のところに置こうとすると、「我々はこれがあるから、まずは子供たちから」と言って、お猪口を掲げた。


 小夜が梨奈に「手伝います」と申し出ると、梨奈は、「幸綱がわんぱくだから、よく見ててね」と眉をひそめた。

小夜が幸綱を見ると、にかっと笑顔を小夜に向けた。

そこで小夜は奈菜と席を代わり、幸綱の隣に座った。


「おそば、たべゆ!」


 そう嬉しそうに言って、幸綱はおもむろに箸を投げた。


「こぉらっ! お箸投げたらあかんやないの!」


 小夜は幸綱を優しく叱って、「一緒にお箸拾おうね」と言って二人でお箸を拾った。

その様子を見て、「よくできた娘だこと」と言って、あげはは小夜を褒めた。


 第二陣の蕎麦を持って来た岡部は、「今日のために修善寺からお取り寄せした」と言って、本わさびを取り出した。

松井と志村が、「おお!」と歓声をあげる。

同じくこの日のために取り寄せた、わさび用のおろし金と一緒に松井に手渡した。


 おろし金は歯が無く、ひらがなで『わさび』という模様が入っているだけの代物だった。

こんなので本当にわさびが()れるのかと、松井と志村が疑いの目でおろし金を眺める。

試しに摺ってみると確かに摺れる。

どれどれと、最上、志村、麻紀が味見をする。

三人、口に入れた瞬間に「おっ!」と声を発した。

口当たりが非常にまろやかで、当然つんと鼻にはくるものの、辛さはまったく尖っておらず、味も良い。

あげはといろはも味見をし、「そういえば鮫の皮でおろすと美味しいというものね」と言い合った。


 第三陣の蕎麦を岡部が運ぶと、梨奈と直美も席に着いた。

岡部が席に座ると、まあ一献と最上が酒を注いだ。

松井、志村と四人で乾杯し、やはり蕎麦には『初孫』だと言い合った。

わさびを蕎麦に付け、つゆに浸してすする。

その後、再度お猪口を口にし、「このキレの良さが蕎麦にぴったりだ」と言い合った。



 蕎麦を食べ終え、ある程度酒が進むと、最上が松井に、「来年から伊級だな」と話を振った。


「岡部先生の時、報道たちは、呂級の『海王賞』制覇はこの先何十年は現れないとかなんとか言ってましたけどね」


 志村が松井の顔を見て大笑いした。

最上も、「もう二人目だものな」と大笑い。


 『海王賞』の後、同期五人で上位五位独占も、あんまり目標として大きくなかったかもしれんと松本が笑っていたらしい。

考えてみれば、五人のうちすでに二人は国際競争に勝ってしまっている。

さらに言えば武田は昨年伊級二位。

遠い未来の話として語っていた内容が半分現実になっている。


「土肥の時は、遠い将来の夢みたいな雰囲気で、『みんなで伊級に』って言ってたんだけどね」


「そっちは、もう叶っちまったもんな。存外早かったな」


 そう言って岡部と松井がげらげら笑った。


「『五伯楽』全員伊級とか、未来永劫語り草だよ」


 志村が顔を引きつらて言った。



「『海王賞』は、実は伊級調教師より櫛橋さんが一番怖かったんですよ」


 そう松井が話し始めた。

最終予選でちょっとした出来事があったらしい。


 ――櫛橋は、国重、池田と同じ組になった。

櫛橋が七枠で、大外が国重だったらしい。

国重厩舎の折井騎手は、明らかに零線発走を意識した加速だった。

もし零線発走されれば、池田厩舎の蜂須賀騎手も止級巧者であり、確実に突破できなくなると犬童は瞬時に考えた。

そこで折井に付いて行った。

だが実はそれが折井の罠だった。

折井は寸前で少し加速を弱めたのだが、犬童は勇み発走で失格となってしまったのだった――


「あの竜は明らかに強かったからね。折井さんに予選で潰されたんだよ」


「折井、蜂須賀の二人は、ちょっと別格に止級が巧いからね。伊級はそこまでじゃないんだけど」


「伊級は誰が巧いの?」


 松井の問いに、岡部はお猪口を机に置いて、少し天井を眺め見て考え込んだ。


「織田さんの北さんと伊東さんの城さん、藤田さんの松田さんかな。十市さんの仁科さんも」


「ふうん。そういえば香坂はどうなんだ?」


 岡部が回答前にお猪口を開けた時点で、何となく回答は見えたかもしれない。


「この間、大須賀くんがちょっと泳げるようになったって言ってたよ。でもよくよく聞いたら、ほんとにちょっとだけでさ。止級でまた色んな騎手にしごかれるんじゃないの?」


「勿体ないよな。あんな良い騎手が金槌だなんてさ」


 そう言うと、岡部と松井は噴き出し大笑いした。



 その後しばらく、飛燕の話で四人は盛り上がった。

岡部は改めて飛燕の事を松井に説明した。


「理論はわかったし、もちろん全ての竜を試すつもりだよ。だけど、どうやって最初にそれを思いついたんだ?」


「最初は些細な事だよ。なんで海外の竜は竜体重が重いのに速いんだろって」


「そりゃあ、体重重い方が滑空で有利だろうからな。滑空か飛行、どっちかで抜くしか無いっぽいし」


 まだ竜の実物も見ていないはずの松井の口からその言葉が発生られた事に、内心岡部は感心していた。


「瑞穂はそのどちらかの選択で飛行を選択したんだと思うんだよね」


「だけど、実際には通しでみたら海外の竜の方が強い。他に何かあるはずって事なのか」


「もしかしたら、『本気で飛んでない』んじゃないかって。実際飛んでるところを見たら、飛び方が通常時から変わって無くてね」


 なるほどねと松井は納得したが、最上と志村は「かなり初期の段階で話を見失った」と苦笑い。

「全部理解できたら伊級調教師になれますよ」と松井が言うと、最上と志村は、それはそうだと笑い出した。



 幸綱は相変わらずいろはがお気に入りらしく、さんざんじゃれついて寝てしまい、今は毛布が掛けられている。

麻夜と奈菜は岡部と松井のところに来て、二人の間で二人並んで毛布を掛けて寝ている。

小夜は梨奈と直美と三人で数札で遊んでいる。

麻紀は、あげは、いろはの三人で酒を呑みまくっている。


 岡部たち四人は今年の賞金総額の話で盛り上がっている。

国際競争二つを含む重賞十勝は、もちろんこれまでの重賞勝利数を大幅に上回る大記録。

記録もさる事ながら、賞金をどう使うのか、三人はそこが気になったらしい。

「子供の養育費」と岡部が言うと、「蹴球できるほど子供を養う気か」と志村に大笑いされてしまった。


 そうこうしていると年が改まった。

皆で一斉に新年の挨拶を交わした。



 直美は、まず第一陣として、最上夫妻、志村夫妻、麻紀、小夜を近江神社へ輸送。

その間に岡部は奈菜を起こした。

相変わらず奈菜は寝起きが悪く、ぐずって岡部に甘えている。

それは麻夜も同じで、「わがまま言うと置いてっちゃうぞ」と松井に言われ、泣き出してしまっている。

幸綱は梨奈が起こしたのだが、頑として起きない。

仕方なく暖かい上着だけ着せ、岡部が抱っこして車に乗った。


 奈菜と麻夜は、それぞれ梨奈と小夜に手を引かれている。

幸綱は岡部に抱っこされていたのだが、本殿に近づくにつれ騒がしくなり目が覚めた。


「とうたん。ここ、ろこ?」


「神社だよ。初詣に来たんだよ」


 眠い目をこすりながら幸綱は聞いているのだが、恐らくまだ半分寝ぼけているのだろう。


「はつもうれって?」


「今年一年、見守ってくださいねって、お願いする事だよ」


 すると松井が、「良い一年になりますようにってお願いするんじゃないの?」と聞いた。

それに直美が、「神社は願望を叶えてもらうところじゃないのよ」と笑い出した。

「知らなかったの?」と麻紀にまで言われ、松井は、「この歳になるまで知らなかった」と苦笑い。

その後ろで志村も、「そうだったのか」と呟いた。

「私も知らなかった」と、いろはも小声で志村に言って笑い出した。


 岡部たちの番になった。

 御賽銭を賽銭箱に入れると、幸綱は小夜に教わりながら、ペコペコと頭を下げて二回小さな手を叩いた。


「みまもってくらひゃい!」


 そう大きな声で言って頭を下げた。

「声に出さなくても良いのよ」と小夜に言われると、幸綱は首を傾げて、「なんれ?」とたずねた。


「神様はね、声に出さへんくてもちゃんと聞こえるんよ。そやから、思うだけで大丈夫なんよ」


「そうなんや! わかったあ!」


 小夜はにっこり微笑み、「えらいえらい」と言って幸綱の頭を撫でた。

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