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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
最終章 差別 ~海外遠征編~
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第3話 忘年会

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・藤田和邦…清流会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…岡部厩舎の契約騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、成松…岡部厩舎の厩務員

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・香坂郁昌…大須賀(吉)厩舎の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

・ラシード・ビン・スィナン…パルサ首長国の調教師

・チャンドラ・ブッカ…デカン共和国の調教師

・アレクサンドル・ベルナドット…ゴール帝国の調教師

・エドワード・パトリック・オースティン…ブリタニス共和国の調教師

・クリーク…ペヨーテ連邦の調教師

 祝賀会の翌日、岡部たちは『竜王賞』の時同様、苺狩りをしてから帰った。

義悦とまなみは一旦酒田に帰ったのだが、部長たちは会場準備のため、そのまま豊川へ向かった。

さすがに最上夫妻も豊川直行だった。


 大津に帰って、ゆっくり落ち着く間も無く、岡部は豊川に向かう事になった。

今回、岡部の随員は坂井、西郷、畠山。

豊川駅を出ると、内田と国司が待っていた。

実は昨年も国司は来ていたのだが、結審後の会見のせいで満足に近寄る事すらできなかった。

恩人に礼一つ言えなかったと、一年ずっと悔やんでいたらしい。

じゃあ今回は駅で待ち伏せしようという事になったのだそうだ。


 改めて国司は岡部に礼を述べた。


「八級昇級おめでとう!」


 岡部は二人の肩に手を置いて微笑んだ。

先日の表彰式で二人の赴任先は防府になったのだそうだ。

「久留米から防府、順調に岡部先生の後を追っています」と内田は笑った。


「石野さんと長野騎手は元気にやってるんです?」


「爺やは何かと口うるさくて……」


 内田も国司も口を揃えて参ったという顔をした。

楽しそうで何よりと岡部が笑うと、西郷と坂井は、そういう人を俺たちも探さないといけないと言い合った。


 今年、紅花会は大躍進の年だったらしい。

伊級への昇級こそ無かったものの、斯波が呂級へ昇級、八級へは内田の他に、久留米の神代(くましろ)と愛子の下間(しもづま)が昇級した。

内田の話によると、神代は福原、下間は前橋になったらしい。

さらに杉の秘蔵っ子の問田が紀三井寺で新規開業する。

『サケヨツバ』の産駒は鍛えたら鍛えただけ走るらしく、神代や下間のように、その恩恵にあずかった者も多いのだとか。


 電脳の恩恵もかなり大きいと神代が言っているらしい。

非常に煩わしかった出納管理と給与計算から解放され、調教計画に専念できるようになったのは本当にありがたかった。

また、それまで竜の調教評価というのは、調教者の報告と観察台での観察という、かなりふんわりした手ごたえに頼っていた。

電脳の調教広場では、それを十段階の数字で記録していく事になっている。

調教者もそれを意識し、「五よりの四」のような報告をするようになった。

年配の調教師はどうにも慣れないようで使用していない機能だが、慣れたら呂級に上がれたと津軽が嬉しそうに言っていた。



 大宿に近づくにつれ内田は極度に緊張していった。

後ろの筆頭調教師殿が、この受付で何かしら揉めているところを何度か目撃しているからである。

三浦と杉の話によると毎年その調子なのだそうだ。

だから、揉めたら岡部の手を無理やり引いて会場に逃げろと、ここに来るまでに国司に言い含めている。


 今年の活躍凄かったですねと、あやめが目をキラキラさせて岡部の手を取った。

なんやかやと岡部に言ってはいるものの、その手は岡部の手を取ったまま。

すると……


「毎年、毎年、懲りへん娘やな」


 その声に、あやめは笑顔は崩さず額に青筋を立て、「そっちこそ」と呟き櫛橋を睨んだ。

「何でこの人はいつも列のすぐ後ろにいるんだろう」と内田が小声で呟く。

国司に目をやると、耳を赤くして和装に身を包んだあやめに完璧に見惚れてしまっている。

駄目だこりゃと思った内田は、「ご迷惑になるので先に会場入りしましょう」と強引に岡部の手を引いた。



 会場に入るやいなや、岡部は調教師たちに取り囲まれた。

国際競争はどうだったやら、海外遠征って本当ですかなど口々に質問を投げかけられた。

自分との写真を撮ってもらう者もいる。

孫に著名を頼まれたと言って色紙を持ってきた者もいる。

みんな少し落ち着いてと宥めるのだが、全く興奮が収まらない。


 伊級首位といえば、二十年以上、武田信文、織田藤信、二人の独断場だった。

そこに割って入ったのは伊東と宇喜多くらいなもの。

藤田ですら後塵を拝し続けていた。

昨年も首位は織田で二位が伊東だった。

それが今年は、二位を大きく引き離して首位が岡部、二位は武田で、三位が藤田。

彼らからしたら、目の前に武田信文、織田藤信という、全調教師の頂点に君臨する雲の上の人物がいるようなものなのである。


 その輪の中に津軽が割って入って来た。


「おいお前ら。この先生はな、うちの筆頭殿いうだけやないんやぞ。何ぞあったら、瑞穂の全競竜師に恨まれる事になるんやで」


 そう言って津軽は岡部から距離を取るように皆を牽制した。

 続けて、「杉で我慢しとけ」と言うと、輪の向こうから、「俺かてちゃんと伊級なんやぞ」という杉の抗議の声が聞こえてきた。

まあまあと言って、平岩が杉を慰めている。

その隣で三浦と斯波が大笑いしている。



 その輪の中に係員が入ってきて、岡部の手を引いて行った。

「大人気ですね」と義悦が岡部を見て笑った。

「紅花会に所属している事を今年ほど誇った事は無い」と斯波が義悦に言った。

「今年一年で何回『紅花会』という単語を聞いたかわからない」と内田が言うと、神代も何度も頷いた。

「今年、会派順位二位だもんね」と光定が笑うと、「今から挨拶で言おうとしたのに」と義悦が渋い顔をした。

下間は口をぽかんと開けて、信じられないという顔をしている。


 まず、義悦が挨拶をした。

「実は喜ばしい報告がある」と言って皆の耳目を集めてから、先ほどの会派順位二位の話をした。

ところが思ったほどの反応が無い。


「あれ? おかしいなあ。紅葉会を抜いて、あの雷雲会の次の順位なのになあ……」


 そこまで言うと、やっと事の重大さに気が付いたらしく、会場が大歓声に包まれた。


「今年、斯波先生が呂級に昇級し、伊級が二人、呂級が五人になりました。戦略級の調教師がなんと七人! 我々はまごうこと無き大会派ですよ!」


 そう会場を煽った。

会場の歓声がもう一段階上がる。


「だけど、まだ上に一会派あるんです。差はごくわずか、皆のさらなる奮戦に期待します! 来年は首位になりましょう!」


 義悦が拳を振り上げると、会場の熱気は最高潮に達した。


 次に、岡部の乾杯の挨拶だった。

「頂上までは後一歩です、頂上目指して乾杯」と言うと、会場からの大きな乾杯の合唱で床の振動を感じた。


 その後、最上の挨拶を最後にまわして、昇級者の挨拶になった。

まずは呂級に昇級する斯波。

「開業する際、師匠から自分を超えろと凄まじい課題を与えられた」と言うと、会場から笑いが起きた。

「だが、いつか師匠の袖くらいは掴んでみせます」と言うと、会場からは大きな拍手が起きた。

その後、神代、下間、内田と順に挨拶していった。

次いで問田が開業の挨拶をし、西郷が研修の挨拶をした。


 調教師の挨拶が終わると、光定が壇上に上った。

光定の報告は、皆が使っている電脳の調教広場の機能を、他会派にも販売する事になったというものだった。

ただ我々が使っている物と同一というわけではなく、あくまで電脳単体で使用する物になっている。

「しかも値段はかなりぼってやった」と言うと、会場から笑いが沸き起こった。


「それでも雷雲会、紅葉会、清流会、双竜会など、多くの会派がすぐに購入の申請をしてきていますからね。だからしっかり使いこなして、先に使い始めているという強みをちゃんと守ってください」


 光定はそう話を締めた



 一通り挨拶が終わると最上がゆっくりと壇上に上った。


「少し昔語りをしようと思うから、皆も呑みながら気楽に聞いて欲しい」


 そう言って、自分も麦酒を呑んだ。

手酌で麦酒を注ぐとあげはの巨大な咳払いが聞こえ、最上がびくりとした。

バツの悪そうな最上の顔に、会場から笑い声が起きる。


 ――十年前、紅花会は確か二十三会派中十二位だった。

それでも戸川の成績が上がり、順位が一つ上がったと本社では喜んだものだった。

確か記憶では十七位まで落ちた事があったはずだった。

呂級が三浦だけになり、戸川も仁級の頃だったと記憶している。


 何をやってもうまくいかない、それがあの頃の私の口癖だった。

当時は呂級の重賞に出るという事が会の一大事だった。


 それがどうだ。

海外遠征と来たもんだ。


 十年前には考えられないところに我々は来てしまった。

その十年前に、いったい何があったか?

今でも昨日の事のように思い出せる。

『サケセキラン』の『上巳賞』制覇だ。


 戸川厩舎で岡部君に会った時、この人物は何かが違うと強く感じた。

そう感じたのは私だけでは無かったようで、家内も宿の特別顧問に欲しいと言ってきた。

帯広の大宿で年甲斐もなく夫婦喧嘩をしたのを覚えている。

あの時、家内に屈しなくて本当に良かったと今でも胸を撫で下ろしておるよ。


 昔、誰だっか、確かどこかの会の会長だったと思うが、私に言った者がいる。

天才というのは、ただ単に頭の切れる人物の事ではない。

その才能で、時代の風雲児、寵児(ちょうじ)、革命家になれる人物、歴史に名を残す人物の事なのだそうだ。


 久留米の一連の汚職事件、戸川の暗殺、竜運車炎上、惨劇は数えきれないほどあった。

だが、そうした負の出来事を経験に変え、岡部先生はどんどん大きく成長していった。

それに伴い紅花会もどんどん大きくなっていった。

その者の言からしたら、これこそが天才の所業という事だと私は確信している。


 十年前、皆は帳面に鉛筆舐めて調教計画を練り、電卓を叩いて四苦八苦しながら給与計算をしていた。

それが、今ではどちらも電脳でやっているというではないか。

恥ずかしながら私は未だに電子郵便一つ送れない。

皆、大したものだ。

その天才に十分付いていっているのだから――


「皆のその才があれば確実に会派は首位になれる。少なくとも私はそう信じておる。私はこれからもずっと暖かく見守っているから、皆、その才を存分に発揮して欲しい」


 そう話を締めて、最上は残った麦酒をくっと飲み干して笑顔で上に掲げた。



 岡部が拍手をすると周囲が拍手をし出し、会場は割れんばかりの優しい拍手に包まれた。

三浦や津軽、坂井、斯波、長野をはじめ、古株の調教師の多くが涙している。


「紅花会万歳!」


 最上が手を振ると三浦が涙声で叫んだ。

そこから調教師たちは、「紅花会万歳!」と何度も合唱した。

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