第６１話 飛翔
登場人物
・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)
・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女
・岡部菜奈…岡部家長女
・岡部幸綱…岡部家長男
・戸川直美…梨奈の母
・戸川為安…梨奈の父（故人）
・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」
・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将
・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫
・大崎…義悦の筆頭秘書
・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長
・加賀美…武田善信の筆頭秘書
・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長
・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定
・氏家直之…最上牧場（北国）の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ
・中野義知…最上牧場（南国）の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和
・大宝寺…三宅島興産相談役
・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆
・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)
・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)
・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)
・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)
・服部正男…岡部厩舎の専属騎手
・畠山義則…伊級の自由騎手
・荒木…岡部厩舎の主任厩務員
・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員
・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手
・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員
・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員
・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員
・坂井政則…紅花会の厩務員
・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問
・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐
・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員
・香坂郁昌…大須賀（吉）の契約騎手
・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)
・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手
岡部たちは武田たちと一緒に常府へ向かう高速鉄道に乗っている。
今回の随員は、服部、畠山、坂井、小平、真柄。
唯一の女性の小平は武田厩舎の随員に大人気だった。
「来年海外行くて聞いてるけど、日程はもうある程度決まったん？」
「ほぼ決まったよ。まずは四月にデカンに行く。その後の事はその結果次第だけど、ゴールに行こうって思ってるよ」
そう岡部が言うと、すぐに武田が「『グランプリ』か」と言った。
「そしたらさ、そん時はうちの大宿を使うてくれよ。うちの会長にも言うとくからさ」
「瑞穂の言葉って通じるの？」
「当たり前やがな。瑞穂人の従業員が何人もおるよ。駐在大使館とも懇意にしとる。食事も瑞穂のもんが食える。そやからうちの大宿は瑞穂人御用達なんやで」
事前に会長に言っておけば、恐らくは専属の担当者を用意してくれるはずと武田は説明した。
「わかった。じゃあ遠慮なく使わせてもらうね」
「まいど、おおきに」
お道化て言う武田に、岡部は大笑いであった。
水曜日、国際競争恒例の枠順抽選会が開催された。
控室では、スィナンとブッカが武田に興味を持ったようで、通訳を通じて話をしている。
漏れ聞こえてくる話では、岡部と共に海外へと誘っているらしい。
岡部と藤田はベルナドットとオースティンと通訳を通じて話をしている。
オースティンの話によると、あの通訳は調教師会長のドレークが用意した人物らしい。
「あの女、通訳してくれと言わないと一切通訳をしやがらないんだよ。賃金分の仕事ができないのなら、とっとと帰れと言って本国に送り返してやったよ」
オースティンはまだ怒りが冷めやらない感じであった。
ベルナドットも協会から用意された通訳がいたようだが、飛行機内で喧嘩になってそのまま帰したらしい。
「結局、私も瑞穂の協会にお願いして通訳を用意してもらう羽目になったんだ。前回『竜王賞』の時の通訳はまともだったのになあ」
ベルナドットも憤っている。
元々協会が通訳を用意していたのだが、自分たちが負けると、機密を漏らされたと言って毎回通訳のせいにされたので、それなら自前で通訳を用意してくれという事になったんだと、藤田がこれまでの経緯を説明。
ベルナドットとオースティンは大きくため息をついた。
会見場は奥から、藤田、武田、岡部、オースティン、ベルナドット、スィナン、ブッカの順に席が用意されている。
まずオースティンが「岡部の竜の強さに衝撃を受けた」と興奮気味に言った。
岡部だけが凄いのかと思ったら、翌日、岡部の竜と競い合う竜が二頭もいて度肝を抜かれたと、身振り手振りで興奮を表現した。
それを受けて、スィナン、ブッカ、ベルナドットは、「東国じゃなかったら確実に予選落ちだった」と口を揃えて言った。
「西国に回って予選落ちしたクリークが少し哀れに感じる」とベルナドットは苦笑い。
「これはいよいよもって世代交代の時が来たのかもしれない」とスィナンが言うと、ブッカも、「老兵は後方支援に回る時期に来たかもしれない」と笑った。
「二頭残った以上どちらかが勝ってくれる事を期待する」と岡部は述べた。
「それ以上を言うと大抵ろくな事にならないから言わない」と言うと、記者席から失笑が起こった。
「期待の二頭のうち一頭が予選落ちしてもうたが、もう一頭がやってくれると信じてる」と言って武田は拳を握った。
藤田は、「勝ち負けよりも、あの竜が現時点で海外の竜とどこまでやりあえるのかが知りたい」と目を輝かせた。
最後にブッカから枠順抽選が行われた。
サケダンキは白で一枠、サケセイメンは緑で六枠だった。
午後の三時半が近づいている。
競竜場には五つの旗が掲げられている。
中央に『水地に金の丸い稲紋』の瑞穂の国旗が掲揚されている。
その左側にはブリタニスとパルサの国旗、右側にゴールとデカンの国旗が掲揚されている。
下見所では坂井が『ダンキ』を、小平が『セイメン』の引き綱を持って立っている。
風は非常に冷たく、時折、筑波おろしという強い風が吹き込んできている。
係員の合図で、騎手が一斉に竜に近寄った。
畠山が近寄った『ダンキ』の周りでは、まなみを連れた義悦が坂井と談笑している。
服部が近寄った『セイメン』の周りでは、奈菜と最上が小平と何やら話しをしている。
岡部は義悦たちと歓談した後で最上たちと歓談した。
最上の話によると、相変わらずあげはは、直美と梨奈を誘って竜券を買いに行ったらしい。
あげはは『セイメン』と『ダンキ』の二頭軸から『ハナビシ』と『イナホ』に流した三連単竜券らしい。
海外の竜は全部切ってやったと武田会長と長尾会長に竜券を見せびらかしていたのだそうだ。
「恥ずかしいから本当に止めて欲しい」と最上は困り顔をしている。
係員の合図で『サケダンキ』から順に発走機へと飛び立って行った。
発走者が小旗を振ると、発走曲が奏でられ、観客席から大音響の拍手と歓声が沸き起こった。
――
今年最後の競争、国際競争、八田記念の決勝の時間が迫ってまいりました。
天候は曇り、風状態は『強』。
今年一年、皆さんはどのような年だったでしょう。
泣いても笑っても最後、笑って新年を迎えたい所です。
全頭体制完了、三、二、今、発走しました！
ぐんと伸びて行くのはハナビシシュウテイ、赤松押して行きます。
ヘイスティングス、エクレルール、それに続きます。
先頭から、ハナビシシュウテイ、ヘイスティングス、エクレルール。
サケダンキ、サケセイメン、イナホユウバエ。
モハレジュ、アーヤガルダ。
一角を回り最初の滑空。
前三頭、激しい位置取り争い！
ヘイスティングス、エクレルールが二番手を争っています。
二角を回って飛行に入りました。
先頭ハナビシシュウテイ。
ここで、サケセイメンとサケダンキがエクレルールに並びかけにいきました。
向正面、滑翔に入ります。
ハナビシシュウテイ、サケダンキ、モハレジュを先頭に三列雁行。
飛行隊形は三、三、二。
非常に綺麗な隊形です。
三角を回って滑空。
サケセイメン、サケダンキ、またもエクレルールに競りかけに行く。
エクレルール、鞍上オリビエ・エブレ、三番手を譲りません。
四角を回って飛行に入ります。
市松の大旗が掲げられ最終周に入りました！
一周目の翔破時計はかなり早め。
正面滑翔に入りました。
飛行隊形は三、三、二の三列雁行。
後ろモハレジュ、アーヤガルダはかなり下がり気味。
一角を回って滑空に入りました。
ヘイスティングス、ハナビシシュウテイを抜いて先頭に躍り出ました。
二角を回って飛行。
エクレルール、ハナビシシュウテイを抜いて、二番手浮上。
向正面、滑翔。
先頭二頭が並び、その後ろは四、二の隊形。
三角を回って滑空に入りました。
ここからが勝負所！
サケセイメン、サケダンキ、同時に動いた！
一気に前三頭を抜いて先頭に躍り出た！
ハナビシシュウテイもそれに続く！
イナホユウバエ、エクレルールを抜いてヘイスティングスに並びかける！
四角を回って最後の追い比べ！
内サケセイメン、中サケダンキ、さらにその外にハナビシシュウテイ！
三頭激しい叩き合い！
上からイナホユウバエも追いすがる！
ヘイスティングス、エクレルールはもう伸びて来ない！
内サケセイメン、中サケダンキ、外ハナビシシュウテイ！
イナホユウバエも一杯か！
ハナビシシュウテイも一杯になった！
サケセイメン、サケダンキ、二頭並んで終着！
市松の大旗が振られました！
果たしてどちらでしょうか！
かなり際どい勝負に見えました。
着順掲示板も一、二着が写真判定、三着には四番ハナビシシュウテイを表示しています。
今、大画面に終着映像が出ています。
これは外サケダンキが若干体制有利でしょうか。
――
畠山が服部に向かって親指を立てた。
服部は首を傾げたが口元は緩んでいる。
検量室では義悦が涙ぐみながら最上と喜びを分かち合っている。
小平も岡部の手を握って、ぶんぶん振って喜んでいる。
坂井は両拳を何度も天に突き上げて喜んでいる。
まなみと奈菜も二人で喜んでいる。
武田会長と長尾会長が涙ぐみながらやってきて、義悦と最上に抱きついて勝利を称えている。
先に服部が戻って来た。
「この仔の方が少し力が無いから、直線入って向かい風で伸びを欠いてまいました」
「そうだね。僕もそう見えたな。海外はまずは『ダンキ』からになるだろうね」
服部は小さく頷くと、小平から鞍を受け取り検量へと向かって行った。
そこに畠山が戻って来た。
畠山は『ダンキ』から降りるとすぐに義悦に抱きつかれた。
その後で最上と握手をし、少女二人の頭を撫でた。
「正直、この風やったら、こっちのが有利やと思うてましたけどね。思った以上に詰められてましたわ」
「服部は剛腕だからね。追う能力だけなら全騎手でも上位何人だと思いますよ」
そう岡部が言うと、畠山はちらりと服部の姿を確認した。
「あれは、磨けばそうとう光りますね」
「じゃあ服部に発破かけてあげてくださいよ。お前の腕はまだまだだって」
岡部の嬉しそうな顔を見て畠山は大笑いした。
検量を終えると、畠山はすぐに報道に連れて行かれた。
――放送席、放送席、『サケダンキ』、畠山騎手に来ていただきました。
『八田記念』優勝おめでとうございます！
「ありがとうございます！」
――最後は同厩舎同士の一騎打ちとなりましたね！
「そうですね。正直言うと、もう少し余裕がある思うてたのですが、思った以上に苦戦しました」
――海外の竜の印象はいかがでしたか？
「正直言うと、永遠に敵わない存在やと、ずっと思うてました」
――思ってましたという事は、もうそういう存在では無いと？
「うちの先生が互角以上にはやれるようにしてしもうたんです。どえらい先生やと思います」
――来年も期待して構わないでしょうか。
「来年は、これ以上の結果を出したろう思うてます！ ご声援よろしうお願いします！」
――ありがとうございました。
以上、畠山騎手でした。
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