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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第56話 会議

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 祝賀会で義悦はかなりご満悦で、珍しく麦酒をぐびぐび飲んで、早々に酔っぱらっている。


 週頭、妻のすみれが無事男児を出産した。

出産に合わせて最上とあげはが酒田に駆けつけた。

あすかとみつばも出産後すぐに酒田に到着、「次期会長の誕生だ」と大喜び。

さらに、すみれの父清忠が兄の三渕会長と駆けつけて、「でかした、でかした」と大興奮だった。

 義悦が岡部の提案の『義幸』という名前をすみれに見せると、すみれは、「次期会長に相応しい名前」と喜んでくれた。


 そんな関係で、今回義悦は、できれば嫡男(ちゃくなん)の出生を勝利で飾りたいと密かに願っていた。

それが見事『ダンキ』が『天皇賞』を勝ってくれたのである。


 しかも、『雷鳥賞』の『ジョウラン』、『天皇賞』の『ダンキ』と二か月連続の重賞制覇。

どちらも名目上は義悦の所有となっているが、『ジョウラン』は会の、『ダンキ』は義悦の個人所有となっている。

ここまで『天皇杯』『竜王賞』と、『ダンキ』は最上所有の『セイメン』の後塵を拝しており、内心悔しい思いをしていたらしい。

「なんだか先代に勝てた気がして気分が良い」と言って、真っ赤な顔で畠山に麦酒を注いでいる。



 翌日、朝一で成松が事務室に駆け込んできた。


 月初に試験から帰ってきた成松の話によると、現在、調教師試験は受験者が非常に多いらしい。

 岡部の時は試験を受けたのは松井を含め、わずかに五人だけだった。

別日程で試験を受けた大須賀たちを含めても、たった八人。

現在競竜学校では騎手の有り無し関係無く同じ日程で受験しているのだそうで、今回、試験会場には二十人以上来ていたらしい。


 その一方で、服部、臼杵の例が有名になり、騎手候補の個人応募もかなり増えたらしい。

騎手無しで受験する調教師候補の方が質が高いというのが噂になっているのだという。

父が騎手や厩務員をしている子弟でも個人応募してくる子が出てきているのだとか。

一人の教官が成松を食事に誘ってくれたそうで、そういう話をしてきたらしい。

成松は見た事のある人と言っていたが、そんな事をするのは日野さんくらいなものだろう。


 成松が通知書を岡部に手渡した。

全員が仕事の手を止め事務室に詰めかけて来ている。

岡部が書面に目を通し、成松に視線を移す。


「おめでとう! よく頑張ったな!」


 岡部の笑顔を見て、事務室は歓喜に包まれた。


「『串焼き 弥兵衛』に予約入れますね」と荒木が嬉しそうに言った。




 十一月に月が替わった。

 伊級の十一月では、新竜重賞の『(ひよどり)賞』が行われる。

ただ、伊級は新竜戦も世代戦も全く盛り上がっていない。

重賞と言っても、能力戦四よりは注目されると言う程度である。

それより注目は大津で行われる古竜短距離戦の『競竜協会賞』であろう。



 月初の定例会議が開かれた。

参加者は、成松、坂井、西郷、服部、畠山、新発田、荒木、能島。


 本題前に雑談として、内田がかなり頑張っているという話題を荒木が提供した。

久留米の内田は現在西国首位。

二位は僅差で紀三井寺の内ヶ島。

ちなみに東国の首位は小田原の高山。

先月は内ヶ島が首位で、先々月は内田が首位だった。

内ヶ島も内田も紅藍牧場の生産竜を調教しており、西国の重賞を二人で網羅してしまっている。

それに刺激されたのか神代(くましろ)が五位に浮上している。


 すると、「斯波も凄い事になっている」と能島が嬉しそうに言った。

現在、斯波厩舎は東国八級で首位となっている。

同じ牧場から竜を預かっていながら叔父の順位はかなり下なので、斯波の腕前がうかがえる。

 能島としては、愛子出身者がこうして頑張ってくれるのは励みになるのだそうだ。

「斯波を見習ってさっさと試験を受けて開業しろ」と、能島が坂井に発破をかけた。

来年は坂井の番と岡部が言うと、成松と西郷が坂井を激励した。


 「うちも気張らな弟子にからかわれてまいますね」と荒木が言うと、そこからいよいよ本題に入った。

ここまで岡部厩舎では、新竜戦は『ヤコウウン』のみ勝ち上がっている。

古竜短距離戦は『エンラ』と『スイコ』が出走予定。

三頭共に重賞に挑戦させる方向となっている。

仮に全てが決勝に残ると騎手が一人足りなくなる。


 本来なら遠征となる『ヤコウウン』は香坂に任せたい。

だが残念ながら香坂は未だに水泳教室通い。

であれば服部を乗せるのが順当であろう。

ここを最後に繁殖入りが決まっている『スイコ』は、できれば畠山にお願いしたい。

そこで今回『ロウト』は松下にお願いする事になった。



 一週目、三頭は地の能力の高さで予選一を難なく突破。

二週目、予選二に向けて追切りを行った。

『ロウト』は予選二から松下に乗ってもらう事にしたので、追切りも松下が行う事になった。


 追切りが終わると、栗林が松下に付いて岡部厩舎を訪ねてきた。

『ロウト』の調教の感触を岡部に報告し、松下は長椅子に座って珈琲を飲んでいる栗林の隣に腰かけた。

成松が珈琲を淹れ、松下と岡部に差し出す。


 栗林から感触を問われると、「残念ながらうちの竜とは段違い」と松下は苦笑した。


「飛燕かあ。うちの筆頭殿も、あんだけ苦戦したんやからなあ。俺はいつになる事やら」


 ややため息交じりに栗林はぼやいた。


「試してはいるんですか?」


「そら試さな、いずれは呂級行きやがな。藤田さんから、色々と聞いてはいるものの……」


「難しいですか?」


 そう岡部に問われ、栗林は目を細め、口をへの字にした。


「そやねぇ。藤田さんからは、竜を追い込む見極めがごっつい厳しいとは聞いとるよ」


「そういえば、杉さんも、それっぽい事を言ってましたね」


 「岡部先生以外に飛燕を作っとる二人がそう言ういう事は、それが条件の一ついう事で間違い無いいう事なんやろうね」と松下が口を挟んだ。

 栗林もそれに頷く。


「後はあれか、セプテントリオン系か」


「メナワ系でもやれましたよ」


「今日日、メナワ系なんそうそう預託されへんよ。狙うてお前に預けた紅花会さんがごついわ」


 「確かにそれはそう」と松下も笑い出した。


「今月『鵯賞』に出す仔は何とかっていう、聞いた事もない血統でしたね」


 そう言って岡部が珈琲に口を付けると、栗林と松下が口を揃えて「『何とか』じゃ何もわからへんやんけ!」と強く指摘。

 思わず岡部は飲んでいた珈琲を噴き出しそうになってしまった。


 椅子を立ち事務机に行って、引き出しから血統表を取り出した。

「モンテーニュ系の『アサヒセンゲン』とかいう血統だそうです」と栗林に血統表を見せた。


「『アサヒセンゲン』……『アサヒセンゲン』……どっかで聞いた事ある名前やな」


「うちの山師みたいな生産顧問の話では、日章会さんの伝説の名竜だそうです」


 それを聞くと栗林は右手を握り左手の平を叩いた。


「思い出した! 日章会さんの伝説の調教師、伊達(だて)宗次郎(そうじろう)師の鍛えた大昔の最強竜や! そんなのの血がまだ残ってたんやな」


「血を残すためだけに生産続けてた竜だそうですよ」


 栗林は血統表をしげしげと眺め、何かに気づき食い入るように見た。


「なんやこれ。母系もおよそ聞いた事の無い種竜や、とっくに消えた種竜で埋め尽くされとるやんけ!」


「さっき松下さんと一緒に調教したの、この仔ですよ」


 そう岡部がと言うと、松下は、「あれ古竜と違うんか」とかなり驚いた顔をする。

「そないに良く見えたんか?」と栗林が聞くと、「あれやったら『鵯賞』は圧勝やと思う」と松下は呆れ口調で言った。


「飛燕か……うちもできたら大っきい顔できるんやけどな」

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