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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第七章 難渋 ~伊級調教師編~
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第48話 反省

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、紅花会の調教師(伊級)

・岡部梨奈…岡部の妻、戸川家長女

・岡部菜奈…岡部家長女

・岡部幸綱…岡部家長男

・戸川直美…梨奈の母

・戸川為安…梨奈の父(故人)

・最上義景…紅花会の相談役、通称「禿鷲」

・最上あげは…義景の妻。紅花会の大女将

・最上義悦…紅花会の会長、義景の孫

・大崎…義悦の筆頭秘書

・武田善信…雷雲会会長、竜主会会長

・加賀美…武田善信の筆頭秘書

・織田繁信…紅葉会の会長、執行会会長

・志村いろは…最上競竜会の社長、最上家長女。夫は光正、娘は京香、息子は光定

・氏家直之…最上牧場(北国)の場長、妻は、最上家次女のあすか、長女は百合、次女はあやめ

・中野義知…最上牧場(南国)の場長、妻は最上家三女のみつば、長男は義和

・大宝寺…三宅島興産相談役

・櫛橋美鈴…紅花会の調教師(呂級)。夫は中里実隆

・三浦勝義…紅花会の調教師(呂級)

・杉尚重…紅花会の調教師(伊級)

・松井宗一…樹氷会の調教師(呂級)

・武田信英…雷鳴会の調教師(伊級)

・服部正男…岡部厩舎の専属騎手

・畠山義則…伊級の自由騎手

・荒木…岡部厩舎の主任厩務員

・能島貞吉…岡部厩舎の主任厩務員

・新発田竜綱…岡部厩舎の調教助手

・垣屋、花房、阿蘇、大村、赤井、成松…岡部厩舎の厩務員

・真柄、富田、山崎…岡部厩舎の用心棒兼厩務員

・西郷崇員…岡部厩舎の厩務員

・坂井政則…紅花会の厩務員

・小平一香…岡部厩舎の女性厩務員、父は小平生産顧問

・長野業銑…岡部厩舎の調教師補佐

・関口氏勉、高橋圭種、遊佐孝光…岡部厩舎の厩務員

・香坂郁昌…大須賀(吉)の契約騎手

・栗林頼博…清流会の調教師(伊級)

・松下雅綱…栗林厩舎の契約騎手

 その日の夕方、能島の誘いで厩務員たちは呑みに行く事になった。

呑み会と言っても実質反省会である。

なぜこのような事になったのか。

そして、自分たちはどこで間違ってしまったのか。


 今回の件で一番衝撃を受けていたのは、関口、高橋、遊佐の三人だった。

元の厩舎に帰れ、その一言はかなり堪えた。

特に高橋は朝の担当者でもあったからなおさらだった。


 乾杯して麦酒を喉に流し込んでから、能島は今回岡部が言った事を整理した。

能島の怪我の見立てについては、岡部も同様に考えたと言っていた。

西郷が能島の判断を優先した、それについては、岡部はむしろ満足気だったようにも思える。

竜の不調がわかっていながら調教が行われた、つまり全員見て見ぬふりをした。

岡部が激怒していたのは、そこだと思われる。


 全員それぞれ反省点はある。

もちろん能島にもある。

岡部が今回太宰府を任せたのは、能島がいたからだと思う。

調教については西郷が、厩舎運営については能島が、手を組めば何も問題無かったはずだった。

だが結果はこのざまだ。


 確かに、非常に悪い偶然が幾重にも重なった事故だった。

例えば今日、阿蘇、大村のどちらかがいれば、二人のどちらかはおかしいと口に出しただろう。

能島がいれば調教計画の異変に気付いただろう。

西郷は明らかに突発事象に舞い上がってしまっていて、冷静さを欠いてしまっていた。

能島から見ても慣れていないのが丸わかりだった。

恐らく、岡部もそれを見越して、こういう仕切りにしたのだろう。


「明日からどうしていけば良いんだろう……」


 押し黙った面々に対し、能島がそう呟いた。


「俺が酒田に帰る事で、けじめを付けようと思う。俺はもう、これで失敗は二度目だから……」


 真柄が思いつめた顔でそう呟いた。


「お前、本気で言ってるのか?」


「俺は何の役にも立ってない。それどころか、足を引っ張ってるんですよ……」


 真柄の発言の最後の部分は、聞こえないくらい小さい声になっていた。


「あほか、お前。去年、先生に何て言われたんだよ。それをよく思い出せよ」


 そう言って能島が呆れ顔で麦酒を口にした。


 昨年、真柄は機密漏洩が問題になって叱られている。

その際、岡部は『失敗を許してもらえる得な性格』と真柄を評していた。


「だけど、俺……」


「ここでお前が一人責任を取ると言ったら、俺たちがお前に全責任を被せたと思われるだけだろうが。少しは頭使えよ」


 能島は自分の側頭部を指で突いて吐息を漏らした。

「それはその通りだ」と西郷も真柄に言った。

「それは恐らく一番最悪の手だ」と。


「俺、あんなに先生が怒ってるの初めて見ましたよ……」


 そう西郷が言うと、富田も、「自分もです」と呟いた。


「うちらに対しては、気長に対処してくれる人だからな。よほど腹に据えかねたんだろうな」


「能島さんは、どうしたら良いと思いますか?」


「全員で膝を突き合わせる事だと思ったから、こうして酒の席を開いたんだろ?」


 何を言ってるんだと言う能島に、なるほどと西郷は納得した。


「調教師見習いという自覚に欠けていたという自覚は正直あります。自分たちは新人だけど、本来なら西郷君と同様の心構えで仕事をしなくてはいけなかったのに」


 悲痛な面持ちで関口は言った。


「『仁級の厩務員以下の人材』、そう言われても仕方がないよな」


 高橋が泣きそうな声でそう言った。


「まあ、実際、俺から見ても一厩務員に見えていたからな。先生からしたら、そうとう不満だったんだろうな。本当なら主任の俺がそれを君らに指摘してなきゃいけなかったんだよ」


 こういう事態になって、改めて反省点が次から次へと浮き彫りになってきて、能島は頭を抱えてしまった。


「先生が最後に言った『謝罪は受け入れない』って、どういう意味なんでしょう?」


「ああ、あれか。俺も服部に聞いた限りなんだがな。研修時代、どんだけ謝っても許してもらえなかったそうだぞ。大人なんだから行動で示せって言われたそうで」


「うわあ……一番怒らせちゃいけない類の人じゃないですか」


 能島の話に関口は思いっきり顔を引きつらせた。


「まあ、考えようによっては、これを教訓に心を入れ替えれば良いという事だから、慈悲といえばそうかもしれんがなあ」


 そうは言ったものの、何の慰めにもなっていない事は能島自身が感じている事であった。


「ようはだ、今月の給料に『天皇杯』の賞金が入っただろ。国内で三番目に多い賞金が。あれに見合う働きをしているというところを見せろってこった」


 簡単な話だと能島は言ったのだが、全員の顔が凍り付いた。  

「あの額の仕事か」と遊佐が呟く。

「そこいらの会社員の年収以上の月給の仕事」と呟き、高橋も参ったという顔をした。


「俺たちはな、そういう厩舎に所属してるんだよ。先生は来年は海外だろう。先生がいないからって、こんな体たらくじゃ、安心して遠征なんてできねえよ」


 その能島の発言を聞き、真柄が自分の両頬をパンと叩いた。

麦酒の入った器を持って立ち上がる。


「やるしかねえ! 徹底的に竜を理解してやる! 先生に、あの天才に意見できるくらい!」


 能島も器を持って立ち上がった。


「そうだな! 先生は仲良くやれなんて一言も言ってない。竜に真摯にと言ってるんだ。真柄の方針が最適解だろう」


 それを聞いた全員が立ち上がった。

最後に西郷が立ち上がり、全員で乾杯した。




 翌日、岡部は記者会見を開いた。

そこで『サケオンタン』の故障と引退が発表された。

三連覇を期待されながら申し訳ない結果になってしまったと頭を下げた。

「残念ながら『海王賞』に出せる竜が他におらず、今年は観戦になってしまう」と言うと、記者たちから残念だという声が聞こえた。


「うちの厩舎はまだ開業たった九年目です。こういう事は往々にしてありますよ。その分、秋の重賞と新竜の育成に集中できる。そう考えれば、かえって良かったのかもしれません」


 記者から『八田記念』の制覇に期待しますという声があがる。

それに対し岡部は無言で微笑んだ。



 会見を終え厩舎に戻ると、能島が一人で事務室に立っていた。


「能島さん。 僕はこれで大津に戻ります。改めて、後の事をお願いできますか?」


「任せてください! もう覚悟はできましたよ!」


 真顔で言う能島に岡部はぷっと噴き出した。


「能島さん、覚悟ができるのが遅いですよ……」


「同感ですよ。俺も反省してます」


 岡部は長椅子に座り、能島に対面に座るよう促した。


「来年、僕は海外に行きます。もう決めました」


「どこに行くかとか、日程なんかも決めたんです?」


「まずは春にデカンに行ってきます」


 覚悟のできた顔をする岡部に、能島は大きく頷いた。


「そのために、厩舎を最大三つに分けなきゃいけません。もう一人に心当たりはありませんか?」


「荒木さんと俺以外という事か……」


 岡部は、大きく首を縦にした。


「垣屋、花房、阿蘇、大村、この四人なら垣屋さんしかないとは思う」


 なるほどと、岡部は小さく何度も頷きながら聞いた。


「能力だけなら小平だが、あの娘は意外とあれで引っ込み思案だからなあ」


 ですねと岡部も渋い顔をした。


「あとは……真柄でしょうなあ」


 能島の提案に岡部はクスリと笑った。


「育ちますかね、それまでに」


「ここ大宰府で、俺が一から鍛えてやりますよ」


 力強く言ってのけた能島に、岡部は満足そうな顔で何度も頷いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です 遅ればせながら400話突破おめでとうございます。  このまま行くと、人材再生という観点からも岡部厩舎が後世の伝説になりそうですな…いや既に伝説ですが [気になる点]  …
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