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【完結】競竜師  作者: 敷知遠江守
第一章 師弟 ~厩務員編~
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第41話 天狼賞

登場人物

・岡部綱一郎…元競馬騎手、戸川厩舎の厩務員

・戸川為安…紅花会の調教師(呂級)

・戸川直美…専業主婦

・戸川梨奈…戸川家長女

・最上義景…紅花会の会長、通称「禿鷲」

・氏家直之…最上牧場の場長

・長井光利…戸川厩舎の調教助手

・坂崎…戸川厩舎の厩務員

・池田…戸川厩舎の厩務員

・荒木…戸川厩舎の厩務員

・木村…戸川厩舎の厩務員、解雇

・大野…戸川厩舎の厩務員、解雇

・垣屋…戸川厩舎の厩務員

・牧…戸川厩舎の厩務員

・櫛橋美鈴…戸川厩舎の女性厩務員

・花房…戸川厩舎の厩務員

・庄…戸川厩舎の厩務員

・松下雅綱…戸川厩舎が騎乗契約している山桜会の騎手

・本城…皇都競竜場の事務長

・三渕すみれ…皇都競竜場の事務員

・吉川…尼子会の調教師(呂級)

・南条…赤根会の調教師(呂級)

・相良…山桜会の調教師(呂級)

・津野…相良厩舎の調教助手

・井戸…双竜会の調教師(呂級)

・日野…研修担当

 十月、戸川厩舎では『サケホウセイ』の『天狼賞』への挑戦が始まった。


 重賞戦は非常に過酷で、最初の二週で予選、三週目に最終予選、四週目に決勝戦という連戦の構造になっている。

予選突破は三着以内。

最終予選は全部で六戦行われ、それぞれで三着以内に入線した合計十八頭で決勝が行われる。

最終予選までは、皇都所属竜は皇都で、幕府所属竜は幕府で行われる。


 決勝の週は夜間開催となり、決勝競走は夜八時、もしくは八時半に発走となる。

伊級、呂級、止級の重賞は、競竜局以外に賭博局と競技局でも中継される。


 連戦で行われるという事で、ただ速く走れるという能力だけでなく、連戦に耐えられる強靱な体力も求められる。

三戦の間好調を保つ、もしくは決勝戦が最高潮になるような調整が必要となり、そこが厩舎の腕の見せ所にもなっている。




 水曜の午後、竜柱が配布された。

だが『ホウセイ』は一週の竜柱に記載がなく、どうやら二週にまわったらしい。


 戸川厩舎では緊急会議が開催される事になった。

戸川の以外の参加者は、長井、松下、岡部、池田。


「『ホウセイ』二週目らしいですね」


 松下が口火を切った。


「さすがに路線変更したばっかやから、今回は予選が通れれば恩の字やがな」


 戸川は、あの慰労会以降、徐々に疲労が回復してきている。

それまでに比べ明らかに取材の回数も減っていて、本来の業務に集中できるようになったらしい。


「確かに、乗ってても、まだそこまでやないように感じますね。良えとこまではいける気はしますけど」


 長井は相変わらず、最上の前以外では飄々としている。



 さてと言って、戸川が会議を進行した。


「今日の会議の議題は来年からの体制の話なんや」


 戸川は白板に名前を書き始めた。

上から池田、櫛橋、少し離れて坂崎、荒木、垣屋、牧、花房、庄。


「来年に入ったら、綱一郎君には厩務員を外れてもらう」


 先ほど書いた横に戸川、岡部、長井、少し離して松下と記載。


「正式には綱一郎君は調教助手やけど、主に僕の補佐をしてもらう。副調教師見習いやな」


 松下は今もそんな感じだと笑い出した。

戸川は、まあなと言って微笑んだ。


「今は、変わる人には来年への移行準備をしてもらっとるからな」


「誰かが欠けたら回らないみたいな事にならないように、補完者を用意する感じですね」


 そう岡部が言うと、松下は岡部の後で池田を見て、なるほどと頷いた。


「池田には主任をしてもらう。前の別所さんみたいな言うたらわかるやろうか」


 別所の名が出ると、池田は、なるほどと言って頷いた。


「とすると、先生の留守の時は、僕がここを仕切るんですか?」


「綱一郎君がおれば綱一郎君がやるよ。二人ともおらへんかったら、お前が長井に手伝ってもらってやるいう感じやね」


 池田は戸川の後で岡部を見て、そういう場面多そうだと言って笑い出した。


「主任いう事はその、やらしい話ですけど、期待して良えいう事ですか?」


 戸川は、良いんじゃないかなとにっこり笑った。


「次に、櫛橋には厩務員の筆頭をしてもらう」


「僕の主任とは別いう事ですか?」


 池田は聞き慣れない役職に戸惑っている。


「今のお前みたいなもんや。厩務員の代表いう感じやね。日勤のみで会議にも出てもらう」


 多くの厩舎は八級で筆頭を設けるところが多いのだが、戸川厩舎では、これまで別所さんが兼ねてくれていて空白だった役職らしい。


「あ、仕事と責任増えて、給料上がらんやつや……」


 池田の的確な指摘に場が笑いに包まれた。


「なんぞあったら、多少は出すよ」


 戸川は笑いながら、白板の庄の下に名前を加えた。


「昨日、日野くんから連絡があって、並河(なみかわ)いう人を紹介してもらった。今週末にこっちに来るそうや」


「日野さんと一緒に?」


 岡部は振り返った戸川に問いかけた。


「いや、もともと幕府で厩務員してはったそうやから単身やね。家庭の都合で西府に帰る事になったんやって」


「そういえば前回、庄さんの研修の時、任せろみたいな事言ってましたね」


 長井も、そういえばそんな事言ってたなと苦笑いした。


「指導は池田さんがやるんですか?」


「そういうとこはもう池田に一任するよ。自分でやっても良えし、櫛橋に押し付けても良えし、他に任せても良えし」


 池田は承知しましたと頷いた。

長井が、これで別所さんの頃の体制に戻ったと戸川を見て微笑んだ。


「綱一郎君と櫛橋の分、あの頃より強化されてそうやな」


 これで、気にせず厩舎を留守にできると、戸川は笑った。



「それとやね。実はこれが一番大きい話なんやけども……」


 一同は戸川の緩みきった顔を見て、何か良い事があった事を察した。


「会長から話があってな。厩舎全員に紅花会の宿、一泊宿泊券を出してくれるそうや」


 池田と長井がはしゃぎまくった。

池田はどこの宿泊所かと身を乗り出している。


「どこでも良えらしいよ。一部屋二人まで出すって」


 妻が喜ぶと池田が感動している。

長井もどこの温泉にしようかと顔が緩んでいる。

岡部も緩んだ顔で戸川の顔を見た。


「北国の時みたいな部屋なんですかね?」


「そこはどうやろうな。平日やったら、もしかするとそうやもしれへんな」


 池田が、どんな部屋だったと岡部をつついた。


「最上階の来賓室ですよ」


 池田は、感激して泣きそうな顔をしている。

松下が寂しそうに良いなあと小声で呟いた。


「聞いたら松下の分もあるそうやで」


「ほんまですか! いやあ、こんな事やったら、紅花に移籍したら良かったですわ」


 松下は、ひゃっほうと奇声を上げて喜んでいる。


「調子の良えやつやな」




 翌週、『サケホウセイ』の『天狼賞』の予選の日になった。

金曜の第十競走で予選の最終戦。


 木曜日には『ジクウ』と『ゲンジョウ』が能力戦三に出走している。

前走三着だった『ジクウ』は十一頭立ての二着。

前走六着だった『ゲンジョウ』は十二頭立ての三着だった。

岡部の下見もだいぶ板についてきて、もはや硬さは無くなっている。



 金曜、『ホウセイ』の予選の時間が近づいてきた。

十五頭立て六枠十一番、人気は十三番人気。


 鹿毛の『ホウセイ』は毛艶(けづや)が非常に良く、茶色に輝き、かなり調子が良さそうに見える。

岡部も曳いていて、歩様も良く結構やれそうという気配を感じていた。

松下は『ホウセイ』に乗ると首元を触った。


「稽古つけてる時はわからへんかったけど、こう他のと見比べると、かなり肉がついたな」


 岡部も松下を見て無言で頷いた。



 発走で『ホウセイ』は他の竜に加速面で遅れをとった。

直線でも他の竜に付いていくのがやっとという感じで、後方三番手でもがいている。

曲線に入ると徐々に中距離戦で慣らした体力が効いてくる。

ジリジリと加速し、四角では先頭集団のすぐ後ろまで位置を上げた。

直線に入ると加速した先頭集団から少し距離が開く。

だが『ホウセイ』は、徐々に徐々に加速し続け、最後は先頭数頭に並んで終着した。



 検量室に戻った松下は岡部に、しくじったと一言、検量へ向かった。


 長い判定の結果、一着から四着までハナ差、クビ差、ハナ差で『ホウセイ』は四着だった。

戸川と松下が岡部のところにやってくる。


「乗り方間違えましたわ。最初から気にせず加速させ続けたら良かった」


 松下は握った右拳を左手に当て、ぱちりと音を立てた。


「まだ中距離の感覚が残っとるんかもしれへんな。でもまあ金杯はもう少しやれるやろ」


 戸川は競走の映像を見て何かを感じたらしい。


「あの出負けが無ければねえ……」


 そう言って岡部が悔しがった。

それを聞いた松下が眉をしかめた。


「この仔、前々から変な癖があって初速を出さへんから、そこを変えさせるんは難しいんと違うかな?」


「映像みて思ったけども、この仔ずっと加速してたように見えたな」


 戸川は気のせいかなと言ったのだが、松下はそれと言って指を向けた。


「そこなんですわ。この仔変に賢いから、徐々に徐々にじわじわ速度を上げよるんですよ」


「え? じゃあ最後の直線で最高速に達すれば……」


 岡部は目を丸くして驚いた。

松下は無言で大きく頷いた。


「そうや。今日も、途中周りに合わせへんかったら……」


 三人は次走に向けて大きな手ごたえを感じていた。

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